イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

生物多様性の保護か、生物の収奪か

ヴァンダナ・シヴァ明石書店。インドにおける生物特許権の問題を指摘した本。サブタイトルは「グローバリズム知的財産権」であるが、むしろ内容的には新自由主義経済と生物倫理学、知的特許とエコノミカル・パワーポリティクスにまつわるものである。
インドという「西の外側」に属する思想家である筆者は、鋭く西洋植民地主義の影響色濃い新自由主義経済の暴力性を指摘していく。バイテク特許による生物の商品化と、特許権という概念による「富めるものはより富む」という国際経済学の基本原則(そしてその反対側には「貧しきものはより貧しく」と書いてある)がいかに剛力なものであるかを、TRIPs協定や最新の農業特許事情を精密に分析しながら暴くその手法は、的確にして鋭い。
この本は学際的であるが、貧弱という弱点をもちろん背負ってはいない。それは、一つには筆者の博識があるだろうが、この本が取り扱う問題そのものが学際的である、ということも大きいように思える。インドにおける西洋の生物特許による経済暴力、という問題は、歴史学、経済学、生物/=倫理学、法学、社会学、政治学などなど、さまざまな知識を適応しなければ的確に図ることの出来ない問題性を孕んでいるのだ。
筆者はこの複雑な問題を、豊かな学識と分析、そして的確な論旨展開と流麗な文体による可読性をもって、精密に分析・非難する。「西」で「北」である日本に住む僕は、無条件に知識=特許とイクォールで結んでしまいがちである。が、そこには強烈に、知識を囲い込み、あらゆる物に値札をつけていく経済学の強力なパワーが潜んでいる。
そのことに目を開かさせてくれただけでもこの本を読んでよかったと思う。そしてこの本は意見書であると同時に強力な学術書でもあり、プロパガンダにありがちな薄弱な根拠や意図的な論拠の見落とし、乱雑な推論などとは無縁である。その洗練もまた、この本を読んで楽しめる醍醐味の一つである。
しかし、つくづく全単一型経済主義のあまりのパワーには眩暈を覚える。幻惑されているわけにもいかないのだが、どうにもこの生き死にを操る強力な構造体(バイテク特許はもちろん、食料品と薬品に最大限利用される)を切り崩す手段が、僕には思いつかないのだ。そんな僕の戸惑いとは一切関係なく、そしてそれに密接に結びつく形で、この本はとても良い本だ。名著。