イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

イデオロギーとユートピア

カール・マンハイム、中公クラシックス。1929年に発表された知識社会学におけるイデオロギーユートピア概念に関する論文。ルカーチと共にハンガリー革命において行動した社会学者であり、ハンガリー出身のユダヤ系ドイツ人であり、ハンガリーかららドイツ、ドイツからハンガリーハンガリーからドイツ、ドイツからイギリスという流浪の人生を送った学者、マンハイムの主著である。
まず何より、知識社会学の基本理念書としてこの本は読まれるべきだ。丁寧な筆致と、迸る現実への強い意思。理論分析を徹底し、用語の隅々まで意識を配ったこの一冊は、理論書でありながら行動を促し、その中に精査な視座を常に有している。まさに学識の書物である。
同時に、1929年ドイツ、世界恐慌が勃発し、ヴァイマル体制が崩壊し、ナチスの足音が聞こえてくる時代の書物として読むべきであると思う。無限後退に陥る危険をたぶんに孕んだ相対主義ではなく、相互作用と関係性、何よりも想像力と歴史を重視する相関主義を声高に叫んだユダヤマンハイムはしかし、この四年後、イギリスに亡命する。
マンハイムの理論は精緻を極めているし、ユートピアイデオロギーという二種類の圧倒的に空疎な存在の重要生と無為さを分析したこの書物は、徹頭徹尾強力だ。しかしその剛力をもってなお、マンハイムは亡命した。彼と肩を並べてハンガリー革命を指示したルカーチは、ソ連に亡命した。ハンナ・アーレントはアメリカに亡命した。
政治を語る言葉が、生きることと死ぬことを司るものとしての政治のまえに、いかに無力であったのか、ということをこの精密な書物は教えてくれる。これだけ細緻で、知恵に富み、かつアクチーブな書物をもってなお、ナチスの圧殺の前に、マンハイムは亡命せざるを得なかったのだ。そして、なによりも、政治を語ることの無意味を、1919年のドイツ敗戦、そしてハンガリー革命の失敗という形で感じていたマンハイムだからこそ、この血の滲むような書物は出来上がったのではないだろうか。
Text is a text is Text is a text。その通り、書物はただ書物として読まれるべきだろう。だが、マンハイムの後に行き、ナチスヒロシマベトナムアフガニスタンイラクの後に生まれ、共産主義国家が事実上消滅し、あまりにも高度な経済主義が席巻する今に生きる僕は、この本はあえて歴史という文脈の中で読まれるべきではないのかと思うのだ。
場所が無いのは、マンハイムがこの本を記した時代と今との共通項だろう。もしかしたら、さまざまな失敗(成功があったのだろうか、と僕は疑問に思うのだが)を見据えている今のほうが、マンハイムがこの本の中で、獣の唸り声のような調子で書き記した知性の果ては、深く突き刺さるように思えてならない。傑作である。