イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

コンクリート・レボルティオ~超人幻想~:第4話『日本『怪獣』史 前編』感想

凶猛なる回顧を異様な形式で振り回すスタンピードアニメ、四話目のネタは『怪獣』。
戦後日本の様々な歪みを背負って、気付けば海外で二度目のリメイクをされるまでになった『怪獣』という存在に切れ込んでいく前編でした。
同時に主人公やヒロインのオリジンを見せたり、怪獣と少年の哀しい絆があったり、相変わらず色々入っているアニメですね。

パロディやオマージュ以前に、やっぱりこのアニメを見る一番の足がかりは人間の気持ち。
餓死した弟の似姿を醜い怪獣に見つめる、少年の純真な気持ち。
焼ける己が肉を顧みず、暴走する爾郎を抱きしめる笑美の母性。
その思いを踏みにじり、国家や組織のために陰謀を企む超人たち。
こういうエモーションのぶつかりがしっかりしているからこそ、このアニメはとても面白い。

ガゴンはキングコングピグモン/ガラモンの融合体といった感じですが、彼を弟として遇する少年の無邪気さは、既に第2話でイノセントの無残な結末を見てしまっている視聴者にとっては、痛ましくてしょうがない。
戦争に利用するために島に入りこんだ人吉博士に見出され、陰謀団に望まぬ破壊を強いられ、育たぬ子供(風郎太と同じですね)として愛された末に、また破壊の道具として利用されるガゴンの姿も、同じように哀しい。
モノ言わぬ猿は言葉を持たないからこそ、怪獣が持っている破壊以外の可能性に思いを託すことができるし、汚い利害で彼らを利用する人間=超人=大人の利己性と理不尽を浮き彫りにする。
そういう意味では、今回は第2話によく似た話であり、爾郎の『永遠に育たない君たちは、正義の為に必要だ』という言葉を思い出させる展開だったと思います。
つうかな、ガゴンと坊やが可哀想や……あの子ら何もしとらんやんけ……。

『怪獣ラジオ』というメディアを制作し、モノ言わぬ獣の代弁者たろうとした松本くんも、化け狐に誘導される形で歪み、過ち、超人課という組織、それを飛び越えた国家のチェスゲームに組み込まれていってしまう。
『怪獣は怒りだ、人間の怒りだ!』と吠える彼(飛田さんはいつまでたっても若々しい声で素晴らしいなぁ)は一見なにか大きなものを代弁しているように見えて、自分と自分以外のエゴを無垢なるものになすりつけているだけです。
これもまた、第3話の柴に通じるエゴイズムであり、時間と話数を飛び越えつつ、同じテーマが強烈に再演されているということが、今回のエピソードから分かってきます。
機械や怪獣といった社会を超越した存在に、社会的存在でありながら夢を見希望を抱いた人たちがどんどん失敗していく姿は、このアニメが『超人幻想』という名前を冠していることを考えると、少し重たい。
幻想は幻滅に通じ、それでもなお諦めきれない想いを身勝手に押し付けてしまうカルマも、それが実を結ばない厳しいルールも、この世界にはあるということだから。

一見単純に見える『過去編』の『正義』も、『未来編』で表面化する複雑な部分を既に内包しているというのは、全話に渡って共通しているモチーフです。
これは爾郎と『正義』の関わりの中で変化や成長を見せる物語的ダイナミズムであると同時に、このアニメが原風景としている昭和期のヒーローフィクションもまた、単純な『正義』のように受け取られがちだが強烈な批評性を発表当時既に有していたという、メディア史的な異議申し立ても含んでいる気がします。
"ゴジラ"にしても"ウルトラマン"にしても"コメットさん"にしても"鉄腕アトム"にしても、一般的なイメージほど長閑で単純な『古き良き』話ではけしてないし、エンタテインメントとして素直に受け止められるためには、実は相当に内相的な視点と、相矛盾する要素を見据えて盛り込む制作姿勢があればこそ、この作品で引用されるような古典的名作足りえる。
過去と未来、フィクションとメタ・フィクションを行ったり来たりする構成の中には、過去のフィクションが捉えている現在性、現在のフィクションが立脚する過去性が独立したものではなく、強く相補的なものだという主張を、最近このアニメから僕は(身勝手に)読みつつあります。

 

火星から帰ってきた男が提案する『超兵器としての怪獣』は、露骨に核兵器による東西冷戦のメタファー(ゴジラのオリジンを考えると、一周回っている感じがあります。爾郎はZILLAでもあるんですね)であると同時に、身近な悲劇を動かす原因でもある。
怪獣捏造によるマッチポンプが表に出たことで、怪しかった課長が真っ黒だったこともわかりました。
超人幻想と正義を捏造するのが超人課の存在意義だとするなら、その大義は何処にあるのか、はたまたただの私欲なのかというところは、未だ見えませんが。
EDの課長のところにUFO写ってたのは、精神寄生体であることを暗示してたのね……。

そんな暗い陰謀の手先になって松本を操っていた笑美は、猛烈な母性を発揮し、輝子にヒロインレースブッチギリの馬身差を付けていた。
『擬人化ゴジラ』と『性転換した鬼太郎のラブ・ロマンス』って、マジすげぇなこのアニメ。
爾郎が少年から青年へ、青年から大人へと変化していくさまを俯瞰で見れる形式なので、彼の人格形成に笑美がどのような影響を及ぼしているか、良く分かるのが面白いかったですね。
少女と恋人、母親と娼婦の間を揺れ動く笑美のキャラクターを、豊崎さんが非常に魅力的に演じてくれていて、声に恵まれた話だなぁなどと嬉しくなります。
『父』である人吉博士との関係がどう見ても道具的な側面を孕んでいる以上、爾郎の『人間的』な感情の複合が笑美に流れていくのもしょうがないわけで、時間の共有に勝つのは相当難儀だぞ輝子。
敵は自分の体が焼けるのも、不正義を行うのも躊躇わず爾郎を抱きしめ、おっぱいをあげれる女だしな……正直、勝ち目がない。

南海の孤児として『父』を求めつつも満たされず、それを巧く発露する方法を知らないまま『正義』に邁進する爾郎少年の姿が見れたのは、今回非常に良かったところです。
『過去編』の爾郎の主張が孕んでいる無理は『未来編』での正義の破綻に繋がると同時に、爾郎個人のパーソナリティでもあって、その欠乏が母性の希求という形で目に見えたのは、彼を好きになる上でとてもありがたかった。
どう考えてもマザコンなんだが、そうなるのもしょうがないというか、マジ輝子勝ち目ないというか(二度目の強調)
そのうち風郎太に『お兄ちゃん、お母ちゃんのオッパイほしんだも? ママのオッパイがほしいんでここに会いに来たんだも!』とか言われかねない。(唐突なオーガニック的な何か混入事件)
ただマザコンだってだけではなく、怪獣という出自故に怪獣を憎む、憎悪の出処が見えたのも面白かったですね。

怪獣事件を解決する中で、超人課以外のキャラクターもいっぱい出てきました。
アトム大使(女の子だからウラン?)+マグマ大使』とか、『ロケットパンチする鉄人28号』とか、『ポワワ銃持った遊星少年』とか、『キャシャーンチックな外見になった月光仮面』とか。
特撮・アニメ・漫画・小説。
メディアをぶっちぎったヒーローチャンプルー感は、このアニメ最大の醍醐味だと思うので、今回は顔見世程度だった彼らにも、目立つお話が欲しくなります。
……あの月光仮面は誘拐&焼身自殺のコンボキメて、爾郎少年の心に傷を残す未来が確定してるわけだが、そこら辺の『ヒーローの不祥事』は桑田次郎の銃刀法違反とかが覆い焼きされてる気がするな、原作者だし。

そんなわけで、キャラの説明や超人課の黒い部分の暴露、『怪獣』への複眼的視座や登場人物のドラマを濃厚に含んだ、コンレボらしいエピソードとなりました。
このお話は前編なので、今回見せた『怪獣』への捻れた愛憎がどう爆発するかは、後編をまたなければいけません。
オタクを飛び越えて日本人の精神性に長い影を伸ばす『怪獣』に、このアニメはどういう物語を叩きつけるのか。
鉄郎におけるメーテル並の『青春の幻影力』を発揮した笑美に対し、輝子は果たして打つ手があるのか。
いろいろ気になりつつ、ワクワクと来週を待ちたいところです。