イマワノキワ

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アクティヴレイド -機動強襲室第八係-:第6話『夢は、彼方の黄昏』感想

脚本・荒木健一、特別作監・山根まさひろという随分勇者なメンツでお送りするパワードスーツ刑事物語、今回は巨神兵の黄昏。
小型で優秀なウィルウエアという主役ロボをあえて外し、デカくて燃費の悪い無駄な夢の象徴、巨大人型重機に夢をかけた敗残兵たちの、最後の戦いを描く話でした。
負け犬が持っている矜持と滑稽さ、両方をちゃんと描きつつ、もはや鉄の巨人にロマンを抱かない世代を脇に置くことで冷静な熱さを発生させる、面白いお話だったと思います。

今回のお話、舵取りを謝れば凄くベタッとしたお話というか、負ける理由があって負けた戦いを美化する、凄くヤダ味に満ちた話になっていたと思います。
ウィルウェアというリーズナブルでシャープなメカが話しの主軸である以上、無駄にデカい人型兵器は時代の徒花というのは、考えて見れば当然です。
そういうシビアでリアルな視点はちゃんと備えて、エピソード中に何度もツッコミが入る。

冷静な視線はロボットだけではなく、それにまつわる人々にも向けられています。
博士(現・痴呆老人)、メカニックスタッフ(現・現実に負けて別の職についている)、少年パイロット(現・博打と女で身を持ち崩して警察の端っこ)、ライバルパイロット(現・無職で犯罪者)と、並べてみればそうそうたる負け犬たちの群れ。
わざわざ特別に主観作画監督を用意し、過去の作画技術をフル動員しバリまで呼んだ『超かっこいい巨大ロボットのケレン味』は確実に幻想であると、このアニメは強く自覚しているわけです。
無駄にでっかくて、無駄にドリルがついてて、無駄に人型な鉄の塊は、ハンディなサイズで用途ごとに特化したウィルウェアに、取って代わるべくして王者の座を譲った、滅ぶべき恐竜なわけです。


しかし、そこには確実に人の意志があり、何かを賭けるに足りる熱さと魅力があった。
負け犬になって、無様に老醜を晒したとしても、そこに秘められた夢だけは、絶対に蔑することは出来ないわけです。
そしてその『想い』への視線は、実はアウトサイダー集団ながら正義への強い思いを秘めているダイハチと、かなり重なる部分があるのではないか。
どれだけ理解されなくても、時代や現実に取り残されても、譲れないモノのために無理を押し通すジジイやオッサン達の姿は、実は主人公達の陰画なのではないか。
そう思うわけです。

最初は醒めた目で付き合っていたあさみちゃんが、次第に自発的に酔狂に飲み込まれ、最後は船坂とジジイたちが観ている幻影を共有するようになるのは、それを感じ取ったからではないか。
今回わざわざ巨大人型ロボットを持ちだして演じられたドラマは、一見ただ『巨大ロボットでプロジェクトXしてぇ』という欲望の大暴走のように見えて、結構確かな射程でこ之亜に目のテーマを射抜いているように、僕には思えるのです。
彼女がけして負け犬たちをバカにせず、穏やかに寄り添う姿を観ていると、それを通してダイハチという場所、そこでのやり方に馴染んできた様子が言葉ではなく気持ちとして伝わってきて、映像物語の醍醐味を強く感じました。

あさみちゃんがもつ憧れ視線は、キャラクターだけではなく視聴者も射抜く。
如何に妄想でも、日本のアニメ史と今回のスタッフたちが積み上げてきたアングルと話運びとデザインとパースはもう無条件に血液を沸騰させるパワーがあるし、『バッカじゃねーの?』とか思っていたとしてもグイッと引き込む力があった。
あさみちゃんのように引いてみたいた観客も、船坂さんのようにノスタルジーを抱え込んで鋼鉄の老兵を見守っていた視聴者も、気付けば同じものを観ているというドラマとのシンクロニシティは、エピソードの主役を二人用意することで、より強まっていたように思います。
思い切り趣味に走って、バカで、でも視聴者に楽しんでもらうために、やれることをとにかく全部やり切る。
エンターテインメントが果たすべき無茶が、今回のエピソードにはたっぷり詰まっていたと思います。

それだけ熱いロマンを詰め込みつつ、やはりシビアで綺麗な冷静さがどこかにあることも、ドラマの完成度を上げていると思います。
妄想の中で激しく戦っていた巨大ロボットの敗因は『燃費の悪さ』という地味かつ致命的なものですし、全てを燃やし尽くした博士は老醜を晒す前に満足した顔で死んでしまう。
人型巨大重機はあくまで時代の徒花であり、主役として咲き誇るべきはあさみちゃんのような若い世代であり、効率的なウィルウェアなのですから。
役目を終えた恐竜は眠りにつき、また新しい物語が始まる舞台のために道を開ける。
綺麗な終わり方だったと思います。


歪んでいるがゆえに人を惹きつけ、けして主役にはなれない存在のお話として、凄く冷静で、熱くて、良いエピソードだったように思います。
自分が持っている情熱が歪んでいて、負けるべくして負けたことを自覚しつつ、それでも諦めきれない負け犬たちに。
そんな美しい敗者に引き寄せられ、自分の信じる何かのためのエネルギーを貰う若い世代に。
ただノスタルジーに酔っ払うだけではなく、愚かさへの冷静な視線も含めてしっかり描写しきった、素晴らしいお話でした。
ええ話やった、ほんま。