読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

昭和元禄落語心中:第6話感想

アニメ 昭和元禄落語心中

客と噺家の視線が絡み合う、主観と客観の蜘蛛の巣にまつわる物語、今回は菊比古の覚醒。
前回弁天小僧を演じたことで掴んだ蜘蛛の糸を、するりするりと手繰り寄せて久々に長尺で板にかかった”品川心中”、長い迷妄をすっと抜けてようやく見つけた自分の落語……と前向きに終わればいいんですが、どうにも拗れそうでして。
菊比古の助六コンプレックスもさらなるねじれを見せ始め、肝心の助六とみよ吉が奇妙な因果に引き寄せられて近づきそうな気配もあり、なかなか一筋縄ではいかない昭和人生模様であります。

師匠に言われた『隙=余裕』を追いかけて彷徨い、みよ吉というファム・ファタールに出会って前回ようやく鹿芝居で手応えを掴んだ菊比古は、今回ようやく自分の落語道を振り返る余裕を手に入れます。
女社会のはみ出し者として疎んじられ、足を痛めて望みもしない落語に捨てられた彼は、助六与太郎のように望んで落語に辿り着いたわけではなく、『落語をしなきゃ、生きていけなかった』存在です。
それは自発性よりも必然性に引き寄せられた行動であり、どうにかして自分の居場所を手に入れるための否応ない選択だった。
菊比古が生来持っている『可愛げのなさ』『フラのなさ』というのは、そういう自発性のなさ、あえて強い言葉を使うと『落語への愛のなさ』が透けていたからでしょう。

そんな風に客の顔を見ることも、落語の中で自分をさらけ出すこともなかった菊比古が掴んだ自分だけの武器が『艶』『色気』だというのはいかにも皮肉で、疎まれ捨てられた色街の水が肌に馴染んでいるからこそ、艶笑話や色街ものとの相性も良い。
今回"品川心中"という色と欲にまつわる噺が客をつかむのは、もちろんみよ吉という艶のある女と生活をともにした成果(それにみよ吉が気づいている演出をサラッと入れているのは素晴らしい)もあるんですが、菊比古が必死に捨てようとした忌まわしい過去、自分を捨てた女の世界への捻れた親和性が彼の武器に変わったという側面が、強くあると思います。
今回ようやく客の顔を見て、『自分の居場所を作るための落語』という一つの結論にたどり着いた菊比古の歩みは、芸を見つけると同時に自分自身の幼少期と折り合いを付ける道のりでもあったのでしょう。

自分の落語を見つけた菊比古は、現代編で描写されている名人・八代目八雲へとどんどん近づいていくのでしょう。
どうにも自分のものと思えなかった落語と折り合いを付け、得意の噺を幾つか見つけ、艶のある科や目線といった、アニメーションの運動として今回切り取られた落語的身体言語に磨きをかけて、一人の噺家になっていく。
やはりこのアニメのボディ・ランゲッジの切り取り方は非常に繊細かつ独特で、客と噺家が限定された状況で意味情報を共有していく落語の特殊性を、やや誇張しながら巧く演出しているのだと、今回菊比古の体から漂う仕草の色香からよくよく思い知らされました。
そして、これまでの物語の中で、じわりと菊比古の『硬さ』『フラのなさ』を丁寧に書いていたからこそ、今回の"品川心中"から八代目八雲まで続く芸の道は説得力があり、ポジティブな予感に満ちています。


しかし同時に、ただ自分の落語を見つけただけでは収まらない気持ちというのもこのアニメのキモでして、自分よりも早く自分の本質に気づき、『客のための落語』という真実に早い段階で辿り着いている助六への嫉妬と愛情は、むしろ一人の噺家として正面から対峙できるようになったからこそ、これから危うい方向へ転がっていく予感があります。
酒も飲まず苦心して稽古に励んでも捕まえられない『フラ』を、大酒飲んで酔っ払って、天性の才能で本質を見ぬいてあっという間に自分のものにしてしまう助六への、こらえてこらえて流れた涙。
これを直接描写せず、助六の唇(!)を濡らした薬缶の雫として描く間接的な映像話法は、このアニメらしい緊張感に満ちてとても良かったです。

合間に戦争やら鹿芝居やらを挟んで、久々の長尺の高座描写でしたけども、助六の"お血脈"はウリである歯切れの良い早口にさらに油を乗せて、(菊比古から見た)実力も才能も兼ね備えた昇り龍としての貫禄のある席でした。
どんどんと笑いを広げ、客を前のめりにさせる『客のための落語』の力が描写されることで、菊比古が辿り着いた『自分の居場所を作るための落語』という対極の話しぶりが、助六とは別の形で客を捕まえていく様子にも緊張感が出てくる。
これまで助六の才能を、劣等感に腰を捻じ曲げながら追いかけるしかなかった菊比古がようやく、男と男、噺家噺家として真っ向勝負が始まるのだという震えと期待が詰まっていて、今回の席は良かった。

そんな一対一の関係から離れて、みよ吉という異物を巡る運動もまた、緊張をはらんできました。
菊比古に武器を与え(もしくは気づかせ)、噺家として一本立ちさせたみよ吉ですが、最初は袖にしていた助六と奇妙に接近し離れていく、男と女の関係をチラホラと見せていました。
そういうタイミングで"品川心中"をかけるあたり、相変わらずこの作品が劇中作に持っているセンスや暗喩意識は非常に優れたものがあります。

疎まれ、捨てられ、愛されなかった自分自身と向かい合い、過去を己の武器と変えて見事に咲かせた"品川心中"でしたが、並ぶ足場を手に入れてしまったからこそ不安定になるものもある。
男としての拠り所を見つけた菊比古が、みよ吉という女を巡って、ずっと愛しずっと憎んできた兄弟子・助六とどう対峙し、運命を絡めていくのか。
まだまだ目が離せない、昭和舞台の人生劇場でございました。