イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

昭和元禄落語心中:第10話感想

業が命を刈り取って孤独を生む因果の物語、今週は七代目八雲の死と、八代目八雲の完成。
『頼れる親父』の仮面をポロポロ剥がして業を見せてきた七代目が、迫り来る死を前にしてやり切った"子別れ"と、狭量な己に収まりきらないカルマを遂に告白した。
死人が去り、生者が去り、遂に望んでいた孤独を手に入れた菊比古が、七代目の荼毘の煙がまだ匂う中かけたのは"死神"
後に八代目八雲と呼ばれることになる男の、十八番お目見えであり、助六の『客のための落語』の対局にある、『客席を飲み込む』孤独で完璧な落語の、最初の姿であった。
噺家として厚みを増した、人間として欠落を深めた菊比古は、流れ着いた温泉宿でついに運命に出会うのであった。

今回の主役はやっぱ七代目でして、退場を前にして弟子に負けない業の深さをこれでもかと滲ませ、『この人もやっぱり、喋りの悪魔に取り憑かれた人だったんだなぁ』という感慨を覚えました。
後の与太郎を思わせる弟子志願への対応から始まって、脂が乗ってきた菊比古と滅び行く七代目の残忍な対比、そんな中で展開する、あえての"子別れ"。
万座大爆笑の助六とも、座をまるごと飲み込んでしまうような菊比古の凄みも無い、巧くて丁寧で古い席。
七代目八雲が、他人を陥れ蹴落としてまで守りたかった、ババアしか涙ぐまない凡庸な席。
死病に蝕まれつつ、そんな場所を譲らない七代目のエゴが、思い切り炸裂したエピソードでした。

初代助六への醜い嫉妬の告白も、それが子供の世代まで影を伸ばし、色んな人を傷つけ滅茶苦茶にした因果ひっくるめて、なんとも重たく粘ったい、過剰な自意識を感じました。
妬み、嫉み、恨み、後悔に焼きつくされ、重責に押しつぶされながらも、降りることが出来ない高座という呪い。
七代目も、菊比古も、初代助六も、二代目助六も、みな噺という死神に取り憑かれて、人生という河をどうしようもなく流れていく因業な人間なのだという共通点は、その河に飛び込めなかった名も無き弟子志願との対比で、良く見えてくる。
道理の分かった真っ当な生き方が出来る人間と、どうしようもない業に押し流され、時に世代を超えて悲劇を再演してしまう人間。
前者を羨みつつ後者として生きるしか無い人達をこのアニメは捉えていて、七代目もやはり、そういう人間であったという確認を、あの告白はしていたように思います。
クズだとか立派だとか、そういう是々非々の判断ではなく、ともかくそういう風にしか生きられない奴らがいて、運命のいたずらで交わっては離れていく様子を睨みつけているのがこのアニメなんだから、今回七代目が見せた業の深さは、このアニメにいても良いという赦免状でもあるのでしょう。


しかし流石に主人公、業の深さでは誰にも負けないのが菊比古でして、まぁ褒められたもんじゃないが高座の迫力は凄い。
師匠が死に松田さんが去っていった孤独を胸いっぱいに吸い込み、師匠が死んでも涙一つ流せない己の冷たさ(ちょっと"異邦人"っぽいですよね、ここら辺)を噛み締め、まるで葬式で怪談話でもするような不謹慎な"死神"で、『俺はここにいるぞ』『ここが俺の居場所だ』と咆哮する。
七代目を初めて『父』と呼べたのが、当の本人が煙になっちまった葬式の席というどうしようもなさ引っくるめて、第1話で見せた八代目八雲の業がきしりと回り始める高座でした。

『客の喜ぶ落語』を求め、客の笑顔を常に視界に入れながら進んでいた助六の落語に比べ、菊比古の落語には自分しか映らない。
ただ自分の居場所が欲しいと願い、そのために邪魔な兄弟子も恋人も親父も殺して構わない業、そのもののような黒に客席を塗りつぶして、奈緒喜ばれる芸と迫力。
それは破天荒な助六には決して手に入れなられない正統派故の実力であり、七代目八雲から受け継いだ凡庸さを突き詰めた、彼の武器なのでしょう。
追いつめられる自分を極限まで客観視し、限界まで走り切る今回の"死神"は、全て失ってしまったがゆえの身軽さと快楽、孤独が与えてくれた強さが良く感じ取れて、楽しいやら恐ろしいやら、哀しいやらでした。

しかし本当に全て諦められるほど、菊比古は強くもないし、面白くない人間でもない。
『誰が拾うもんかい』と言いつつ流れ着いてしまった場末の温泉街で、糸に導かれるように捨てて捨てられた男と女の一粒種に出会うわけです。
見知らぬはずの二人を繋いだのが因縁の"野ざらし"であり蕎麦屋の『落語』だってのは、菊比古も助六もみよ吉も、そして小夏も、深い因果の川に首まで浸かっている状況を思い知らされます。
逃げたつもりだろうと、離れたつもりだろうと、結局落語に流されて落語に行き着いてしまう、どうしようもない業。
それが子供にまで及ぶことも含めて、Bパート後半は七代目の告白のやり直しのようでした。

こうして再び結び合った因縁結縁が、どういう事件を連れてくるのか。
次回予告の段階でぶん殴ってるし、予告のみよ吉の声色がこえーしで、尋常に収まらないのは確実でしょう。
最終話という一応の川岸まで、もう少し時間がある中で、男の川女の河、噺家の業家族の呪いが一体どこにキャラクターたちを運んでいくのか。
もう少し、楽しませてくれそうですね。