イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない:第10話『イタリア料理を食べに行こう』感想

◇はじめに
ゆるふわハッピーな男子高校生ライフを描く日常系アニメーション、今週はイタリア料理を食レポ。
話のスジは『バカ男子高校生コンビの片割れが美味い飯を食い、片割れが疑念を募らせる』というメシ漫才なんですが、ホラーとコメディの間を高速で行ったり来たりする演出、冴え渡る高木渉の演技、全体的におかしいテンションと、すべての要素が相まって最高に面白い短編に仕上がっています。
普段は三人組のバカ担当してるはずなのに、この回だけ異常な語彙力を発揮する億泰が面白すぎる……あとあざとすぎる……。
実は四部始まって初めての『暴力や死人が関わらない、完全に日常サイドのお話』でもあって、バトル無しでもスタンドは物語を輝かせられるという、新境地を見せる回でもあるのだな。
脳内でこねくり回していた『俺達が見たかったトニオエピ』を完璧に踏まえつつ、それをグッと上回る映像にしっかり仕上げてくれて、大満足のお話でした。


◇I Love OKUYASU
『すげーパンチが唸ってドグシャー』とか、『顔面が潰されてメッシャアア』とか、ジョジョにつきもののメガバイオレンスが(ギャグとしてほのめかされはするものの)ない今回は、主役のバカ高校生二人がどんな日々を送っているのか、良く見えるお話です。
元々『日常を侵食する非日常』が軸になっている第四部、例えバトルメインのお話でも日常描写は冴えていたわけですが、『旨いメシ食うだけ』の今回は原液そのままのバカ高校生バカライフがズドンと迫ってきて、非常に美味しいエピソードでした。

どーでもいいシーンのどーでもいい掛け合いが切れ味よくて、キャラクターへの親近感はこういうところで熟成させんだなぁと感心させられる。
キャラが可愛いのと衣食住の描写に切れ味があるので、ゆるふわ日常アニメとしても第4部は仕上がり良いですよね。
仗助と億泰がどれだけ仲良く高校生活を送っているか見せることで、今後厳しい試練に立ち向かうとき必要な絆の強さに説得力が出るとか、楽しい『日常』を記憶に焼き付かせることで、邪悪な『非日常』の脅威が身に迫るとか、作劇的な効果は当然色いろあるんだけど、それよりもまずヤツラの掛け合いがとにかく楽しそうで良かったですね。

今回の話は『ウマそうなイタリア料理!』という分かりやすいご褒美があって、素直で可愛い億泰が報われる話でもあります。
お母さんが存命な仗助に比べ、兄貴は連続殺人犯のまま殺されちゃったしオヤジの介護は残ってる億泰は、中々気の休まらない立ち位置です。
出会いから時間も立ってるし、その合間で奴の根本的な人の良さも見せられているしで、視聴者としてはそろそろ『億泰もいい目見て良いんじゃねぇの?』と思ってくる頃合い。
美味しいご飯をモリモリ食べて、体調もスッキリ爽快、楽しそうな億泰を見て『良かったな……色々大変だけどさ……』と思えるチャンスをくれるのは、彼が好きな男としてはありがたい限りです。
厳しい試練を課しつつも、キャラクターが『楽しい!』『嬉しい!』と思える瞬間を切り取ることを忘れないのは、見てて陰鬱になりすぎずありがたいし、この喜びが試練を乗り越える活力になるんだと思えてもくるね。

そういう意味で料理をうまく描くのは大事なんですが、作画・演出ともに『うまそう』に見える映像に仕上がっていて、億泰の過剰なリアクションも納得の仕上がりでした。
感覚が伝わらないアニメ/漫画で『味』を伝えるのは大変なんですが、『お前はIQ高いスタンダップ・コメディアンか』と突っ込みたくなる、圧倒的な語彙力とテンションで押し流す億泰の『受けの派手さ』で、一期に持っていく感じでした。
そこに関しては、とにもかくにも高木渉が上手すぎた……よくもまぁあの長台詞を立て板に水の名調子で、かつ億泰っぽく演じきれるもんだ……声優は凄い。


◇I Love Okuyasu & Jyousuke Combi
クールでクレバーな仗助と、天真爛漫でバカな億泰は性格的な凸凹が巧く噛みあう、似合いのコンビです。
お話の方もトニオさんの料理を疑ってかかる仗助と、なんにも考えずもりもり食って健康になる億泰との対比で進んでいくし、その過程で二人のキャラクターが良く見えてくる。
危機に瀕しては強みになる仗助の用心深さが食事の邪魔をし、無邪気にモリモリごはんを食べる億泰は旨い料理を堪能し、体の調子も良くなってラッキー! という逆転現象も、なかなかいい味出してました。
『賢者は状況を疑い、料理の代わりに労役を課せられる』『愚者は愚者であるがゆえに、最高の報酬を貰う』っていう展開は教訓譚めいた匂いもあって、物語の横幅が広がる話だったと思う。

仗助の用心深さは『これ、いつものジョジョなんじゃないの? 油断してたら顔面が潰されてメッシャアアなるんじゃないの?』という読者の疑念の代弁でもあるし、それを加速させるように『いつものジョジョ』なサイコホラー的演出は冴え渡る。
アバンからして『料理人の皮を被ったクソサイコ』というミスリードを誘っていて、おhなしの全貌が簡単には見えないよう、巧く組み立てられています。
クールな仗助とバカな億泰、どっちに共感の足場を置いたら良いのか迷い続けてオチまで引っ張る劇作は、『スタンドという異能力が、日常に溶け込んでいる』第四部だからこそ出来る展開で、良い揺さぶりだなと思います。

スタンド使いという異常な能力を持ち、それによって引き起こされた事件を通じて出会った彼らは、身内の死に代表される重たいものを背負っています。
しかし彼らがそれに押し潰されることなく、故人たちが望むままに日々を楽しく生きている姿は、僕らにとっても嬉しく眩しい。
死者の重さを忘却しているからではなく、それが心の大事な部分にあればこそ生者は生者として精一杯生きているのだという姿勢は、『兄貴の墓参り』というアバンのセリフ一つだけでよく分かります。
こういう目配せを聴かせることで、生き残ってしまったものの罪悪感を巧く制御して、バカ高校生のバカっぷりを心底楽しめるってのは巧い話運びですね。


◇『日常』のふたつの顔
今回『サイコ野郎と思わせて善人』が主役のお話が面白いのは、『サイコ野郎と思わせて実際にサイコ殺人鬼だった』アンジェロや、『サイコと思わせて小物』だった間田、『可愛い女の子と思わせておいてサイコ』由花子という、これまでのパターンが良く聞いているからだと思います。
ベースラインが『戦い』『非日常』という一本気なお話作りだった三部まで(その真っ直ぐさが熱さに変わっているし、その間にそれ以外の可愛げをしっかり描写しているのが良いんですが)と比べて、『戦い-戦わない』『非日常-日常』という話の側道を増やした第4部は、組み合わせのパターンが多い。
ここで『戦わない-(スタンドという非日常を含んだ)日常』という作りが面白く見えるのは、それ以外のパターンを魅力的に見せて作品に視聴者を引き込んできたからだし、今後別パターンのお話を展開する上でも今回のお話は効いてくると思います。

『いつものサイコ』と『楽しい日々』を演出が高速で行ったり来たりし、視聴者を揺さぶりまくる展開も凄くパワーが有りました。
元々そういうアニメなんだけど、今回は『いつものサイコ』が一種のギャグとして(もしくはミスリードとして)機能してて、これまで見せていたオーソドックスなパターンから転倒している。
『今オレ、どういう話見てんだっけ?』という目眩を視聴者に与えてくるんだけど、『いつもの』部分も『楽しい』部分も両方楽しめてしまうので、目眩それ自体が妙に楽しい、巧妙な多幸感の作り方。
『日常を蹂躙しようとする非日常から、日常を守るために非日常を使いこなす』というデフォルトのねじれをさらにもう一捻りし、『ゲストキャラは日常に潜む邪悪な非日常……思わせておいて、日常を守るために非日常を使いこなす、主人公に近い存在でした』というオチの見せ方。
『巧いなぁ』と思うし、何より凄いのは『巧い』より先に『楽しい』と感じさせる所ですね。

『日常』と『非日常』の間に広がる深淵の広さが第4部では大事であり、それはただ闇を濃く描くのではなく、光を濃く描くことでこそ見えてくる。
このエピソードに満ちた多幸感、とにかく楽しそうにテンション高く、騒がしく、美味しそうに展開する楽しさは『食事』という題材を使っていればこそ身近で、『日常』の象徴として機能する優れたスパイスです。
今後クソサイコスタンド殺人鬼が『日常』を脅かした時に、『ここでぶっ殺されると、トニオさんの旨い飯食えなくなっちゃうんだよなぁコイツラ……』と想像できる足場ができたこと。
それはこのシリーズにとって、凄く豊かなことだと思うのです。


○まとめ
というわけで、『すげーパンチが唸ってドグシャー』な展開になれた辺りで放たれる、ストライクの取れる変化球でした。
作画、演出、声優さんの演技、全体的な話運び。
全てが相まってとても『楽しい』話になっていて、巧さが悪目立ちしない作りはジョジョほんと凄いなぁと思います。

楽しい食事休憩を終えて、次回は再び『日常を弄ぼうとする非日常』に立ち向かう本筋が展開されます。
今回も絶妙のアレンジ力を魅せてくれたアニメスタッフが、一体『彼』らをどのように描くのか。
今からとても楽しみです。