イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ジョーカー・ゲーム:第10話『追跡』感想

『知は力なり、それも実行力を伴う強烈な暴力なり』を信条とするインテリジェント・パワー・アニメ、今週は結城中佐・ジ・オリジン。
『そろそろD機関にも慣れてきただろうし、その中枢に迫る話行っちゃうかー!!』と思わせておいて、その全てが遠大なる計画の一部であり、一人の英国人スパイが破滅するだけに終わるという、なんともさすDなお話。
アーロンが調べていたもの全てが瓦解しつつ、奥さんとの愛情だけは残るという終わり方は、破滅のカタルシスと奇妙な人情が同居していて、なかなか良かったですね。

『最初に見えていた構図が実は虚妄で、その奥には……』という二重構造は、このアニメでよく見られる、基本的な造りです。
フックのある構図で視聴者を惹きつけ夢中にし、近視眼的になってきたところでワッと世界を広げ、心地よい裏切りと、近景と遠景を活かした奥行きを生む。
たとえば第4話で言えば『憲兵隊の内部腐敗』を近景に、『それをD機関が全て操っている』という真相が遠景に当たり、奥行きが出た世界全てがD機関が全て機関に集約されていくことで、物語世界全てをD機関がコントロールしているような錯覚を上手く生み出し、超人スパイ物語に必要な超俗的雰囲気をまとわせています。
『こんだけ計算して状況を利用しているなら、さすDも仕方ないよね』という感想も自然と出てくるし、何より心地良く裏切られる経験は楽しいのです。

超人デパートD機関の中でも、その設立者でありスパイマスターでもある結城中佐は強力、かつ魅力的な謎で、そこに切り込んでいくアーロンの冒険は思わず応援してみたくなります。
それっぽく進んでいった彼の探索は、突然憲兵が乱入したことでぶち壊され、全てが虚構だったのだと瓦解していく。
なまじっか彼が調べあげたカバー・ストーリーが魅力的で、『もしかしたら……』を期待しつつ先を見たくなるものなので、これが破綻した時の衝撃もまた大きい。
と言ってもその魅力的な過去は、ほかならぬ結城中佐が捏造した物語なわけですが。


ここで終わってしまえば『はいはい、さすDさすD』と覚めたリアクションを返しもしますが、今回は全てが瓦解した先に小さく温かい感情がある。
10年築き上げてきたスパイ網は暴露され、工作員としてのキャリアを失いつつも、可愛らしいお嫁さんへの愛情だけは残る。
彼女の茶目っ気を見事に切り取った結果、この結末はアーロンをD機関の引き立て役からある種の人生の勝利者に変えていて、なかなか見事なものです。
スパイとしての人生、掴みとったはずの結城の過去……虚構全てが剥ぎ取られても、愛情という真実だけはたしかに残ったという構成も、虚実のメリハリが効いていて非常に印象的でした。
『人間的愛情を持ったまま、陰謀劇の中に飛び込む』って言う立場が、執事さんと響き合ってるのも良かったな。

『アーロンがスパイとしてそれなりに優秀だからこそ、結城中佐の仕掛けた周到な罠に嵌り込む』という構図も、敵味方知力の限りを尽くして騙し合うエスピオナージ・アクションの醍醐味があって、とても良かったです。
アーロンを無駄に殺さず、奪いはしても辱めはしない決着の付け方も、殺人と自殺を軽蔑する結城中佐のスタイルが徹底されていて、彼の株があがるものでした。
ぶっちゃけD機関は後出しジャンケンなんでもあり組織なので、引き立て役を踏みつけし過ぎない加減が大事だと思うのよね。

今回語られたオリジンは虚妄だということになっていますが、執事さんが言っていたようにどこまでが物語でどこまでが事実なのか、最早判別はつかない。
幼年学校の段階ですでに日本的価値観からはみ出し、生存のために必要な工夫が卑怯と罵られるオリジンは、結城中佐の起源として非常に納得がいくわけです。
ここがよく出来ているから気持ちよく前半の近景に乗っかって、物語的裏切りを気持ちよく感じられるわけだけど、幼年学校をロックで開放的な組織に変えることは出来ず、まんまと退学させられている当たりは今と共通だなぁと感じました。

無論そういう読みも、結城中佐の張り巡らした虚妄の網に絡まっているだけで、事実を捉えているとは限りません。
真相の程度をごちゃごちゃ説明せず、藪の中に放置して終わったことは、結城中佐の怪物性を維持し強化する上で、なかなか良かったと思います。
怪物は名前が知れ、起源が知れ、能力と限界が見えてしまえばあとは倒されるだけになってしまうわけで、D機関という諜報の怪物、その中枢に潜む最大の謎を謎のままにしておくことは、このお話を終わらせず加速させていくうえで大事なのでしょう。
これだけ底が知れない状態に主役を維持しておいても、『ま、日本の気質は変えられず敗戦はするわけだがな!』という事実が横たわっていて、上手いとこ怪物一人勝ち状態を楽しめるよう、色々工夫してんなぁと感じます。


というわけで、一人の英国人スパイが全てを奪われつつ、一番大切なものは守りぬくお話でした。
勝ち役と負け役の配分がいい具合で、思う存分さすDして楽しみつつ、歯医者の背負った物語に思いを馳せることも出来る、なかなかリッチな短編でした。
虚実の組み上げ方が巧みで、結城中佐に振り回されたアーロンと同じ酩酊を感じながら見終われるのは、とても心地よかったです。
こういう感じの気の利いた作り、短編としての収まりの良さは、やっぱこのアニメの大きな魅力よな。