イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

orange:第4話感想

先に立たない後悔を、時空を歪めて折り返し。長野に咲く甘酸っぱい青春の花、四話目であります。
顔で選んだらくっそ面倒くさい独占地雷女だった上田パイセンを前に、菜穂が立ちすくんだり背中を押されたりするお話でした。
攻めた演出とか混ぜつつじっくり進むペースは、やっぱ『時空SF』よりも『恋愛青春』に寄った感じだ。
しかし『時空SF』の部分も蔑ろにされていないというか、二つのジャンルの間のギャップを巧く使って話を掘り下げもしていて、面白い描き方だな。

というわけで、くっそ面倒くさい菜穂がくっそ面倒くさい思考に陥り、くっそ面倒くさい顔だけ地雷女に捕まった翔くんをまえに右往左往する展開。
ざわついた群衆のノイズを意図的に目立たせて、ウロウロ迷って落ち着くところのない菜穂の心境を巧く演出していたのは、このアニメらしい攻めた演出だと思いました。
日常感を音で演出する意味合いもあるんだろうけど、普通のアニメではカットしてしまう要素をあえて拾ってノイズを作り、場面を支配している感覚を視聴者に伝えるのは面白いなぁ。
繰り返されるカエルとか、妙にリアルなアイスクリーム製造装置とか、なかなか独特な演出が多くて好きですね、僕は。

そういう尖った演出で見せられるのは、誰もがいつか経験しただろう、在り来りののためらいと後悔。
手紙に『翔死ぬんでよろしく』ってどエライこと書いてあるのに、『翔と先輩のムード悪くなったら嫌だし……翔のために挨拶しないんだし!!』って言い訳パなしてバックダッシュを始めるあたり、最高に面倒くさかったです。
作中菜穂が言っているように、『現在』の彼女はまだまだ未熟な高校生であり、今回見せたうろうろがどんだけ正しくないように思えたとしても、彼女の自意識の中でそれが精一杯のあがきだってことは、まぁ否定出来ない。
なのでその精一杯っぷりにじっくりカメラを寄せて、じわじわ見せる時間の使い方は細やかでいいと思います。

その上で、翔の死を回避するという道徳的意味でも、菜穂が本心を覆い隠しているという心情的意味でも、翔に声をかけないのは良い行動とは思えなくて。
そこら辺を暗示するべく群衆ノイズを意図して入れてるんだろうし、我らが須和くんが圧倒的な人間力でもってルートを切り開き、正しい行動を取るアシストをしてくれもする。
クソみたいな青春バクステこすろうとした瞬間立ちふさがって、道義的にも個人的にもより『正しい』方向に友人を導いてくれる諏訪くんは、マジで人間太いと思います……ほんといいやつだなアイツ。
主人公たる菜穂が相当なウジウジガールであり、攻略対象の翔くんも内にこもりがちなので、須和くんくらい人間力あるキャラが引っ張らないと話が外側に広がっていかないってのもあるだろうけどね。

今回菜穂が一旦逃げ出して、須和くんに背中を押されて翔に向かい合う一連の運動が『正しい』のは、『死』という絶対的な結果を避けるという社会倫理的な側面もあるのだけど、青春の懊悩をぶっちぎって、自分のやりたいこと・やるべきことを為すというドラマ的な正しさが強いと思います。
モノローグを多用することで、菜穂が囚われている自意識の檻がどれだけ堅牢で、なかなか突破しづらいのかってのはよく見えて、その障害が大きいほどに、それをぶち抜いて『正しい』方向に切り返した時の気持ちよさは大きい。
じっくり時間をかけて描写することで、彼らが気持ちのいい連中であり、あるべき自分を『正しく』発揮して欲しいと願える『良い奴ら』なのは視聴者には分かっているわけで、見ている側のやって欲しいことをやるという意味での『正しさ』もあるかな。


ジックリとタメてタメて、精一杯だけどどうしても出来ない足踏みもしっかり見せて、そこで背中を押してくれる友人のかけがえなさでブーストして、ようやく未来が少し変わる(かもしれない)。
ここで描かれている感情の動き自体は、非常に普遍的な青春の運動なんだけど、それを活き活きと見せる道具である『未来からの手紙を受けての運命改変』は、このアニメ独特のギミックです。
時空SF的な要素を取り込むことで、菜穂の小さな勇気が『翔の死』という約束された運命を変え、命というかけがえないものを取り戻せるのかどうかというサスペンスを巧く見せることができているのは、このお話の強いところだと思います。
『『正しい』自分に近づくことでより良い結果が出る』という構図自体は、例えばスポーツ大会モノや恋愛モノもだいたい同じなんだけど、時空SFという道具立てを選ぶことでオリジナリティが出ているし、ただ選ぶのではなくストーリーの中で使いこなしてもいると思います。

例えば『時空SF』の方をメインにした先行諸作品("シュタインズ・ゲート"とか"まどか☆マギカ"とか)では、主人公の自己同一性は時空を飛び越えても保持され、『現在』と『未来』は一つの認識で強く結び付けられています。
守れなかったもの、守らなければならなかったものへの強い思いが維持されることで、世界で唯一運命を変えようとする主人公の特別性は強調されているわけですが、このお話では逆に『現在』と『未来』の間のギャップを強調し、『未来の記憶は、現在の経験ではない』ことを軸に話を作っています。

この独特の操作は、この話が青春の物語であり、日常を変えうる小さな勇気や、心がわからない他者への想像力をどう育むのかを、とても大事にしているからでしょう。
作中『現在の菜穂』が言葉にしていたように、『未来の菜穂』は自分とは違う存在であり、その体験も記憶も痛みも後悔も、結局は他人事です。
しかし同時に『未来の菜穂』は菜穂自身でもあり、『他人なんだけど、同時に自分と似た、歩み寄れる存在』という典型的他者として存在している。
自己と他者の間に開いているギャップをどう認識し、どのように歩み寄って乗り越えていくかという問題は、青春や成長にまつわる普遍的な問いであり、『現在の菜穂』と『未来の菜穂』が記憶を共有しないのは、他者との間にどうかけ橋を作っていくのかという、ありふれた青春の悩みを鮮やかに語り直すためだと、僕は思います。

須和くんの助けを借りることで、菜穂は自己憐憫に満ちた言い訳をひっくり返して、『未来の菜穂』という他者の後悔を自分のものとして受け止める。
他人の痛みを自分のものとして、切迫感を背負って走り出せるか否かというのは、より善い人間として成長する上でとても大事なことであり、菜穂が今回駈け出したのは自分の恋心だけではなく、より広くてより『正しい』大人への第一歩でもあるわけです。
このような成長の構図もまた普遍的なものですが、それを成り立たせいている道具立ては『未来からの手紙』という非常にSFチックな小道具であり、それが作品の独自性にもなっているわけです。

繰り返される悲劇性やタイム・リープの非日常性ではなく、他者との断絶や小さな勇気を重視した結果、『記憶が引き継がれない』という設定を乗せたこの話は、自分が両足を置いている『青春恋愛物語』と『時空SF』というジャンルをよく理解し、巧妙に操作していると感じます。
青春のどーでもいい、しかし誰もが経験する普遍的な物語の中に、『未来からの手紙』という独自のギミックを放り込むことで、ありふれていて大切な、何度語り直しても良い物語を新鮮に再話する試み。
それを成り立たせるのに必要な、繊細で冷静な語りの技術と、キャラクターたちが歩む物語への愛情がこのアニメにはしっかりあって、見ていて信頼できるし愛おしい。
良いアニメだなぁって思います。


その上で、個人的な好みとしては先輩をただの『イヤな女』『菜穂を足踏みさせるための障害』『翔との恋愛の値段を上げるための競り相手』で終わらせてほしくはなくて。
菜穂と翔というメインキャラクターだけではなく、須和くんやあずちゃん、貴子に萩田くんという仲間たちも各々魅力的に描く筆があるだけに、先輩をただの束縛地雷女で終わらせてしまうのはもったいないなぁと思ったり、思わなかったり。
六人が一緒にいる時のダラーッとした心地よさを先輩に分けてくれれば、『ああ、この世界には主役も脇役もなくて、みんな必死に自分の物語を生きてんだな』って感覚がより強くなると思うわけです。
ぶっちゃけ先輩の物語的な仕事は、菜穂の翔への恋心を煽り、翔が本当は誰が好きなのか気づかせた時点で終わってるっちゃあ終わってるんですが……後一本、いい具合の逆転ホームランを演出して人間味が出ると、マジ最高って感じなのね、自分的には。

そこら辺もひっくるめて、今後の展開が楽しみになる第4話でした。
『翔に恋人が!』という小さな問題はクリアして、『翔の死の回避』という大きな問題はまだまだ保留中という状態ですが、また小さくてかけがえのない青春プロブレムが飛び出してくるのか、はたまた何か大きな動きがあるのか。
なかなか先が読めないですが、それが楽しいってのは良いアニメですね、本当に。