イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

orange:第7話感想

松本に日本中の青春力が凝集していく甘くて酸っぱいアニメーション、今週は花束を君に。
長野一いい男こと須和くんが次元超越仲間に加わり、圧倒的な人間力で菜穂の超えられなかった壁をグイグイ押し込み、状況を進める回でした。
マジ須和くんのエゴ・コントロールが聖人を遥かに超えた何かに到達しており、頼もしいやら嬉しいやらちょっと痛ましいやら、須和くんマジ須和くんって感じだったなー。
恐れず前に出る須和くんを見ることで菜穂も踏み出し、恋人同士になって万事解決! と思ってたらまた不穏なナレーションが流れて、『どんだけ翔めんどくさいんだ……まぁ肉親死んでるしめんどくさいのは当たり前か……』と思いました。

未来パートと現代パートはこれまでも綺麗な対比を作って、『死への後悔』『取り返せない時間』というメインテーマをクッキリ浮き彫りにしていました。
取り返せない後悔をどうにか取り戻そうとする、26歳の青年たちのあがきが切なく痛ましく、少しだけ滑稽だからこそ、その祈りを引き継いだ現在の16歳たちの行動も、重たく見えてくる。
今回は『祝えなかった誕生日』と『祝えた誕生日』を綺麗に対比させることで、このお話の真ん中にある断層と、そこを乗り越えられるかもしれないという希望は非常にはっきり見える回でした。

未来の翔は写真立ての中に閉じ込められていて、16歳のまま永遠に年を取らないわけですが、現在の翔は生きて、笑って、ときどき死にたがる。
既にある種の『敗戦』で決着が付き、それでも愛おしさゆえに諦めきれない未来の人々の肖像画は、届かないプレゼントを祭壇に捧げる仕草の中に巧く凝縮されていている。
そんな切ない後悔は手紙の形で過去に届き、少年たちは不器用に、滑稽に、しかしまごころたっぷりに、大人になってしまった生存者たちが叶えられなかった願いを形にする。
二つの誕生会は時間や因果を超えて届くものと、どれだけ願っても取り返せないものが同居する不思議な空間であり、それはこの作品全体にも広がっているものです。

26歳になって家庭や仕事を持ち、よくも悪くも高校生ではなくなってしまったかつての少年たちが、細かいプレゼントの差異で表現されているのもすごく良かったです。
10年経ってようやく用意出来た花束は、過程人の財力を反映して大きく立派なものだけど、本当に必要なときには間に合わなかった虚栄の華でもある。
16歳の須和くんが差し出した小さな花束は、少しみすぼらしいけれども、人一人の命を救えるかもしれない、希望に満ちた花束でもある。
10年の時を隔ててエピソードの中で対比される花束は、10年間という時間、未来と現在、もう取り戻せない世界と取り戻せるかもしれない世界という、非常に大きなものの対比として機能していました。


そんな花束を抱えた須和くんも、『手紙』持ちとして翔攻略戦に堂々参戦。
菜穂への恋心を押し殺すでもなく、暴走させるでもなく、完璧に手綱を握りきって親友の死を回避しに行く圧倒的人間力は、後光がさしていないとおかしいレベル。
人間誰しも持つ身勝手さを持ってないわけじゃないんだけど、理性と優しさでコントロールし、賢さと洞察力で必要な行動を見極め、勇気と繊細さをを持ってデリケートな領域に踏み込んでいく人間的完成度の高さに、『俺……こいつのことまた好きになっちまう……』って感じだった。

菜穂がうじうじメンタルの等身大高校生として描かれ、主役に必要な『なんで正解引かないかなぁ……でもその気持、少しだけ分かるなぁ』という視聴者からの共感を担当している以上、菜穂の仕事は自分と他人の境界線を前に足踏みをすることです。
その足踏みと恐怖は、万能ならざる人間なら誰しもが感じるところで、それを丁寧に描くことこそが、境界線を踏み出した時の感動にも繋がる。
しかしあまりにウジウジ足踏みを続けると話が先に進まないので、人間としての『正解』を常に選び続ける須和くんが、手本を示して踏み込み、超えられない一線の中から菜穂の手を引く立場になったわけですね。
人間力のお手本としてだけではなく、話の進行役としても最高にいい仕事してんなぁ須和くん。

大好きな菜穂と恋仲になる欲望は、須和くんも持っていると思います。
しかしそのための犠牲として翔を捧げるような不正義に彼はうなずけないし、翔自身にも強い友情を感じているし、手紙に描かれた後悔には強く共感でき(ここらへんに菜穂が時間かかったのとは、面白い対比ですね)てしまうし、翔を見殺しにするという選択肢は須和くんにはない。
しかし菜穂が好きなのが翔である以上、命を助ければ菜穂と結婚する未来は(少なくとも『現在』の須和くんには)訪れない。
賢い彼のことなので、ここら辺はすべて飲み込んだ上で手紙を出したし、手紙を受け取って運命改変に動いているんだと思います。

ここら辺の『エゴがないわけじゃないが、それでも前に進む』という姿勢がちゃんと描かれていることで、須和くんが無私の聖人ではなく、人間らしい血潮を宿した決断と勇気の人だということが、しっかり伝わる。
結果彼の行動は心から応援できるし、彼に支えられ勇気づけられて菜穂が『正解』を選ぶ行動にも、凄い説得力が出る。
二律背反的な要素をしっかり描いて、そこで迷ったり踏み出したりする様子に説得力を出しているのは、菜穂の思春期らしい逡巡や、あまりにもナイーブだけどそれも納得がいく翔の重たさにも通じる部分でしょう。

人間一人の心に踏み込むことがどれだけ重たく難しいかってのは、前回の夏祭りデートでしっかり書きました。
あれだけムーディーで愛に満ちた体験があっても、『母を殺してしまった』という翔の自責の念、親子の捻くれた関係の壁は堅牢で、土足で上がり込めるものではない。
そういう難しさをしっかり把握した上で、真っ直ぐに翔を見つめ、自分の気持を伝わる言葉にし、翔の痛みを分かちあおうと手を差し伸べた須和くんの勇気は、凄い力強いものでした。
とりあえず道徳の教科書に乗っけていいレベルの聖人力よな、ホント。

須和くんの人間力に比べると、翔があまりにも面倒くさい生き物にも見えてきますが、そのナイーブさは大事なものだと思います。
家族という個人的な関係の暖かさと難しさ、どれだけ友人関係が充実していても癒やされない自責の傷、母と子の複雑な共犯関係とその破綻。
翔が自死を選ぶことになる内面はとても複雑で、何度感動的なイベントを積み重ねても攻略できない、複雑で困難なものです。

それは人間という生き物が持っている心の面倒くささでもあり、人間と人間が繋がることの面倒くささ、『死』を目の前にして『死』を望む気持ちの面倒くささでもあります。
そういう問題は人間の根幹的な問題であり、早々簡単には解決できない、とてもややこしいもも。
翔があまりにもきらびやかな青春に包まれつつも、早々簡単に『死』を諦めない姿は、彼に代表される人生の問題の重たさを担保してもいます。
そういう重たさと、菜穂が代表している思春期の面倒くささを同時並列的に扱っている視点は、色んなモノを大事にしている感じでとても好きだったりします。

段々と翔の記憶や内面が描かれるようになってきて、彼がどういうロジックで『死』を望んでいたのかも見えてきました。
能登麻美子の声がまたいい仕事をしていて、靴を捨てるシーンは『ああ、そりゃこじれるわ、面倒くさくなるわ。好きだけど嫌いで嫌いだけど好きで、マザー・コンプレックスに捕らわれて心の置き場がないわ』と納得できるいい演出だった。
四月は君の嘘”でも、息子に呪いをかける死母やってたなぁ麻美子……。
母親が好きだったからこそ後悔し、嫌いだったからこそ突き放し、もう一度関係をほぐし直したいけれども、向かい合いたくても相手は死んでしまっていない。
しかもそれが自分由来かもしれないと思い悩めば、ざーさん声の彼女とキャフフしても、長野の聖人に熱く抱きしめられても、どれだけいい友人たちがいても、なかなか思いきれないよなぁ。

今回須和くんが見せた知恵と勇気を無駄にしないためにも、翔にはぜひ『生』の可能性を掴み取って欲しいところですが、まだまだ長い戦いになりそうだ。
『死』に加えて『家庭』というまた別の重たい問題がからみ合ってるところが、解決まで長そうな要因だよなぁ……26歳の青年たちは巧くやってるけど、16歳のボーイズはおばあさんと心を通わせられるんだろうか?
とまれ、菜穂が須和くんに勇気をもらい境界線を踏み出した今回の動きが、翔の未来(つまり物語の結末)を暗示していると信じたいところです。


須和くんが人間力のハンマーで暴れまわったのが目立ちましたが、相変わらずワキ役もいい仕事をしていました。
あず&貴子の女子チームは須和くんを全面に立てつつ、欲しいところでしっかりトス出してくれる良い友人っぷりで、ありがたいやら可愛いやら。
あずちゃんが体育の時二つ結びにしているのとか、メインの話の脇でどーでもいい話してるのとか、凄く好きです。
あんだけ的確にアシスト上げてるところを見ると、女子チームも眼鏡も手紙貰ってんだろうなぁこれ……翔攻略戦は友人全員の総力戦になりそうだ。

んで、今週も未練タラタラでちょっかいかけてくる上田パイセンの負け犬っぷりも最高でした。
あんだけオラオラしてたのに、貴子のビンタ未遂で『ひっ!』って身体縮めちゃうところが、悪役に徹しきれていなくて好きです。
いろいろと性格ブスな部分もあるけれども、翔のことが好きって気持ちだけは本物なのだなぁ……それだけでは事態が解決せず、素直さと優しさと強さを兼ね備えないと人間一人の命は背負い込めないと見せる意味でも、上田パイセンはいい仕事しておる。
今後も手紙をもらえなかった側の人間として、負のカルマを思う存分発揮していただきたいところだ。


と言うわけで、信州一完成された人格者須和くんが、思う存分人間力を振り回すエピソードでした。
前々から彼の正しさ強さ優しさには引き込まれていたので、停滞していた情勢をぐいっと前に進めてくれたこと含めて、良い話だった……。
その人間力をうじうじ菜穂がちゃんと受け止めて、応えるべき問にちゃんと答えたところとかも、思わず拳を握りこむ充実した展開でした。

とは言うものの、『死』と『家族』と『思春期』が複雑に絡み合った翔の攻略は、生半可では行かない。
人間一人を『生』の岸に留めるのがどれだけ大変で、どれだけ尊いか見せるためにも、こっからまた話が面倒くさい方向に行きそうです。
そういう面倒くささだけでなく、その先にある輝きにしっかり目を向けているお話なので、こじれたとしても安心してみてられるんですけどね。
どんどん迷わせ、足踏みさせ、ウジウジイライラさせて欲しい。
それが大きければ大きいほど、それを乗り越える人間の強さには、分厚い説得力が宿ると思うので。