イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

orange:第12話感想

俺達が戦うのは運命とか時空の矯正力とかそういうんじゃなくて青春の自意識、色々タネ明かしなラスト一個前。
翔のクローゼットを開放して死にたくなる事情を公開し、菜穂との間に広がる冷戦状態を描写し、なんで『手紙』が届いたかというロジックを付けて、最終決戦に挑む状況を整える話でした。
あらゆる場所に出口がない、混乱して閉塞した状況を描きつつも、菜穂が自力で痛みやためらいを乗り越え一歩進もうとした所で終わったのは、一筋の希望っぽくてよかった。
バミューダ・トライアングルに関しては、まぁなんだ、そういうこともあるだろう。
実際時空転移のロジックにこだわる話ではないので、あれくらいふわっと奇跡が起きるのは俺的には全然アリです。

つーわけで、まずは翔の死にたい力が高まって実際に死ぬまでのルートを、翔の一人称でじっくり追いかけるところから始まりました。
これまでも辛そうさ満開だった翔ですが、翔にしか知り得ない内面や秘密をたっぷり詰め込んで進行する今回は、より緻密でディープに事情がわかってくる話でした。
翔の目を借りないと、自死を望む最大の要因『母親』の詳細がわかんないところに、『家族』にまつわる障壁の高さが感じられた。

こうして一人称で語られてみると、翔の混乱した心情がよく見えます。
助けて欲しいけど罰して欲しくて、優しくしたいけど怒ってしまって、繋がりたいけど拒絶したくて、生きたいけど死にたい。
人間が生きるということはロジックで解決できない矛盾と向き合うことなんでしょうが、翔は『母の死』という最大級の理不尽をいきなり叩きつけられてしまって、矛盾を解決する足場を完全に失ってしまっています。
結果自分の感情を制御できず、望んでいるけど望んでいない行動を実行して、罪悪感と無力感に苛まれて鬱が悪化し、更にコントロールを失っていくという……。

母に勝手に行動され勝手に死なれて相当傷ついたのに、痛みに振り回されるあまり自分が見えなくなって、母と同じ行動を取ってしまう。
この矛盾に一切気付け無いあたり、翔の余裕の無さは相当なものです。
言葉をうまく扱えず、自分の中に溜め込む性質は親譲りだな……DV気質まで受け継いでたらどうしよう……。

翔はなまじっか『良い子』なので、人に嫌われることに耐えられないから自分を預けられず、混乱し傷ついている自分をさらけ出すことも出来ない。
自分で解決しきれない問題を、自分で抱え込み続けてしまうことが彼の問題が悪化する原因の一つなんですが、まぁナイーブな高校生男子にそういう勇気を持て! というのも、なかなか難しかろう。
みんながみんな須和くんみたいな強さと優しさと行動力を持っているなら、この世は理性が支配するユートピアなわけだけど、そういうわけじゃないからね。
そういう翔の限界と現状をしっかり飲み込ませて、理想はどうあれ今の翔には打てる手筋が無いのだと視聴者に理解させるのが、今回のAパートだったのかなぁと思います。

今回死に至るまでの流れを翔目線でやったことで、翔が陥っている袋小路は凄く明確になったと思います。
矛盾に苛まれつつ、矛盾自体を一切自覚できておらず、矛盾から抜け出るなり開き直るなりの解決法が、自分から一切出てこない状況。
自力で解決できないなら他人に頼るしかないんですが、お祖母さんから提示された療養も断ってるし、菜穂を拒絶するために笑顔の仮面を思いっきり被るし、ホント難易度高いな翔生存ルート……。

矛盾に振り回されまくっている翔の、自分ではどうしようもない内面で顔面をボゴボゴにされた菜穂は、ナイーブな高校生女子らしく色々悩みます。
好きな娘に連れなくされれば当然辛いし、距離を開けたくもなるし、無力な自分にも涙を流す。
今回は最終回を前に、主人公とヒロインが現在どういう状況にいて、どういう心境で日々を過ごしているのか、時間線を飛び越えながら確認していく回だったんでしょうね。
こういう部分のどっしりとした語り口、繊細な表現力がお話を支えている作品なんで、モノローグを多用して丁寧にやるのは、大事だし必要だと思う。

翔の混乱と同じように丁寧に描かれたのは、これまで通り『等身大の女子高生』な菜穂の無力さであり、それを受け入れて先に進もうとする決意でした。
翔と同じように混乱し、狭い世界に視界を塞がれつつも、生産的で開放的な方向に舵を切れているのは、『死』という決定的な傷を菜穂が背負っていないからだとは思います。
あんな死に方されたら、そらー翔も袋小路に入るしか無い。

しかし恵まれた場所にいることは特権であっても越権ではなく、『死』を身近に知らない者の身勝手こそが、『死』に喉まで使ってしまったものを引っ張り上げる足場になることだってある。
というか、他人を救うために手を伸ばす行為それ自体が身勝手なものであり、翔を取り巻く袋小路をぶち破るためには、何度でも無神経に踏み込むしか無いわけです。
それが『ヴァレンタインデーにチョコを上げる約束をする』という、青春真っ盛りイベントの形で表明されるのは、充実した青春という表層と、その奥でうごめく『死』の間に広がる乖離(そして交流)を描いてきたこのアニメらしくて、ちょっとホッとした。

分かり合えない痛み、情けない自分への苦さを飲み込んで、足を止めずに前に進もうとする菜穂は、『死』と『家族』から一歩踏み出した、生きることにした翔の予言図でもあります。
少しの勇気を出して自分の混乱を見つめ、矛盾を確認し、痛みを制御して他人と向き合うことができれば、翔の袋小路には出口が生まれる。
言葉で言うのは簡単ですが、それが簡単には出来ないからこそ、ここまで話数を使っているわけですが。

しかし他人に支えられなければ前に進めない心は、同時に自分だけが自由に扱える厄介な荷物でもあります。
菜穂が決意を込めて一歩踏み込んだような、静かな強さを翔が取り戻す以外に、『死』に囚われた袋小路を抜け出す方法はない。
そのための手助けは親友たちがやってくれるから、自分を許してあげて欲しいと端から見てると思うけども、まぁなかなか難しいよな……。


そんな面倒くさい状況を確認しつつ、小さな希望に決意を込めて先に進む回でした。
いやー、こうして丁寧に確認してみると、翔本当にドン詰まりだな!
矛盾にがんじがらめにされてどこにもいけない少年を、青春ど真ん中の高校生たちは救い上げることは出来るのか。

そのために話数を積み青春を共有してきたこの物語ですが、次回の一時間スペシャルでその結末がでます。
須和くん筆頭にみんな精一杯やってきたので、それが報われる最終回になって欲しいものだと、切に思います。
泣いても笑っても次で最後、青春の成れの果てがどこに行き着くのか、少し怖くてとても楽しみです。