イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

アイカツスターズ!:第25話『ブロードウェイ☆ドリーム』感想

無印から看板を引き継いでそろそろ半年、3クール目にかからんとするスターズにやってきたのは、圧倒的な仕上がりの傑作でした。
お仕事回でもあり、群像劇でもあり、個別にキャラを掘る回でもあり、出会いの回でもあり、ドラマ回でもあるという欲張りな過積載を、適切なキャラ把握と手際の良いお話捌き、一貫したテーマ性で走りきる凄まじいエピソードとなりました。
ぶっちゃけ、映画版含めて『エピソード単品での完成度』という意味では、スターズで図抜けて高い回でしたね。
控えめにいって、大傑作です。


今回のお話、あらすじを追いかけると『生徒が役者も裏方も担当する劇を作り上げる過程で、ゆめ達一年は意外な才能や楽しさを見つけ、新しい可能性に飛び出していく』となります。
今回のお話はあらゆる局面で『表面化していなかった深層が、表に出てくる』『表向き真実だと思われていたものが、実は副次的なものに過ぎなかった』驚きを軸に回転していて、この脱皮とも変化ともとれる運動をあらゆる領域で手際よく繰り返しています。
これによりお話自体が活発な新陳代謝を積み重ねて、キャラクターは意外な一面を発見/発露し、『劇を作り上げる』というドラマも停滞することなく高速で展開する。
話にもキャラにも止まった場面が一切なく、生き生きと動き回るため、非常に元気で楽しいエピソードとなりました。

『表』が『裏』に、『裏』が『表』に入れ替わる楽しさを維持するために、今回のお話は様々な仕掛けを盛り込んでいるのですが、まず目立つのはアイドルという『表』が制作スタッフという『裏』を兼任する劇の作り方です。
主役として光の当たる場所で物語を進んできたゆめは今回、舞台上での役を一切与えられず、ツバサ監督の補佐という、きわめて地味な仕事を担当します。
しかしステージの裏に潜ってみれば、自分で思いついたアイデアが活発に採用され、自発的な学習が即座に結果に結びつき、ともすればアイドルとして脚光を浴びるよりも観客を楽しませることが出来る、やりがいのある仕事でした。

アイドルとして『表』で自分がショウアップされている間は気づくことが出来ない、ステージを組み立てるために必要な『裏』の仕事。
その面白さや必要性に自発的に気付き、真剣に取り組むことで、一年生たちはキャラクターとして大きく成長するし、その魅力もどんどん増していきます。
『すばキチ』というキャラクター性をあえて引っ込めて(そしてツメのタイミングでしっかり記号を使う所が巧すぎる)、ただの熱心な『裏方』に徹したあこの描写などを見ても、非常にプレーンでオーソドックスな努力の魅力が引き出されているのが、よく分かると思います。
今回描かれるあこがこれまでにないほど真剣で魅力的なのも、『自分に自信のある、ちょっと思い上がった女の子』という『表』を引っ込めて、『劇を作り上げる行為そのものに熱心になれる、真摯さを持ったアイドル』という『裏』が出ていたからかもしれません。
仕事への取り組みが非常に熱心かつ自然なので、キャラクター単品だけではなく、各々の持ち場を支え合う組み合わせの魅力もどんどん引き出され、掛け合いの楽しさも加速していました。

ゆめが学び取った『裏』の楽しさの反対側にあるのが小春でして、引っ込み思案で他人のサポートばかりしているように見えた彼女は今回、『セクシー』という属性を良作画で存分に発揮していました。
地味眼鏡にしか見えない彼女が、実は一年生随一の憑依型演技者であり、ゆめやローラが体現できない『セクシー』という魅力を隠し持っていること。
ゆめが舞台に上がらないことで新しい魅力を発揮したように、小春は脚光を浴びることで意外な魅力を引き出され、新しい可能性に目覚めていきます。
ここら辺のリアクション役として、真昼経由で因縁はあるけど直接の面識はない朝日を使っていたのは、身内が身内に性欲を向けることへのおぞましさをさらっと描いていたのも含めて、なかなか見事でした。


今回のお話が優れているのは、今まで発露していなかった『表/裏』の魅力を高値で描きつつも、キャラクターの持つ素顔が間違っていたのだ、とは描かないことです。
ゆめが舞台を作り上げていく楽しさに惹きつけられるのは、これまでアイドル一年生として『表』で経験を積み、ある程度以上ショウビズの構造や魅力を理解しているからこそ。
小春のサポーターとしての優秀さだって、バックダンサーZとしての見せ場と同じくらい、しっかり描かれています。
これまで見えなかった場所の魅力を見つけたからといって、これまで積み上げてきた経験や発見が無になるわけではないし、今回学び取った新しい可能性を足場にすることで、自分らしさをより強く発揮することも出来る。
今回のエピソードで描かれた『表/裏』は対立的なものではなく対比的なものであり、お互いがお互いを引き立て、支え合う大事な相関を持っているわけです。

このような新しい魅力に出会うために、非常に大きな仕事をしているのがS4でして、表舞台で輝くスーパースターという、これまで描かれた『表』の魅力だけではなく、後輩のアイデアを受け止め引き立て伸ばしていく、メンターとしての強さが的確に描かれていました。
最初は新しい可能性に戸惑っていた小春が、演出家/監督/衣装担当としてのS4に導かれる形で才能を発露させ、秘めていた輝きを見つける。
もしくは、白紙の小春をキャンバスにしてアイデアを出し合い、矢継ぎ早に形にしていく先輩を見ることで、ゆめ達が仕事のやり方を覚えていく。
今回のS4は主人公たちよりも先に物語世界に飛び込み、経験を積んでトップとなった『先輩』の頼もしさを、存分に発揮していました。

ここでも個別の魅力をしっかり掘り下げる方針は徹底されていて、几帳面なツバサ先輩はオーソドックスかつ的確に監督の仕事をこなし、天才肌のゆずはアイデアを即座に的確な形に仕上げる瞬発力を見せています。
『裏』の楽しさを知ったゆめと『表』に立つ資格を証明した小春、もしくは『裏方』としての資質と『役者』としての魅力を同時に発揮した小春のように、S4それぞれの優秀さはそれぞれの個性を持っています。
ツバサとゆずがそれぞれ責任者の重責を果たすやり方は違うが、両者の個性はしっかり仕事に反映され、後輩に道を示し、成功体験を与え、成長のための足場を作り上げ導く、非常に尊い結果を生み出しています。
大切なのは自分らしく自分の役割をはたすことであって、凝り固まった役割のイメージに自分を当てはめることではないわけです。

劇の成否に関わる仕事人の魅力だけではなく、キャラクター単品としてもS4の『裏』が出ていたのも、なかなか素晴らしかったです。
『自由過ぎるアイドル』の顔を存分に発揮しつつも、演出として冷静にステージをコントロールし、S4として的確に指示を出すゆずの真面目な表情。
最近ちとポンコツ方面が強調されがちだったツバサ先輩の、スーパークールで怜悧な才能と、『セクシー』という新しい魅力の発見。
これまで描いてきた『らしい』側面を見逃さないからこそ輝く、『らしくない』良さが的確に演出されていて、彼女たちをもっともっと好きになれるのも、このエピソードが優良なポイントになります。


『裏』と『表』が行ったり来たりする今回のお話を収める器として、複層的なメタ構造が巧みに利用されているのは見逃せません。
題材自体が『ショウビズを扱ったショウ』ですし、本来隠されている『舞台裏の努力』に主役であるゆめが取り組むことで、それが『表』に出てきてしまう逆転が本筋の段階で組み込まれています。
学生たちの溌剌とした活気を燃料に、学園祭で準備される『劇』と、我々がモニターの外側で楽しむ『劇』、そしてゆめ達キャラクターが精一杯、全力を尽くして立ち向かうアイドル活動という『劇』は全て並列して加速していき、いつしか『表/裏』の区別がない混沌とした快楽へと変質して行きます。
『表』も『裏』も関係なく、役者もスタッフも渾然一体と、ただ三昧に舞台の成功だけを目指せる熱心の境地にゆめたちは辿り着くし、それが『アイドル活動』という大きなテーマを成立させる最大の鍵であったりもする。

これを表現のレベルで加速させたのが、2D作画によるシームレスなステージ表現だったと思います。
『舞台』と『舞台裏』が質感のレベルで明確に区別され、そこに飛び込む前段階がドレッシングルームとして明確化されている3Dライブではなく、作画カロリーを一気に燃やしてまで2Dライブを選択したこと。
春ちゃんの3Dモデルがないとか他にも色々理由はあると思いますが、やはり最大の理由としては『舞台裏』を追いかけてきたカメラと『表舞台』を描くカメラの間に、つなぎ目を作らないことが主眼ではないかと思います。

あのステージの仕上がりは『裏方』として必死に走り回り、アイデアを出してきたゆめが見せたかったものに直結し、エピソードの成否そのものにもなりますが、一切文句のつけようがない見事な出来だったと思います。
S4のアイデアの引っ張り上げ方とかもそうなんですが、今回のお話は主人公たちの果敢なトライが綺麗に結果に結びつき報われる展開になっていて、充実感がありました。
今回少女たちは(まぁいつも頑張るお話なんですけども)必死に走り回っていたので、試練を乗り越えた先に明瞭な手応えと結果が待っていてくれるのは、見ている側としても嬉しいものです。

お話は最終的に『裏』であるはずの楽屋準備を『表』に上げ、観客を楽しませる演出へと走っていきますが、これが『舞台裏』の魅力をゆめが学び、全力で向かっていくお話全体の構図と重ね合わされているのは、間違いありません。
作品内部で展開されるメタ、作品を飛び越えるメタの巧さが最高潮に達するのは、全てが終わったその瞬間だったりします。
ステージが成功裏に終わり、その熱狂を冷静にコントロールしていたゆずが『スイッチを切る』ことで幕が下りるエンディングの作り方。
名曲"Episode Solo"の『アウトロが終わると イントロが流れてくる』という歌詞すら演出に組み込んだ仕上がりには、軽い畏怖すら覚えました。
これだけ沢山の成長と成果を孕んだエピソードすら、スターズ全体の中ではあくまで一つの物語でしかないわけで、大事なのは『次の曲』へとしっかり繋げることというメッセージが、あの繋がりだけで生まれてしまっているもんな……巧すぎる。


事程左様にいろんなものが詰め込まれた今回のエピソード、メイン以外のキャラクター捌きも堂に入ったものです。
学園内のアイドルを多数出して魅力を引き出すだけではなく、ゆめのファンの女の子とか家族とか、袖摺りあった他校のライバルとか、短い手番で効果的に人数を捌いていました。
『人数がたくさんいること』は賑やかな魅力を生み出しますが、同時に扱いづらさと『このキャラクター、どういう意味があって物語にいるの?』という疑問も生み出してしまうものなので、回していく上では今回くらいの手際の良さが必要なのかもしれません。
今回は演出のテンポがかなり早めで、行動から結果が生まれるまで無駄にタメない回だったわけですが、この速さが人数を捌く足場となり、段々と舞台が熱狂していく速度を生み出してもいて、なかなかに噛み合っていたと思います。

脇キャラの使い方としては朝日がとにかく見事で、部外者として小春の魅力に引き付けられることで、彼女が輝かせた新しい価値を判りやすくショーアップしてくれていました。
『セクシー』であることはそれを消費する『男』の視線がなければ成立しないわけで、『男』である朝日が小春に引き寄せられることで、いい具合に小春の、そして劇全体の『セクシー』に実感が生まれていると思うわけです。
もちろんそれは、非常に気合を入れた肉感作画の説得力があってのことなのですが。
『男』の視線が生み出す嫌悪感を、夜空に代表してリアクションさせることでバランスを取っているのも、凄く上手かったです。

『セクシー』であるということ、『性的』であるということは無印でも扱われていましたが、世界に『男/女』の区別があるというリアリティを切り捨てて『おとぎ話』をギリギリ成立させていた無印では、あまり踏み込めない題材だったと思います。
夕方六時代のアニメとは思えないほどの『艶』を載せた作画含めて、今回スターズが『セクシー』を扱う猥雑な筆先というのは、煩悩や情欲すら込で『普通』の話を展開しているスターズだからこそ描ける、オリジナルなものじゃないかと感じました。
そういう泥のような感情も引っくるめて『アイドル』は飲み込み、輝いてしまう強さがあるのだと活写できるのなら、スターズにしか描けない『アイドル活動』は、より明瞭になってくると思います。


とまぁ様々にテクニックを駆使しているわけですが、お話全体をもう一度見渡してみるとあくまで真っ直ぐに、夢に向かう一段階として体温を込めて物語が展開されていることこそ、このエピソード最大の価値なわけです。
『表/裏』を掻き回すことで見つけた新しい発見、アイデアが形になっていく手応え、仲間と危機を乗り越えていく連帯感、極めて単純かつ激烈なショウの喜び。
このエピソードが物語である以上、巧妙な技法も複雑な構成も、全ては生きたキャラクターの感情を乗っけるために存在しており、このお話は常にその基本を見失いません。

矢継ぎ早に起こるイベントの中でゆめ達が何を感じ、どう喜んだかを的確に切り取れているからこそ、今回のお話は『傑作』なわけです。
沢山のキャラクターと、ゲームと連動した様々な意図が絡み合い、スターズのストーリー・テリングにまつわる状況は実はそこまでシンプルではありません。
しかし様々な劇作のテクニックを使いこなし、明瞭な意図とテーマ性を以って展開させることで、これほどたくさんの要素を捌きつつ、物語としての実感に満ち溢れたエピソードを仕上げることは可能なわけです。

シリーズ構成が脚本を担当する今回がいわゆる『勝負の回』であり、スターズが提供できるクオリティの最高峰にあるのは間違いないでしょう。
しかし今回見せた仕上がりの幾ばくかでも、他のエピソード、他の可能性を掘り下げていく時に適応できるとしたら、スターズを縛る枷はむしろ魅力に変わり、お話はもっと自由に、もっとパワフルになってくるのではないか。
大傑作となった今回のエピソードが抜群無益と称されるか、柳緑花紅と言える状況を生み出すのか。
全ては『次の曲』次第だということは、今回のエピソードの終わり方自体が示しています。