イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

響け! ユーフォニアム2:第2話『とまどいフルート』感想

夏だ! 水着だ! 合宿だ!!
青春の汗を吹奏楽に捧げる少女たちのライフログ・ヴィヴァーチェ、久美子が二年生沼に吸い込まれていく第2話です。
女体満載のプールに独特の空気を感じさせる合宿と、視聴者サービス多めで展開しつつ、中身はやっぱり細やかな心の揺れが主眼でした。
自分と距離がある二年生たちの問題に、何を足がかりに久美子が切り込み、切り込んだ結果遠い問題はどんどん近くなっていく。
物語の核心に主役が近づき、様々な感情や情報が視聴者にも見えてくる、動きのあるエピソードとなりました。

久美子自身が吠えたり揺らいだりというお話は、やはり一期である程度終わってしまっていて、二期は他人の動揺に久美子が感染し、傍観者でいることに耐えられずに切り込んでいく構成となっています。
他人は他人、自分は自分と切り捨てられれば心が揺れることはないんでしょうが、バンドを組んで演奏をしている以上……というか、未だ己が何者かはっきりと確定出来ていない年齢の少女である以上、久美子はそこまでドライにはなれません。
結果、久美子は様々な場所で様々な人の言葉を受け止め、咀嚼し、新しい場所に切り込んでいくことになります。
他人の事情に上がり込んだ結果見えてくるものだけではなく、そこに踏み込んでいく動きそれ自体が、久美子の成長物語の一部なのでしょう。

その最たるものが麗奈の心に上がり込んだ物語であり、その結果として『上手くなりたい!』と吠えるほどに久美子は自分を変えました。
麗奈の心に上がり込んだ久美子と、久美子の心に食い込んだ麗奈は相互侵犯的に影響を及ぼし合い、恋愛とも友情とも似ていて異なる、不思議なつながりを手に入れています。
今回色んな場所をフラフラし、少なからずダメージを追った久美子が最後に帰るのが、麗奈の待つ寝床だというのはなかなかに意味深です。

年相応の心の揺れは登場人物全てに共通する部分で、あすかの拒絶に傷つく希美はもちろん、『他人に興味がないのが良いところ』と優子に評されたみぞれも、冷徹に傘木を拒絶しているように見えるあすかも、揺るぎない仮面の奥に柔らかい感情を隠しています。
表面的なふれあいの中で見えてくるものと、その奥に隠れているものはこのアニメではかなり違うし、内心の動揺は(分かりにくい形でも)必ず表に出てくる。
この内と外の連動は、吹奏楽というテーマを選択し、心の有り様が音の形に反映される物語を紡いでいるからこそ、重要なものです。
そこに人間的な揺らぎが感じられればこそ、久美子も他人の事情に切り込んでいこうと思えるのかもしれません。

今回は内的動揺を巧くフェティッシュに託して演出していて、新山先生の登場で揺らぐ麗奈の気持ちはカブトムシの相撲に、みぞれの動揺と迷いはリズムゲームの画面に、巧く仮託されていました。
音のないリズムゲームはみぞれの外見的印象、ミスを乱発し『やめる/やめない』の選択肢を表示し続ける画面は彼女の内面を同時に切り取ってきて、印象的なフェティッシュだったと思います。
かなり直線的に(無遠慮に?)自分の気持ちを言葉にできる希美ですら、拒絶されて傷ついた心は涙として頬を伝うのではなく、ジュースの缶をゆっくり滑り落ちていく。
元々京都アニメーションは、美しい暗喩を映像言語の中に織り込んで表現する手腕に長けているし、そういう方法を好む製作者集団なんですが、今回は特にメタファーとフェティッシュの強さが生きていたと思います。


フェティッシュという意味では、Aパートの水着は単純なご褒美お肉というだけではなく、ちょっとヒネった意味合いも込めた面白い見せ場でした。
服を着なければ全てが顕になるというわけではないですが、無防備で楽しい時間を共有する北宇治吹奏楽部の現在は、一期のギクシャクした雰囲気とは隔世の感がありますし、希美の重たい問い詰めを視聴者に食わせる煙幕としても、結構な仕事をしていたと思います。
他にも似た水着を着ているキャラクターで精神的ペアリングを暗示(あすかと香織、優子と夏紀)したり、麗奈の身体的成長をインパクトある形で見せたことで、最後の『体も心も大人っぽい』という久美子の感想がストンと納得できたり、色々込めるなぁと感心してしまった。
競い合いのドラマも、面倒くさい人間関係からも、巧く『特別』であり続けることの悩みからも距離を置いて、常に無垢で巧くて強い存在である緑輝が、誰とも似ていないちびっ子ワンピースなのは、なかなか面白いなぁ。

そういう演出に助けられつつ、騒動の中心にいる傘木希美の主張を聞き取るのが、Aパートの主な目的となります。
『一年前の事件』を体験していない久美子にとって、希美はあくまで遠い存在であり、『あすか先輩が許可を出さない人』として認識されているところから、関係性が始まっている。
『年下なのに、コンクール出るのどうよ?』というキッツイ問いかけから切り込んで、彼女の吹奏楽に掛ける思い、今の北宇治への認識を受け取ることで、久美子が部外者から当事者に立場をスライドさせていくのは、心理的なサスペンスを強く感じる動きでした。
久美子がこれだけ強く思っているということは、やっぱあすかは表面化している内面(面倒くさい表現だ)の冷たさとは異なり、後輩を強く引きつける引力のような感情を奥に秘めている印象を受けるね。

高校生という年齢ゆえか、はたまた人間存在を切り取る作品の眼差しか、このお話はキャラクターを単純な善悪では切り分けません。
他者の感情に対し敏感であるか、鈍感であるか。
そうして感じ取ったものをどう行動に移し、どう世界を変化させていくかという問題は複雑怪奇で、多様な表れを持っています。
吹奏楽への情熱を真っ直ぐに突きつけてくる希美にしたって、『なぜ、自分は受け入れられないのか』という問いかけで足を止めて、己の行動が誰にどう影響を及ぼすのか、思慮が足らないという描かれ方をしている。
そういう未熟さをあざ笑うのではなく、それもまた一つの段階、一つの必死さ、一つの誠実であるとちゃんと受け止めて表現する姿勢があるのが、僕がこのアニメが好きな理由の一つです。

罪悪感混じりの夏期の友情に背中を支えられる形で、あまりにもまっすぐに、時には暴力的に切り込んでくる希美は、おそらくこのままでは自身の望みを叶えられない気がします。
しかしその率直な姿勢、吹奏楽への情熱と生ぬるい部活へのいらだちは、久美子の共感を惹きつけ、『私が聞いてきます』という言葉を引き出す。
いきなり正解にたどり着くのではなく、人間と人間が情熱をやり取りする中でこのアニメの変化は起きてきたわけで、プールサイドの熱い交流は、非常にこの作品らしいシーンだったと思います。


そんな希美の真っ直ぐな気持ちが傷つける先、鎧塚みぞれの心にも、久美子は入り込んでいきます。
みぞれも久美子にとって遠い存在であり、リズムゲームの話題で接触を作ろうとした時の気まずい空気が、それを巧く写し取っていました。
そういう距離感から、弱々しく震える心と瞳を見せ、己の内面をさらけ出す間合いに近づいていく構成は、真夏のプールサイドと夜の合宿場、喧騒と静寂、明と暗の対比こそあれ、希美との対話に非常によく似ているわけですね。

みぞれにとって、希美はどういう存在なのか。
それが明言されてしまえば、2期の物語を牽引するエンジンは燃料を使い果たしてしまうので、その真相は丁寧にヴェールがかけられ、巧みに印象だけが届くようになっています。
置き去りにしたことを憎んでいるのか、違う道を歩んだことを恨んでいるのか、繋いだ手を離さないでいて欲しかったのか。
愛憎定かならないまま、運命のバスの中で聞いた"ダッタン人の踊り"が嘔吐のトリガーになってしまうほど、みぞれの中で希美が大きな存在であることは示されます。
もしかすると、大切なのは感情の量それ自体であって、それが愛情なのか惜別なのか憎悪なのかという色合いは、分類できず混じり合っているのかもしれませんが。

ともあれ、みぞれにとって南中での事件、『一年前の事件』が傷になっていることは事実であり、強い感情を無表情の奥に隠しているのも間違いなさそうです。
それは部外者である久美子が周囲を飛び回っても解決しない、希美に直接ぶつかることでしか流れ出さない気持ちなのかもしれませんが、その激流に耐えられるほどみぞれが強い存在ではないことも、巧みに演出されています。
そういう脆さを巧く守りつつ、二人の気持ちを適切な場所に導くためにも、久美子は丁寧に関係者と向かい合い、心を交わして状況を見定めていく。
二期の久美子は物語全体主役であると同時に、希美とみぞれのアンバランスな感情のドラマを支える脇役でもあり、二人に対してコンタクトを果たし、感情が引っかかる足場を作ることは、今後の展開の中で大事なんでしょうね。

みぞれの心は希美という個人に強く結びついて震えつつ、吹奏楽という競技の残酷さ、コンクールの無慈悲さにも傷つけられています。
『特別になりたい』久美子にとって、コンクールは己の証を世界に突き立てる大事な場所ですが、みぞれにとっては嫌いな場所でしか無い。
しかしみぞれだって、一年前の北宇治のように温く緩く楽しく(葵ちゃんいうところの『アリバイとしての部活』)吹奏楽をやりたいわけではないことは、その行動からも実力からも見て取れます。
コンクールは嫌だが、オーボエは吹き続けていて、しかし希美がいない部室で演奏し続ける意味も、嫌いなコンクールに向かい合う理由も、もはやみぞれ自身には分からない。
この袋小路は希美の真っ直ぐさが突き当たっているどん詰まりとそっくりで、他人の介入がなければ抜け出せない迷路なのです。

吹奏楽をテーマとするこのお話にとって、コンクールを考えることはみぞれ個人の問いかけでは止まりません。
己はなぜ吹奏楽を吹き、あやふやで危うい基準で己を否定されたり、『特別』と認められるのか。
それは久美子を筆頭に、この物語に関わるキャラクターすべてに投げかけられた問いなわけで、ここでそれが表に出てくるのは、話し全体の陰影がグッと深くなる、良い問いかけだと思います。
久美子と麗奈は一期丸々使ってこれに答えを出したようなものだけども、色んな人とふれあい、色んなエピソードを通過することで、それも変化しているかもしれんしね。
他のキャラクターにも『コンクール、好き?』というみぞれの問いを投げることで、そのきゃrカウターが何を考え、なぜ作品内部に存在しているかを掘り下げられるという意味でも、みぞれと久美子の問答はいいシーンだったなぁ。


今回のお話はみぞれと希美、二人の当事者が同じような袋小路に行き詰まっていて、傍観者の介入を必要としている現状を確認する回だったと言えます。
世界を変えうる傍観者とはつまり、主人公として物語の中心にいる特権を持った久美子にほかならない訳で、彼女が様々な人の心の揺れに向かい合い、感じ取った答えを媒介していくことが、二期全体を貫く大きな物語になるのだと思います。
久美子自身が迷いの中から答えにたどり着く物語は一期で結構やってしまっているので、他人の重荷をわざわざ背負って、あるべき場所に配送するお話を担当するのは、毛色が違って面白い。
人間関係に冷淡な部分がある久美子が、他人の事情に感じている距離とかもちゃんと描かれ、話の核心に切り込んでいく道筋が自然なのは、非常に良いですね。

水着で過ごしたプールも、普段とは違う『特別』な場所である合宿も、停滞していた感情が溢れ出すには似合いの場所です。
まだまだ続く合宿の中で、少女たちはどんな素肌をさらけ出し、傷を共有していくのか。
麗奈の滝先生LOVE大作戦はどういう結末を迎えるのか。
次回が楽しみですね。