イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

舟を編む:第2話『逢着』感想

圧倒的地味さと存在感で言葉と物語の海に漕ぎ出した辞書編纂お仕事青春ストーリー、今週は満月のボーイミーツガール。
一話から衰えない丁寧さで馬締が辞書編纂部に向かい合う期待と不安、帰るべき場所の暖かさ、辞書編纂という仕事の内実を追いかけ、じっくり進んでいるのに物足りなさのない、軽妙さと重厚感を併せ持った第2話となりました。
一青年が人生をかけるに値する仕事に出会う時間をゆっくり追いかけつつ、運命の女性と出遭う瞬間をラストに持ってくる展開も印象的で、派手さはないが噛み締めて歯ごたえと滋味のある、このアニメだけのテイストが随所に詰まっていました。

というわけで、地味だけど印象的なキャラクター/物語/テーマをどっしりと腰を落として運んだ第1話を引き継いで、ちょっと書き足りなかった部分を足していく第2話となりました。
前回が馬締というキャラクター、辞書編纂という仕事に視聴者が『出会う』エピソードだったのに対し、今回は出会ったものが一体どういうものなのかじっくり見せる『描写』のエピソードでして、その両方でゆったりと分厚い筆運びが生きているのは、非常に良いなぁと思います。
パッと見のインパクトでしっかり掴んでおいて、これから描くものが何なのか一手ずつ明らかにしていく語り方は、オーソドックスだけどやっぱよく効くね。

このお話は辞書編纂というテーマ選びの妙味を活かしつつも、やはり馬締という味わいのあるキャラクターがどのように自分と出会っていくのか、その青春の物語が面白さのコアになっている気がします。
名前のとおり真面目で誠実で、でも社会の『普通』とは巧く馴染めない変人が、辞書編纂部という場所にどういう期待を抱き、抱かれ、それにどう答えようとするのか。
人間の感情に誠実に応対しようという、非常に根本的な意味での『人間味』がずっしりと描かれてているからこそ、ビームも異世界も出てこないこの地味な話、非常に引き込まれるのだと思います。

中華料理屋での歓迎会は作画カロリーをぶっこんだ非常に自然なもので、部全体の気の置けない空気も、そこに関わる人々の暖かな人柄も、しっかり伝わるシーンでした。
あの食事シーンが非常に美味しそうで、『ああ、俺もここにいたいな』と思わせる暖かさに満ちていればこそ、馬締が新しい職場に期待と不安を感じ、己に何かを成し遂げる力があるか迷う展開にも強く共感できる。
細やかな芝居に込められた人間味を、地道な成長と不安のドラマの燃料として活かす作品の姿勢は、第2回を数えていや増している印象です。

舟を編む』というタイトルの意味は、松本先生が作中でしっかり解説してくれていますが、寄る辺ない人生の海に漕ぎ出し、不安の荒波にもまれながら航路を切り開いていくという意味では、馬締青年もまた、『舟を編む』物語のただ中にいるのでしょう。
中華料理屋と資料室という形で広がる、新しい出会いと不安と期待の海の表情をしっかり切り取りつつ、隣り合ってともに櫂を漕ぎ、灯火を探す仲間たちがどれだけ頼もしい存在なのかを、抑えめな調子で描く。
道に迷った時、自分よりも遥かに鋭く気持ちを見抜き、帰るべき港になってくれるタケおばあさんのありがたさも、しっかり描く。
辞書編纂の航海がどれだけ途方もないかを巧く説明しつつ、今馬締青年が人生の航路においてどこにいて、何を探しているか、どんな航海仲間がいるかをしっかり見せてくれたことは、お話に潜っていく上で非常に大事な魅力になったと感じました。
根本的に青春の物語なので、岡崎体育のポップで明るいOPはベストチョイスだよなぁ……作品にあっていないように思えて、根っこの部分でガッチリ噛み合ってる。

そんな馬締青年の人生に、魔法のように現れた美しい月が、タケおばあさんの孫娘である林香具矢さん。
かぐや姫』だから月夜に出会うというポエトリーがこそばゆくも心憎いですが、『これは運命の出会いなんだよ!』とドラマティックに演出できていて、ここからとんでもない恋の物語も始まっちまうという期待が、メラメラと燃え上がりました。
じっくり時間と芝居を乗せて、猫を探す足取りを静かに描いているからこそ、月を背負った美しい女と運命に衝突した瞬間の爆発が、グッと目立つ作りでしたね。
全体的に地道な音調で物語を仕上げつつ、ガッチリ勝負するところでは熱を込めて映像を作ってくれるメリハリも、作品に引き込まれる源泉かなぁ。


ゆっくりと人間と彼らが生きる世界、取り組みテーマを描くこのアニメは、馬締青年の複雑な資質もしっかり切り取ってくれます。
中華料理屋のなんとなく寄る辺がない感じ、ビールを注いでいることも忘れてしまうような身のこなしの悪さ、彷徨う目線。
彼はなんでもこなせる万能人ではなく、むしろさまざまな欠点があればこそ、それを利点に変えられる辞書編纂との出会いが天職足り得るわけです。
こういう細かいニンの表情を、手や目線の芝居で感じ取らせてくれる所が、作画が細やかである意味をドラマの力に変えられていて、凄く良いのね。

馬締青年の垢抜けない側面が自然と感じ取れればこそ、何事も如才なく、しかし辞書編纂への情熱はあまりない西岡青年との対比が、非常に際立ってきます。
彼は辞書編纂のことをあまり良く知らない、殆どの視聴者の代表でもあって、彼の持つ軽薄さや一種の侮りを切り捨てないことで、馴染みのないテーマに視聴者が食らいつく足場が作中生まれている。
それだけではなく、馬締がどうあがいても獲得できない幅広い視野、他人への気配りという美点もちゃんと描かれていて、馬締に足りないものを西岡が持っている事実を、説明されるでなし感じ取ることが出来ます。
それはつまり、馬締が西岡に引き寄せあれる感情のドラマを支える土台になるわけで、非常に大事なことです。

西岡もまた、辞書編纂者となるべく生まれてきたような馬締に触れ合うことで、少しずつ変化の兆しを見せているということが、資料室の外で会話に引き寄せられるカットから感じ取れる。
正反対のようでいてお互い無視できない、むしろ足りないからこそ補い合い、尊敬し合えるような関係を予感させる、素晴らしい二人の青年の描写でした。
こっから男二人がどういう引力を発生させ、お互い変化していくかも凄く楽しみです。

今後の展開の暗示という意味では、タケおばあさんが馬締の進むべき道を示してくれたり、西岡が10年後の自分に言及してたり、上手い感じに伏線を埋めていたと思います。
いかにも賢しらという感じではないのだけれども、豊かな人生経験を背景に馬締の迷いをちゃんと受け止め、これから物語が進んでいく道を示してくれるタケおばあさんには、濃厚なありがたみを感じる。
またババァと食う飯が美味そうでなぁ……このババァが馬締にとってどれだけ大切な存在なのか、感覚的に判るシーンが毎回入っているのは、怠けなくていい。
逆に『10年後もずっと辞書を作っている』という荒木の言葉は、おそらくひっくり返すためのネタフリなんだろうなぁ……馬締が職場に慣れて、期待に誠実さに応えてってだけじゃ、お話にスペクタクル足らないもんな……。
こういうちょっとした先読みをしてる時点で、俺このアニメ相当好きなんだな……。(今更ボーイ)


中華料理屋にしても会社にしても、全体的に美しくて爽やかな空気が作品に漂っているので、そこを泳いでいくキャラクターも、彼らが織りなすドラマも透明感があり、凄くきれいに感じますよね。
見慣れた『現実』の風景のはずなのに、ちょっとだけ特別でちょっとだけ綺麗な『あこがれの世界』として美術をまとめ上げているのは、全体的なトーンを調整する上で凄く大事な気がします。
同時に異質なものは異質なものとしてしっかり存在感を際だたせることに成功していて、圧倒的な物量がプレッシャーを掛けてくる資料室の姿は、辞書編纂という仕事の果てしなさを突きつけられる思いでした。

親しみとあこがれを感じさせるべき場面ではそのように世界を仕上げ、異質さを感じ取らせるシーンではそれを強調する。
リアリティのメリハリを巧く操っているのが楽しいこのアニメ、アニメならではの『変化』の快楽も随所に盛り込んでいて、文字がスッと立ち上り雲となって馬締を取り巻くシーンは、いい具合に幻想的でした。
常時生っぽい世界をじっくり描かれても息が詰まるし、ああいうファンタジアを映像として入れ込むことで、巧くアクセントがついている感じもあります。
Bパート頭で"辞書たんず"を入れているのも、本編で説明しきれないネタの補足ってだけではなく、カラーと味わいを変えて飽きさせない戦略の反映なのかも。

説明と描写の巧さという意味では、カードという見慣れぬフェティッシュを巧妙に使い、辞書編纂の仕事内容に一歩踏み込んだ説明がなされていたのも、非常に良かったです。
何しろ耳慣れない、その上身近にはあって知った気になっているジャンルなので、実際の所どういうものなのかを印象的に見せ、退屈させず引き込むのは大事です。
辞書編纂という仕事が持っている労苦とやり甲斐、異質さと輝きを閉じ込めたあのカードはそういう難しい仕事をしっかり果たしていて、良い見せ方、使い方だなぁと感じました。
足を止めて会話を続けるシーンが凄く多い話なんだけど、作画と芝居は止まることなくアクティブだし、解説も新鮮さを失わないよう言葉が選ばれているので、不思議と退屈には感じないんだよね。
地味な物語に視聴者の関心をひきつけ続けるために、高密度の作画を使いこなしているって側面のほうが強いかなぁ。


というわけで、第1話で出会った不可思議な作品世界とじっくり向き合い、その細やかな表情に分け入っていくお話でした。
丁寧にキャラクターの『今』を追いかけつつも、何者でもない青年の不安と期待を軸に据え、この先の物語への期待を強めたり、運命の恋と出会う瞬間をこれ以上無いほどドラマティックに切り取ったり、『先』を見据えたシーンもしっかりありました。
地味であること、淡麗であることに満足せず、貪欲に『楽しさ』を追いかけてくれる姿勢が感じ取れ、このアニメがもっと好きになれる第2話でした。

来週も急に東京が壊滅したりってことはなく、馬締青年は気になるかぐや姫と仲を深めたり、辞書編纂の仕事と向かい合っていくようです。
彼の実直でヘンテコな青春がどこに向かって漕ぎ出し、"大渡海"はいかなる航路を泳いでいくのか。
じんわりと楽しみで、激しく来週が見たい気持ちであります。