イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

3月のライオン:第5話『契約&カッコーの巣の上で』感想

愛される条件を探し求める迷い子たちの足跡、過去を掘り下げていく第5話。
ここ最近は温かい岸での物語が続いていましたが、モモちゃんの怪我から一気に話の色彩が冷え、零くんのシリアスな起源が開示されるお話でした。
背景の単純化や色彩のドラスティックな変化など、いわゆる『シャフト演出』が目立つ回でしたが、それが零くんの過酷な過去を強調するアクセントとして見事に機能し、痛みと述懐を込めたラストに綺麗に繋がっていたと思います。

というわけで、原作のコマとコマとの間を豊かに膨らませながら進んでいる3月アニメ、今週は特に追加演出が冴えていたと思います。
動きの一瞬一瞬を切り取ってつなげる漫画の表現と、映像として切れ目なく見せるアニメの表現は当然その狙いが異なるわけですが、カメラを自在に配置して活き活きとキャラクターを切り取れる映像の強みが生かされていて、見ていて楽しかったです。
モモちゃんの幼児全開の動きの気持ちよさも素晴らしかったし、少し寂しさを孕んだ誰もいない川本家の陰りとかも、カラーだからこそ強調できるテイストだなと思ったり。

色彩が一番刺さったのは、死体になってしまった妹のあまりに青白い肌と、無残な痣の色合いだったりしますが。
あのシーンは原作でも一番僕に刺さっているコマなんですが、アニメになってみるとあんまりに悲しくて、思わず再生を止めてしまいました。
零くんを取り巻く六月町の景色が冷え込んだ色合いであり、三月町の暖かな風味と対比されているというのはこれまでも描きましたが、辛い過去の記憶は冷えた色合いを通り越してモノクロであり、そこを何とか生き延びて、零くんがあの人気のないマンションにたどり着いたのだと感じ取れる演出です。
もともと現象よりも心象を切り取る傾向が強い作品であり、過去・六月町・現代それぞれに統一したカラーリングを施し、そこに投影されている零くんの心理を色で魅せるこの演出方針は、作品のテイストをアニメに落とし込むにあたり、非常に大きな仕事をしていると思います。

そういう補完的な演出だけではなく、チェスクロックを細やかに写して香子の限界を視覚化するアニメオリジナルの演出も、残忍な冴えを感じさせました。
将棋が全ての修羅に愛されるためには、才能を示し怪物を巣から追い出さなければいけない香子の焦りが性急なカットバックから強く感じられて、『いつものシャフト』を巧く活かしたなぁと唸らされました。
誰が悪いわけでもなく、誰もが不完全な家族の結末として、今の零くんがいるわけで、香子を完全に肯定は出来ないけど、その心持には共感できる塩梅で描いたのは非常に良かった。


このような演出に支えられ、零くんが歩いてきた地獄が静かに語られます。
忙しい父とのコミュニケーション・ツールとして好きだった将棋が、家族の死により生存のための道具、『契約』の証になる皮肉。
なにもないからこそ将棋に打ち込み、無心にあがいた結果再獲得したはずの『家族』をぶち壊しにして、自分が『家』を出る決断に至ってしまう皮肉。
零くんが身を置く世界の冷たさが初めて明確に語られる今回は、そうなるのも仕方がないと納得できる、シビアで皮肉で痛みにまみれた、苦しい回想となりました。

歩や香子(この名付けの時点で、幸田家が将棋に呪われた修羅の巷だってのが分かりますが)と『家族』になりたいと願い、優劣がつくまではぎこちないなりに兄弟やれてた零くんが、最終的に家を出る。
その原因となった将棋の才能は零くんをプロ棋士に押し上げ、一話冒頭で鈍い凶器として義父を殴り殺すことになります。
そういう残忍なめぐり合わせに心を傷つけられても、零くんはほつれてしまった父のカーデガンを大事に、不器用に繕い、愛おしく頬を寄せる。
家族関係とカーデガンの傷を重ね合わせる話運びには、痛みに満ちたノスタルジーと皮肉なポエジーが満ち満ちていて、非常にこのアニメらしい語り口でした。

このアニメらしいといえば、NHKで放送するという奇妙なめぐり合わせが、原作よりも生々しさを増した托卵シーンのいい作画と噛み合っていて、ひとしきり笑った後に『……笑い事じゃねぇな』と真顔になった。
動物ドキュメンタリーに切れ味のあるNHKアニメが、ああも残酷に零くんが腰までハマった地獄を映像にしてくるのは、皮肉すぎて笑えてくるし、的確すぎて面白い。
過去の幸田家の崩壊を象徴としても具象としても鮮烈に描くことで、現在の川本家との付き合いが救いでもあり危うくもあるというサスペンスと安堵が際立ってきて、コクの有るエピソードになってました。


見ず知らずの子供を内弟子として引き取り、実子にも『愛されたい』という感情を呼び覚まさせるだけの人徳のある父。
しかし彼は棋士であり、人生のすべてを将棋の強さで割り切れてしまう修羅でもあって、その残忍さが三人の子供を切り裂いたというのが、今回回想された幸田家の物語だといえます。
良い悪いではなく、そういう在り方以外出来ず、そういう結末に辿り着いてしまったという意味では、零くんと幸田は実の親子以上に親しい存在なんだろうな。

まぁそういう修羅のシンパシーに巻き込まれる凡人はたまったもんではなく、歩も香子もガンッガン歪むわけですが。
アニメ版は香子の超然とした美とカリスマがより強調され、義姉に引き寄せられる零くんの心理が素直に飲み込めるのは、凄く良いですね。
恐れつつ引き寄せられ、禁忌だが目を背けられない香子への眼差しは今後話しを引っ張っていく大事なエンジンなので、今回高く美しく描けたのは良かったと思います。

……っていいたいところなんだけど、香子をヒロインとした話の構図、五巻からの大転換で完全に置き去りにされちゃうんだよね……。
このままアニメ一話で原作二話を使っていくペースを守ると、一期22話は原作44話まで、ちょうど事件が始まるちょっと前で終わる計算。
香子への眼差しで話を引っ張る体制が壊れないまま、とりあえず終わる感じになるのか……。

話がゴールラインを切ってもいないのに先の話してもしょうがないんですが、後から見返してみるとやっぱ五巻の事件でお話し全体が大きく舵を切り直し、話を背負うヒロインが完全に交代する(積み上げた伏線や描写が炸裂する前に、話がその横をすり抜ける形になる)のよね。
原作のページ数を丁寧に噛み締め、じっくりと映像を積み上げているこのアニメにおいて、香子の物語的役割が今後どうはたされるかは、結構気になるところです。
ここまでしっかりやってると、原作と同じように物語のダイナミズムで全て飲み込めてしまう気もするが……まぁいらん心配だな、今シリーズではそこまで行かねぇし。


というわけで、超ムッツリ人間である零くんがどういうものを背負ってここまで来たのか、しっかりと明示するエピソードでした。
モモちゃんの幼女力が視聴者をホッコリさせればさせるほど、モノクロの地獄が痛ましく刺さるという落差の計算も完璧で、エグいなぁと感心。
そういう刀樹の地獄があればこそ零くんの欠落に納得できるし、空っぽな心があればこそそれが満たされていく物語が成立もするわけで、必要で大事で、切実なエピソードだったと思います。

過酷な運命に巻き込まれ、あまりに大きな才能で周囲を傷つけた末『巣』を出た哀しい郭公。
そんな零くんはしかし孤独ではなく、周囲を傷つける将棋の才覚もまた、新しい世界への切符となり得る希望に繋がっているはずです。
モノクロと、冷厳な色彩と、暖かな温もりに挟まれながら、少年は荒野の果てに何を見るのか。
来週も楽しみですね。