『メディア・モンスター(曲沼美恵、草思社)』読了。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
サブタイトルは『誰が「黒川紀章」を殺したか』であり、戦後から平成にかけて、『日本最初にして最後のメディア型建築家』として駆け抜けた男の評伝。
分厚い本である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
ページ数は600ページを越え、支える腕は何度かつったが、そういう分厚さではない。
黒川紀章という巨大な男の個人史を追いかける中で、建築や人物史にとどまらず、都市論、メディア論、戦後昭和史、経済、文化、日本人論などなど、様々なものがまくりこまれていく分厚さだ。
黒川自身が己の死亡記事を先んじて雑誌に書いた時、『彼は建築家である以前に思想家であった』と述べたように、都市計画や公共事業を通じて政治と国家にコンタクトする建築家という職業は、単純なモノではなくそこに込められたヴィジョンを具現化する職なのだろうかと、この分厚さを見ながら思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
しかし黒川は、ル・コルビュジエから続く『メディアを利して、己のマス・イメージをコントロールし、その後押しを受けて建築を仕上げていく』露出の多い建築家として、時代の荒波と毀誉褒貶に揉まれ、『純粋』な建築家としては疎まれていた様子もまた、この本には捕らえられている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
政治と寝た売学の輩。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
己の思想を実体化するべく、様々な戦略を練る異端児。
見栄坊。
スマートな印象を維持するべく、とんでもない量の努力を積み重ねる男。
メディア戦略に食い殺され、己のナイーブな才能を殺してしまった悲劇の建築家。
黒川の様々な顔が、分厚い調査と筆致から見えてくる。
黒川の複雑な人格を強靭な縦糸とすることで、この本は建築家が視野に入れるものの広さも記述し、そこを足場に筆者の捉えた戦後日本史を再構築もしていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
特に注視されているのはタイトルにもなっている『メディア』であり、新聞から雑誌、テレビ、ソーシャルへと移り変わる時間の記述が細かい。
日本の復興、経済成長とともに加速していくメディアという怪物の背にまたがり、己の野望を飛躍させていった男。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
彼を描くことで、戦後のメディア史の変遷を再整理する意図が、元日経新聞記者という経歴を持つ筆者にあったと読むのは、あまり過剰なことではないだろうし、それに答える確かさもある。
建築家/ビジネスマンとしての名声を積み上げるに従い、政治や政策に接近していった黒川の個人史に寄り添う形で、戦後経済や文化政策にも接近していく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
住居に代表されるライフスタイルの変化を、メディアに乗った黒川が主導し、もしくはその手綱を越えて暴走する様は、なかなかに魅力的だ。
そういう建築に関連した外部だけではなく、メタボリズムからカプセル、花数寄や利休鼠に至る建築家・黒川紀章の変遷にも紙幅は割かれていて、ただ親しみやすいだけではなく、難解で思索的な部分も含めた『黒川紀章』を切り取ろうという意欲が、分厚い構成から強く感じ取れる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
評伝であるので、ここに描かれているのは筆者が六年間取材に奔走し、資料を掘りまくり、自分なりの理論で黒川紀章個人を、戦後の日本を解釈した個人的感想になる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
そこかしこに事象への価値付けが混じり、客観性を濃厚な主観で塗りつぶしに行く筆が目立つ箇所もある。
しかしそれは、黒川紀章という人物に魅了され、これだけの分厚さでその人生を多角的に記述しようと願った、筆者の熱が生み出した読解である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
その熱があればこそ、これだけ様々なものを盛り込みつつ、分厚く難しくもあるこの書物は、ただ重たいだけではない熱量で読者を引っ張り込むのだろう。
だから多分、この600ページ超の書物は入門書なのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
ここで示されている、エゴイズムも嫉妬も見栄も焦りも年齢ゆえの劣化も含めて、黒川紀章という人物を好きになってしまった筆者の見方を足場にして、建築に、昭和史に、黒川紀章に己が身を浸していくための、最初の入江なのだろう。
そして、その個人的な熱ゆえに、この本は伝奇として非常に面白い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
1934-20007年という黒川の人生を追いかける中で、まるで太陽が登ってから沈むかように才能を燃やし、評価を手に入れ、時代を読み(あるいは読み損ね)、老いに侵略されていく過程に、愛情はあっても嘘はないように思う。
偉大なる父の影を振り払いつつ、一角の人物たろうと願った一人の青年が、老人になるまでの物語として、この本は非常に面白いのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2016年11月12日
そういう縦糸の広さと、確かなヴィジョンに満ちた多様な分野の記述が絡み合い、読み応えのある分厚い織物を作っている。非常に刺激的で、楽しい読書だった。