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イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

フリップフラッパーズ:第7話『ピュアコンポーネント』感想

アニメ フリップフラッパーズ

不安定な思春期が照らし出す心の明暗影絵、脚本がゆにこから押山監督に変わった第7話です。
前回かなり明瞭に『記憶』に潜ったフリフラですが、今回は再度抽象度をグッと上げつつ、ピュアイリュージョンやフリップフラップの具体的な設定開示なども織り交ぜる、なかなかの曲者エピソード。
ココナが迷い込んだパピカだらけの世界が、一体どんな場所だったのかは色んな読みがあると思いますが、僕なりの考えを書きながらまとめていきましょう。

前回ピュアイリュージョンの深部に繋がる『穴』に潜り、いろは先輩の『記憶』に潜った二人。
彼女たちの行動はいろは先輩のトラウマを癒やし、明るい笑顔と前向きな姿勢が戻ってきた! ……で終わらないのが、フリップフラッパーズというアニメです。
実際に何が起こったかは相変わらず不明ですが、ともかく先輩は二人の行動で『変質』し、薄暗いけれども楽しい思い出だった『絵』を「いらない」と切り捨ててしまう人になってしまった。
ココナは自分の行動とピュアイリュージョンが引き起こした『変質』に怯え、摩擦のない冒険を素直に楽しめなくなってしまいます。

ココナは思春期ど真ん中にいて、世界に対して影響力を及ぼせない、抑圧されるだけの『子供』から、自分の行動が他者を『変質』させるからこそ、慎重さと責任が要求される『大人』へと移り変わる最中です。
ココナが先輩の変化にあれだけ怯えたのは、自分の記憶の中にあるちょっと影があって、でも優しい先輩が好きだったというのは勿論ですが、力を行使し世界を変化しうる『大人』になった自分に怯える意味合いも、結構含まれている気がします。
優等生たる彼女が世間の規範から外れ、自分が思うままに世界を『変質』させる行動を取ってこなかったことは、ピュアイリュージョンに入ってからの描写からも感じ取ることは出来ますね。

ピュアイリュージョンの中でも、ココナは『いつもと違う』『変わってしまった』パピカに戸惑い、その手を取ろうとはしない。
今回のお話は生まれ落ちてしまった『変質』を前にココナがどう振る舞うかを、『現実』と『幻想』の両面から掘り下げていくお話になります。
『変質』が良いものなのか、悪いものなのかというのは、ケース・バイ・ケースの個別論になるし、どちらの結論もあり得る問いでしょう。
しかしマニキュアを塗り、エプロン(母親の記号?)を捨てた先輩は、青と赤の世界で見せた苦悩を乗り越え、少なくとも少し気分が楽になった、新しい先輩のはずです。
ココナは変わってしまった彼女と、変えてしまった自分に適切な場所を与えるべく、無人の街を彷徨うことになります。

暗いエレベーターの中では掴めなかった、そしてピュアイリュージョンの中でも掴もうとして消えていくパピカの手を物語の終わりでは掴んでいることから見ても、ココナが無人の街での『冒険』を経て何処かにたどり着いたのは、間違いありません。
しかしそれが『変質』のポジティブな価値を認める決断なのか、はたまたパピカと一緒にピュアイリュージョンの『冒険』に旅立つストーリーの工程なのかは、少し見えにくい。
ここらへんは白詰草の世界から抜け出して、『現実』で先輩と再開することで分かってくる気もしますが、デビルパピカとの対話(モロにTV版エヴァ第20話でしたね)の結論を見るだに、ある程度『変質』を受け入れている感じもあります。


今回のピュアイリュージョンは、『インピーダンスを安定させ、心を一つにしないと、ピュアイリュージョンではバラバラになる』というこれまでの法則のままに、ココナとパピカが分断され展開します。
ヤヤカが『アモルファス』を回収し、ピュアイリュージョンが崩壊した時にパピカが土管宇宙船でやってきて「迷子のココナ見つけた!」と叫ぶことからも、ココナは一人でパピカを探していました。
しかし今回、『MAO』の文字が並ぶスタッフロールを見ても判るように、無人の世界の中でココナは様々なパピカと出会い、別れ、対話し、飲み込まれ、離脱していきます。

結論から言ってしまうと、あのパピカたちはココナの心の中のパピカ、もしくはパピカの形を取ったココナ自身だったと、僕は思います。
ユクスキュルやおばあちゃんといった、ココナにとって大切な他者すらでてこない『幻想』の中で、向かい合って対話可能な存在として次々出てくるパピカは、『変質』の恐怖と責任にこんがらがったココナを開放し、あるいは問いかけてきます。
『たくさんのパピカ』とハメを外して遊ぶ、もしくは非常に本質的な問を語り合う(もしくは、自問自答する)ことで、ココナは『変質』を受け入れ、力を行使し世界を変化しうる『大人』の自分を少し、認める気分になっていきます。

今回ココナは、ヤヤカや『たった一人のパピカ』といった、あからさまな『他者』とは向かい合わず、視線をすれ違いさせながら対話をしています。
保健室で喋っているシーンはお互い同じ方向を向いているし、フリップフラップのエレベーターは上下に区切られていて、視線が通らない。
それに比して『たくさんのパピカ』とは真正面から向かい合い、お互いの目を見て話させるという表現が、逆に『たくさんのパピカ』が自分の延長線上にある存在、『変質』を伴わない分身であることを意味していると、僕は受け取りました。
『変質』してしまう他者は怖くても、自分と話すのは自然にやれるんだろうね。

自分の心から生まれた存在だからこそ、すれ違うことなく向かい合い、自分の気持ちのよいものを差し出してくれる。
しかし己のイマジネーションから生まれたものですら、ココナは全てを知っているわけではなく、『たくさんのパピカ』は姿も性別も年齢も変えていきます。(幼い姿にはなっても、『大人』にならないところがちょっと面白い)
その最終型として、デビルパピカと背中合わせに対話を交わし、向かい合うことなく鏡越しに視線を通し、彼女は消えていく。
『たくさんのパピカ』に飲み込まれ正気に返るまでの旅路は、自分の中の他者性と戯れ、対話する『冒険』に見えます。(『たった一人のパピカ』とは白詰草の世界で向き合っているのに、ヤヤカとは一切視線が交わらないあたり、色々大変なポジションに居るなぁって感じ)

今回のピュアイリュージョンは『現実』を模している割に、他者とルールが存在しない自由な場所です。
無人世界の女王として、ココナは『現実』では出来なかった逸脱を思う存分楽しみます。
学校をサボり、砂場の城をぶっ壊し(旧劇エヴァの精神世界まんまでしたね)、不良の服を着て、イケメンと恋愛して、好きなだけ遊び、食べたいものを食べる欲望を叶えてくれる『たくさんのパピカ』は、開放のカタルシスでココナを癒やす、一種のカウンセラーみたいな役目もやってくれているわけです。
マニキュアが象徴する『変質』を解消できるように、『爪切り』を出してくれるあたり気が効いてるよ、ホント。
無論ピュアイリュージョンと戯れることは常に危険(ソルトの言葉を借りれば『摩擦』)と隣合わせなわけで、どこかで自分を取り戻し、永遠の逸脱を否定しないと世界に食われていたのでしょうけども。
ともあれ、『現実』のルールを離れ、自分しか存在しない世界で思う存分冒険することで、ココナは心の旅路を辿っていくわけです。

逸脱を描くことは規範を描くことでもあり、『鏡』に反射された自分を気にするシーンが多かったり、誰も居ないはずなのにスカート丈を気にしていたり信号守ったり、結局レールに乗ることでしか戯れの世界から脱出できなかったり、ハメを外そうとしても理性の檻から出られないココナの特性が、今回は強調されていました。
悪魔の誘惑を振り切り、もしくは悪魔との対話により本来の自分を取り戻したココナは、パピカが持つ野放図な自由に染まり切ることは出来ず、理性の体現者という『自分らしさ』に戻っていく。
それは『変質』し得ない自己を許容するということであり、どれだけ近くても一度も触れ合えなかった『たくさんのパピカ』よりも、手を触れることも触れないことも自由にできる他者≒『一人しかいないパピカ』を選ぶ、一つの決断です。
違う相手だからこそ手を触れ合えるというロジックを考えると、パピかとは違う自分をしっかり認めるのは、手を取り合うクライマックスに絶対必要なんだろうなぁ。
電車に一人で乗ってるシーンも、TV版エヴァでよく見た精神世界のシーンであり、今回はとにかく旧エヴァオマージュ多かったなぁ……。


デビルパピカはあからさまにセックスを誘いますが、優等生として異性愛規範もちゃんと守るココナは『好きって、そういうんじゃ……』とホモセクシュアリティを拒みます。
『たくさんのパピカ』がココナの自意識の反映であり、デビルパピカとの対話は漫画でよくある『頭の横で天使と悪魔が喧嘩している絵』のポップでエロティックな表現だと考えると、あれはむっちりココナの本音でもある。
ポップで清潔なデザインに全開でリビドー乗っけてくるのがフリフラなんで、ココナは取り澄ましたドスケベ女で間違いないんですけども、パピカも距離感ちけーわ好き好き言ってくるわゼロ距離戦闘を常に仕掛けてくるわ、刺激が多いからな……無理もない。

でもまぁ、あそこでデビルパピカを拒絶したのは『女と女』だからというよりは、どれだけ戯れても触れ合う実感のない、自己を無限投影した影絵芝居だからというのが、大きい気がします。
今回は『手を握る』シーンが非常に多いわけですが、『たった一人のパピカ』相手には成功したり失敗したりする握手が、『たくさんのパピカ』相手には常に滑り落ちていくんですよね。
これは自問自答はあくまで虚しいこだまでしかなく、自分の知らない可能性は常に自分の外側からやってくるという認識を、ココナが持っているからだと思います。
『変質』の恐怖が自分を傷つけるとしても、パピカと出会って楽しく変わったココナとしては、他者がもたらす可能性の方を、心地よい自我のエコーよりも大事にしたかったのでしょう。

思春期というのは様々なものが曖昧で、己が何者であるかを規定できず、だからこそそれを探し求める季節だと思います。
ココナの性自認においてもそれは顕著で、彼女はパピカと出会って感じる喜びや興奮や快楽が、(ある意味哀しいことに)社会規範や常識に照らし合わせて間違っていない『友情』の範囲内なのか、はたまた性を伴う愛情なのか、結構悩んでいるんじゃなかろうか。
だからデビルココナとそういう雰囲気にもなるし、一つの決断として褥を別にしもするのではないかと思うわけです……魅力を感じていないなら、誘惑は誘惑として機能しないからね。

個人的にはレズだから尊いとか気持ち悪いとか、ヘテロだから許されるとか許されないとかを横において、ココナが一歩ずつ納得しながら、パピカやおばあちゃんやユクスキュルやヤヤカや先輩たちとの距離を、自分らしく決めていってくれれば良いなと思っています。
無論性自認やそこに込められたプライド、自己理解というのはすげー大事なので、様々な形がありうるココナの性がどう『変質』するにせよ、ちゃんと向かい合うべきテーマだと思う……深層心理が舞台の話なんだし。
なので、性的なほのめかしから逃げることなく、しかし上品なクッションをかけてココナのヰタ・セクスアリスについて語るシーンがちゃんと挟まったのは、善いことだなと思いました。

無人の街では手に入れられなかった接触を、かけがえのない約束を覚えていた『たった一人のパピカ』はココナに差し出して、ココナもその手をしっかり取る。
自我との戯れから抜け出す決断はココナ個人のものですが、破滅的な落下を防ぐ手は常に他者から与えられ、それを認めることで様々な可能性(不良になったり、宇宙飛行士になったり!)は開けていく。
今回ココナが無人の街を彷徨った結果手に入れたのは、他者の関わり合いの中で繰り返される『変質』の価値と、それを受け止めるために己の中に深く潜る大切さなんじゃないかと、僕は思いました。
話が始まって以来、パピカと手を繋いで進むことが多かったこの話で、無人の街で己と向き合う話がここで挟まるのは、結構大事だろうしね。


とまぁ、いつものようにむっつり優等生の心の旅路を追いかけるフリフラですが、その周辺も今回は細かく拾っていました。
ヒダカがピュアイリュージョンとフリップフラップについて語ったり、ソルトが『ピュアイリュージョンは『現実』から切り離されたユートピアではなく、危険な『摩擦』を内包した『幻想』だ』と明言したり、教団側がなんか怪しかったり、パピカが過去の記憶っぽいのをフラッシュバックさせたり、色々起きましたね。
ヒダカの発言については

lastbreath.hatenablog.com

 を参照してもらうとして、なんとなく感じ取っていたものに(暗号化されているとはいえ)キャラクターの発言で裏が取れて、心の成長物語以外のドラマも先に勧めている感じを受けます。

ソルトと教団の偉い人は、『テメーらゼーレとゲンドウか。あんまふわっとした物言いしてんじゃねぇぞ』と言いたくなる、意味深トークで関係を示唆してました。
白詰草の世界でクラッキングしている影(『旧劇Air冒頭のミサトかよ』とツッコんでしまった)が誰なのかとか、時間無いのはわかったけどタイムオーバーしたら何が起こるのかとか、未だに謎も多いですがね。
唐突にフラッシュバックした『ミミ』との思い出がパピカにどう関わるか含めて、今後の展開で明らかになってくるんでしょうが。
『ミミの欠片』と『アモルファス』が同一アイテムである以上、教祖とソルトはおんなじモノを別の角度から手に入れ直すために、ピュアイリュージョンに干渉している感じだなぁ……。

ヤヤカは『覚悟が違う』とお姉さんぶっている割に、ココナが特別な存在として選び取った自己投影先にはなれないし、目線を合わせて対話も出来ないし、組織の核心からは距離を置かれているし、不満がたまる展開でしたね。
まぁあのトンチキ教団で粋がっててもあんまいい事なさそうなんで、離脱フラグを立てるのは良いことなんだが……そっからフリップフラップに流れても、同じくあまり良くはならそうでな。
居場所がない者同士、ココナともうちょっと距離を近づけて、少女革命を果たすのが良い気もするが、さてはてどうなんだろうね。


そんなわけで、自分が果たしてきた『冒険』の意味を問い直し、そこで起こった『変質』と新しい力に怯えつつ距離を測る、青春の迷い路でした。
『現実』と似ているからこそ『誰もいない』こと、『たくさんのパピカ』だけがいる世界の自問自答が明瞭になる舞台設定は、思わず過剰な読みを刺激される、面白い『幻想』だったと思います。
こんだけベラベラ読んで製作者サイドの想定とズレてたら赤っ恥だが、まぁそういうのひっくるめての読みだろうさ……外れてないといいなぁ。(本音ポロリマン)

これまで過去が語られなかったソルトやパピカに切り込んでいく足場も着実に作られ、更に物語が加速しそうなこのアニメ。
次回予告では水着着てましたけども、あの映像からどう転がるか一切想像できないのもいい加減学習しているので、素直にエロくてバンザイ! という話にはならないと思います。
どんな一撃を脳天に叩き込んでくれるのか、来週が非常に楽しみです。