イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ユーリ!!! on ICE:第10話『超がんばらんば!!グランプリファイナル直前スペシャル』感想


氷の地平線の果てに運命が待っているスケートアニメ、最終決戦を前に滑り以外のドラマ全てをまとめにかかる第10話。
GP開始以来競技競技で押し込んできた早めの展開を少し緩め、ヴィクトルの語りでしっとりと状況をまとめ上げる回でした。
バルセロナの華やかな町並みの中で、肩の力を抜いて人生を謳歌する選手たちの表情がとても楽しそうで、見ているこっちも嬉しい気分になった。
同時に作品があえて描いてこなかった部分にもしっかり切り込んで、色んな疑問が繋がる気持ちよさもあり、最終決戦で高く高く飛び上がるための助走路をしっかり整えるエピソードとなりました。

というわけでヴィクトルと勇利が指輪と約束を交換する回でした。
どう考えてもゲイカップルの結婚話であり、ピチットくんの解釈はけして間違ってはいないと思うのですが、そこにだけこだわっていると色々見落としそうなので、一旦そういう話は横においておきます。
中国GPで別れの辛さを痛感したからこそ、形に残る思い出が欲しかったのかなぁ、勇利。

今回はほぼ全編ヴィクトルの語りで進んでいき、GP決勝を争うライバルの横顔とか、自分自身の心境とか、ちょっとしたミステリの謎解きとか、試合前に必要なことを手際よく進めていく回。
このアニメは競技以外の穏やかな日常描写(ヴィクトル言うところの『2つのL』)が非常に冴えているので、選手たちがいがみ合わずバルセロナを楽しんでいる姿をじっくり見せてくれたのは、とても良かったです。
こういうシーンを長く取ることで、選手たちが何を賭けて滑走しているか、よく見えてくるわけで、滑りに説得力を持たすためには滑りの外側を怠けないのが大事なんだな。

今回強く感じたのは、序盤から中盤にかけて見せていたヴィクトルのミステリアスな感じ、勇利が追いかけるに足りる『神』の高さというのを、後半は意識して外してきたんだな、ということ。
『神』は己の内面を持たない『謎』だらこそ『神』足り得るわけで、ナレーションという形で自分が何を感じ、何を大事にし、何に喪失を感じるのか丁寧に言語化する今回は、元々じっくりと崩していたヴィクトルの神性を完全に崩し、『Love & Life』を必要とする一人間の領域に降ろすエピソードだったと思います。
ヴィクトルと出会うことで『人間』の領域から『神』に近づきつつある勇利の歩みとおなじように、『2つのL』を必要としない『神様』だったヴィクトルが競技を休み、勇利に手を引っ張られて人生の喜びを知っていく道程には、大きな価値があります。
上昇する勇利と下降するヴィクトル、2つの魂が描く傾いだ十字こそが、競技と人生という2つの世界を複雑に照らし出しているわけです。


あまりに美麗な描写を使いこなすことで、『美しくて、高くて遠い』という勇利のヴィクトルを視聴者の中に結像させ、それに引っ張り上げられる形で物語を進めてきたこのアニメ。
ヴィクトルを見上げなから勇利の成長物語は先に進み、トップアスリートに相応しい誇りと強さ、パフォーマンスを達成したあたりで、足場はヴィクトルに移っていきます。
美の化身として長年君臨し続けたヴィクトルが、あまりに完璧であるがゆえに足らないものを、『人間』でしかない勇利が満たしていく物語。
旋毛が少し薄くて、コーチとしては未熟で、実戦の中で自分の想像を超えていく勇利に瞳を輝かせる、美しい男の物語。
今回のナレーション起用は、そういう話の中に配置された見事な演出だと思います。

飲み会の与太話という形で強く興味をひいておいて、特殊EDで乱痴気騒ぎを見せ、そこから勇利とヴィクトルのファーストコンタクトまで一気に線を引く。
視聴者の見たいものを完全に握り込んだ見事な運び方なんですが、時間を一年遡るこの出会いを見せられたことで、ヴィクトルが勇利のコーチを引き受けたからくりが見え、勇利の思いは一方的な片思いではけしてなかったということが、僕らに伝わってきます。
勇利がヴィクトルを見上げながら走ってきたように、ヴィクトルもまた、体温の判る距離で純粋に自分を求める青年に瞳を揺らし、心を動かされていた。

それは完璧な『神』には許されない動揺であり、もしかしたら恋なのかもしれませんが、しかしヴィクトルを完璧で空疎な『美の化身』のまま終わるつもりがないこの物語において、『神様だって恋をしてた』という過去を見せるのは、とても大事なことです。
それは勇利が『人間』であるがゆえに周囲に与えていた『2つのL』が、物語が始まる以前からヴィクトルに届き、彼が『神』を止めて高い所から降りてくる決意、勇利の伸ばした手を取る意思を生み出していたことを、強く強調するからです。
ああいう形でスマートに過去を補完することで、この話が最初見えていた『人間』から『神』への片思いの物語であると同時に、『神』が『人間』に恋をした思い思われの物語でもあると納得できるのは、凄く強いと思います。

指輪の交換で教会で祝福で……となれば、永遠の愛を誓いあったようにも見えるのですが、先週ラストで勇利はヴィクトルと離れる決意を告白しています。
ヴィクトルが右手の薬指に嵌めた指輪には、ロシア正教の文化に則って永遠への希望が込められているのかもしれないけども、勇利のそれは言葉通り、これまでの感謝を形にしたモニュメントなのではないか。
GPが終わっても続く永遠を見つめるヴィクトルと、近づきつつある別れを見つめる勇利の間には、今回流れていたハッピー・ハードコアな空気とは裏腹に切断面がそびえ立っていて、ヴィクトルが見つめていた海にはそれが映っていたのかもしれない。

このアニメは饒舌な割に、本当に大事な内面は語らないのであくまで想像なんですが、そういう気もしています。
勝負を前にしたお祭り騒ぎの中に、そういう冷徹な裂け目を入れ込んでくるのは、なかなか冷静だなぁ。
GPが終わった後に、今回金色のリングとして物質化した二人の愛が、『神』が見つめる永遠の象徴になるのか、はたまた『人間』の儚さを宿した切なさの結晶になるのか。
気になるなぁ……。


ヴィクトルと勇利のたどり着いた場所が丁寧に描かれる中、ライバルたちの肖像画も非常に鮮明に切り取られていました。
実際に滑走が始まってしまうと細やかなドラマを回している余裕はなくなってしまうわけで、ここでキャラの魅力や背負っているものを見せてくれるのは凄くありがたいですね。
メイン競技者だけではなく、これまで戦ってきたライバルや仲間もチラホラと顔を出してくれて、このアニメが持つ賑やかな楽しさを強めてくれてもいました。
応援団長もやってくれるなんて、南くんは良いやつだなぁ……。

特に力を入れて描写されていたのはロシア産のもう一人のユーリでして、描写のなかったオタベックくんと熱い友情を育んだり、ヴィクトルに悪態つきに来たり、元気に走り回っていました。
これまで出番も掘り下げも多くて、視聴者に愛されているユーリをテコに使って、一気にオタベックくんのキャラを立てる立ち回りは、なかなか巧いなぁと思います。
寡黙ながら憧れを強く持っていて、素直にリスペクトを表現できるキャラクターにも好感が持てるし、六人目の挑戦者が気持ちが良いやつで良かった。

『豚』『家畜』といった強い言葉を発して闘争心を高めつつも、結局『長谷津の海、思い出すなッ!』と楽しかった思い出共有しちゃうあたり、やっぱユーリは根本的にいいヤツです。
やり過ぎ感あふれるファンに辟易としつつも、貶められたらキレちゃう所とかマジいいヤツ。
まだ15歳の彼はそうやって尖っていないと、世界のトップで戦い続ける自分を維持できないのかもしれません。
汚い大人たちはオン/オフの切り替えも巧く出来て、昨日まで酒飲んで騒いでたやつ前にしても締まった表情出来るけど、荒い言葉で自分を鼓舞しないと優しさに流されちゃうユーリ、俺好きだよ。
あと僕はユーリとリリアコーチの関係が凄く好きなわけですが、言葉遣いを細かく指導したり、ヤコフと三人で食事をしたり、今回の描写は二人の間合いを活き活き見せてくれて、非常に良かったですね。

ヴィクトルをナレーターに据えることで、世界のトップランカーを彼がどう思っているのか分かったのも、今回面白いところ。
現状トップ通過で、猛烈にヴィクトルをライバル視しているJJをうろ覚えな所とか、『神』に相応しい残忍さだなぁと思います。
ヴィクトル的には、JJの演技はあまり心を揺さぶられず、記憶に刻まれないってことなんだろう……そんな男を一目惚れさせたんだから、やっぱ勇利は凄いやな。


というわけで、決戦への道筋を丁寧に整えつつ、これまで積み上げてきたものを確認するエピソードとなりました。
勇利からヴィクトルへの強い思いは、これまでの物語でもたっぷり描かれてきたので、それに照応するヴィクトルからの思いをじっくり見れたのは、非常に良かったです。
真心が一方通行ではなかったと確認する意味もあるけども、お話全体の構成がどうなっているのか、しっかり見えたのが良かったですね。

滑走前の風景を情感豊かに描いたことで、キャラクターが背負うもの、彼らに投げかけられる期待もはっきりと見えてきました。
物語の全てが結実する決戦と、その先にある結末と想い。
高まった期待を乗せて、美しい男たちの物語がどこまで飛び上がるのか、非常に楽しみです。