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イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

舟を編む:第9話『血潮』感想

人生の欠片を拾い集めて一歩ずつ進むキャリアメイクストーリー、今週は好事魔多し。
前回辞書編集者としてのスタートに立った岸辺ちゃんがどんどん頼もしくなる中、大渡海にふさわしい紙も無事完成し、一歩ずつ着実に先に進む……と思ってたら、とんでもない落とし穴が襲い掛かってくる回でした。
岸辺ちゃんの成長とか見えてきたゴールとか、明るい部分はしっかりと手応えを感じさせるように。
松本先生の健康状態とか、抜け落ちていた『血潮』とか、その影に潜む危うさはショッキングに。
メリハリの効いた見せ方が相変わらず鮮烈で、非常に"舟を編む"らしいじわっとした喜びのあるエピソードでした。

というわけで、前回岸辺ちゃんの小さな一歩にクローズアップし、ミクロな部分を大事に進めてきたのとは対照的に、大胆に時間を飛ばすマクロなカメラが印象的な話となりました。
夏から秋、冬からまた巡って夏という時間経過を、『エアコンのコントロール』と服装、景色の変化でスマートに見せる演出は、まさにこのアニメの真骨頂。
作画カロリーを上げた細かい芝居が目立ちがちですが、クレバーにサラッと流しつつ、鮮烈な印象を残す省略の巧さもまた、このアニメの強さだと僕は思っています。
時間経過というのはサラリとやり過ぎると味気ないし、油っぽくやり過ぎると飛ばした意味がないしで、なかなかバランスの難しいところだと思うんですが、『エアコンのコントロール』という身近なアイテムの持つ匂いを活かして、軽みと味わいを両立させてスッと終わらせてしまうのは、やっぱ凄いなと思いますね。

そんなふうに過ぎていく時間の中で、『ヌメリ感』や強度を求め、妥協なく最高の紙を完成させていく過程や、岸辺ちゃんが辞書編集者としての誇りを手に入れていく足取りも描かれていました。
紙のチェックをするシーンは、主任になった馬締の頼りがいを見せる舞台なわけで、同ポジを丁寧に重ねて、大渡海編纂に関わる人々の妥協のなさがよく伝わってくる、良い見せ場でした。
製紙会社のお兄ちゃんも馬締の思いを汲んでくれる仕事人であり、岸辺ちゃんとの淡いロマンスなんかもあって、存在感のあるいいポジション。
馬締が香具矢と、西岡が三好さんと交わした『恋』を岸辺ちゃんも経験することで、おんなじ道を歩いて頼れる存在になっている感覚が出てきているのは、時代を重ねたこのアニメならではだと思います。
あいつもあいつも、いい人を見つけて向かい合って、それを支えにして強くなったわけだから、岸辺ちゃんの恋も良いものになるだろうという信頼感を作れているのは、やっぱ良いね。

前回たどり着いた決意を補強するように、辞書人としての岸辺ちゃんを松本先生や馬締が導き、馴染んでいく様子が描かれるのも、見ごたえがありました。
話の方向性としては、前回一話使ってじっくり迷うことで筋道がついているんですが、それはあくまで骨格。
細やかなエピソードをしっかり描き切り、キャラクターの成長に肉を付けていくことで、お話に味わいが出てくるのだと思います。


無論、物語や人生が進んでいく道には平らな道だけではなく、山もあれば谷もあります。
"僕らはみんな生きている"のポジティブな曲調を岸辺ちゃんの奮起と重ねつつ、歌詞中の『血潮』を拾うように乗せ損ないに繋げる演出は、人生の明暗に上手いことブリッジをかけていて、非常にスマートでした。
同じモチーフが成長と失敗、両方に顔をだすことで、良いことも悪いことも起こりうる複雑な人生に、このアニメがじっくり腰を落として向かい合っている感じが強く出てたというか。
そういう凸凹をみんなで乗り越えればこそ、辞書編纂部の絆は深まり、新しい血も必要とされるわけです。
そういう意味で、ミスを見つけるのが岸辺ちゃんだったのは、頼れる戦力になった彼女を見れて良かったな。(いや、あんま喜んじゃいけないんだけどさ、ミスなんだから)

ミス発覚に頭を殴られ、ガツンとショックを受ける馬締の動揺も、非常に鮮烈に描かれていました。
ここらへんは前編を明るめのトーンを統一し、順風満帆に航海が進んでいる様子を強調していたからこそ、視聴者もぐわんと揺さぶられるシーンだと思います。
松本先生がタクシーに乗り込む時一気に死の影が被さる様子といい、ショックを反映して文字が溶け出す演出といい、今回は明暗の切り替えが鮮烈でよかったなぁ。
『浮かび上がり、溶け出す文字』は第1話で荒木さんが馬締を見つけたときも使われていて、あの時はポジティブだったものが今回はネガティブに使われていて、演出の奥行きを感じられるのも良いですね。

というわけで大ピンチがやってきてしまったわけですが、今の馬締は辞書編纂部に来たばかりの馬締ではありません。
苦手な交渉事も堂々と乗り切り、第1話で松本先生と荒木さんが辞書の未来を語らっていた蕎麦屋で、西岡とどっしり蕎麦を手繰る様子も、今回ちゃんと描かれていました。
危機にこそ人の成長は出てくるはずであり、見出し語フルチェックという高い障害も、頼もしさを手に入れた馬締はしっかり乗り越えてくれるでしょう。
……岸辺ちゃんもいるしな。

もう一つの山としては、松本先生を覆う影がしっかり演出され、迫ってくる死の影が明瞭でした。
時間が行き過ぎるということは、青年を一端の存在に鍛え上げるだけではなく、老人に宿命的な終わりをもたらす、残酷な運命でもあります。
岸辺ちゃんや馬締、西岡の頼もしい姿と、松本先生の寄る辺ない描写もまた、良いことばかりではない人生の明暗、その一つということなのかもしれません。
……まぁ無事完成を見届けてくれるのがベストではあるけども、この流れはなぁ……。(展開を先読みし公言することで、襲い来るショックに耐える姿勢を作っておくマン)
麦人さんがこれまでの演技に少し陰りを足して、松本先生の現状を地道に完璧に伝えてくるのは、さすがベテランだなぁと感服しきりでした。


そんなわけで、過ぎゆく時間と人生の明暗をどっしり追いかける、このアニメらしいエピソードでした。
良いこともあれば悪いこともある長い人生を、その両方を祝福しながら活写していく姿勢が僕はとても好きなので、今回のちょっと引き気味の語り口は凄く上品で、好きです。
人生を今まさに泳いでいる張本人にクローズアップする語り口にも熱があるし、こうして引いて全体を撮るカメラもスマートだし、緩急遠近を自在に使い分けれる手管は、とにかく強いなぁ。

大渡海の編纂も、長く続いてきた物語も終りが見えてきた所で、ドカンと空いた落とし穴。
なかなかの厄介事ですが、仲間に支えられながら頼もしく成長した人々はそれを乗り越え、また新しい景色に向かっていくのでしょう。
幾度も鮮烈な人生の風景を届けてくれたこのアニメが、来週何を見せてくれるのか。
非常に楽しみです。