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イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

昭和元禄落語心中 -助六再び編-:第2話感想

行きつ戻りつ因業の輪、世代を超えて繰り返されるカルマの車輪、落語心中二期二話でございます。
一話で助六の主人公力を確かめ、良い所をグッと出してきてさぁイイハナシだよ! とはならないのがこのアニメであり、今週はとことんダダスベリな与太郎メインでした。
助六はとにかく陽性で、彼と触れ合うことでみんな良くなっていくキャラなんですが、作品全体を支配するネガティブなオーラとそういう性根が、巧く噛み合わないのも事実。
ここで彼が持っている焦りとか劣等感とか不足とかをちゃんと描写することで、彼がこの物語の部外者ではなく、他の皆と同じように陰りを持っていることが伝わってきました。
こういう話を挿入しないと、助六が世界を変えていくエンジンに火が入らないあたり、難儀で楽しいお話ですね。

というわけで今回のお話のコアは"錦の袈裟"ですが、他のエピソードでの噺の使い方と同じく、上手いことエピソードテーマを拾い上げるチョイスでした。
身の丈に合わない衣を手に入れようと、間抜けの与太郎が右往左往するさまが面白い話なんですが、これは助六を襲名しつつも自分が見つからない与太郎自身と、見事に重なり合います。
アマケンが見事に指摘したように、助六と八雲、二人の名人の影を追い続けた与太郎には『自分』というものがなく、つまり自分の噺もない。
足場がないので思わず力みすぎて、子供がいるのに艶笑ネタかけちゃうし、高座で肌晒しちゃうしで大失敗もするという、なかなか笑えない展開でした。

必死に演じているのに客が掴めない、それどころかガンッガン席が冷えていく焦燥感というのは、追いかけている八雲も一期で捕まったものです。
生まれたときからの名人なんてものはなくて、皆同じように焦りや実力不足に悩み、失敗から学んで自分を見つけていくものなんだと思えば、今回のダダスベリも安心して見て……はいられなかったな。
カメラワークとカッティングに自身があるから、どっしり時間を使って噺全部を見せる演出が使えて、その過程で場が壊れていく臨場感も耐えられないほど高まっていくのは、このアニメ独特の強さだなぁと思いましたね。

助六は家族を知らない孤児であり、生き方に迷った元ヤクザなので、過去の自分に誇れるものが何もないのでしょう。
帰るべき場所がないから、どっしり腰を下ろして『これが自分だ』といえるものがなく、落語が好きな理由も『落語が好きだから』というトートロジーにもなる。
その重荷のなさは、前回見たように未来への希望を連れてくるんだけども、同時に芸を結いつける確かなオリジンが喪失していること、それを埋めるべく、『今楽しいこと』である八雲・二代目助六の芸を尊敬し模倣し続けることにも繋がっている。
わりかし最悪の形で彼の身軽さが爆発した形になりましたけども、その身軽さで捕まえた樋口が鎹になって、八雲に温かい言葉をかけてもらって前向きにヒイたのは、とても良かったと思います。

『色の入っていない鯉金』も、与太郎/助六の現状を凝縮する良いフェティッシュでした。
ヤクザとして背負った過去を背負うことも否定することも出来ず、中途半端に悪口だけ言われている状況が、"錦の袈裟"をスベらせたもう一つの理由でもあります。
過去の自分を肯定できないからこそ、他人に自分の証を求めてしまうのが助六の弱さである以上、それは世間に暴かれるし、向かい合って何らかの結論を出すべき問題でもある。
最終的に八雲が『色入れて背負いなさい』と、鯉金が意味するものを言語化し道を示してくれるわけですが、そうやって言葉になる前から、色のない鯉金は与太郎の迷いと弱さを絵にしてくれていました。
鯉は登龍門をくぐって天に昇るものなので、それに色が入るのは、噺家としても大成の足がかりを掴むっていう意味合いも込められているかな。


主役だけではなく脇の描き方も繊細なのがこのアニメの良いところでして、一見ただの小言屋のアマケンの描き方、非常に良かった。
口うるさくなるのは、落語の未来を本気で案じているから。
いちいち突き刺さる一言を言えるのは、与太郎の芸とニンをしっかり見てくれているから。
引っ被った『イヤなやつ』の皮の奥に、落語を時代と心中させないためには絶対必要な硬骨漢の骨がしっかり見えて、好きになれるキャラだなぁと思いました。
助六が落語の作法に詳しくないんで、アマケンが『正しい落語』を言葉にしてくれると、見てる側も判断に迷わないんだよね。

二期の重要人物っぽい樋口も、一筋縄ではいかない光と影を表情に刻んで、面白い立ち回りをしていました。
八雲に袖にされた恨みがどれだけ残っているかはさておき、落語と心中を企てている八雲も引っくるめて、落語という文化それ自体の命をつなげたいってのは、結構本音な気がするなぁ。
色々問題はあるけども、助六が挑もうとしている落語の延命はとんでもなく立派で、大変な仕事だと思うので、裏があるとしても樋口先生にはしっかり支えて欲しいと思います。

"錦の袈裟"で子供がゲームボーイやってるのも、このアニメらしい『語らない語り』の上手さでした。
大体の時代をあのアイテムから感じ取ることが出来るし、二期一話のレンタルビデオショップと同じように、ひっそりと落語が娯楽の王様の地位を失い、新しい楽しみに包囲されつつある現状を、しっかり見せることが出来る。
この状況は二代目助六が恐れ、約もと一緒に打破していこうと一度は誓った未来そのものなわけで、三代目助六が果たして立ち向かい、勝つことが出来るのか、長いスパンで戦う問題でもあるんでしょうね。


そんな希望を据えられた八雲は、すっかり自分の命と巻き添えに落語を殺す気まんまんで、樋口に釘を差されていました。
助六とみよ吉が一緒になって逆しま落ちた時から、八雲の人生は全て余生であり、小夏に言った『とっとと殺してくれよ』ってのも、案外戯言じゃあないんでしょう。
しかしそれなら、なんで与太郎を弟子にとって今でも師匠やってんのかという話になるわけで、あらゆる人間と同じように、八雲の中にも死にたい気持ちと生き残りたい欲望がぶつかり合っている。
そこら辺の希死念慮はOPで象徴的に描かれているわけですが、八雲を誘う死神に、三代目助六が代表する生者たちがどれだけ抗えるのかは、今後大事な部分になるでしょう。
二代目助六の影響をどう乗り越えるかっていう、噺家としての三代目助六の戦いも、生者と死者の戦いだしなぁ。

今回は『雑音』の多い話で、アマケンの耳に痛い小言に、"錦の袈裟"を包み込む冷たく激しい雨、八雲を悩ませる信乃助の鳴き声と、あらゆる場所でリフレインしていました。
信乃助の邪気のない仕草はとてつもなく可愛いのですが、八雲にとってはベッタリした生の温気の象徴みたいなもんで、逃げ出したくてしょうがねぇウンザリごとなのでしょう。
それでも、行きてる限りガキは懐くし、放っておいてヒドイことになるのを座視も出来ない。
雑音もまた、人生の音楽の一つなのでしょう。

つうか、小夏と八雲が同衾している絵があまりにエロティック過ぎて、おめーそれはどう考えても親子の距離感じゃあねぇだろと。
間違っていたら八雲師匠に土下座なんですが、『信乃助の父親、どう考えてもアンタだよね』っつー、艶の乗った演出でした。
もしそうだとしたら、親子同然の女と色を交わした八雲の心情、それを殺さず産み切った小夏の心、どれもとんでもない業に塗れた、一筋縄ではいかないカルマそのものだなぁ……表沙汰になった時、助六受け止めきれんのかコレ……。
……『二代目助六の子供を生みたかった』がこのねじれの根っこにあると、こりゃホントにヤバいな……。(推測を積み重ねて危険高度までアガるマン)


というわけで、それぞれの人生の中で生と死、色と情が絡み合う、落語心中らしいエピソードでした。
人生の陰影を色濃く描きつつ、それがはっきりとは別れず混じり合って、複雑怪奇な業を軋ませながら進んでいく話運びは、やっぱとんでもなく魅力的だなぁ。
今回やらかした助六の"錦の袈裟"もまた、八雲がそうであったように『自分の芸』に出会うための大事な足場になって、成功をつかむ足場になるでしょう。
痛いほどに間違いを切実に切り取りつつ、闇から光、失敗から成功へと潮目が変わる予感もちゃんと作ってくれて、良い話だったと思います。

しかしその足場が、ふらりと揺らいでしまう危ういものだってのも、このお話が睨んでいる人生の真理。
移り変わる時代、迫り来る老いと変化の中で、男と女は何を見つけ、何を失っていくのか。
ここからの話運びが非常に楽しみになる、味わい深い第二話でした。