イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

月がきれい:第7話『惜しみなく愛は奪う』感想

時は夏、恋はあらたる局面に差し掛かる、グループデートで浮き沈みな第7話です。
千夏ちゃんが爆弾を落としてこのサブタイトルなので、四角関係が加速するのかなぁ……と思わせておいて、むしろ恋に置いて行かれる脇役たちの切なさと、二人でいるだけで満たされていく主役たちの特別さが強調されるという……。
王道ど真ん中の超甘酸っぱい恋を描きつつも、結構意外性のある展開も織り交ぜ、毎回楽しく見せてくれるアニメですね、やっぱ。

というわけで、彼氏彼女にはなったけども、持ち前の内気さが邪魔をしてそれを公開できない二人。
あれよあれよという間に話が転がって、様々な人の思惑が絡み合う水道橋遠征に、というのが今回のお話。
『交際を周囲が認知していない状況』と『比良・千夏の恋の行方が見えない状況』、2つがサスペンドされている状態から始まって、ヤキモキとモヤモヤが積み重なって両方が解消されるという、なかなか面白い運びになりました。
このアニメの強みである細やかな心理描写が全員に行き届いていて、『勝つ』ことになった小太郎や茜の初々しさだけではなく、『負ける』ことになった千夏の無邪気さと身勝手と痛ましさ、比良くんの優秀さゆえの敗北が、鮮明に描かれていました。
誰が悪いってわけじゃないが、みんな完璧ではなく、だからこそ人間の体温を感じられる。
そういうエピソードでしたね。

今回話の軸になっているのは主観と客観、『個』と『公』のすれ違いでして、主役二人はじっとりと交際を深めて『もうこの人しかいない……』ってところまで煮詰まっているのに対し、周囲の人々はその環状の温度を知らず、比良くんと茜ちゃんが交際する『べき』と勝手に思っています。
面倒見が良く、公平で、視野が広い比良くんは確かに点数の高い男の子で、客観的に見れば当然小太郎くんよりモテる。
ただ、ナイーブな茜ちゃんに必要なのは公平さではなく、プライベートな距離感を大事に、自分にだけ向かい合ってくれる狭さなわけで、そこにドンピシャでハマったのが小太郎くんなわけです。
この視点は周囲で見ているだけの野次馬は当然として、交際の事実を知っている千夏ちゃんも、茜ちゃんのことが好きな比良くんも共有できていない、パーソナルな視線です。

茜ちゃんは比良くんに奢られるのを拒絶するし、小太郎くんは千夏ちゃんと隣り合って写真に写っても、あまり楽しくない。
それは二人が『個』の領域で抱え込んでいる秘密の感覚が、周囲が押し付けてくる『公』のイメージとズレているから起こることです。
同時に恋心という非常にパーソナルな感情を抱く比良と千夏にとっては、恋人の間に割り込んで自分が位置を占めるのは『個』としての行動・欲求でもあります。

これが友人としてなら、それぞれ譲り合って気持ちのいい距離を作ることも可能なのでしょうが、恋は一つの『個』が一つの『個』を唯一と求める狭さが、大きな特徴です。(少なくとも、この作品のキャラクターが求める恋はそういう形)
二人の間では心地よいのに、他人を押し出し泣かせてしまうような残酷さもある。
個人的であると同時に、否応なく他人を巻き込み、触れ合う『公』の側面を恋が持っていることを、今回の話は追いかけていきます。

小太郎と茜がそれぞれ唯一の存在であることを表すのに、相変わらず距離感が巧く使われています。
なんでもペタペタ触って接近してくる千夏ちゃんは、小太郎くんにとってあまりに近すぎ、周囲をよく見すぎて個人を見ない比良くんは、茜ちゃんにとってあまりに遠い。
名前呼びのギクシャクしたかけあい、自分の歩調で走りすぎて茜ちゃんを置いていってしまう描写を見ていると、『何故彼らではダメなのか』が皮膚感覚で分かってきます。

敗者が負ける理由を強調するためには、勝者が勝つ理由をちゃんと描くと対比が生まれ、納得しやすくなります。
小太郎くんは内気で足踏みばかりしているけども、決定的なタイミングで言うべき言葉をちゃんと伝えた。
比良くんが背中に庇えなかった茜ちゃんを、自分の体でちゃんと守り、適切な距離を作った。
内気な小太郎がそういうことをしたくなるのは、相手が茜ちゃんだからであり、似合わない男らしさを発揮させてしまう魔法が、恋にはあるわけです。
なにより、個人的な夜がやってきて恋人たちが過ごす時間の甘さをあそこまで丁寧に描かれちゃうと、『何故彼らではダメで、彼らでなければダメなのか』っていうのは直感的に理解できてしまうわけでね。


ヤキモチとモヤモヤと混乱が支配する前半と、二人きりでいることの安心感、特別さに包まれた後半戦。
『恋人でいられないこと』と『恋人でいること』の分水嶺が、ちょうど小太郎くんの交際宣言なのでしょう。
あそこを分岐点にして、二人は九人から分離し、自然と笑顔がこぼれ、距離が近づいていく。
前半の『何でこうなっちゃったかなぁ』という顰め面に比べ、後半の笑顔は軒並み自然で、無理がありません。
二人でいるだけで、自然と満たされ笑いが溢れていくような幸福はやはり、そうではない誰かを拒絶し、『個』の距離に入れないことと隣り合わせなわけです。

花火に照らされて、一歩一歩距離が近づき、唇が触れる。
その直前で少女が冷やかして、そこが他者の視線がある『公』の空間……大輔さんの個人的好意で守られた古本屋とは違う場所なのだと思い出す流れでデートが終わるのは、凄く面白いと思います。
『個』と『個』の身体が重なる直前で、『ちょっと待て、まだ早い』と水が刺されるという。

運命と好意で結び付けられた二人はいくらでも『個』の領域に引きこもっていられるんだけども、この話は成長期の二人を『公』の領域に幾度も引きずり出して、バランスをとることを要求してくる。
それは恋だけではなく、進路や将来を描く上でも生まれる衝突で、今後はそこにも切り込んでいくんだろうなと思います。
その時、二人が恋の中で学んだ『公』と『個』のバランス感覚がいい具合に活用されたら、それは今回描かれた特別な関係の良さを、別角度から照射することにもなると思います。
どっしり恋愛やってるのに、最終的に恋以外のところに思いが伸びていくのは、やっぱこのアニメがより広く、より深い場所に視線を向け、貪欲にたくさんのものを描こうとしている(そしてそれに成功しつつある)証明だと思いますね。

小太郎と茜の二人の時間、隠微で密接な夜に近づいていく間合いを時間経過とともに描きつつ、負け犬たちの涙と動揺も丁寧に切り取られていました。
千夏ちゃんが声もかけられず、茜だけが小太郎の自然な笑顔を引っ張り出せるのだと思い知ってなくシーンは、彼女のちょっと幼い、でも気合い入れまくった服装との相乗効果で、なんとも痛ましかった。
色々拙い策略も張り巡らせ、無邪気な愚かさもそこかしこに見えたけども、千夏ちゃんも根本的に良い子なわけで。
泣いてほしくはなかったけども、茜ちゃんと小太郎くんの距離感はもう滑り込む隙間がないほど唯一無二で、それを思い知らされたら泣くしかないよなぁ……。

ラストの電車、キス寸前まで行ったのグースカ眠る小太郎くんに笑わされつつ、LINEで届いたスタンプに茜ちゃんは何も言えません。
唯一の存在として選ばれた勝者が、選ばれなかった敗者に何が言えるのかを思えば、あそこは確かに当惑するしかない。
まさしく"惜しみなく愛は奪う"わけで、望んでもいないのに親友から『勝ち』を奪うことになった茜は、『ごめん』と謝罪しつつそれをLINEには乗せません。
小太郎くんが起きていれば共有されていた謝罪のメッセージと、電子の繋がりには乗せられなかった思いが残忍に対比されていて、とても良いシーンだと思いました。


いいシーン度合いでは、負け犬どもが花火を見上げるシーンも凄く良かった。
女の子たち(そして視聴者)にも一発で分かるくらい泣きはらした小夏ちゃんは、比良くんに『ごめん』と謝ります。
それは無邪気に見える小夏ちゃんにも年相応のずるさがあって、比良くんと茜ちゃんを後押しする『公』の視線を借りて隙間を作り、小太郎くんの隣を獲得しようとしていたことを意味する。
そしてそういう意識は、茜ちゃんと二人きりの迷子の時間を楽しんでいた比良くんにも、共通するズルさだと思います。

ある種の共犯者として二人は同じものを見上げるのだけども、小太郎くんと茜ちゃんが同じ時間、別の場所で共有している距離感は、失恋してしまった彼らからは遠い。
『なんか、ごめん』と心のモヤモヤを開放できてしまう赤い目の千夏ちゃんと、ずっと空を見上げ続け涙がこぼれないようにする比良くんの『なんも!』という強がり。
四人それぞれの肖像が、花火に照り返されてすごく鮮明になった、残酷で美麗なシーンだなと思いました。
あそこで強がれてしまうところが、比良くんの良さであり強さであり、茜ちゃんの懐に入れなかった理由だからなぁ……切ねぇ。

茜ちゃんが受け止めるわけに行けない千夏ちゃんの涙を、女の子たちがナイーブに感じ取ってくれたのも良かったなぁ。
アホ帽子被ったバカ男子を押しとどめて、事情を察して優しくしてくれる姿は、昼の強い日差し……『公』の空間での狂騒と面白い対比をなしていて、彼女たちの内面を効率よく見せてくれていました。
昼から夕暮れ、夜までを定点で追うことで、外向きに開けたところから内向きに閉じていく心理と物語が巧く映像化されているのは、非常に巧妙ですね。
ここらへんは、池端監督のコンテ力なのかなぁ。


あと人間関係の正解に一発で滑り込むまろんの凄みも、凄く巧く描かれていた。
あの子はナチュラルに共感能力が高く、他人の心情を言語化せずに把握できるし、集団の中で情報をどう扱えば状況がスムーズになるかも、直感的に分かるんだと思います。
考えに考えて最善手を指すというよりは、答えが脳裏に浮かんで、そのとおり行動するのをためらわないタイプというか。
まろんがアシスト&フォローをやってくれなければ、小太郎くんの交際が『公』に認められるのはもっとギクシャクしただろうし、そもそも小太郎が比良(が代表する『公』とのズレ)に向かい合う流れにもならなかったので、ジョーカーはつくづく強いなぁ、と思います。

Cパートの先生三連発でもそうなんだけども、このアニメは全体的に女の子たちのほうが精神的成熟が早く、男はバカでガキと扱っている。
ちょっとフェミニンな印象を与えるまろんは、一見一番幼いようでいて、女の子たちが先取りする成熟に軽く足をかけている越境者なのかもしれません。
しかし体弱い系ってことは、あの髪の色もアニメ的表現ではなく、アルビノってことかな……目赤いしな。
こういう要素をさり気なく拾って演出し、キャラと物語に陰影を付けてくるのは、このアニメらしい巧さだなと思います。


というわけで、様々な人が交わり、一つの決定的な決断が青年たちを切り離し、あるいは結びつける回でした。
集団としての描写、個人としての描写が時に衝突し、時に混じり合い、複雑な色合いを見せるのがとても楽しかった。
複雑で稚拙な青春の心理的駆け引きが活き活きしているのと、一夏の思い出として凄くロマンチックで、切なく感傷的にまとめられていたのも、非常に良かったです。

あるものを選ぶことは、あるものを選ばないこと。
主人公たちが、恋の残酷さに決意を持って踏み込む展開となりましたが、その決断がどういう波紋を広げていくのか。
負け犬たちにも、残忍でありつつ暖かい視線を向けてくれたおかげで、彼らの第2ラウンドがどうになるかも気になって仕方がない。
盛夏を過ぎ、物語は穏やかなる実りの秋に突入していきます。
小太郎くんがかっこよく輝くだろう祭りも近づいてきて、来週も楽しみですね。