イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

アイドルタイムプリパラ:第12話『打て!アイドルタイムグランプリ』感想

長かった戦いよさらば! 本格超人ソフトボールアニメもついに集結、ここからはアイドルを始める時間です!!
そんな感じのアイドルタイム第12話、クール終わりであり、にのエピソード一段落のお話。
ソフトボールの試合は散々やりきったからか、怪我を押してでも舞台に上がるゆいのアイドル力が、色んな人を巻き込んでいく様子重点で進んでいきました。
夢を叶えるアイドル自身だけではなく、その姿によって夢と力と感動を与えられれるファンもしっかり書くスタンスが、非常に白紙からの物語であるアイドルタイムらしい。
クール終わりに相応しい、分厚いお話になったと思います。


今回のお話は、先週掘り下げたにのの欠点を、ゆいの姿を見ることでにの自身が補う形になっています。
夢がないことに悩むにのは、夢しかないゆいの奮戦を目にすることで、夢パワーが持ってる力を感じ取り、それを自分のものにしたいと願う。
今は夢がなくても、夢を手に入れたいと想う。
ステージから元気を届けることができるパワーもまた、自分の夢を追いかけるのと同じくらい輝く『アイドル』の強さでしょう。

観客をそういう気分にさせる『応援』の力は、例えば第9話とかでも掘り下げられた、アイドルタイム独自の視点だと思います。
無印はあくまで『夢を叶える自分』に力点が置かれ、特別に選ばれた、しかし誰もが到達しうるような神アイドルの理想を追いかけて、必死に走る姿が描かれてきました。
いわば一人称のガッツストーリーを三年やってきたわけですが、アイドルタイムはゆめの一人称と並走して、そんなゆめの姿に勇気づけられ、自分の夢を見つけるキャラクターに力点を置いています。

今回で言えばにのとババリア校長二人が、ゆいの奮戦に心を打たれ、あるいは自分も夢を見つけようと決意し、あるいは夢を追う子供を守ることを誓う。
ここで面白いのは、ゆいはそういう良い結果を導こうと考えて、ステージに立ったわけではない、ということです。
ゆいが見ているのはあくまで虹色の一人称視界でしかなく、妄想に囚われたガンギマリ眼なのは相変わらず。
でもそうやって(ある意味)身勝手に歌って踊る一心不乱の姿が、思惑を飛び越えて人に届くことがある。
それが『アイドル』であり、『ステージ』であることの特別さなんだと思います。

らぁらはダメダメ小学生として描かれつつも、かなり物語全体の進行に自覚的だったし、世界全体とか『みんな』のことを考えて行動できる、ヒロイックな女の子でした。
対してゆめはあくまで自分中心、都合の悪い世界は妄想で塗りつぶせてしまう凶暴なエゴの持ち主です。
夢を全速力で追いかけつつ、自然と他人を見れる視野の広さがナチュラルにあるから、衝突は起きていないのですが。
今回で言えば、自分の夢パワーを語った後、即座に『にのも夢が見つかると良いね』といえる所、頑張れる理由に『らぁらがいるから』といえる所ですか。
ここら辺の人格の良さは、自分の夢に全力なゆいが独善に陥らず、どんだけトンチキでも『いいヤツ』と思える大事なポイントだなぁと思います。

ともあれ、ゆいはそういう風に道を走っていく子で、周囲に(視界に入れつつ)縛られない自由さ、ブレーキ無用の全力さが、彼女の特長です。
それはババリア校長が体現する一般的な常識(あるいは優しさ)からはストップをかけられるものなんだけども、痛みや傷を噛み締めてでも、思いっきり走りたい夢。
常識を超えたところまでブッ込めるからこそ、にのはゆいのステージに光を見つけ、ババリア校長は『プリパラは男の子のもの!』という偏見を捨ててくれたのでしょう。
そういう『熱』がゆいにはあって、それは『アイドル』として凄く強いのだと見せれたのは、今回とても良かったと思います。
風通しの良いエゴイストというのかな……自分勝手なんだけども、許容できるどころか応援したくなる『華』がある。


今回ゆめの『夢』が人を動かしたのは、12話かけてアイドルやってきた彼女の小さな変化だと思います。
物語が始まった時、彼女の『夢』は他人と共有されない、虹色の『妄想』でしかなかった。
でもアイドルタイムグランプリが開催可能なところまで持ってきて、小さな努力を積み重ねることで、ゆいのステージはゆいだけのものではなく、『みんな』が共有可能な『夢』になった。
まだまだ客席にメガ姉は多いし、所属アイドルも二人だけだけど、そこまでたどり着いた一歩はとても偉大な一歩。
ゆいのエゴイズムが社会と接触し、そこにより良い変化をもたらした証明なのです。

今後もゆめは虹色アイで思いっきり突っ走って、さんざん失敗すると思います。
それは動かしようのない彼女らしさで、そういう身勝手な情熱が、物分りよく何かを受け入れるよりも大きな変化を、世界と他者に及ぼしうる。
その証明として、今週にのとババリア校長に重点して描いてたのは良かったと思います。

今回地味にいい動きしていたのはみれぃで、彼女もまた身勝手な夢を懐き、それを原動力に神アイドルに上り詰めた女の子。
アイドルの頂点にいる彼女が、にののエゴイスティックな夢を守るべく、ババリア校長の背負った常識に立ちふさがったのは、なんか良いな、と思いました。
それはゆいの意思を尊重し夢を守る、『神アイドルかくあるべし』っていう、責任のある行動でした。
舞台に上がるまでの保護をみれぃがやって、終わった後のケアーをそふぃがやるのは、面白い役割分担だなぁ……らぁらは今週、あんま目立たんかったな。

ただ自分がやりたいから、やる。
今週のゆいの振る舞いには、夢が持っている一つの真実がしっかり反映されていたと思います。
誰かの心を動かし、世界を変化させていくような大きなうねりは、個人の熱い感情からしか生まれ得ないという逆説。
そしてそんな身勝手な思いが、誰かの背中を押し、世界を変えていく原動力になるという不思議。
今後もアイドルとしてステージに立ち、夢を追いかけ夢を与えていくアイドルタイムにとって、エゴイズムと公共性の関わり合いは、非常に大事だと思います。
その描き方の一例として、今週ゆいが走った路と、それが生み出したものは鮮明だったし、嘘がなかったと思います。


そんなゆいを心配し、衝撃を受け、自分もステージに立ったにのちゃん。
彼女の変化も今週、非常に印象的だったポイントです。
敗北に怯え、道を見失っていた先週に比べて、今週彼女は『七転び八起き、またやるっす!』と言いながらゆいを背負う。
あれだけ『にのが勝つっす!』とこだわっていた勝ち負けすら、『これ勝負だったんすか?』と、頭から飛んでしまっている。
ゆいのステージを見ること、そして自分自身も『アイドル』としてステージに立つことで、にのを支配しかかっていた迷いは何処かへ行ってしまいました。

それはゆいのエゴイスティックな奮戦が生み出したものなんだけども、同時ににの自身が決意し立ち向かったものでもある。
同じステージを見ても、地獄委員長はプリパラへの憎しみを捨てはしなかったわけで。
自分を前に進めていく勇気を、心から湧き上がらせることができるのは『アイドル』の強さであると同時に、それを素直に受け止められる『ファン』の強さでもあるのでしょう。
無論、にの個人の人格的成熟度が高いのもある。

にのが勝敗の呪縛から解放される予兆は出だしで既にあって、彼女は『試合はどうでも良いから、早く医務室に行くっす!』と言ってます。
『勝負に拘るのはあくまでにののエゴイズム、ゆいは自分の体を大事にしてね』ということなのかもしれませんが、やっぱ視野が広くて頭が良い子だと思う。
勝負が終わった後ゆいをおぶって帰る姿も印象的で、『アイドルなんてヌルい!』と侮っていた二人がどういう関係になったのか、よく分かる絵でした。
他人の傷を気にすることで、キャラクターが『こいついいヤツ』だと見せる手法は、ババリア校長にも適応されてる部分ですね。

にのは今回、夢だけしかないダメダメ人間のゆいに、勝負で負けます。
でもそのこと(そしてそこにたどり着くまでに迷ったり、見つけたりしたもの)がにのを少し変化させて、新しい自分を見つけるきっかけになる。
『負けたら終わりだ』と自分を追い込んでいた視点から離れてみれば、負けは確かに疾風勁草、強い自分を教えてくれる試練となったわけです。
シオンも、虚無僧姿で助っ人した甲斐があるな。

夢がないけど夢を持ちたいと思ったにのは、今後どうなっていくのでしょうか。
お話の収まり的には、『アイドル』がにのの夢になるのが一番収まりが良いんだろうけども、そうでなくてもいいなぁ、と少し思います。
まぁテーマ的には『アイドルは無敵。最強』としたいところなんだけども、第9話でちあ子が『アイドル』ではなくメイクスタイリストになった流れが、凄く風通しよくて好きなんですよ。
個人が様々に持っている色んな夢を受け入れて、尊重しながら後押ししていける『アイドル』の凄さは、『アイドル』を唯一絶対の正解にしないことで、より強くなると思うのです。

そしてそれは、社会的に女子アイドルが認められていないパパラ宿だからこそ、より必然性を持って描けると思う。
『みんなアイドル』というテーマを掲げていた無印だと踏み込めなかった、距離を適切に開け、視野を広く保った別角度からのアイドル物語を、アイドルタイムはやろうとしているのか。
と言うか、僕はアイドルタイムでそういう話が見たいのか。
自分が白紙の存在で、いくらでも夢を書き込めることに気づいたにのを見て、僕はそういう気持ちになりました。


ゆいとにの、新世代の二人の関係はこんな感じで収まりましたが、世界全体はどう進んでいくのでしょうか。
ババリア校長がかなりあっという間に支援者になったので、地獄委員長と仲良く喧嘩して進めていく感じになるのかなぁ。
しばらく悪役大変かと思いますが、エモいエピソードぶち込んでベビーターンさせる爆発力には定評があるので、
上の世代の拗らせた感情の話は、ババリアと同じ顔・同じ声の人が死ぬほどディープにやったので、同じことやる意味ないしな。

あと『ジョシプリなんざぁ認めねぇ!』と突っ張ってる、お兄ちゃんとの対峙か。
『ダンプリ』『ジョシプリ』って言葉遣いに、『プリパラ=男用/女用』っていうスタンダード意識がない現状が反映されていて、結構好きですね『ジョシプリ』って言葉。
第5話がかなり良かったので、ダンプリメインの話も早いうちにもう一回見たいですね。
やっぱ『男女』の大きな対立軸を外して、『兄妹』という家庭内の対立軸にズラしてるところが巧いよなぁ。

ここまで12話、支援と理解がないアイドル辺境の地を描いてきたので、ババリア校長という味方ができたのは大きな変化です。
新しく仲間に加わったにのと合わせて、アイドル開拓物語もまた別のステージに上っていくのかな、って感じですね。
白紙の地図をアイドル色で一歩ずつ塗っていく充実感というのは、アイドルタイムではかなり重要視されている部分だと思います。
ので、今回ババリア校長がゆいのステージを評価し、プリパラサイドに立ってくれたのを巧く活かして、サクセスを掴んで欲しい所です。

あと新たなボーカルドール・ファララも顔を見せました。
何しろ先代のファルルが超絶エモい存在だったので、要求されうテーマと物語の重さは相当なもんだと思いますが、彼女だけの物語を巧く作って欲しいもんです。
どういう子なのかはマジ顔見世だけだったのでサッパリですが、瞳孔に時計の針が入り込むデザインのエッジは、切れ味鋭いね。
『アイドルタイム』の『時間』が鍵になるキャラっぽいんだよなぁ……終盤時空SFになったらどうしよう……プリパラだからあり得るのがね。


というわけで、『自分の夢をただ追いかける』ゆいの姿がステージを通じて投射され、にのやババリア校長に変化を生む回でした。
アイドルタイムが、『アイドル』のどういう部分を掘り下げたいのか、具体的なエピソードを伴って殴りつけられた印象です。
そしてそのパンチ力が、なんだか凄く気持ちいい。
このエピソードを受けてゆいとにのがどう変化していくのか、今後が楽しみになるお話でした。

にのをめぐる冒険も一段落ついて、さて何をするかと思ってたら、来週はまさかのパラ宿帰還。
過去ライブを有効活用して3DCG班を休ませるためかなーとか思ったけども、まぁプリパラなので相当頭おかしいことになるだろう。
にのを仲間に向かい入れ、新しいステージに向かうだろうパパラ宿のプリパラが、ますます楽しみです。