イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

正解するカド:第12話『ユキカ』感想

奇想から始まり世界を経て家族に終わる、2017年屈指の怪作もついに最終回です。
真道さん渾身の異方パンチはあくまで神の手のひらの上、しかし神も視聴者も読めなかった大奇策により、話は超絶強引ながら一気に畳まれていきました。
話の風呂敷がどんどん広がって熱気球になり、マッハ5で空を飛んでいったような不思議な作品でしたが、その奇妙な振れ幅も含めて、僕は好きです。
ぶっちゃけ最初思い描いていた展開とは大幅に違いますが(つうか、視聴者側でこの流れを予測できた人はいないだろおそらく)、それはそれとして出てきたものは面白くもあり、残念でもあり、それ全部ひっくるめで好きでもあり。
良いアニメかどうかは大きく個人差が出るでしょうが、俺は良いアニメだな、と思いました。


お話としては前回の準備を引き継ぎ、それを全て前フリとして使い倒し、17歳の新たなる神が全てを押し流す流れに。
『おいおいおい、デウス・エクス・マキナが過ぎるでしょーが!』というツッコミもあり、『ああ……このオチにするために徭さんが女なのね』と思いもしたり。
真道さんと徭さんが男女の関係だって示唆はあったし、ナノミスハインで時間をぶっ飛ばせる描写もあったので、一応作品内のロジックは通ってはいるんだ。
いや、超展開だとは俺も思うよ……面白い超展開は全然OKでもあるけど。

まぁ『人間と異方存在との子供だから、ザシュニナを上回る高次元干渉能力を有する』という運びは強引……というか無理筋だと思うし、『交渉って言ってたのに、結局武力で消し飛ばして終わりかよ!』という悲しさもある。
真道さん的には、自分の死がザシュニナの価値観を転換させるサプライズたり得なかった時点で、武力行使という交渉カードを切るしかなかった感じかなぁ。
まぁそこで折れてくれないなら、真道さんの大切なものごと異方プロセッサーに世界が轢き潰されてお終いだから、『殺してでも止める』というルートに入るのか。
ザシュニナを超ユキカビームでぶっ殺して終わったのは、『交渉官』の限界点を作品自身が認めてしまった感じがして、やっぱ寂しいかな。

まぁザシュニナが人間サイドに擦り寄り、尊重して終わるのも、あまりに人間中心主義的な意味でヒューマニスティックな感じもある。
『異方は異方、人類とは根本的に異なる存在だが、奇妙に橋はかかった』という落とし所は、ザシュニナと真道さんの最期だけではなく、全ての技術が消え去り異方への確信だけが残ったエピローグでも共通でした。
もうちっと革新の残滓を残して終わってもいいかなと思ったが、余韻はあると思った。
消えてしまった品輪博士が、想像力を膨らませてくれていい。

無限のエネルギー、驚異的な認識能力、因果を操る神の腕。
神話めいた全能が失われた後、それを実在の過去として冷静に受け止め、一歩ずつ人類が前進できるのか。
はたまた消えてしまったかつての現実などとっとと忘れて、あまりに人間的なカルマの中に帰還していくのか。
とりあえず間違いなく言えるのは、ザシュニナを神、真道さんを使徒とする『異方教』は凄い勢いであの後躍進して、彼らが願ったことなど一切お構いなしに教義を積み重ねていきそうだ、ってことかな。

 

真道さんは前回示唆していたとおり、神の技術で神に挑み、裏をかかれて負けました。
まぁ死ぬこと自体が計算の中に入っていたので、『負け』ともまた別なんだろうけども。
コピーとオリジナルの不思議な境界線を意識しつつも、『手に入らないのなら殺す』という人間的な、あまりに人間的な結論に飛びつく辺り、ザシュニナは本当に人間に染まっていたなぁ。
コピーはオリジナル足り得ないという、プレーンである意味ナイーブですらある原典趣味を学習しておきながら、人間サイドには寄り添えないザシュニナは、異方を理解しながら人間であり続けた真道さんのパートナーには、まぁ原理的になりえない。
その結果としての異方ブレードぶっ刺し(分かりやすい暗喩)であり、意趣返しとしての子作りビデオレターというね。
このアニメ、ある意味"SF版久米の仙人"だよね……人間に恋した神様の堕天譚という。

ユキカという二枚目のカードこそ本命というのは、前回準備を整えていたときからの規定事項だったのでしょう。
徭さんに悲壮感が漂ってたり、特攻作戦告げられた以上の衝撃を花森が受けていたのも、後から納得でした。
というか14年5114日の歳月をユキカ育成に費やし、閉鎖空間で人生燃やすことに同意できた花森が、一番真道さんを愛していたのかもしれない。
カド移転のときも花森は『最後に出て』きたわけですが、逆転の秘策の要をしっかり勤め上げて『最後に出て』くる構図がここに重なるのは、結構面白かったですね。

真道さんが死んだのは、ある意味作品全体のトーンを整えるためでもあった気がします。
『父』としての生き方は徭さんとユキカに捧げ、彼女たちが背負う人間中心主義的ヒューマニティを高めるために使うけども、『友』としての生き方は命ごと異方存在ザシュニナに使うという。
ザシュニナは結局、一個一個の生命に価値があり、コピーとオリジナルが根本的に異なるという人間主義に寄り添えなかったけども、彼と歩いた日々は楽しかったし、そこには相互理解の兆しもあった。
ザシュニナの頑なな態度、超越的暴力によって破綻してしまった、『交渉』の夢に真道さんは殉じた形なのかなぁ、とか。

まぁ『友達じゃ納得出来ないんで、お前を殺して永遠にする。邪魔するやつは皆殺しにするし、世界もお前の墓に供える』という分かりやすい病み方、必要だったかどうかは悩みますが。
抽象的でスケールのデカい話を噛み砕いて飲ませるために、性別を超えた三角関係というラブ・ロマンスのフレームが導入されたと思うんですが、軒先が母屋を乗っ取ったというか、分かりやすくしたことで魅力的なスケール感が飛んでってしまった感じもあります。
まぁザシュニナの濃厚な感情を浴びるのは楽しかったし、身勝手で理解困難ながら、人間に翻弄される彼の姿は愛おしくもあったわけだけども……難しいなぁ、なかなか。
物語的ヘアピンカーブで視聴者をガンガン振り回す事自体が、単純に作者の狙いだったという可能性も、当然あるし。

古びた神である徭さんが真道さんの声を聞けず、その娘にして新たな神であるユキカは死者と生者の区別がないってのは、なかなか面白い。
自分自身何度も生きたり死んだりしてるんだから、そこら辺超越的になっても良いと思うのですが、徭沙羅華は真道幸一郎の身体の終わりに涙を流し、そこから先の超越的生を感覚も出来ないんですよね。
さすが人類ガチ勢、人間らしいや、って感じです。
最後、ケースで守られ風の影響を受けないはずの折り鶴の親子が寄り添ったのは、真道さんの悪戯……って解釈はスタッフの書いた線上にあるんだろうなぁ……。
それはちっとロマンチックに過ぎる気もするけど、まぁ超時空ロマンスだしなこのアニメ。


というわけで、『正解するカド』終わりました。
ファースト・コンタクトからポリティカルサスペンス、世界規模の変革物語になると思いきや、徭さんとのデートあたりから一気に潮目が変わり、まさかの正体判明から世界を背負う三角関係、その精算と、激しく揺れ動くアニメでした。
最初の壮大な絵を飲み込めない層、激しいスピンに振り落とされた人、色々いると思います。
当然です。

ただ自分は、このアニメ面白かったし好きです。
SF的アイデアが分かりやすいロマンスに飲み込まれていくのが残念だなぁ……と思ってた時期も正直ありますが、ザシュニナが超越者であり、真道さんが人間であったことは、彼ら個人に問題解決のレイヤーが絞られた後も大きな意味を持っていたと思います。
結局話しは『箱の中』に集約する方向で進んだわけですが、前フリとしてでも『箱の外』に広がっていきそうな予感は楽しかったし、そこで描かれたものは『中』でも仕事をしていたんじゃないかなと、個人的には思います。
『いや、そうじゃねぇだろ』って人がたくさんいるのにも納得するけど。

褒めたくなるポイントも、そうじゃないポイントもたくさんありますが、全体的な間と笑いに品があって、大真面目にボケている独特のテイストがあるのは、凄く良かったです。
キャラ単位にとどまらず、話全体に不思議な愛嬌を感じた。
結局そういう愛着を育めたかどうかが、このトンチキで横幅広い(もしくはブレッブレの)作品に頷けるかの分け目な気もします。
オレはこのアニメ好きになっちゃってるから、結局あばたもえくぼであんま冷静な判断できないのよね。

正直言えば、サンサ獲得までのスペキュラティブな方向で進んだ物語を、最後まで見たかった気持ちはあります。
『箱の中』で留まっていた異方の技術と認識、価値観が世界をどんな方向に変化させていくかを、バロックな魅力のある3DCGで具体的に見たいなぁと思ってました。
そこら辺の要求には、なんだかんだ狭い範囲で描写が留まるこのアニメ、答えてくれたとは言えんだろうなぁ。

見たいものが全部見れたとはいい難いですが、ガンガン感情を拗らせていくザシュニナと、目立たないところから最強の横殴りを決めた徭さん、人間にも異方存在にもモテモテな真道さんたちが、想いと理想をグツグツ煮込んでいく展開は、狭い三角関係に寄せたからこそ圧力上がった部分もあり。
世界の命運自体は狭い所で転がっていますが、合間合間に家族や同僚、袖すり合った様々な立場の人の描写が細かく挟まっていたのが、真道さん最後の選択を巧く支えていたとも思います。
やっぱ真道さんのお母さんが一番印象的かな……出番自体は少ないんだけども、ああいう主人公が生まれたバックボーン、彼が異方に行かない理由をスルッと飲み込める母親でした。

間違いなく賛否両論、好みの分かれる怪作であり、盛り込んだ要素を完全に料理し切れる、腕前のいい名作ではありません。
しかし九話以降の『裏切り』含めて、僕には見ていてなんだか気持ちの良い、ヘンテコで愛らしい話でした。
思ってたのとは違うけども、見終わって良かったな。
そう思えるお話に出会えたのは、とても良かったと思います。
ありがとうございました。