ボールルームへようこそを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
かくして一つの踊りが終わり、次の曲が始まる。天平杯が何のために行われ、なぜ彼らは踊るのかを確認し、採点結果が出るエピソード。
勝負の盛り上がりを巧く高めつつ、そこを超えたより大きな価値、多々良がダンスと出会うことで見つけたものをキラキラと描く回。
というわけでクイックステップが終わり、採点が行われ、セパレートをかけた勝負の結果が出る回である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
が、勝敗それ自体、セパレート自体はもう遠くにある。重要なのは踊る過程で手に入れたもの、あの場所にいる人が取り戻した初期衝動である。しずくも勝負に賭けられていたものに終わってから気づく
ダンスが好きだ、踊るのが楽しい、負けたくない、見て欲しい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
メリハリとハッタリの聞いた良い作画の中で感じ取れる、ダンサーたちの熱。それを見失っていたから、ここまでのぶつかり合いがあった。
それは言葉では取り戻せないものだから、勝負という場、他者の評価という軸が必要になる。
もっと言えば、身体を動かし、そこに感情を乗せてダンスで表現すること、真摯に踊ることそれ自体が、ダンスへの無垢なる炎を取り戻すために必要だったのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
本気で練習して、踊って、ぶつかることで、剥き出しの魂が見えてくる。それを可能にしたのは、多々良が持つ天性の影響力・発散力だ。
ド素人の多々良はスタミナが持たない。ダンスを支える土台の蓄積が足らない。『下手すぎて眼を盗まれる』とまで言われる踊りは、当然点数では評価されない。そこはこの作品シビアだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
しかしそれでも、ダンスになっていない彼の踊りが目を引くのは、放散される、ダンスへの敬意が見えるからではないか
ダンスと出会い、仙石さんと出会い、今このホールで共にある全ての人と出会って、新しいこと、自分の本当の望み、それを表現する手段に出会えた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
出会いの奇跡を多々良は常に喜んでいるし、それを分かって欲しい、共有して思い出して欲しいと踊り続けている。
そういう感情は他の人にもあって、先週回想されたガジュがダンスとまこに出会った瞬間、しずくが清春とライバルになった瞬間は、踊っているうちに再獲得された。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
原風景を取り戻すことで、清廉な敬意、出会いの奇跡への感謝を取り戻すことが出来た。だから状況は、勝ち負けを超えたところで善く収まる
特別なバリエーションを教えてくれた人、一緒に踊ってくれる人がどれだけ凄いのか。それを表現し、確認できるダンスという競技がどれだけ凄いのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
多々良はまるで子供のような、純朴は喜びに包まれながら踊る。それが、競技ダンスの難しさに捕らわれてしまった人たちを開放していく。
そういう主人公の特別性を、再確認していくラスト・ダンスだった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
誰もいなくなったホールで、仙石さんと向き合う多々良は、第1話の曲がった背筋がピンと伸びて、己を誇れる少年に変わっている。
それはここまでの全ての物語、出会い、汗とダンスが掘り出した、物語の集大成だ。
そういう純朴さが、『採点』『経験の蓄積』という厳しさの中で描かれていくのは、なかなか楽しい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
多々良が成し遂げた特別なことには大きな価値があるが、そことは別に客観的な軸が、ダンスと世界にはある。客観と主観の交錯点に、ボールルームクイーン賞という『優しい例外』が用意されている。
『普通の競技会』ではない天平杯特有のクイーン賞は、誂えたように今回の戦いにハマる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
一位を取るのではなく、歪んでしまった関係を是正すること。勝敗ではなくより善くあることが、多々良の踊りの目標だった。それを受け止められるよう、自分の競技会を調整した鼻毛石先生は、やっぱ立派な人だ。
ガジュの将来を決めた『ダンスを選んでくれてありがとう』という言葉といい、鼻毛石先生は目と口が良い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
ダンサーの本質を鋭く見抜き、態度と言葉でしっかり伝え、子供の未来へ道を付ける。ちょっと多々良の特別性と通じるサブキャラクターが、目立たない位置にスッといるのは、作品の強さだ。
多々良は鼻毛石先生の『頑張りなさい』という言葉、天平杯の経験が与えてくれた喜びを胸に、人生とダンスを前に進めていく。高校にも合格する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
そういうポジティブなフィードバックだけではなく、悔し涙もしっかり切り取る所が、このアニメの抜け目ない目の良さだ。
心の底から『自分はなんて下手くそなのだろう』と思い知らされながら、それでもまこを花開かせるために額物に徹し、クイーン賞を取らせた多々良。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
その自己犠牲は、とても尊い。でも、『みんな』じゃなく『僕』を見て欲しいエゴイズムと、それが充足される一瞬もまた、ダンスの中に確かにあった。
その喜びが、採点に結びつかない。お前は下手くそだと、点数で告げられてしまう厳しさの中で、多々良は背筋を伸ばしたまま涙を流す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
当然のように打ち砕かれた夢は、まだまだ続く。それを支えてくれる仙石さんは、静かに頭を撫で、ファイナル七位という結果に胸を張るよう教えてくれる。
人前で泣くことが出来、支えてくれる人もいる多々良の涙と並立して、勝者たるまこを敬意を持って讃え、威厳を保ったまま便所で泣き崩れるしずくの姿も、しっかり切り取られる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
多々良がいる、踊れれば満足という純朴な世界。そこから離れた競技者の世界にいる以上、しずくが哭く場所はそこしか無い。
負けて悔しいと思える熱量。ダンスが好きだから、リスペクトしているからこそ、巧く踊れなくて悲しいと思う気持ち。多々良が発散したポジティブな波と悔し涙は、同じ場所から生まれる
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
それがダンサーを前に進ませ、足を絡め取る。色んなものが混じり合って1つになるから、彼らにとってダンスは特別だ
ダンス競技の終結点、他者による採点と順位付けまでしっかり走ったことで、多々良のファーストクエストがしっかり終わった印象を受ける回だった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
準備して、踊って、評価されるという一連の流れを、熱量を持って主人公が経験することで、ここまでの物語がその中でどういう意味を持つのか確認できた。
赤城兄妹、しずく、清春、もしかすると仙石さん。23番の踊りを見た全ての人が、心のなかで何かを取り戻し、ちょっと良い気分になったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
たたらはそういう踊りが出来る資質を持っていて、でもそれは特別な出会いと地道な努力によってしか、掴み取ることが出来ないものだった。
そして彼はちゃんとそれを掴み取って、その手触りを反芻しながら、鏡の前で今日も踊っている。自分のために、特別な誰かのために。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
ここまでの11話は、背筋の曲がった卑屈な少年が、そういう当たり前の奇跡にたどり着けるようになるまでのお話なのだと、しっかり感じ入らさせてもらった。
というわけで一段落である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
元々漫画に絵の熱量と色気があって、静止画なのに動きを感じられる凄いマンガだった。
アニメになって新しく見えたのは、ダンスのモーションだけではなく、表情の変化だったりする。キャラクターがキャラクターにぶつける感情の熱量と色合いが、より鮮明に感じ取れた。
心の波がぶつかり合い、状況が変化していく物語である以上、それがよく見えるのはとても良いことだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
特に仙石さんと多々良の間にある敬意と愛情は、アニメになって凄く鮮明に僕に届いた。だから、師弟が自分たちの変化を確認し合うダンスホールのシーンは、アニメ特有の味わいを覚えたりした。
そういう気持ちになれたのは、原作、あるいは題材である競技ダンスへのリスペクトが映像から放散され、僕に届いているからだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
多々良のダンスが持っている特別な感染力が、このアニメにもちゃんとあるのだと。それって、凄く幸福で特別な、フィクションの表現力なんじゃないかなとも思う。
幸運にして、多々良の物語はまだまだ続く。くっそ面倒くさいちーちゃんと一緒に、多々良はダンスの深奥へと下りていく。天平杯では見れなかったもの、手に入れられなかったものと取っ組み合う道は、まだまだ先に続く。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月17日
凄く楽しみだし、必ず面白いものが見られる。その確信を抱ける視聴者は幸福だ。