サクラクエストを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
かくして花は芽吹き、咲き、散り、また咲くための日々が続いていく。己が何者であるかを定められなかった少女が、己が何者であるかを見失った街と過ごした一年間が終わり、『外』へと出ていく。
このアニメらしい、いい最終回だったと思います。
というわけで、大きな破滅も大逆転ホームランもなく、小さなドタバタとまったりした取りまとめで終わる最終回だった。しかし半年見続けた達成感だけではなく、確かな感慨がある
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
それはサンダルさんが言っていたように、由乃と間野山双方が一年間の国王生活で元気をもらい、新しい道に踏み出せたからだ
前半は視聴をゲストに迎えてのドタバタ騒動…と言う割には安定感があって、不安にならずに見れた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
状況は安定していないが、関わる人すべての気持ちがつながっているということをすでに確認しているので、結末を確信できているからだろう。バラバラを繋ぐのが、携帯電話という文明の利器なのが面白い
立場も思いもバラバラな人たちが、バラバラであるが故に繋がろうとして、バラバラだからこそ個別の強みを持ち合って、何かを成し遂げる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
それはみずち祭りという小さな小さな達成であるが、このアニメが迷って見つけた身の丈の結論だ。ちょっとマンガっぽい迷子の解決法も含めて、このアニメらしい。
正直合併ネタは急に運ばれてきたイカニモな課題で、それを乗り越えよう! というモチベーションが話の中で自然に盛り上がった感じではなかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
それを最後のドタバタにすえたのは少し収まり悪い感じがあるが、街の『外』と『中』、両方の人々が一丸となって頑張る姿自体は、ラストにふさわしかった
丑松が飛び込んだのは『海外の来賓を接待し、自分たちの街を判ってもらう』という、観光協会会長本来の仕事だ。50年前の失敗から一歩も勧めずにいたクソガキから、必要な利益を引っ張ってくる大人へと、座った玉座に相応しい老王へと変わったのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
若人だけでなく、ジジイも変化できるわけだ。
対外的にはまぁまぁこんなモンで、内面的には大敗北。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
凄くこのアニメらしい挫折を建国祭で体験し始まった後半戦は、派手な大勝利の幻影をいかに振り払い、地道に発見と変化と交流を積み上げ、生存に必要な土台を組み上げていくか…その上に分かりやすいモニュメントを乗っけていくか、という話だった
別に祭りがなくとも、祭りのために国王PTが走り回り、生まれた繋がりと意欲があれば街は良くなっていくのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
しかし、みずち祭りという具体的なイベントがあったからこそ、人は繋がりやすくなった。形のない思いのぶつけ所があればこそ、湿気った田舎町に自発的な炎が起こったのだ。
それはお飾りの冠をかぶった国王と同じ、嘘っぱちの飾りだからこそ、皆で担いで一つどころを目指せる神輿だ。虚像なのだが、それで満足するのではなく、担ぎたくなるよう積極的に動き回り、担ぐために必要な活力を、担ぎ手から引き出さなければいけない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
なんとなーく担いでいるものが、とても好きになれるチャーミングな存在であることをアピールし、知ってもらう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
吉乃が地元に溶け込むよう努力した個人的活動と、間野山自体の魅力を『内』から発見・発信する方向に動いた社会的活動は、巧くシンクロしていた。
空っぽの神輿を、本気で担ぐ。心から溢れ出る思いで、灰色の風景に色を付けていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
そうやることでしか、なんとなーく漂う虚無感、目的の消失には立ち向かえない。通しで見返してみると、街と由乃個人が己を発見し空疎を埋めていく、アンチ・ニヒリズムの物語だったのかなと思う。
とは言うものの、物語的に派手な逆転ホームランが連発されるわけではない。来年のみずち祭りがあるか、ないか。それはいつでも宙ぶらりんだ。関わる人が意欲を持ち続け、現実のニヒルと戦い続けなければ、物語は維持されない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
凄く面白みのない、フツーで生っぽい結論から、このアニメははみ出さない
サクラが根から養分を吸い上げ、目立たない葉を茂らせ、毛虫なんぞにも取り憑かれ、なんとか蕾を膨らませ、一瞬の春に開き、散ってまた咲くために根を下ろす。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
生死のサイクルは否応なく続いていって、花が咲く瞬間ばかりが人生にあるわけじゃない。でも、花が咲かなくても桜は生きている。
そういう継続性と、花が咲く一瞬の高揚を同時に切り取ったみずち祭は、凄くこのアニメらしいクライマックスだった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
舞台はたっぷり尺使っただけあって、集大成感がある良いモニュメントだったなぁ。真希ちゃんがロングのかつらかぶって、本職の女優らしくしっかり化けている所が良かった。
凛々子は歌で『外』と繋がることを契機に、千登勢の懐を離れ、旅立つことを決意する。それは明示されない旅立ちだが、確実に彼女は巣立つだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
そこをしっかり予感させてくれたのは、彼女のファンとしてはありがたいところだ。色々事情があるんだろうが、そこはキッチリやってくれと思ってたので。
凛々子の旅立ちを控えた分、主人公たる由乃のすだちは後半まるまる使って、どっしりと描かれる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
色んな人の口から『このアニメがどういうアニメだったか』を言葉にされるのは、ちょっと重たいが充実感があって、良い気分だった。サンダルさんのまとめが、やっぱ一番簡勁で良かったかな。
最初から最後まで、国王PTが気安い結束で結ばれていて仲良しだったのは、とても良かったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
クソ田舎のアニメ軍団、作中言われるところの『ヨソモノでバカモノ』たちまで分裂してると、どこに足場置いていいかわっかんねぇからね…女たちが緩くて強い結びつきを持ち続けたのは、凄く良かった。
そこを確認する上で、桜の下の酒盛りはしみじみといいシーンだった。あの五人は仲間で、PTで、お互いやりたいことを探し見つけそこに踏み出しつつ、この後も繋がり続ける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
それってやっぱ、凄く良いなと思う。PT内部の優しい繋がりを、構成員が間野山レベルでも獲得するまでの物語だったか。
テレビで派手に紹介される。でっかいイベントがウケて人が来る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
そういう分かりやすいホームランを、チュパカブラ王国の崩壊とともに間野山は正式に諦める。
いつかどこかのファンタジーを夢見るのではなく、いま・ここのリアルな夢を掴むべく、アニメの主人公がいなくなっても物語を続ける。
丑松の維持が静かに葬られ、吉乃は新たに旅立つ。『新しいクエストを始める』という第三の道は、意外性と納得が同居していて良い終わりだったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
最後丑松が〆るのも、『夢を見すぎて間違えてしまった、もう一人の自分』との和解として、いい位置に置いたなぁと感じた。
丑松はガキっぽいクソジジイで、他人の言う事は聞かねぇ頑固者で、正直好感度は低いキャラだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
しかし国王PTと早めに仲良くなってしまった吉乃に、「夢だけしか見ていないとどうなるか」を教える反面教師として、建国祭と同じくらい大事な仕事をしていた。憎めない憎まれ役、というやつだ。
そこで止まるのではなく、みずち祭りを追い求める過程で丑松も、失ってしまった青春に向き合い、止まった時間を動かす。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
チュパカブラ王国の廃墟にしがみつくのではなく、現実に適応する手段をようやく見つける。そう出来るようになったのは、由乃が散々走り回り、世界をかき回したおかげだ。
同時に、王国の厄介な仲間として、丑松とともに戦ったことが由乃を変えてもいる。年齢や性差を超えて、うわっ付いた夢ばかり見ていた同志として、二人はそれとなーく反発し、それとなーく理解し合い、仲良くなったのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
非常に地味だが、その変化は作中一番太い成長かもしれない。
というわけで、サクラクエストは終わった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
圧倒的にダメなわけでも、凄まじい大成功が起こるわけでもない。完全にリアルな出口なしでも、ファンタジックでアニメっぽい解決策で何もかもいい方向に行くわけでもない。
中途半端で地味で嘘っぽい、ハンパな味わいのアニメだった。
でもそれは、『アニメ』と『地域振興』という水と油な題材を、どっちのリアリズムで塗りつぶすでもなく共存させるために、なんとか見つけた細いバランスだったのだと、僕は思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
地味でいることが、この作品がテーマに対し誠実であり続ける一つの答えだったのだ、と。
そういうフレームを決めた以上、人間の成長も、地域の復興も、凄く地道でかつ、アニメの嘘っぽさがどうしても交じる仕上がりになる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
そしてそのハンパな位置取りを、僕は独特の手触り、愛らしさとして受け入れ、段々このアニメが好きになっていったのだ。
空想の持っている魔力に踊らされた前半戦から、どうにか現実と折り合える成功に着地していく後半戦。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
アニメっぽさの害悪をアニメの中で掘り下げていくという、なかなか難儀な道を選んだ辺り、面白い自己認識だったと思う。
夢は力の貯蔵庫だが、そっからは現実を歪める毒も染み出すのだ。
泥臭い間野山の風景、そこに住まう生っぽくやる気なく生きてる人々と、アニメ絵バリバリの国王PT。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
デザイン段階で用意された違和感が、困難と素手で取っ組み合うドラマの中で段々馴染み、お互い居場所を見つけ、受け入れていく。
そういう仕掛けも、よく機能していたと思う。
PTメンバー一人を主役に据え、2話構成で問題と変化を掘っていく形式は、ちょっと足回りが重たかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
軽みを捨てた分、じわっと間野山の実在感が積み上げられていく作用は強かったと思う。どっしりじっくり回す中で、キャラの内面が見えて好きにもなれた。
アニメっぽさ、リアルっぽさをお仕着せで済ませるのではなく、自分たちなりに掘り下げて表現していったことが、良かったのか悪かったのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
確実に取っ付きにくいアニメなのだが、だからこその独自のテイスト、骨の強さを感じもする。いいアニメだし、好きなアニメなのだ。
終りを迎えても、圧倒的に晴れ上がった空は見えない。あれだけ生臭く問題含みの間野山が、オールオッケーで終了! ってわけにもいかない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
でも、そういうダメダメな部分ひっくるめて、なんとか良い方向に生き続けようという意欲と希望は、しっかり込められた最終話だったと思う。
そういうところに着地できたのは、やっぱりこのアニメがこのアニメだけの筆で、このアニメにしか描けない情景を積み重ねてきた結果だと、僕は思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
由乃が新しい道に旅立っていくラストが、『成長物語はそういうもんだから』という予定調和ではなく、彼女の必然なのだと素直に感じられるように。
2クール25話、しっかり使う理由のある、地道で味わい深いアニメでした。小さな凸凹を愛情と詩情込めて、しっかり描いてくれて、見ている側も面白かったです。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月20日
とても好きになれる、チャーミングなアニメでした。ありがとう。