HUGっとプリキュアを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
鳥が飛べないのは、翼に傷があるからじゃあない。潔くかっこいい女の子、耀木ほまれと少女たちが出会い、夢への道を前に進んでいくエピソード。
大胆な構図と明暗の使い方で、ただ輝くばかりではない夢とエールの陰りをしっかり描き、ドラマとシンクロさせる仕上がりが強い
というわけで、コンテ演出・田中裕太、作画監督・渡邊巧大という無敵な座組で送る、ほまれ加入…という流れを裏切り、夢への遠い距離を描くエピソードである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
ここで苦味を入れ、陰影を深くしたことで、トントン拍子に進んできた物語にとても良い休符が入った。良い構築だと思う。
キレッキレのアクション作画が目を引くが、ドラマシーンでの鮮明な明暗の使い方、時に大胆にカメラを引き人間の小さな強さを強調するレイアウトと、心理と状況を絵で見せる筆が冴え渡っていた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
ほまれの内面を細かく追うシナリオと合わせて、情報のキメが細かいエピソードであった。
絵と話、アニメの二本柱がしっかり絡み合って支えることで、お話全体が非常に堅牢に作られていた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
真ん中に座るほまれだけでなく、そこに接近していくはなやさあやの強さ、弱さ、『悪役』となる先生の情なども、非常に繊細に描写される。情報密度が高く、その一つ一つの粒立ちがダンチだ。
ほまれは過去の失敗を心に刻まれ、巧く飛べない鳥だ。しかし内に秘めたる義侠の心、内面の美しさは陰りをぶち抜き、美しい顔から溢れてくる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
はなも最初『顔がいい、まつげ長い』という外面から引き付けられていくが、バスケや会話を通じて接近していく中で、その気高さや強さを見抜いていく。
それは本能に導かれた、理屈抜きの接近だ。はなはほまれの細かい事情や、挫折の詳細を知らない。知らないまま、ただただ心に響くエールに従って、前に進んでほまれを応援する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
天真爛漫な圧倒的な光。凝った撮影が、はなの内面を見事に視覚化する。
しかしその無邪気さは、危うさや無責任さと隣接もしている。体と心に傷を追ってしまった人を、安全圏から応援することの危険性を、小学生と間違えられるはなは気づいていない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
ただ、それが正しいと思うから。
そうやって押し付けられるエールは、時に影を強くし、傷を深くしてしまう。
正直この話数で、主人公が背負う『応援(エール)』の影の側面を掘ってくるとは思っていなかったので、嬉しい不意打ちだった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
エールは力になる。それは嘘じゃない。
ほまれがつかみたいと思った光、未来そのものに踏み出せたのは、ハリーの言葉が背中を押したからだ。
乱れながら走りきれたのは、プリキュアが守ってくれたからだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
でも、最後の飛翔を可能にする翼は心のなかにあって、それはどうしても自分で向き合わなければいけない。
失敗した過去、砕けた夢の痛み。
それは外側から応援してもらうだけでは、どうしても掴み直せない遠い光だ。
今回少女たちが果たす柔らかな交流は、とてもゆったりと豊かで優しい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
『不良』というレッテルを貼ってはなを遠ざけようとするノイズは、バスケで体を動かす内に何処かに行ってしまう。
夢中で動いていく内に、本当の顔が見えてくる。小さな子のために、前に出れる強さとかっこよさをもった王子様。
しかし、体を動かしたからと行って、心に受けた傷が消えるわけではない。フラッシュバックが足を止めて、ほまれはボールをゴールへ、未来の方向へ投げることが出来ない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
現状シュートを打てるのは、世界の痛みを知らない、おさないはなの特権になる。
良い作画のバスケアクションと、心理を重ねる演出
それはつまり、はなのエールが真実の意味で、ほまれをゴールに『まだ』導けない、ということだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
先生が知っている、スーパースター(エトワール)としてのほまれ。はなはそれをよく知らないまま、顔に引き付けられ、あるいは人格に魅せられて踏み込もうとする。
でもその足取りでは、真実人間の心を踏むことは許されない。未来を掴み取るために、痛みに満ちた過去に向かい合う。前進するために、後退する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
そういう複雑な心の歩法を、幼いはなは理解していないし、そんな彼女をほまれは心に入れない。その姿が、エンディングでちゃんと描かれている。
そういう幼いはなに対比する形で、『頭のいい子』であるさあやの聡明さも、踏み込めない弱さも、丁寧に描かれていた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
さあやはほまれをひと目見ただけで、傷の在り処を見つける。それは『天使』の優しさであり、ガジェット大好き情報系の目の良さでもある。
ほまれの過去に繋がる情報も、さあやがタブレットで調べて分け与える。クレバーな情報分析は、はなの分野ではないのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
同時に、さあやが判ってしまうからこそ踏み込めない領域に、はなは恐れず踏み込んでいく。少女たち(と僕ら)は、そんな溢れる活力に引き寄せられて、はなを好きになる。
ほまれも飛びたい。過去と向き合い、痛みを飲み込んで、未来を掴みたい。でも、どうしても飛ぶことが出来ない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
はなは迷わず飛べる。それが蛮勇でも、とにかく飛んで、正しいことが出来る。圧倒的な『主役』の資質。
そこに、美醜や才覚、知能とはまた違う『才』の有無が、残忍に提示されている。
はなは飛べない人の痛みを、いまいち認識できていない。さあやのように頭は良くないからだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
それでも、好きになった女の子は『頑張れる』のだと、信じる気持ちはいつでも本物だ。その善性もまた、彼女の強い資質だろう。
人を傷つける棘を持っていたとしても。迷いなく踏み込み、疑いなく信じる。
その強さと危うさを、非常に丁寧に切り取る回だった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
はなの資質が無謬であるなら、今回の話は1話で終わる。ほまれの淀みは全て公開され、はなは他者の陰りを理解し、さあやの支えは結果につながる。
だが、そうはならない。
人は皆欠けた部分を持っていて、それは時に乗り越えられないのだ。
だが、星が掴めなかったからといって、飛ぼうとした思いが嘘になるわけでも、痛みを飲み込んだ勇気が無駄になるわけでもない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
明日、また明日。
もう一度のチャレンジを本気で信じて、飛び立つ少女の側にいたいと言える優しさも、はなの資質なのだ。それは、とても大事だ。
何しろ時間を停止し、明日を奪う輩が敵なのだから、それに立ち向かう主役が『また、明日』を本気で信じていることは、何よりも強い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
明日は来る。手繰り寄せられるし、その手助けも出来る。
今は未熟でも、時間と友情の中で学び、育ってより善くなれる。
それは根拠のない盲信かもしれないが、大事だ
理屈に縛られすぎると、どうしても跳躍できない部分を、理論に出会う前の少女が飛ぶ。薄暗がりで震える臆病さを、『それでも』と叫んで乗り越えていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
そしてそれは、ときに失敗してしまうことだってある、ごくごく普通の個性なのだ。無敵の特徴なんかじゃない。
ほまれの事情、悲しみや震えをちゃんと見れない未熟さが、エールを刃に変えてしまう今回は、そういう主役の強さと弱さ、それを補うさあやの仕事と足踏みが、明瞭に見える回だったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
メインとなるほまれの人格だけでなく、残り二人もしっかり描く手際の良さだ。
無論、ほまれ生来の高貴さ、耀きと、それが出口を見つけられない苦しさも、明瞭に描かれていた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
先生が非常に良い反射板の仕事をしていて、プリキュアがたどり着けない過去のほまれに引き付けれ、向き合えない立場を担当していた。
ここ掘らないと、飛べない理由が見えないからなぁ。
ほまれ生来のスター性は、顔がいいから(だけ)ではなく、弱者のために迷わず立つ義心と、弱き者をふにゃっと愛する可愛げが同居しているからこそ生まれる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
それは鬱屈した不良顔で覆い隠しても、自然と溢れてしまうものだ。日常のふれあいの中で、そういうカリスマがちゃんと見える。
バスケの機敏な作画は、さあやが見抜いた『傷は足にはない』を、しっかり裏付ける。ほまれは早く動けるのだ。だが、飛ぶことだけは出来ない。誰よりも、飛びたいと願うのに。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
そういう屈折の源泉を見せる時、時間は歪みスローになる。その前段階として、スピーディなアクションがしっかり対比される。
光と闇だけでなく、時間的な早遅まで駆使して、アニメーションの気持ちよさを最大化した心理表現を叩きつける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
映像の上手さが、ドラマを走るキャラクターの内面と見事に噛み合い、物語をしっかり支える形だ。カロリー高くするだけでなく、使い切る努力と才覚が凄い。
飛びたくても飛べないほまれの不自由さは、大胆なレイアウトでも強調される。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
パースを付けたエグい遠近。巨大な建造物に、ポツンと人間を配置する構図。坂道で、あるいは橋桁で。極端な『遠さ』が、ほまれがエールに飛び込めない不自由さを、肌で教えてくる。
事程左様に、絵のセンスでほまれの複雑な内面を後押しする回だが、ドラマの運びも見事だった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
『敵』である先生の自責の念…薄暗いが、愛ゆえに生まれる感情を力に変えて、闇の支配から一時的に抜け出せさせる展開は、横幅広くてとても良かった。
スーパーなプリキュアに変身できることが、戦いに参加する条件ではない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
誰かのために、自分のために。より良い未来を掴み取るべく前に進む意志こそが、大きな価値なのだ。それはたとえ、星を掴めなくても、怪物から戻れなくても、意味を持つ。
そういう意味を成功に、あるいは開放に結びつけるための補助具として、プリキュアの派手な衣装はある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
エールが届けたかった応援が、『また、明日』意味を持つのか。それは来週を見なければ分からない。だが、必ず届くであろうし、届いて欲しいと思う。
そしてそれがすくい取れないものも、また必ずある。眩い光が見落としてしまう陰りだって、世界を構築する大事な要素なのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
そういうものを、見落とすつもりはないという宣言として、今回の変身失敗は、凄く大きな意味があると思います。
転んで痛くても、もう一度立ち上がれると思うのは、『頑張れ頑張れ』と声だけかけるのではなく、膝を曲げて手を伸ばしてくれる存在あればこそ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
はなは自分のエールが、心に届かない外野席ではなく、共に傷を負う覚悟から発せられていることを、ちゃんと伝える手段を見つけなければいけない。
ほまれもまた、他者のエールを支えにして、苦しくて仕方がない過去を飛翔の足場にする方法を、どうにか見つけなければいけない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
はなや先生が押し付けてくる期待や応援が、重荷ではなく優しさだと思える心を、どうにか再発見しなければならない。
それが出来た時、少女たちは少し『大人』になるのだろうし、ガンガン前に進むパワーを、溢れる美しさを、より善く使える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
昨日より少しだけ、輝いて見える明日。その美名が空疎に響かないためには、今日にどうしても付きまとう未熟さや痛みは、説得力を込めて描かなければいけないのだろう。
そして同時に、影の持つままならなさ、どうしようもなさで足を止めるのではなく、そこから無限の光に顔を向けていく信念、不屈を描こうという意志が、とても大事なのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
はなもほまれもさあやも、ハリーも先生も、一方的に矯正されるべき『悪者』とは描かなかった今回の筆は、それを見せた。
『また、明日』と心から言うためには。綺麗事を本気で走りきるためには、強い信念とそれを形にする技法、繊細な心配りと美麗な表現が必要であり、このアニメはそれを掴んでいると思わされる、見事なエピソードでした。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年2月25日
星を掴むための素材は、十分揃っている。あとは少しの、知恵と勇気だ。楽しみだな