アイドルタイムプリパラを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
凍った時を前に進めるべく、アイドルたちは夢を歌う。わたしを見つけてくれた、特別なあなたのために。思いよ届け、奇跡よ起これと。
しかし約束された勝利は、巨大なエゴイズムの重力によって逆回しされる。耳をふさいだ醜い獣に、いかに歌を届けるのか。舞台は続く。
というわけで、全員集合ライブラッシュ&エモい回想大爆発回である。普通なら勝てるところだろうが、アイドルタイム、勝てない勝たせない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
主人公として善を為してきたらぁらが当然集める感情と、その営みから切り離されているパックの孤立を強調しつつ、願いだけでは到達できない部分へ踏み込んだ。
今回のエピソードは、かなりの豪腕で物語の中のルールを制定し、それを自力で破綻させる作りになっている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
『時計が12時になりさえすれば、らぁらは復活し、パックは『みんな』になって、物語はハッピーエンドにたどり着く』という強引な幻想。これを作ることで、歌合戦に採点基準が出来る。
フワッと思いだけを集めて推すのではなく、時計の回転をパワーゲージにし、感動と感情の総量を計量化するのは、プリパラがずっと動かしてきたメソッドと言える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
『いいね』の総量、ランキング制。汗と感動は『なんとなく』ではなく、常に可視化され、分かりやすい形で共有されてきた。
そのメソッドを今回再定義し、みんなのうたが溜まっていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
圧倒的な『格』で迎えられた(そしてそれは今回のためのお為ごかしではなく、実際別格の存在としての描き方はブレない)トリコロールの生み出した『11分』。
それと同じものを獲得することが、マイドリがハイレイヤーに達した証明にもなる。
かくして可視化された感動はゴールに辿り着くわけだが、それはパックによって舞台装置ごと無化される。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
『アイドル』たちがこれまで共有してきた、歌と心が世界を変えていくルール。その『正しさ』に僕は乗れないと、強烈な抗議を叩き込んでくる。
それも仕方がないかな、と思う。
パックは『みんな』のアイドルテーマパークには一切興味がなく、ガァララと過ごした時間、楽しかった日々を停止したいだけだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
光すら捻じ曲げるブラックホールのように巨大な感情は、今回展開されたアイドル・メソッドの歌合戦とは土台からして別の場所にある。その差異を、アイドルはほぼ全員見ない
パックは最後の最後で現れた『プリパラに興味がない客』なのかもしれない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
アイドルもまた、同じ『アイドル』であり青春を共有した仲間、自分を夢へと導いてくれたメンター、唯一尊敬できるライバルである真中らぁらは見ても、いじけた害獣のことは気にもかけない。
実際、回想シーンはらぁらばかりだ
それは当然のことで、パックがガァララと自閉している間に、らぁらは色んな人の手を取り、励まし、死人を復活させ、自殺を阻止し、赤ん坊を育ててきた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
仲間と笑い、強敵と競い、健全に感情を炸裂させ、共有させてきた。
圧倒的に『正しい』友情は、『正しく』強い。パックはそうではない。
今回のエピソードは、過去曲名場面をフラッシュバックさせて『あ、やっぱ俺コイツラ好きだわ…』という感情を溢れさせると同時に、『プリパラ』という価値で繋がった『みんな』と、そこにコミットできなかったし、現状できていないパックの断絶を、浮かび上がらせる作りだったように思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
みなが強く優しく正しい主人公との想い出を回想する中、ゆいはたどり着いたデカい夢に正直に、唯一パックの孤独を見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
それは結局パックに到達は(まだ)せず、二人は価値観も環境も前提も共有できないバラバラな『あなた』と『わたし』でしかないのだが、それでもゆいはパックを見ようとした。
パックの感情重力が流れ込む先であり、唯一『わたしとあなた』として繋がりうる過去を持つガァララですら、パックを見ない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
静止した時間の犠牲者…死人であるのはパックも同じはずだが、らぁらの復活と生存は皆に望まれ、パックはそこから切り離される。
その歌はやはり、『みんな』の歌ではないのだ
女の子の夢をバクバク食い荒らし、みんなのプリパラをガンガン破壊し、『お前らの正論も、エモい歌もぜってぇ聞かない』と自閉したパックは、本当にどうしようもない。救いようのないクズだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
プリパラも別に好きじゃないし、楽しい思い出も、個人的に何かを救ってくれたわけでもない。
そんな存在が停止させた時間が、らぁらを取り込む。二人の時間停止は共有事項であり、らぁらの時間を動かす(蘇生させる)ことは、パックの心臓を動かし直すことでもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
尊い救済者と、身勝手な破壊者は、お互い食い合うことで一体化してしまったわけだ。どっちかだけに奇跡を起こす訳にはいかない
なので、パックを見ない『みんな』の歌は、時間を先には進めない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
それはらぁらの為に歌われる『だれか』の歌であって、どうしようもなく歪んでしまって、みんなが好きなものの価値を認められず、それでもとんでもなく重たい感情を一人の少女に投げかけた『ぼく』の歌ではないのだ。
聞く理由がない。
らぁらが自己犠牲と勇猛により、パックに食べられたこと。利益と価値を共同せざるを得ない不都合な『みんな』になってしまったこと。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
そのことが、『らぁらの歌』を歌うアイドルたちの奇跡を跳ね除ける。
アイドルたちは、アイドルではない、アイドルを拒絶すらする『あなた』すら歌わなければならない
その断絶への視座は、アイドルタイムの主人公・ゆいだけが現状獲得している。いまだ、正解には至らない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
ゆいは元来、真理への視力が良い主人公ではない。何かを見つけて、脇芽も触れず突っ走って、色んなモノを取りこぼして、それでも溢れる虹色の夢で色んなモノを背負ってきた。
世間の押し付ける『正しさ』に納得できず、ずっと『女の子だってアイドル出来る!』という妄想を追いかけてきた彼女は、やはりパックと通じる部分があると思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
『みんな』にコミット出来なかったからこそ、新しい『みんな』を生み出して共有した、偉大なるアウトサイダー。
ゆみもまた、らぁらと同じように色んな人と繋がり、喜びを共有してきた。そのパワーは舞台裏で、にのとみちるが言葉にし、確認するところだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
ゆいが当然持ってて、でも話を引っ張る関係上余り表に出てこなかった弱さが、このタイミングで出てくるのは良かった。それを仲間が受け止めてくれるのも。
ゆいはアウトサイダーでいることが、怖かったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
『アイドルは男のもの』という常識に抗って、妄想まみれのバカ野郎だと罵られて、それでもアイドルになりたいという夢を捨てられないことは、素敵であると同時に辛い。らぁらと出会うまで、『アイドル』は虹色の呪いだったのではないか。
その陰りと弱さを知っていることが、自閉を続けるパックに何らかの橋をかける足場になるのではないか、なって欲しいと、僕は思っている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
展開は一切の予断を許さない。
『みんなの歌』は、そこから弾き出されている『僕』、望まず弾き出している『わたし』を見つめ直さない限り、世界を救わない。
今回の失敗は、本気で『みんな』になりたいなら、もっと賢く、もっと優しくなってくれという、システム=製作者サイドからの厳しい問い直しでもあったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
プリパラという楽園/監獄、『みんな』という悦楽/暴力に閉じこもることで安定を得ていた物語を、最後の最後でもう一層上に上げるための試練。
それが、どうにも救われなくて、どうしようもなく救われなければならないパックとの、面倒な心の交流に込められている気がする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
僕は『みんな』なんかじゃない。社会を構成する価値観の共有も、人間らしい感情の交流よりも、失われてしまった黄金の季節が欲しいと、獣が吠える。
時を巻き戻して、永遠に閉じ込めたい。あらゆる価値を蔑ろにして、全てを踏みつけにぶっ壊しても、自分だけが幸福だった時代に、ずっと微睡んでいたい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
他人が医師と尊厳を持っている以上、それは不可能な夢だ。
ガァララは一足先に、その暴力と自閉の夢から覚めた。醒めれるよう世界が変わった。
パックの欲望が加速すれば、『みんな』は壊れる。物理的な暴力によって、冷たい孤立主義によって、楽園は破壊されてしまう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
切り捨て、殺してしまうのが一つの解決手段だろう。そうして維持されている『みんな』は歴史の教科書にも、僕らの視界にも沢山存在している。
まぁ、世の中そんなもんだよね。
つねに理想を追いかけてきたプリパラは、そういう異物をどう扱うのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
『正しさ』を背負った主人公は、自閉したエゴイズムと密着した。きれいな歌では、耳を閉ざす獣には届かなかった。
誰も切り捨てず、諦めず。そんな場所に歌とアイドルが到達するためには、まだ足りていないものがある。
『みんなトモダチ、みんなアイドル』という、プリパラを支えてきた大テーゼ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
パックの存在によってそれを問い直す最終章は、まだまだ続く。
「僕は『みんな』じゃない」というパックの拒絶は、とても強い。そしてそれは、とてもありふれたものであり、プリパラが意識して見なかったものでもある。
これまでのプリパラの集大成とも言える、今回のエモい歌合戦は、そこにおいて無力だった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
とすれば、『これからのプリパラ』をぶつけ、橋をかけていくことにしか、ありふれた排斥ではなく理想の達成を常に目指してきたこのアニメは、答えを出せないと思う。
まずは『神』に届かなかったライバルユニット、その天への挑戦が来週ある。そして、らぁらという特別な『あなた』の圧倒的(何しろ三年九ヶ月だ)な質量を超えて、唯一パックという身勝手で価値のない『あなた』に目を向けていた少女の、未熟と希望がある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
ゆいだけが為し得ることが、おそらくある。
それを掴み取った時、夢河ゆいは真中らぁらに、アイドルタイムはプリパラに、別の答え、自分だけの存在意義をしっかり示して、己の物語に一つの幕を下ろせるのではないかと、僕は思っている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
虹色の夢で瞳を覆ってきた少女は、その視野に入らない一匹の獣を、どう見据え、どう歌うのか。来週も楽しみ
追記 白隠曰く『両掌打って音声あり、隻手に何の音声かある』
アイドルタイム追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
パックは頑なに『みんな』を拒絶するが、では彼は本当に世界に二人きり生きてきたのか、という問いもまた、聞こえていないふりを続けている。
ガァララと巡って楽しかった景色、美味しかった食べ物は、名前も顔も知らない『だれか』がいるからこそ甘受できた快楽だ。
他者があってこそ成立している世界に、その構造に目を向けない間価値を見出してしまっている以上。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
パックは自閉し暴れまわり、他者の幸福を搾取してきた過去に時間を戻す正当性を当然のことながら持っていない。そんな『正しさ』と関係なく、死体を弄び街を破壊しているわけだが。
だが、たとえ『みんな』の実感を得られなかったとしても。『ぼく』が『ぼく』である喜びがガァララとの閉じた関係にしかなかったとしても。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
それが『みんな』という曖昧であやふやな輪郭によってのみ成立していることは、多分事実なのだ。つながれないとしても、世界はそこにあり、あり続ける。
その独立性が哀しいことなのか、喜ばしいことなのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
世界と『ぼく』が切り離される断絶と、それでも『ぼく』を含めて『みんな』が存在してしまっている事実。どちらが真理として強いのか。
歌が押し寄せては弾かれ、救済を遠ざけていくこのクライマックスは、そういうことも問うている気がする。
個人的な感傷としては、パックもまた『みんな』出会ったことを思い出して、道を定めてくれればいいな、と思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
別に、体温のない他者に本気で身を投げろ、ということではない。それはゆいやらぁらという、奇跡の体現者だけが可能な境涯だ。凡人は、そこにはなかなか踏み出せない。
でも。たとえ身を切るような孤独と、愛している人が自分を特別には選び取ってくれなかった哀しさが全てを覆うにしても。『ぼく』の隣にぽつねんと、『みんな』はある。ずっとそうだったし、これからもそうなのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
そこに是非はない。そうだ、というだけだ。そのことに、パックは辿り着けるか。
そして、ぽつねんと存在する『みんな』の一人として、パックに無関心な世界を背負ってゆいが手を伸ばせるのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月7日
残り数話、僕の眼目はそこにある。無縁を繋いで縁を生み、ゼロが1になる瞬間。それはひびきの希死念慮を理解できなかったらぁらには、到達できなかった奇跡だろう。さて、どうなるか。