Fate/EXTRA LastEncoreを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
ザザ鳴りの街を抜け、たどり着いた第六天。真っ白な槍野原は、1000年の修羅道。目的を見失い戦い続ける悦楽なきヴァルハラにて、少女たちの秘密が暴露される。
空白を生きる意味で埋め尽くした死者よ、未来を選べ。
そんなわけで、通常放送分最終話は第六層を一話でやって終わりである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
これまで抜けてきた地獄と同じように、もしくはそれ以上に、生と死の境界線、人間の尊厳を極限まで蔑するムーンセルのろくでもなさが、全速力で頭を殴ってくる階層となった。
自動装置化した少女、無限にコピーされる残骸。
サブタイトルの『アンリミテッド・レイズデッド』からして、強くhollowへのオマージュが匂う、繰り返す永遠。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
無限演算の果てに生まれたミスコピーが円環を打破し、ここではない、どこかへの道を開くのも共通であるが、硝子の階段を登って夢から醒めたあの物語の終わりに対し、第六層の選択は厳しい。
ここに至るまでに繰り返された、謎の助言者達の生と死。ラニも凛も『誰か』の意匠を残したミスコピーであり、同時に今この物語を必死に生きて必死に死ぬ行為主体(キャラクター)でもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
Fateという物語を、そこに息づいた形を永遠に繰り返し続ける、コンテンツ自体にも反響する構図。
かつて意味の濃い生を演じたキャラクターが、死に損ない、しかし形だけは残して複製され、変質し、死の物語をループさせる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
あり得たかも知れない可能性から人理救済、はては料理に育児まで。サーヴァントの衣装をまとって目的無き聖杯戦争を演じ続けるラニと凛は『Fate』への内部批評にも見える。
凛の形をした誰か。シオンの衣装を着た誰か。形だけが暴走し、死んだ物語が歩き続ける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
作者以外がやれば猛烈なDisであるが、これを奈須きのこ自身が語るところに、ある種の風通しの良さというか自傷願望というか、『Fate産業』に甘んじていられない凶悪な切れ味を感じたりもする。
そういうメタ視点の量産神話批判はさておき、お話としてはラニと凛の謎を解く話であり、盾と矛を同時に持つ贅沢が弾き返されるお話でも
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
ある。
Fateが持つ『ヒロインを選ぶ』ギャルゲの構造を、わりかし最悪の形で再演するところに、ループとリプレイが腐敗する一千年の地獄、その意地の悪さが冴える。
ザザ鳴りの街で過去に出会い、サーヴァントと絆を結び、自分の起源と意志を確認したハクノ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
すっかり熱血主人公っぽくなった彼は、やはり視認の夢を見る。自分ではない誰かが、かつて夢見た希望の残骸。天に至る前に、救世主候補が繋いだいつかの思い出。
それはハクノという個体には関係がなく、同時に死者の総体でもあるハクノしか思い出せない夢だ。だから彼は、誰かの夢の尊さを守るために勇者の決断をして、二枚取りに見事に失敗する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
凛が復活して、ラニが死ぬ。両方掴み取るような度量は、デッドフェイスにはないと取るか。意志だけは尊いと見るか
自動的な死体でなくなったからこそ、自分でカーソルを動かして選んだ選択肢は痛い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
ここらへんはやっぱ、hollowのアンリマユ(本編主人公に似た、しかし決定的に違う存在)が、繰り返す日常と死、流れ込んでくる過去を受け取って一瞬の夢を見る流れ、それが畜生道を壊す流れを思い出す。
事程左様に、様々な言及を孕むのがLEであり、『Fate』なのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
そもそも英雄存在をポップな現代伝奇に転写し、ある意味借り物の糸で編み上げた織物。それが現在、独自の物語生命体(あるいはポピュラー神話)になっているという、なかなか複雑な再生産。
これに奈須きのこのポップでシャイな批評眼が噛み合って、『Fate』は『オリジナルでござい』という開き直りと、ミスコピーとして自分を小さく見積もる謙虚さの間を、常に行ったり来たりする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
その衝突が、この第六層、LEという物語からもよく見える。
そんな気がする。
これはEXTRAレーベルには触れていないながらも、それなり以上に奈須きのことTYPE-MOONが好きで、『Fate』を摂取し(自分なりに)考えてきた、ある種のジャンキーだから思うことかも知れない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
ネロとハクノの地獄旅はそれ自体単品で十分物語だが、そこに浮かし彫りになっている多層の物語がある。
もしくは、あるように見える。もしくは、あると思いたい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
それは『Fate』を少しはみ出してダンテの”神曲”、あるいは各宗教の天国と地獄にも及んでいる。
古今、物語はそういう多層性から逃れられない。コピーのコピーのコピーが永遠に積まれる状況を、良かれ悪しかれ積極的に乗りこなしに行く姿勢。
その貪欲さが『Fate』を駆動させる巨大なエンジンである(と僕は思っている)し、そういうものを勝手に見てってしまう視界からは、この不親切でわかりにくい物語は、なかなか楽しい詩に見える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
よくもまぁ、こうも解釈と評価の分かれるお話を堂々『深夜アニメ』で流そうと思ったな…。
さて、そういう多層な幻想を一旦横において話を見直すと、この階層でハクノは初めて『人間』として狂った世界を見て、心を痛めながら選択をし、どうしようもなく失敗する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
その至らなさも含めて、ネロは今代のマスターを全面的に肯定し、発破をかける。よく出来たヒロインである。
世界を動かす、二つの少女型心臓。そこからこぼれ落ちた遺志に導いてもらい、助けてもらった士郎が今回果たした決断は、シンジやダンやアリスやレリウスに対して行った殺害とは、ちと意味が違うように感じる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
自分の意志で殺して、自分の意志で生き返らせようとして、自分の無力で救えなかった。
その重要な瞬間がかっ飛ばされるのが、なんともこのアニメらしいとは思うが、とまれハクノは放送最終回にして、ようやく『決断し、受け止める主人公』となったわけだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
…なげーよここまで来るのが!
と文句をいうものの、無念の残骸が死体の山を駆け上がって、ようやく人間になる話は好きだったりする
自動機械だった時代、意味もなく演じられる聖杯戦争(の終焉)の一部として、ハクノは殺した。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
マスターはマスターを殺して、上に昇るもの。
壊れてしまったムーンセルが、それでも世界に刻んだ巨大なルール。凛とラニもまた、同じルールに支配されて、永遠のヴァルハラで踊る。
思えば他の階層のマスターたちも、同じように死に損なった、あるいは生き損なったミスコピーであり、死人が死人の後始末を、終わらない物語の終わりを告げていくお話として、LEはある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
しかし前回生まれた魂が、これまでと同じ決断にこれまでと違う痛みを宿す。
ヒロイン両取りの結末は、浅く広くマスターの記憶を再生しようとして失敗し、一意専心して結果を出すエレベーター内部の会話で、すでに暗示されている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
生き残るものと死ぬもの。それを選ぶ神様の選択を、優しい人間以外は望まないし、優しい人間には耐えられない。
これは切嗣→エミヤ→士郎と続く『正義の味方』とその残骸が、突きつけられてきた選択にも似ている。主人公はまぁ、そういう選択肢を常に突きつけられるからこそ、主人公足り得るのかも知れないが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
どっちにしても、未だ終わらないこの物語において、全てを解決する魔法はない。凛が生きてラニが死ぬ
世界そのものである桎梏から、ハクノの到達とラニの死体をもって開放された凛は、この月面唯一の生者…になんのかな?
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
1000年の午睡は、人間の魂が人間以外に変質してしまうのに十分であるとはよくよく示されてきたが、凛は未だ『人間』なのだろうか?
その答えは、7月にならんとわからん。
しかし旅の道連れとして、ハクノの地獄めぐりを助けてくれた凛が、ミスコピーを重ねた量産型であり、同時に痛みを備えた『人間』であったことは、あのドーム前での別れで明白であろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
他のマスターが皆そうであったように、人間のなりそこないは皆、人類の残滓を抱え込んでいる。
その重たさ、失敗の痛みを背負って、ラダーが降りて第七層が見える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
最終階層をハクノとネロと凛は、どう歩いてどう突破するのか。この状態で三ヶ月待ちっつーのも、なかなかに酷ではある。
しかし失敗すら出来なかった残骸が、ようやくたどり着いた『人間』の極限をどう活かすかは、楽しみなのだ。
沢山の死骸が、ハクノを天に押し上げる。その重さと意味を、自動的な死体は忘れられない。永遠を繰り返す墓所に蓄積された、一千年の歪み。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
歪んだ自分の物語を、それでも終わらせようとしたマスターたちの遺志。
そういうもんを、生まれ直したばかりのハクノと、再誕した凛には忘れんで欲しい。
思えばこのアニメを見ながら、ずっと願っていたのは『ハクノに人間でいて欲しい』だったと思う。あからさまに『人間』を拒絶する、謎多き迷宮。無限のリピート。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
わかりにくい言葉で繰り返されるその厳しさの中でも、『人間』にしがみついて欲しいな、と。
それは古今東西の冥府下りが、そういうものを試す試練だったから、というジャンル的な意識もあるし、単純に『人間』の話が一番面白いからでもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
非常に朦朧とした文体であっても、LEはずっとそのことを語ってきたと、僕は思っている。だから、この分かりにくい話が好きなのだ。
第七層もまた、非常にろくでもない世界、マスター、サーヴァントが待つだろう。それを越えた至高天は、この停滞を生み出した元凶だ。まぁ間違いなく、ぶっちぎりにろくでもない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月2日
その厳しさを妥協なく叩きつけて、それでも消えない『人間』の話を、楽しみに待ちたいと思う。しかし長げーな七月は…。