ダーリン・イン・ザ・フランキスを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
答えの帰らない雪原で、赤と青が出会う。記憶の旅、始原への帰還。思い出される出会いと別れ、真実自分が求めていたもの。
それは手鏡たる他者に己を投影することでしか見ることが出来ない、美しい夢のカタチ。
第5話以来の高雄統子コンテであり、童話(ラプンツェル、人魚姫、シンデレラ、赤い靴などなど)を多重に引用し、悲劇と運命が折り重なるロマンスへと回帰していく心の旅路を、モノトーン基調で鮮烈に描くエピソードとなった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
白、灰色、黒、薄緑。色調を統一することで、物語全体に統一感がある。
ここまで伏せ札となっていた記憶、あるいは感情が一気に表返り、疑問が氷解していく(雪のエピソードなのに、あるいはだからこそ)お話であったが、語り口はあくまで訥々と静かで、内省的であった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
それが子供たちの胸に突き刺さった、運命の棘の鋭さを巧く表現していて、とても好きな語り口だ。
さて、今回のお話はヒロトゼロツーの隠蔽された出会いを覚醒させる分岐点であり、あの世界で子供がどう養育され、社会とオトナは何を与えるかを確認する回でもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
どれだけ答えが帰らなくても、ヒロもゼロツーも問いを発し、自分と世界を定位したいと願い続ける。
それは『なんで? どうして?』という、非常に『子供らしい』ヒロの振る舞いだけでなく、痛みに絶叫するゼロツーの声も、ヒロの(楽園におけるアダムのような)名付けの儀礼も、同じ行為である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
私はここにいて、貴方を待っている。子供たちはそういい続ける。
先週に引き続き、真っ白な雪はその問いには答えない。無言で音を吸い込み、認識をホワイト・アウトさせていく純白。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ガーデンの外に広がる雪原だけでなく、内部もまた、病院めいた清潔な白に覆われ、大人たちは『心の窓』たる眼を隠蔽し、答えを隠す。あるいは、最初から知らない。
しかしどれだけ抑圧されようとも、答えを得ようと問いを投げかけ、愛着の対象を模倣する人類種の本能は、切なくもがき続ける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
イチゴが望んだように、白い世界に等質化されてしまえば、問いが返らないことに苦しみを感じる必要もなくなる。しかし、幼少期のヒロもゼロツーも、そうは出来ない。
甘いものとキスが好き。人間になって、ダーリンと結婚したい。外に出たい。光が欲しい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ゼロツーを規定してきた全ての志向は、ヒロとの運命的な出会いによって成立していると見える。しかしそれ以前、薄らぼやけた『母』との交流の時点で、ゼロツーは己を反射させている。
自己投影と反響。コールとレスポンス。孤独な人類種の魂に刻まれた、基本機能としての問いかけは、白い世界に押しつぶされそうになっても消えない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
それに答えたい、君は孤独ではないと教えてあげたいという願いは、変質した世界でもひっそりと息づいている。
ゼロツーはその開始時点から自己像の反射を、ぬいぐるみの瞳に見ている。それは第13部隊で与えられる手鏡(真心の結晶体)と同じように、自己像を反射し己を定義する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
それを知ることでしか、世界と自分、自分と自分の距離は測れない。
©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会 pic.twitter.com/HoeCN5sQyS
『母』は(後に腕をかじられたヒロがそうするように)ゼロツーの頭をなで、(手鏡と同じように壊されるとしても)世界をぬいぐるみで満たし、食事を与える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
『まものと王子』の物語を与え、異物であるゼロツーが痛みに満ちた世界でどう生き抜くか、その指針を与えようと手を伸ばす。
それは曖昧な忘却に消え去ってしまっているが、娘の『私は誰なんだろう』という問に、静かな反響を返してあげようという、優しい行いだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
鎖に繋がれ、それでも綺麗な夢に満ちた子宮は、母の消滅によって強制的に切開され、ゼロツーは冷たい外部に摘出されていく。
異質な身体を持ち、それを当然のように虐待される未来が、あの部屋の外には広がっている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
それでもゼロツーが反逆の意志を保てたのは、『母』の手と物語を、冷たい世界唯一の温もりとして抱えられたからだろう。
むろん彼女が『人類の敵』たる叫竜の青い血を継承しているからでもある
一方ヒロは、問いに答えてくれない戦闘兵器量産工場のなかで、意味もわからないまま『名付け』を続ける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
アイデンティティを確立する儀式。あるいは洗礼。自分が世界を回すパーツではなく、自由意志を持った個体であると世界に叫ぶ、存立の儀礼。
これをヒロは、一切意味も知らず、教えてももらわないまま行う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
鈍感主人公、あるいはミーイズムの権化とも思えた、ヒロの愚かさ。それは消滅させられた起源に帰還することで、別の意味を持ってくる。
それは彼が神童であり、救世主でもあった、ということだ。(それはオトナによって去勢されるが)
尊厳、慈愛、共感。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ニンゲンを人間たらしめる条件がホワイト・アウトしているあの世界で、ヒロはただ己の魂から湧き出るもののみに従って、人が為すべき行い、当然問われるべき疑問に行き着く。
彼は『やるべきこと』が理解ってしまう幸福と不幸を、天から与えられているのだ。
そのヒロイズムに第13部隊の子供たちは引き寄せられ、ミツルは英雄に報いられる自分になるべく、生存率15%の賭けにも出た。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
魂を等質化出来ないいちごの哀しみを、『バラバラでもいいんだ』と肯定し、その記号として己に名前を刻んでいった。
その善行は、忘却によって反転し鈍いともなるわけだが。
異質性を肯定するヒロの言葉とともに、キッズルームに散らばる様々な『かたち』がクローズアップされる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
丸、三角、四角。ピンク、水色、オレンジ。
色も形も様々なそれは、鋳型にはめられ戦闘機械に変えられる子供たちの魂、本来の『かたち』だ。
©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会 pic.twitter.com/0vUNCKcj75
真っ白な世界の中で、あの多様性だけがカラフルで、生きている。『オトナ』によって抑圧された世界の真実に、知らずたどり着いている救世主候補は、その倫理的優越を示すように高い位置…天の国の玉座に立っている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会 pic.twitter.com/Mv84qC3ELo
ヒロの起源に戻る今回のエピソードは、非常に救世主…キリスト的な表現が多い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ヤドリギの下での、裏切られることのない結婚の誓い。それはクリスマスに行われる儀礼で、つまりこのとき生まれた魂がキリスト的存在であることを示している。
©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会 pic.twitter.com/kjWAIMvsng
オカルト的な読みは無限にやれてしまうので、一旦ここでやめておくが、ヒロはゼロツーを追うことで、『オトナ』たちが隠蔽し安住している闇、コドモに杭を打って虐待し殺す事実へと踏み込んでいく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
真っ白な世界には悪意の闇があって、コドモはそれを知らない。知らないことが闇を成立させている。
明暗の描写は非常に高雄統子らしいセンスで明瞭に切り分けられ、キャラクターが足場を置く倫理を反映する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
夜(コドモは寝る時間)に、己と世界に悩むヒロ。ゼロツーに接近しようとして、闇から遠ざけられるヒロ。白々しい境界線。
©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会 pic.twitter.com/KVU5Hq98Md
第11話に呼応する形で描写される、ミツルとの対話シーンが圧巻だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
心は常に実像ではなく、揺らぐ水面(液体化した手鏡)に反射する。自己像は投影され、受容され反射され、後に裏切られて歪む。少年と少年の小さな、しかし非常に大事な約束。
©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会 pic.twitter.com/QF8bnetjRZ
死をも決意して、救世主に並び立とうとするミツル。その低い心理/真理と同じ場所に立てる特権は、ゴローにもイチゴにもなく、当然沈黙する『オトナ』にもない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
生き死にの決意に寄り添うのは、名付けるもの、按手を頭に施すもの、油を注ぎ注がれるものとしての、主人公の特権なのだ。
無自覚にその英雄性を拡散し、世界に変化の種をまくヒロは、しかし変化を受け取る受容体でもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
手応えのないオトナに反抗することも出来ず、グルグルと回転し口にマスクを付けられるヒロの目に、鬼が映る。暴れ、荒れ狂う怒りの抗議を見て、彼の世界が広がる。
『あなたとわたし』を遮る、冷たいガラス越しの出会いであっても、それはとても衝撃的で特権的な、運命の出会いだったのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ゼロツーが名前とロマンス、生きる意味を与えられたように、ヒロもまたゼロツーによって反逆の可能性を教えられた。反射と対話は一方的ではなく、常に双方向で展開される。
『オトナ』が作り出し、『コドモ』がその真実を隠され=アクセスの可能性を拒絶され続ける、暴力と虐待の黒い闇。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
『コドモ』ではない(無論『オトナ』ではない)ゼロツーは一人、その薄暗い闇に取り残され、ヒロはそこに接近していく。
©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会 pic.twitter.com/XeMluh2moq
白々しい無知は、『オトナ』が聞こうともしないゼロツーの悲鳴を当たり前に聞くことで打破され、少年は木に登る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
それは物理的上昇であると同時に魂の変貌、倫理の芽生えである。ヒロはあの世界で唯一、『高い場所』に登る資格を有するのだ。幾度も落ち、傷つくとしても、登らざるを得ない。
ヒロが照明(光をもたらすもの)でぶち壊した硝子が、ゼロツーの感情と認識の壁であり、可能性を食いつぶす世界であり、子供たちが将来閉じ込められる優しい温室であり、『オトナ』が暮らすドーム都市でもあるのは、非常に分かりやすい
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ヒロはそういう少年であったし、今後それを思い出し帰還するのだ
ヒロが伸ばした手、壊した硝子、流した涙(『僕は君の叫びを聞いて、痛みを知っている』というサイン)に導かれて、ゼロツーは闇から光へ、『オトナ』の領域から『コドモ』の王国へ飛び出していく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
そこに庇護はなく、雪は寒い。それでも光の中は自由だ。
©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会 pic.twitter.com/oryTxDbqIb
白くて寒い世界の中を、コドモ二人は歩く。オトナは何も教えてくれず、答えてくれないから、自分たちだけで学んでいくしかない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ゼロツーがネズミを命の糧として奪おうとしたのを、ヒロが止めたのは非常に示唆的だと思う。殺し、奪い、略奪するだけの存在から、別種の可能性への質的転換。
自分たちと同じように、ちっぽけで寄る辺なく、だからこそ寄り集まる以外生存の道がない、小さな命。それを殺すなんて悲しいことは、しなくていい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
殺戮機械として育てられても、それを止めることが出来る。生き方を変えることが出来る可能性を、幼年期のヒロは自力で発見し、他者に分け与えていく。
捕食を中断されたゼロツーは、ヒロに噛み付く。悪意というより、反射に支えられた口唇コミュニケーション。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
相手を口に含むことで、より強く解っていく働きかけを、ヒロは拒絶しない。かつて『母』がしてくれたように、頭をなでて安心させる。『君は愛されている』というサインを、本能で出す。
『母』に愛された思い出(その証明が『絵本』だ)だけを支えに、『オトナ』が押し付ける闇を彷徨ってきたゼロツーは、噛み付くことで愛を学んだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
何かとキスに拘るのも、納得の幼児体験というか。噛み付くことを許容されることは、彼女にとって根源的な安心をもたらすのだろう。
ヒロが見た目通りの『オニ』という記号を捨て、他の同志と同じように、人間らしい名前を与えたのも、簡勁ながら強靭な描写だった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
青い血を見てもビビらず、スラットなやけっぱちを演じるハニーを見ても『好きだ!』と言い続けた彼にとって、人間の定義は『傷つき、血と涙を流す』ことだ。
青かろうが赤かろうが血は血で、肉体の傷が治ろうが心が痛むのなら、それに手を差し伸べたい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
彼の英雄性は名付け、意義付ける前進だけでなく、前に進むことで否応なく傷ついてしまう魂を癒やすことにも、強く発露する。ココらへんもキリスト的だなぁと、少し思う。
逃避行の中で、ヒロが衣食住全領域をケアしていることにも注目したい。子供っぽい不器用さながら、ヒロは靴を作り、飴を分け与え、雪を凌ぐ倒木に身を寄せる。人が人足り得る保護と充足を、必死に探し、分配する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会 pic.twitter.com/Dlr1Mx87iX
後に記憶と英雄性を略奪され、『ゴハンも掃除も勝手にやってくれる』ミストルティンに閉じ込められるヒロだが、この逃避行においては己の足で歩き、己の腕で作り、守る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
それは過去の描写であると同時に、未来の予兆でもあるのだと思う。子のエピソード自体が、そういう構造だし。
ヒロが巻いた包帯は、鬼の子をお姫様にするガラスの靴であり、永遠にダーリンを探し求め、人間への変貌欲求を暴走させる赤い靴にもなる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ヒロの卓越した英雄性は、関わったコドモほぼ全てに、祝福と呪いをもたらしている。
イチゴには叶わぬ恋、ミツルには破綻した約束、ゼロツーには人間への痛み。
しかしそれは全く存在していなかったものではなく、ヒロが気づき教えたことで名前を与えられた、コドモたち自身の切望だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
それがヒロにはなかなか届かない、そういうものを生み出してしまう卓越性に無自覚である(あった)ことが、ヒロの欠落であろう。
それが今回の覚醒で変わるのか、喪失されたものは何らか贖われていくのかは、今後を見ないと分からない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
しかし己の起源、パートナーの根源を思い出してしまった以上、ヒロはインポテンスなミーイズムの権化では、もういられない。思い出すということは、残酷な変化を伴う。
ゼロツーの間には、かつて決定的に機能し、今また再生しようとしている相互コミュニケーション。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
『私はここにいる』という叫びを受け取り、より鮮明な形に変えていくレスポンスの能力。それがゼロツー以外に拡大していくのか、特別なパートナーで留まるのか。次回以降は、そこが大事になると思う。
その覚醒が、第二部で丁寧に切開された、子供たちのナイーブでタフなサークルだけで収まるのかどうかも、気になるところだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
クソ以下のクソみたいなクソ世界を、ヒロの英雄性が革命しうるのか。答えず、与えず、教えない搾取の構造を、子供たちはぶっ壊しうるのか。
今回ヒロとゼロツーの間に芽生えた呼応関係が、同志と、あるいは世界とも成立して欲しいと、僕は思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
こじんまりした内面で留まらず、嵐のように荒れ狂って他人を、世界を全部変えてしまってほしいなと、僕は思う。
そこまでたどり着くのはとても大変だろうけども、そうなってほしいと思う。
未来の話はさておき、過去への旅路は続く。過去を思い出すことが、未来へ続く現在を的確に再獲得する足場にもなる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ヒロは絵本を朗読する。それは現実逃避としてのファンタジーではなく、厳しい荒野に投げ出される娘に世界と自分の有り様を教える教本であり、『童話』本来の機能に近い。
物語は人魚姫に似た展開をたどり、鬼の娘は翼をもぎ取られて人間になる。しかし鬼の血は荒れ狂い、愛するダーリンを守るために鬼は姿を消す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
マジファックである。そんな悲しい結論マジ認めねぇからな俺は、ッテ感じであるが、実は今回、この童話はエンドマークまでたどり着いていない。
典型的なプリンセスの悲劇を閉じ込めた物語は、ゼロツーにとって望ましい手鏡、『綺麗なものが外側にある』という希望でもあった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
オトナが答えを返してくれない世界で、唯一把握可能なロールモデルが『本』であるのは、少し面白い。過去のヒロもまた、本から『あるべき自分』を学習している。
言葉とか優しさとか、温もりとか行いとか。そういう血の通ったモノで人間の証明を伝えられないあの世界は、やはり寂しい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
そんな世界の中で、唯一『人間』である英雄と、その比翼の鳥。彼らは特別なパートナーで、その主人公が世界に拡張されることで、より良い世界が到来する。
躍動する生と、無味乾燥な停滞。コドモを特権化するべくオトナが配置されている構図が、今回の覚醒によって明確になった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
しかしまぁ、それはちょっと戯画化が過ぎ、単純化が過ぎるようにも思える。オトナはなぜ、『オトナ』になってしまったのだろうか? それを導く世界の秘密は?
クソみたいで嘘っぱちの世界が唯一の本当になってしまうには、何らかの理由、欲望、あるいは祈りがあったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
『それは舞台装置です』とスッパリやられるかも知れないが、第10話のおずおずとした描写を見ると、打破されるべき壁の震えもまた、切り取ってくれそうな期待が強まる。
『オトナ』と同じく、敵である叫竜も言葉を持たない。しかしゼロツーの叫びがそうであったように、彼らもまた青い血を撒き散らしながら『私はここにいる』と言っているのかも知れない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
何しろ主人公とヒロイン、両方共竜の青い血が流れているわけで。ただロボ専用サンドバックとして使うのも勿体無い
ゼロツーとヒロのロマンスが原点に帰還し、未来に歩みだした子のタイミングだからこそ、そこから広がっていく(と僕は思いたい)他者への視点が、とても気になる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
どういう方向にお話が転がるにしても、このエピソードは決定的な質的転換点なのだろう。
さて、ヒロはゼロツーの青い血に一切ひるまず、『本で習った通り』血を舐める。ゼロツーはそれを『絵本で描かれている』約束のキスだと受け取る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
このミスコミュニケーションは面白い。ヒロはロマンス抜きの生存行為として、ゼロツーは世界に意味を与える恋の証として、キスを受け止めるのだ。
ここでも、二人の人生を決定的に変えるキスが、血の通った教育ではなく、物語化された理念によって後押しされている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
徹底的に、『オトナ』の世界は冷たくて無関心だ。なぜ、そうなってしまったのか。やっぱり僕の疑問点は、そこに集約していく。どーなんのかねぇ来週以降。
ともかく、青い血を体内に入れたことでヒロの適合係数は低下し、記憶切除と相まって、ヒロの英雄性は切断される。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
世界で唯一真実を知るものとしての特別性を剥奪されたまま、不能の彼を主役として物語は開始され、忘却されたはずのヒロインと出会う。それが、ヒロの英雄性を再稼働させもする。
イチゴは9αに誘導されたとおり、ヒロ愛おしさを暴走させ、ゼロツーを切り捨てる選択を突きつける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ゼロツーもまた、ダーリンと引き剥がされた後の心理的鎧、男を食いつぶすスラットな妖婦として、鬼女としての自分こそが『わたし』なのだと思いこむ。
しかしヒロは、再獲得した記憶と能力、英雄性に導かれて、正しい名付けを行う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
『キミは泣いていた。お姫様で、僕の大切な人』なのだ、と。
ダーリンから切断され、孤独の中で歪んだ自己像にすがるしかなかったゼロツーは、この二度目の命名により己を見つめ直す。やけっぱちであることを止める。
過去の記憶闘争で終わるのではなく、現在の決定的変化まで入れ込んだのが見事な構成だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
過去を再獲得することは、現在を覆う閉塞をぶち壊し、未来を掴むためにこそ必要なのだ。ロマンスは懐かしむためではなく、ヒロインの手を取り、一緒に進んでいくためにある。
ゼロツーが求め、怯えていた、自己像の投射先としての手鏡。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ヒロは記憶を取り戻すことで、その役割を完璧に果たした。ゼロツーはもう、スラットである必要がないだろう。柔らかい願望をむき出しにしても、傷つかない自己像、守ってくれる他者を獲得できたから。
まぁこれで、純情無垢(ラストのヘッドセット、完全に白無垢の角隠しだったなぁ)なヴァージンヒロインが『真実』であって、スラットな鬼女は『嘘』だったという切り分けになっちゃうと、ちょっとヤダ味強いけども。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
クソスラットな大あばれ天童もゼロツーなんだから、両方統合すると良いんじゃね?
ここらへんはコックピットという、二人が二人きりでいられる密室から出て、相変わらず冷たい雪が吹きすさぶ世界に降り立ったとき、形が見えても来るだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
童話の中で、パワフルに状況を変えていくのが鬼の姫なのが、ちょっと好きなのね。男女の役割観念が撹拌されている感じ。
とまれ、ヒロは自分の起源、パートナーの本質、喪失された過去、隠されてきた闇へと潜り、真実を沢山掴んで帰還した。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
白い雪が舞い散る厳冬に、記憶と精神に潜ることでヒロ(とゼロツー)は再誕を果たしたわけだ。まさにクリスマスの奇跡である。
しかしロマンスを思い出して魂が救われても、即座に肉体や社会が変質するわけではない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ゼロツーの叫竜化、ヒロの変質、クソ以下の世界。立ち向かうべき問題は山盛りだし、それを手助けしてくれそうだったフランクス博士のマッドっぷりも大暴れだった。
ジジイが13部隊を保護してたのが、異質なものが見たい知的興味ゆえっぽいのは、なんとも悲しい結末である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
結局子供らは、この手応えのない氷の世界で肩を寄せ合い、子供たちのサークルだけで生き残らなければいけない。あるいは、そのサークル自体を世界として書き換えてしまうか。
『父』の狂気と不実が顕になる一方で、失われた『母』の優しさ、託した願いが奇跡を起こした描写も、今回には盛り込まれている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
変質してしまった『オトナ』に、味方は少ない。しかし『物語』に苛烈な真実と、それを乗り越えていける希望を込めた人が、確かにいたことは、僕にとってはデカい。
これでヒロだけが唯一絶対にゼロツーの世界を作っている形だと、ちと主人公/男性/英雄に特権を寄せすぎだと、感じたと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
しかしゼロツーが苛烈な闇を生き延び、ダーリンと出会うためには、『童話』が必要だったのだ。奪われ、濡れそぼち、汚れても失われない理想、生き抜くためのロールモデルが
それを与えてくれた『母』には、一つのセリフも、顔も名前もない。しかし非常に決定的な存在として『母』はいる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
その歪な在り方がこのアニメっぽいし、悲しいくらい逃げ道の少ない子供たちにとって、何らか未来を照らす光にもなるかな、と思う。
君たちの声を聴くものは、少なくとも在るのだ。
とまれ、鬼は純白の角隠しをまとい、ダーリンと三度目の結婚式を上げた。自己像を的確に投影し、怪物でも加害者でもない自分の名前を、ちゃんと告げてもらえた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
その変化が、ダーリン以外にも広がると良いなぁ、と思う。特にイチゴな。ゼロイチを諦めない(諦めよう)。
腕もがれてもストレリチアを抑え込んで、暴走を止めてヒロを守ろうとしたイチゴのリーダーシップと愛は、やっぱ偉い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
それがゼロツーの排除に向かってしまうのが恋のややこしいところだが、あのジェネリックカヲルくんが誘導かけた結果でもあるしなぁ…やっぱあいつ殴るしかねぇな。
まだまだ問題含みなれど、己と世界に出会い直したヒロ、再生するだろう英雄性が何かを変えていく予感に満ちたエピソードでした。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
過去の真実を暴くと同時に、未来の展望も拓く。構成、演出、話法ともに切れ味鋭い、勝負回だったと思います。次回も楽しみですね。
追記 ”the Miracle Worker”が”奇跡の人”の原題であるが、奇跡を駆動させ、またそれに奉仕する存在として、ヒロは非常に宗教者的でもあると思う。
ダリフラ追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ゼロツーに言葉(名前、物語)を分け与えていくヒロは、ちょっと”奇跡の人”のサリバン先生っぽいなぁ、と思った。
あの世界には致命的に『教育』が欠けていて、オトナはなんも答えてくれない。教師役も義人としての責務も、無力な子ども自身がやらなければいけない自給自足。
それでも、ヒロがゼロツー(他、救世主に救われてしまったあらゆる子供)に意味を与え、世界を啓く最初の一歩を進ませてあげている姿は、偉いし尊い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
キレイな花みたいなそれを、乱雑に摘んで壊してしまうことしか出来ない世界と、起源を思い出したヒロは今後、どう対峙するのだろうか。
導者が言葉を与えた後は、盲目だった子供は自力で学んでいける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
第8話からの個別エピソード郡で、ガキはガキなりに思い出とか未練とかに始末をつけ、変化していく環境と身体に適応するタフさを見せた。
それをキックスタートさせたのは、やっぱりヒロであり、異物たるゼロツーであると思う。
押さえつけられない自分を解き放って、周囲を刺激する。人間である以上生まれる反応を受け止め、そこに投影される自己像を確認する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
子供たちは子供の閉じたサークルの中で、道を示す教師であり、蒙を啓かれる生徒でもある。そうやる以外に、自分を白く塗りつぶさず、凸凹なまま生きていく手段がない
そこにサークル外部からの助力(叫竜なりフランクス博士なり)が入るのか、まだまだ孤独な戦いは続くのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
クソ親衛隊とAPEは足引っ張り村の住人なので、圧力と謀略は死ぬほど投げ込まれるだろう。ほんとクソいなあの世界…頑張れガキども。もう頑張ってるけども君らはホント!
追記 雪原でプリンセス・ストーリーなだけに『ありのままの』と言いたくもなるが、アレって前回までのゼロツーめいたやけっぱちの自己定義の歌なわけで、その枷から外された今回にはあんま相応しくないよね。
ダリフラ追記。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ゼロツー(幼)を赤肌角アリのガチ怪物としてデザインしつつ、仕草と表情で徹底的に可愛く見せる演出は、志が高いししっかり機能もしていた。
京アニのKD(Kodomo Daisuki)遺伝子を継いだ高雄統子を、ベストな話数に配置した結果ともいえよう。
ゼロツーが怪物であることは否定しようのない事実で、それを無理くり白粉で化粧して形式だけ乗り越えようとした結果、あの自暴自棄なスラットが生まれた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
そういう無茶をしなくても、ゼロツーは十分可愛らしく人間であることを、今回の過去回想は見せている。
ゼロツーの叫竜性は他者を傷つけるだけでなく、権威の押し付けに反抗し、虐待に殺されないタフさの源泉でもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
その起源は(他のあらゆる起源と同じく)なんらか意味を持つものであり、隠蔽されたり否定されたりする必要はない。鬼は鏡に写し、他人に見せても良いものなのだ。
ゼロツーが自分の中の叫ぶ竜を肯定…とはいかなくとも、否定しなくても良い心理と状況にたどり着けると、否定しようがないナチュラルな自分との軋轢が減り、そこから生まれる社会への反発も道を見つけていける感じはある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
が世界のほうがそういう人間的変化を、好ましいと思うどころか否定しにかかる
ダーリンとのロマンスを思い出し、自分が姫で(も)あるという認識を得たゼロツーの闘争は続く。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
それは白い世界に同化出来なかった第13部隊の子供、そして名前を与えられつつ現代まで生き残れなかった全ての聖嬰児(ナオミ含む)が、あのカスみたいな世界で生き残るために投げ込まれている闘争だ。
そこに立ち向かうとき、怪物の怪物的なパワーは大事になるし、怪物を安易に『人間』とは描かなかった今回の筆致は、その多様性を肯定しているようにも思える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
スラットな姿勢も、鬼の膂力も、ゼロツーという個体が所持し、痛みと意味を持つとても大切なものだ。バランスを保って、大事にしてほしい。
そこら辺のアンバランスを全肯定した上で、適切なセルフイメージを獲得するのに必須な『名前』を与えられる(おそらく)世界唯一の天才がダーリンだったのは、ゼロツー(を含むすべてのコドモたち)にとって幸運であった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
今後ヒロは神童だった頃に帰還し、世界を名付けていくのだろうか?
叫竜化も進んでいるし、無力な自分を思い知らされてもいるし、去勢もされた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
児童期の万能感はヒロからは遠いと思うが、それでも自分が見つけたもの、いまも自分の中に息づいているものを大事に、厳しい戦いを生き延び、可能ならば勝利してほしいとも思う。
王子様に都合のいい貞淑なお姫様でなくとも、ロマンスを思い出せなくても。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
ヒロは赤い肌の淫売たるゼロツーを肯定した。餌扱いされても、安易な肉体関係を求めるゲスだと思われても、自分の傷よりゼロツーの傷を見た。それは保身なく青い血を舐めた幼少期の、無意識の再演でもある。
第13部隊はデブにホモにレズに異人種と、マイノリティが多い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
その誰もが、社会の鋳型に求められる『ノーマル』な形ではなく、自分の魂が弾むまま凸凹に、生き残って勝ち残って欲しいと思う。
彼らにとっての勝利の形がどういうものかは、今後物語が転がる中でまた、見えてこよう。
ガラスの天井をぶっ壊して社会を変化させることかも知れないし、己を成し遂げて戦って死ぬことかも知れないし、ロマンスを完遂して幸福に暮らすことかも知れない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月8日
そのどのレイヤーも、あの荒野で暮らす彼らにとっては、とても大事なことだ。そこは自分の好みではなく、あるがままを受け止めたい。
同時に、転がし方は難しそうだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月9日
改造手術で身体と記憶を鋳型にはめ、全てを同じ形にしようとする社会。
それに馴染めないまま、魂の躍動に名前を与えつつある子供たちのサークルが、別種の規範、別種の強制を構成員に強いる形になると、対立の構造自体が自己矛盾をはらみかねない。
元々死ぬほどナイーブな、セックスとアイデンティティと阻害について踏み込んだアニメなので、そういうヤダ味との戦いはあらゆる場所に転がっているし、全局面で勝たなければ自作の説得力は蒸発する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月9日
そういう難度の高い表現の中で、赤肌の鬼を赤肌の鬼として、肯定的に書ききったのは非常に強い。
ホントゼロツーの野生児描写は瑞々しく可愛らしく、いい感じであった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月9日
ヒロくんが『うるせー! 赤膚でも角アリでも血が青くても、ゼロツーは最高なんだよ! 俺に反逆を教えてくれたし、可愛いし素敵なお姫様なんだよ! 全員ぶっ倒してやるよ一人でも! 雪原に孤影が飛び出す!』となるのも納得。
ヒロくんは今後、世界の逆風(ゼロツー自身の自己嫌悪も含む)に逆らって『ゼロツーかわいい・つよい・かっこいい神輿』を担ぎ続けるだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月9日
その必死の練り歩きに、第13部隊の同志たちもワッショイワッショイ参戦し、世界中を祭り囃子で染め上げて欲しい。俺も片棒担ぐからさぁ。
まぁどっちにしても、赤鬼を赤鬼のまま姫にする難行を、怪物めいた演出力で走りきった今回のエピソードで、自分の中にグダグダしてた作品への不信感は、かなり和らいだ感じがある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年4月9日
今回たどり着いた個の救済を、どの半径まで広げるかが、作品全体のレンジを決める。梵天勧請みたいになってきたな…。