はねバド! を見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
行き交うシャトル、交錯する光と闇。母なる暗黒に囚われた二人の娘が、それぞれの明暗に向き合う。一人でも戦えるとうそぶき、差し伸べられた手を取り、あるいは過去に引きずられる。
綾乃とコニーの奇妙なアンバランスを、鮮明な演出で見せる回。空が担当する仕事が良かった。
というわけで、光と闇を行ったり来たり、温度差の激しいアニメである。原作を大胆に再構築し、家族の因果、競技の魔力を色濃く書…いているのに、時折原作序盤そのままの脳天気な絵がズバーンと襲ってくる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
肌色満載サービスシーン、フレ女お風呂タイムの人工甘味料っぷりは、甘すぎて歯キーンなった
しかし結局は、濃厚な明暗に帰還して終わる。”部”に居場所を、現在に道を見つけたようで、羽咲綾乃のバドミントンは羽先有千夏の影がみっしり伸びている。孤独からすくい上げられた、コニーと同じように。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
愛は祝福であり、呪いでもある。それが身勝手に、どこか遠くへ逃げていってしまう場合は特に。
この作品で”部”…勝てるやつも勝てないやつも、才能があるやつもないやつも、色んな奴が同じ場所にいる共同体は、闇の中の光として描かれ続けている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
第1話ラストの回想、エレナに引っ張られてたどり着く体育館。
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あるいは今回、幾度も色合いを変えて描かれる光。それは”みんな”から発していて、綾乃はその一部になろうとする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
対して母なる暗黒は長く長く伸びて、簡単に綾乃を開放しない。ダブルスで理子に支えられ、空に本音でぶつかってもらい、それでも綾乃は”母”に帰還する。
”みんな”になりたいけどなれない。なれないけどなりたい。母とバドミントンに固着した歪みは、綾乃を縛り付け孤独にし、それ故光を求めさせる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
明瞭な線で区切られた孤独な区画に、綾乃は初戦の後一人立つ。部員の自然な会話が遠い。
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それでも”みんな”は手を差し伸べてくれて、綾乃もそれを取ろうとする。しかし綾乃が本当に欲しいのは、自分を見捨てて去っていた母の手であり、”部”の温もりはその代用品足りえない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
代用品足りえないことが、”部”の独自性であり尊厳でもある。
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綾野の才覚と特別扱い、甘ったれたエゴイズムに苛立ってる空が、一人綾乃の方を向いていないのはすごく良い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
そんな苛立ちを抱えてなお、引き寄せられる“才“の光。第2話の退部組、あるいは第3話のエレナを使って描いた、天才の証明がここでも継続している。
綾乃がそういう独自性に目を向ける(高校生にふさわしい独立を果たし、母に引きずられた幼年期を脱して、マザー・コンプレックスに決着をつける)のは、とても難しい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
幾度も光に進んでは闇に立ち返り、自分の根源と向き合った先に、”楽しい部活””より良いバドミントン”がある。
一般的な価値観、”普通の人達”が甘受する、当たり前の公平と敬意。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
歪んだ過去を持つ綾野は、そんな“当たり前“があまりに遠い。その過去が、確かに光であり綾乃の才能(存在意義)を支えてもいるところが、なかなかに複雑なのだが。
お母さんとやったバドミントンは、たしかに楽しかったのだ。
光の中の闇に見えるものは、確かに闇の中の光でもあった。残酷な切断面で切り離されてはいても、否だからこそ、思い出はキレイに思える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
外野から光を覗き込むエレナ。孤独の中、有千夏が救いとなったコニー。みな、遠くから光を羨望する。
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理子とのダブルスは、傍から見てていい感じだ。コミュニケーションも信頼もある。才能に応じた役割分担が出来て、後ろからしっかり見守ってくれる大人もいる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
普通に”みんな”として機能しているように思えるダブルスを、しかし綾乃は受け止めきれない。負けて、言い訳をする。
この言い訳の仕方が、第3話で描かれた幼少期から毛筋すら変わっていないことが、綾野の囚われている闇の濃さを、しっかり見せている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
勝敗にタラレバを持ち込む。自分が打ち込んだシャトルに責任を持てない甘さが、母が去る真因であった。まぁ去ったからって治ったわけじゃなく、悪化したがな!
加えて、有千夏に叩き込まれた(というか、歪んで受け取ってしまった)バドミントン第一主義は、勝敗を第一の存在意義にする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
勝てば勝ちがあるし、負ければ捨てられる。負けたから捨てられて、今こうなっている。
勝ち負けを越えた実感が遠い(遠ざけている)綾乃は、簡単に負けられない。
『処分!』と『まだ使える!』に二分された、傷ついたシャトル。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
それは綾野を支配するシンプルな二分法を表現しているし、その限界点も示している。
傷ついても『まだ使える!』と思ってくれる、優しい価値観。”部”の光は、綾乃から遠い。
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ダブルスに相応しく、シャトルが2つあるのが面白い。綾乃は敗北した自分を、どちらの籠に投げ入れるのだろうか。勝手に自分を『処分!』してしまわないように、”部”は何が出来るのだろうか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
道はいくつもある。道を選ぶ人々も、当然沢山いる。作品が世界を見る視線を、上手く凝集したカットだ。
このシャトルの絵を分水嶺に、アニメを照らす照明が変わる。鮮明な勝負の白い光から、オレンジと情感を含んだ夕日へ。ライティングでムードや内面を照らしていく演出法は、はねバドアニメの特徴だと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
ナイーブな夕焼けの中、綾乃は一人黄昏れる
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ひとりきりでいる間、綾乃は常に闇の中だ。悠がこれまでと同じように、明るく気楽に声をかけても、闇から出ない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
光の側に顔を向けさせるのは、薄暗い感情を背負った空の方だ。言い訳を咎め、綾乃を”部”から遠ざけた張本人は、最初に光の側に立つ。
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『言い訳するな』と怒ったのは、羽先綾野のバドミントンが光っていたから。その才能、その技術が、言葉を超えて心に届く強さを持っているから。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
持っていない、勝てない自分からすれば、喉から手が出るほど欲しい輝きを、汚すような真似はしないでくれ。
空は敗者の立場から、綾乃にプライドを問う。
いつもの糸目を開けて、等身大の綾乃をしっかり見ている空。幼年期と同じ問題が発露したが、その対応は違う。有千夏は言葉もなく消えて、別の娘と向き合った。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
”部”の先輩は正面に立ち、自分の気持を、自分が見ている綾乃を言葉にして伝えてくれる。傷つけるとしても、嘘のない言葉を預ける。
それこそが光なのだと示しつつ、空は綾乃を置き去りに去る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
アフターケアをしっかりやってくれる、優しい悠が好き。勝ちに貪欲になることだけが、人間の意味じゃない。手を差し伸べてくれる人は、とても優しく有り難い。それも光だ。
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(『置き去りにして先に行く』演出は、色んな場所で顔を出す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
競技レベル、人間としての成熟度、関係性の豊かさ。様々なものさしでキャラクターの前後を図り続けるアニメなので、現在距離をスケッチすること、合いた距離を埋めていく描写を幾重にも積んでいくのは、とても大事なのだろう。)
コニーもまた、”部”の意味を肌で感じ、光の中で戸惑う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
自分がやった”ダブルス”がとても傲慢で、周囲の人々やバドミントンという競技を侮蔑している事実。それを言葉にした時、鳥が空に飛び立っていく。
粘り腰で寄り添い続けた、志波姫が強い。
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多賀城ちゃんもあのクソアマにめげず、VAAM差し出し横殴りを決め、人間勝負によく競り勝った。感情と才能拗らせた有千夏の娘に比べ、周囲の普通の人々は優しいし、タフだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
オレンジの情感を抜けて、”みんな”の白い光へ。少女たちは巣立っていく。
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で終わらない、安住しないのが“はねバド!“であり、羽咲有千夏の呪いである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
綾乃はコニーと、コニーを庇護し自分を捨てた母と向かい合うべく、扉に向かう。しかし足音を聞いて姿を隠し、闇の中に自分を再度追い込んでしまう。
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『肌色サーヴィスで、絡みに絡まった感情がどうにかなるものかよ!』という叫びすら聞こえてきそうな、色の濃い闇。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
戦い終えて、お互い称え合う主将の陰りのなさと、母を奪い合う娘の闇。普通に生きていける人達と、生きていけない人達の対比。
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なぎさもまたこの白い”当たり前の正しさ”から自分を遠ざけ、自閉していた。ただ呑気に無邪気に、何も考えず”普通”であるわけではない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
当たり前に正しいことは、すごく苦しい道を歩いて、決死に頑張ってたどり着き、維持されるものだ。
第1話・第2話の重苦しさが生きているシーン。
”部”の、勝敗すら越えていけるバドミントンの明るい光は、確かに救いだ。綾乃は幾度もそれに出会い、手を伸ばし、闇から出てどうかしようとあがき続けている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
光の側も優しく、時に厳しく真実を突き立てることで、綾野の闇を切り崩す。優しい普通の人と綾乃は、ちゃんと交流できている。
しかしそれは、真実綾乃を(まだ)変えない。夕日の情感ともまた違った、埃の混じった思い出のオレンジ。そこで交錯する光と闇に、綾乃はずっと囚われている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
確かに輝いていたからこそ、母との思い出は呪いと変じた。
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自分のミスを受け止めきれず、『ノーカン』を主張する子供。綾乃はあの時代から前に進めないまま、ただ母だけがいなくなってしまった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
ラリーを続ければ、勝ち続ければお母さんと向き合える。お母さんはこっちを向いてくれる。だから、負けてはいけない。
呪い以外の何物でもない。
今回コニーとぶち当たり、空と悠に引っ張られた経験が、綾乃を少しは変えるのか。彼女が求め、周囲が答えた光は、幼年期の檻、勝つことにしか意味がないバドミントンから、綾乃を開放するか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
その道程が遠いのは、ラストの綾乃を見ればよく判る。
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母を否定すること、思い出の中に確かにある愛おしさと光を無視することが、良い結果に繋がらないのは明白だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
”部”はコニーが揶揄した”友達ごっこ”より、もっとディープな繋がりを作る必要がある。綾乃の過去を知り、傷と光がどこから溢れてくるのかを掘り下げる必要がある。
優しく強い”みんな”は、そんな闇を前にして少し戸惑い、しかし諦めないだろう。本音でアツくぶつかり、時に傷つけながら、より深く分かり合っていくだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
その繰り返しが、綾乃に変化を生んでいく。過去に引き戻され、歪んだ自分に悩まされながら、自分自身を変えていく。
これまでもこのアニメは、そういうせめぎあいを書いてきたし、今後も描き続け駆け抜けるだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
そういう実感と予感に満ちた、良い第一部完でした。道は曲がりくねり長いけども、確かに光はある。様々な色彩、様々な情感で、競技の中で変化し、競技に挑む人々を描いてくれる。
教育者として大人として、冷静に人間を見てケアしてるコーチの描写とか、賑やかしの連中含めて綾乃とコニーを気にかけてくれてる所とか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
選ばれない人達の尊厳をすごく大事に、画面に塗り込めてくれているところが好きです。
色んな奴が、それぞれの物語を走っていて、それが絡み合う。
原作を改変して”部”としての描写を太くしたことが、群像劇としてのうねりと分厚さに繋がっていて、とてもいいと思います。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
今回空と悠が担当した、綾野の甘えのやり直し。有千夏とは違う方法で、競技や自分と繋がれると教えてくれたシーンを見ても、”モブ”が大事なんだと思います、このアニメ。
勝っても勝たなくても、人間には意味がある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
競技の中で、明白に勝敗は付き、そこに価値がある。
どちらも本当のことで、両立すら出来るのでしょう。しかしその境地にたどり着くまでには、幾度も闇と光を行き来して、汗と涙にまみれた実感を積み重ねていく必要があります。
そこに嘘なく向かうために。綾乃は何度も勝っては負け、進んでは戻り、光に手を伸ばして闇に帰還していく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年7月30日
繰り返しに見える交流の中で、確かになにかが変わっていく。
そのダイナミズムこそが、このアニメのエンジンだと思います。
今回の衝突を超えて、さて次回。非常に楽しみです。