ブギーポップは笑わない を見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
かくして、飛鳥井仁の奇妙な日々が始まる。
人の心の有り様を、”花”として認識できる異常知覚者。ただ見えるだけで何も出来ない彼の苛立ちに、イマジネーターが手を差し伸べる。
四月に雪の降るように、世に確固たるものなどなにもない。ならば、人のあり方を…。
そんな感じのブギーポップ・リターンズ、VSイマジネーター開演である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
まずは飛鳥井先生視点での開幕となった。
『複数視点による複数物語の複合』という形式は変わらないが、二作目は時系列のシャッフルが弱く、”笑わない”のように行きつ戻りつして事態の全体像を把握する複雑さは少し弱い。
竹田くんが背負っていた当たり前の青春物語は少し後景に引き、あるいは異常知覚や精神操作(このあとのエピソードに顔を出すだろう巨大組織や合成人間)といったおどろおどろしい現代伝奇の道具立てと混じり合って、一つのトーンを続けていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
一章一章、別ジャンルの小説を読むような跳躍は減る。
とはいうものの、形式的なややこしさが消えてフツーの小説になるわけでもなく、全ての起点となる”イマジネーター””ストレンジ・デイズ”水乃星 透子とブギーポップとの対決は、始まりにして既に終わっている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
その終わりの続き、中心となるエピソードの後日談として、VSイマジネーターはある。
なら中心となる水乃星透子との対峙の物語はいつ描かれるのかという話になるが、これが20年たった今でも未執筆である。というかその物語…”ブギーポップ・ストレンジ”はブギーポップシリーズ最終章になると明言されている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
20年前『ああ、そういうもんね』と受け入れたまま、僕らはその時を待っている
自死とも他殺ともつかない形で永遠に落下を続け、世界の敵役(あるいは主役)として踊る物語を終えたあとでも、水乃星透子はそのカリスマ、能力、見据えた未来のカタチ(イマジネーターたりうるImagine)によって、誰かの物語の重要人物として機能し続ける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
あるいは彼女を中心とした”教団”の残滓が事件を引き起こしたり、あるいはエコーズの木霊がたどり着いたはて…何千年先の未来でバーチャルに再生を果たしたりして、その”凄み”の輪郭線みたいなものを描かれ続けるけども、中心はすべてが終わるまでけして描かれない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
空白故に機能する中枢(アクシズ)
そういうものとして”ストレンジ・デイズ”は20年間落下を続け、つまりそれはもはやある種の飛翔なわけだが、新たな羽ばたきとしてアニメにもなったわけだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
この時間跳躍、バルト的な中枢なき”表徴の帝国”っぷり自身が、凄まじくイマジネーター的な現実だな、などと思ったりもする。
”わたしは虚無を月に聴く”で再生する彼女の亡霊を睨みつける時、ブギーポップの視界の先に”月”があるのは、(狙ったのかは解らないけど)面白い。正しく、そこがイマジネーターの墓標である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
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燦然と強く輝き、しかし手が届かないもの。引力で大きな満ち引きを起こし、しかし己は乾いて死に尽くしている場所。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
正しくイマジネーターは月面的な存在で、その乾いた骨のような美しさ、浮世離れした感じは、花澤香菜の好演で更に印象深い。
一見飛鳥井先生自身の物語のように見えて、既に終わったはずの”ブギーポップ・ストレンジ”の残滓であり、どこにも中心がない不可思議な続編。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
次代のイマジネーターと見込まれた飛鳥井先生も災難だが、まぁしょうがねぇ…善人だからな。
水乃星透子は”死”を見、飛鳥井仁は”心”を見る。世界の敵として自分が見据える有り様を新たな世界の形に変えて、人をより善い形にしたいと願う善意。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
ブギーポップはそれが行き着く危うさを刈り取る、無慈悲な狩り手(Grim Reaper)である。善意から発したものが、善にたどり着くとは限らない。
イマジネーターは人が未来を見据える…imageする能力を代用する存在だ。特殊な知覚によって捉えられた特殊な(あるいは真実の)他人の世界を、そのまま丸呑みして惹きつけられ、自分の世界を捨ててしまう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
それは気楽なことだが、霧間誠一は『それに立ち向かえ』と呟く。『VSイマジネーターたれ』と。
水乃星透子が世界を飲み込みかけ、今飛鳥井仁が継承した”イマジネーター”。それが(世界の、あるいはちっぽけな僕やあなたの)”敵”だからこそ、物語は『イマジネーター』ではなく『VSイマジネーター』と名付けられている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
だがしかし、イマジネーター達の視界は哀しいくらいに優しい。
どうにか世の中を良くしたくて、でもハイになった程度では、異常知覚を有した程度ではどうにもならなくて、それでもどうにかしたい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
そんな願いがあったからこそ、飛鳥井先生は四月に降る雪を見る
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空中にとどまるイマジネーターの不気味な美しさは非常に良かったが、世界を飲み込みかねない危険な接触を、町の人々は当然見過ごす。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
大抵の人たちは『そういうもんだ』と全てをやり過ごして、感性と知覚を鈍麻させて日々をやり過ごす。
そこに埋め込まれた奇妙さを知覚し、異能力によって是正…感染させられるのは”イマジネーター”だけだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
そんな彼らも人間で、同級生や親戚の子に好かれたりもする。
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異常さをどうにか飼いならして人間であろうとする仁兄さんと、彼を慕う琴絵ちゃんの微笑ましい食事。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
しかしテーブル真ん中で綺麗に構図は別れて、なんの力も持たない凡人は異能者と同じメニューを食べれない。発達しすぎた可能性は、どうやっても浮かび上がってしまう。
それでも同じメシを食おうと、同じテーブルにつこうと、可能であれば同じテーブルに座る同胞に幸せになってもらおうと、仁兄さんは不自由な世界の中、自分なりにあがく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
そんなちっぽけな奮闘を、”イマジネーター”が見せる世界は無化していく。
色んな女の子に憑依して、イマジネーターは飛鳥井先生に語りかける。光の中、あるいは闇の中。生き残るもの、あるいは死ぬ(殺される)もの。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
様々な可能性の中に、イマジネーターはちらつく。
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イマジネーターは誘惑しない。『全てはアナタが選ぶ』とうそぶきつつも、仁兄さんの善性をテコに状況を動かしていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
今崎静子の約束された死を、一ヶ月早める。それを見捨てられないと知っている
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畜生畜生と喚きながら、人生何も優しいことなんてなかったと絶望しながら死んでいく、もと教え子。
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それでも、たかが予備校講師との義務的な付き合いの中で感じた優しさにすがって、救済を求めて手を伸ばしてきた少女。
仁兄さんはその死を前似、ヒトをヒトと見るのをやめる。やめてしまう。
心から棘をなくし、自分の信じるimageを心のかたち…人の形と再定義する。二代目”イマジネーター”としての最初の仕事で、彼は一般的な人間定義を投げ捨てる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
自分が見据えている世界こそが、世界の真実なのだという盲信。それを”ストレンジ・デイズ”から継承する…あるいは、させられる。
死。
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”ストレンジ・デイズ”が見据え、抜き取り、自在に操作するもの。それを操るが故に、堕ちた肉体とは別の残滓が世界に響き、新たな事件を巻き起こすもの。
哀れな現実の犠牲者を乗っ取り殺すやり口は、やはりあまりに異質で性急で、勝手に思える。
飛鳥井仁は死を見れない。操れない。彼に見えるのは”花”だけ、出来るのは現実認識のバランス調整だけだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
心のトゲを整えられた少女は、安らかな顔で死ぬ。出来たのはそれだけだ。命を永らえさせたり、死者を復活させる奇跡なんて、予備校教師には無理だ。
思うにその無力感が、彼をどんどん闇の深い方、”世界の敵”の方向に近づけたんじゃないかな、と思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
袖摺り合うだけの元生徒の命を、凄く重たく背負ってしまうほどに優しいからこそ、だけど何も出来ないとずっと感じて、イマジネーターの働きかけでそれを痛感したからこそ、彼は世界を変えようとする
そういう正しさの暴走、優しさの残滓が上遠野作品の特に好きなところだ。少女がすがった優しさは光の側に。それに背中を押されたあとは、闇の奥に。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
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仁兄さんの立ち位置の変化は、そのまま”世界の敵”としての危うさの深化でもある。四月に降る雪、落ちない鳥に惑わされて、彼は危険な可能性そのものに変じていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
人間とは違うものを見ていても、それでも人間であろうとし続けた日々に背中を向けていってしまう。
それが破滅となるのか、はたまた別の道をたどるのか。上下巻続く長い物語が決着するのは先の話だし、そもそも”イマジネーター”とは何であるのか本質的に描く物語は、未だ執筆されていない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
僕らはその残滓と輪郭を追いかけながら、空白の可能性の周囲で踊り続ける。20年。流石に長いね。楽しいけども
仁兄さんの人間失格を挟み込む形で、水乃星透子の過去と現在も描かれる。落ちて、落ちて、落ち続ける彼女の存在感は巨大なエコーとなって、未だ響いている。それは(”笑わない”が展開していた)学校を飛び出し、街や予備校に既に感染拡大している。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
それでも陰鬱で複雑な青春の起点は常に学校で、”笑わない”でも印象的だった屋上(空と地面の結節点、あるいは境界線)は今回も顔を見せる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
共通の舞台だけに、アングルや書き方に個性が出るかな?
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イマジネーターの引力に引き寄せられ、自分の物語を終えようとする少女は柵(境界線)の”外側”にいて、その異能と存在感によって永遠に落下し続けるイマジネーター自身は柵の”上”にいるのは、結構面白い対比であろう。そして死神たるブギーポップは、死の際には近づかない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
人類と怪物、未来と現在の中間地点を落下し続け、永遠に実態を描かれることないまま影響力を及ぼし続ける死せる巫女。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
そのマージナルな性質は、超然としてるのに妙に人間臭いブギーポップと、どこか似ている。それが貫通しきると、”世界の敵”になってしまうのだろう。
怪物は迷わない。見えているものを掴み取ることをためらわない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
一ヶ月後に約束された死ならば、それを早めて状況を確定させても問題はない。
そういう確信が”イマジネーター”にはある。仁兄さんも、そういう場所まで吹っ切れてしまったのか? それはこれから描写されるところだ。
少なくとも屋上から堕ちれなかった少女は、”世界の敵”たる資格も当然ない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
後追いすれば水乃星透子ともう一度会えると輝いていた顔は、不気味な泡に夢を打ち砕かれて一気に曇る。
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イマジネーターから借り受けた明晰な光が、言葉一つでくすんでしまう曖昧さこそが、実は凄く大事なものであって、無様に自決しそこねた彼女こそが、異能を以て夜を駆ける超人たちよりも厳しい戦場を生き残っていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
上遠野作品は、だいたいそういう話である気もする。彼女も”浪漫の騎士”なのだ。
20年後にメディアを変えてみてみると、ズタボロになって自死させられた少女とか、逆に死に損なった少女とか、どーでもいいエキストラが妙に心に刺さる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
彼らは”本筋”には影響しない装飾音符、異能者の異常さを際立たせるモブだ。でも怪物たちが見据えるのと同じものを、やっぱり共有している。
それに押しつぶされたり流されたり、凡人はつくづく無力だ。でもそういう人たちが、結構決定的に状況を動かし物語を加速させていたりする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
ここら辺は”笑わない”における紙木城直子のスタンスと、結構似てる気もするな。あの子ほど、今回死んだり死にかけたりする子らは存在感デカくはないが。
とまれ、仁兄さんはイマジネーターと出会い、その特異な視界を引き受け、当代のイマジネーターとして動き出した。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
優しいからこその暴走。異常な危うさの上での不安定なダンス。それは飛鳥井仁だけの特権ではなく、様々な語り部が今後巻き込まれていく、巨大で中心がない渦の派生物だ。
次回、また別の主役が舞台に上がり、彼なりの視界で世界を見るだろう。無力さを噛み締めながら、奇妙な日々に飛び込んで何かを変え、何も果たせないだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
それをアニメがどう書くかは、やっぱり楽しみである。つくづく週刊アニメに向いてねぇ語り口だな、ブギーポップシリーズ…でも好き。
とりあえず仁兄さんの不器用な優しさ、焦燥と無力感、致命的な間違え方での二代目”イマジネーター”襲名は、いい塩梅に描かれていたと思う。水乃星透子の底の見えなさも。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年1月20日
ここを一つの起点に、物語は進む。合成少女と組織と恋の方は、一体どう描かれるだろう。来週が楽しみである。