スター☆トゥインクルプリキュアを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
笑顔は傲りと嘲りの仮面。えれなの心に、テンジョウの言葉が突き刺さる。
ノットレイダーの足跡を追い、やってきたのはグーテン星。鼻の長短が全てを決める、増上慢の故郷。
そこで傷つき、闇に流れ着いた女の涙が、天狗風と化し遅い来る。
少女よ、その涙を…
そんな感じの、えれテンサーガ第三章(まだまだ続くよ!)。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
プリキュアチームの”姉”として、揺るがない安定性を誇っていたえれなの心に踏み込み、”笑顔”という価値を疑い、ままならない現実に涙を流させる。
力強い演出、安易な答えに逃げない粘り腰。素晴らしい終盤戦である。
今回はいつにも増して、たくさんの要素が話に乗っかっていた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
ルッキズムと優越者の傲慢を詰め込んだ、最悪のグーテン星。心を晒すテンジョウ。矛盾を突きつけられ、苦しむえれなと手を差し伸べるまどか。
覚醒しても必殺技をパなしても、解決しない問題に流れる涙。それを受け止める家族。
非常に濃厚で強烈な問題が、ニチアサの枠ギリギリで襲い来る…って感じは、あんましない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
”プリキュア”(に限らず、自動に向けて作られた物語)はシリアスな問題を扱うべきだし、扱ってきた。
スタプリもまた真摯に向き合って、なかなか答えの出ない問題に自分なり、素手で取っ組み合いを挑んできた。
今回のエピソードもまた、その延長線上にある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
『笑顔で覆った悪意』『外見で全てが決まる超ルッキズム社会』という、非常に生々しくナイーブな問題に踏み込んでいるので最先端ではあろうが、その先鋭性は作品が見据えるテーマを扱う中で、絶対に必要なものでもあろう。
グーテン星は(これまでの星全てが、地球も含めそうであるように)我々の現実の縮図だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
長く伸びた虚栄の鼻を誇り、他人を見下し嘲り笑う。鼻の長短で『全て』が決まる社会である以上、富も立場もまた、鼻の短いものには与えられないと考えられる。
モードルックの隠れ蓑は、鼻長だけの贅沢品なのだ。
ダイレクトには言っていないが、テンジョウさんはただ心理的抑圧に苦しんだだけではなく、グーテン星の社会構造にも傷ついたのだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
『鼻短にしては、よく頑張っているね』という憐れみ(嘲り)は、『でもここまでだよね、鼻短だし』という社会的圧力と直結していたのだろう。
そんな差別と抑圧を、笑顔の仮面で隠す。口当たりの良い言葉で飾り、自分たちが『鼻短を受け入れてあげる善人』だと確認するための仮面。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
テンジョウさんが見据えた星の真実は、非常に重たい。否定し得ない事実として、視聴者に、そしてえれなに伸びてくる。
悪の女幹部にも、仮面を付けない子供時代があった。プリキュアと、そして見ている子どもたちと同じように。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
ノットレイダーは話の進行に従いどんどん仮面を外し、個別の顔と意志のある”人間”だということが示されてきたが、テンジョウさんの子供時代を描いたのもまた、それと同じ筆であろう。
そんな子供が、傷つき誰かを蔑するようになる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
僕はスタプリは、『プリキュアになれるかもしれない子どもたち』への物語であると同時に『将来怪物になる君たち』『既に怪物になった僕たち』への物語でもあると、勝手に感じている。
可能性を黒く染め上げる痛みを、どうすれば越えていけるのか。
ノットレイダーにかなり軸足をおいて描かれる物語は、現実の蹉跌にすっかり摩耗してしまった存在と、綺麗事の御伽噺を捨て去り成長し、怪物になった後この物語を思い返すだろう子どもたちに向けて(も)紡がれている気がする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
その一人として、テンジョウさんは終盤一気に陰影を増した。
テンジョウさんはなぜ、コマちゃんを置いて一人でグーテン星へ降りたのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
結果だけが描かれ、その内面はスキップされたが、なかなか複雑な描写だと思う。
勿論、敵幹部との魂のバトルを展開するのに、”数”が邪魔だという殺陣の問題もあろう。
その上で、故郷でむき出しになるだろう自分のコンプレックスを見られたくなかったとか、自分の歪みの中心には鎧無しで向き合わなければいけない覚悟とか、頭目として個人的な問題に部下を突き合わせたくない矜持とか、色々籠もっている気がするのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
コマちゃん達が、一人向き合うことを決めたテンジョウさんの方に”顔”を向けて、心配した感じを出すシーンがズルかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
他人をコマにして操る策士が、涙も血も流す人間だと判ってくると、コマの方も一人間として、自分の意志で将に従っている様子も見えてくる。
さてえれなは、グーテン星の虚栄と邪悪を、強く心に響かせる。いつでも積極的に、明るく皆を導いていた太陽はすっかり陰り、力を失ってしまっている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
聡く大人びた子だからこそ、一足先に世界の陰りも、己の無力も見えてしまう。そういう優等生の辛さを、えれな重点の物語構成はしっかり掘り下げる
笑顔の奥に隠された、悪意の腐臭。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
それに傷つくナイーブな思春期を、我がことのようにテンジョウさんが理解しているのは、同じ青春をこの星で送ってきたからだろう。
えれながテンジョウの叫びに母の嘆きを重ねたように、えれなの闇に天上さんは、己の思春期を重ねている。
『私達がこの闇に落ちたのだから、お前らも怪物になれ』
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
ノットレイダーは軒並み、プリキュア(≒子供)のシャドウたる大人として描かれている。
カッパードさんは異質との融和を諦め、ガルオウガさんは守れなかった悲しみを背負い、アイワーンは悪辣なる自由を、テンジョウさんは笑顔の仮面を被る。
ほぼすべての人が直面し、挫折していく現実の苦味。そんな”リアル”を前に諦めてしまった敵役に、どう言葉を届けるのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
作品全体…というか、英雄物語というジャンルが常に新しい答えを出さなければいけない問題は、今回一つのアンサーにたどり着き、決着をまだ見ない。
えれなはなかなか『そんなことない!』とは言えない、グーテン星のグロテスクをじっと見ている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
それは多分、ミックスである彼女のアイデンティティを揺るがし、もしかしたら笑顔で踏みつけにしたかもしれない地球の”現実”と繋がっているのだろう。
この星の醜さは、私の隣にもある。
そう気づけてしまう賢さと、自分のこととして異星の地獄を受け止める感受性が、えれなの成熟だと言える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
そしてその重荷は、簡単には答えが出ない。友の助けを借り、『他人の笑顔こそが、私の笑顔になっていくんだ』とエゴと博愛を繋げたとしても、まだテンジョウさんは笑顔になってくれない。
傲慢な悪の象徴だと思っていた天狗の仮面は、鼻が短いコンプレックス、傷つきやすいままである自我を守る鎧でもあった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
それを引っ剥がし、『ホントの貴方も素敵だよ』と囁やけば、全ては乗り越えられるのか。
スタプリは否、といった。時間のかかる、とても難しい問題だと。
問いを乗り越え答えにたどり着いても、次の問題が待っている。いくら善を為しても、解けないしこりが山と出てくる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
えれなを主役に、そういう現実の諸相を作品に盛り込んできたのは野心的であり、なおかつタフな描画だと思う。
簡単に解決はさせず、しかし諦観も思考停止もしない。
一個ずつ見つけた答えを、必死に握りしめて前に進んでいく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
第39話からのえれテン連作は、大人びたように見える少女の欠落と痛みが何処にあり、どうすればそれと向き合えるかを丁寧に積んで行く。
その連鎖に、第41話でのまどかの覚醒を挟み込んでいるのが巧い。
えれなが賢く、明るい子供であったこと。笑顔を大事に、皆に優しく振る舞ったこと。”いい子”でいたこと。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
グーテン星の生々しい醜さの前では、時に忘れがちになる綺麗な美質が、まどかの背中を押し一つの答えにたどり着かせた事実が、そこでは描かれた。
それは、嘘ではなかったのだ。
そうして手を繋ぎ、支え合ってきた事実が、挫けそうなえれなの温もりとなる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
どれだけの醜さを前にしても、今までの自分、これからの未来、繋がれた世界を信じて折れない、自分がなれなかった子供。
テンジョウさんはその輝きに耳をふさぎ、目を閉じる。風で押し流し、拳で殴りつける。
そうやって否定しなければ、立派に生きれなかった自分を受け止めきれないから。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
悪役が自分をコマに変え、心を殺して戦いを続ける痛ましさの奥に、傷だらけの過去を真っ直ぐ受け止められない業と哀しさが匂う。
トゲトゲハートで攻撃するの、マジ痛ましい。寓意画だよなアレ…。
世界の複雑さに上の空なえれなを、無垢だった自分を殴りつけるかのように奇襲するテンジョウさん。止めるユニ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
Aパートから進行のステゴロは、迫力のカメラワークで非常に良かった。コマの力に頼らずとも、地力でそれなり以上にやれる証明にもなってたし。
しかし多勢に無勢、天狗は膝を折る。
この時、闇を知らぬプリキュアが高い位置にポジションし、敗者を見下す形にレイアウトされているのは非常に示唆的、かつ挑戦的だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
圧倒的な正しさを振り回し、世界を正しく浄化する光の戦士。敵役が抱える闇まで下りてこないで、そんなものをぶん回すのは、グーテン星の魔縁と同じじゃないのか。
そういう問いかけが、今回のバトルには仕込まれていると思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
全てを解決するはずの合体技は、テンジョウさんの力(鎧、防護壁)を奪う。でも必殺技をパナシたところで、テンジョウさんは『きれい』にはならない。笑顔にならない素顔を、えれなに差し込んで去っていくだけだ。
力は答えそれ自体を連れてこない。しかし対話の素地を作ることは出来る(それしか出来ない)。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
ヒーローが制御された暴力を扱う矛盾、ただの力が善を連れてこない事実を、”浄化”された後のテンジョウさんの立ち回りは静かに突きつけてきたと思う。
仮面が外れた顔が見えたのが、一つの変化か。
元は善良でありたいと願った者たちが、不和に、傲慢に、嘲笑に、無力に押し流されて悪に変わる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
世の重たい宿命を見据えた上で、それでもと突破するスタプリの野心は、第11話で既に刻まれていると思う。
クライマックスを前に、えれなを主軸に再度、その構図を組み直している感じがある。
それを突破しうるのは、具体的なスーパーパワーではなく非常に曖昧で個別的な、それぞれの決意と認識だと考えればこそ、トゥインクルイマジネーションは非常に曖昧で、フワッとした輪郭を持っていたのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
結局、善の背中に張り付いた悪に向き合うなら、そういう答え以外は不誠実になろう。
トゥインクルイマジネーション探求を、少女たちの個人史としっかり重ね、あくまで一個人だけに通用する世界の真実としたことが、綺麗事に上手く体温を宿していると思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
えれなが笑顔に迷ったからこそ、今回見つけた答えには重さがある。そうなるよう、話を組んである。
しかしトゥインクルイマジネーションを、『皆の笑顔が、私の笑顔になる!』という立派な答えを見つけても、テンジョウさんは笑顔になってくれなかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
その哀しみが、太陽に涙を流させる。
娘よ、母の胸で泣け!
えれなが完全無欠の”姉”から、ただの子供になれた瞬間である。勝ったなスタプリ…。
お母さんが娘に正面から向き合う時、コンロのスイッチを切ってる描写が好きなんですよね。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
料理を作る”母”という役割、明るく楽しい体で回っている家族というシェルター。そういうモノを一旦停止させて、生身で涙を流している弱い存在に、正面から敬意を持って向き合う。
自分の娘を一人間として認め、しっかり抱擁できる。娘がたどり着いた壁の向こう側に、まだ光があることをしっかり示す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
『他人のために笑える人間は偉い。だが、他人のために泣ける人間はもっと偉い』
人生に迷い傷ついた少女に、ゼロ距離で”答え”を突きつける言葉だ。立派な人だよかえでさん…。
どうにもならない矛盾を前に、少女は迷う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
でも、今までの笑顔だった貴方も、今まさに涙を流している貴方も、これから未来へ駆け抜けていく貴方も、何も間違いじゃない。
そういう肯定は、常に他人が与えてくれる。まどかとかえでさんは、他人にしか出来ない仕事をしっかり果たしている。
こういう鏡としての他者性は、テンジョウさんとえれなの間でも成立していると思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
えれながテンジョウさんに共鳴するだけでなく、テンジョウさんもクソ生意気なピカピカ小娘に、コマ抜きの素裸で向き合い、トラウマとコンプレックスをむき出しに挑んできた。
そうするだけの意味が、そうしなければいけない執着が、テンジョウさんからえれなに向けられている、ということだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
それだけの強い感情は、やはり救済願望の裏返しなのだと思う。どうにもならないところまで自分を追い込んでしまってなお、出口を求める魂の軋み。
それがコマに自分を落としたテンジョウさんから溢れていると、えれなの豊かな感受性は受け止め、自分ごとと引き受けてしまう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
だからこそ、分かりあえないことが辛い。届かない思いに、思わず涙も出る。鍋も吹き上がる。キッチンの劇場は、思春期を照らす見事なステージだった。
親父さんが、大人になりつつある娘と、それをまるごと受け止めている妻のむき出し人生を守ろうと戯けた壁になるのも、とうまが姉の重荷を肩代わりしようと、その結界に踏み込む成熟を見せるのも、非常に良かった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
色々な答えが世界にはある。えれなにとって、家族でいることは間違いではなかったのだ
というわけで、熱く激しい感情と、柔らかな傷が共に吠えるグーテン星の衝突でした。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
ルッキズム、あるいは人種差別を戯画化したグーテン星は、果たして変化しうるのか? プリキュアは社会を改革しうるのか?
そういうことも気になるけども、まずは二人の心から…という運びでした。
自分的には、グーテン星が”浄化”されないのも一つの答えだなー、と思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
テンジョウさんを闇と孤独に追い込んだ社会は、確かにそこにある。悪意も嘲笑も、真実の一つとして揺るがない。
ただ、それを受け止める人の心、そこに反射する世界の形は変わっていける。
”イマジネーション”を主題に選んだこの物語は、そういう方向に話の舵を取って、えれなとテンジョウさんの対峙…ノットレイダーという”悪”と、プリキュアという”善”の対決を見据えている気がする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
闇に羽を休めても、悪漢達は繋がりを求めた。救いも、平穏も、優しさも。
その世知辛さに、ただの少女であるプリキュアはどう踏み込めば良いのか。『そんなことない!』と湧き上がる不屈を、どう他人に伝えれば良いのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
救済をいかにして届けるかという、かなり難しい問題に踏み込まざるを得ないスタプリですが、まぁ大丈夫でしょうスタプリだし。梵天勧請やな…。
テンジョウさんはえれなに食らいつくことで、自分の中の少女を否定し、また肯定しているように思える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
”大人”に、”悪”になってもなお胸の中で輝く”プリキュア”的なものを、暴力としてぶつけることで否定し、敗れ去ることで肯定して欲しい。
そんな苦しみを込めた一撃を、えれなはしっかり受けた。
その先に、答えは出ない。ただ、仮面を外した素顔は見れた。自分の中に溢れる涙も、しっかり絞り出せた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
えれなにとっても、”大人”であるテンジョウさんにガチンコでぶつかる行為が、成長真っ只中の自我を鍛え、他者への共鳴を豊かにする試練になっていると思うのですよね。
そしてそういう共鳴関係は、カッパードさんとひかララとか、アイワーンとユニとか、(こっちは予感だけども)ガルオウガさんとまどかとかにも、しっかり共通している。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
さて、悪の首魁たるダークネスト様は、一体どういうものを抱えているのか、ってのが、次回サンタ回で分かりそうである。
玉座から立ち上がると、思いの外マッシヴであるのが意外…であり、非常にプリキュア的だなと感じる。『ステゴロ頑張るぞい!』って、マスキュラーなシェイプが物語ってるね…。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年12月11日
祈りが降り注ぐ聖夜に、迫る漆黒の侵略者。戦士たちはいかなる答えを、暗黒星に返すのか。来週も楽しみ。