A3! SEASON SPRING & SUMMERを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
運命の公演に向け、陣容が固まってきたMANKAIカンパニー。
そこに投げかけられた、至の退団宣言。シトロンのお国事情、咲也の抱えたわだかまり、真澄の無関心と、まだまだ越えるべき山は多い。
でも、一歩ずつ。
たしかに僕らは、Companyになっていく。
そんな感じの、凸凹人間撃団絵巻第四話。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
結構多くの課題をギュッと圧縮し、忙しなく駆け抜ける展開…なんだが、キメどころを見極めた演出が要所にしっかり刺さって、心に残る展開となった。
正直作画ヘロってる所もあるんだけど、勝負所はきっちり勝てる演出でしっかり魅せて、届けたいものが描けてる
根性ドブゲロ人間だと思っていた真澄の臆病さ、偽りで自分を守る脆さが顕になり、善良熱血青年だと思っていた咲也の過去とこだわり、舞台を譲れない根っこが見えてくる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
キャラの裏側にあるものが見えてくるタイミングとして、なかなか効果的でもあった。こういう”揺らし”は、奥行きが出てありがたい
大道具と衣装・小道具を迎え、カンパニーはどんどん形を整えていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
しかし問題は随所にあって、吹き出す瞬間を待っている。強い個性が出逢えば、当然断絶も摩擦も強くなる。パット見ではわからない、意外な顔も見えてくる。
その一つが、至の退団爆弾である。
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いづみちゃんしか見てない、真澄くんの視野の狭さ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
これは後々、咲也を傷つけ波風起こす。序盤でそれを強調するカットを、スッと差し込んでるのは巧いなぁ、などと思うけども。
Aパート解除するべき問題は、やっぱり至である。相変わらず、次元を不穏に歪める男だな…。
真澄が団員と向き合う時、視線はなかなか真っ直ぐ捕らえられない。子供たちが素直に、堂々表に出しているものを隠す、大人の面倒臭さ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
これを切り取るフェティッシュが”鏡”である。彼が退団を語る時、基本虚像が喋る。
それは嘘というわけではなく、かといって本心でもない。
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小器用に年経て、自分をごまかし守るのが上手くなった社会人の、実像と切り離せない虚像。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
それが、脱退を言い出す。
温度差、隔意。自分はカンパニーの感情に入っていないと、熱くまっすぐ詰め寄る咲也をカーテンの向こう側に押しのけて、本気になるのをやめようとする。
ここで主人公たるいづみちゃんが、踏み込みすぎない距離感で助け船を出すのが、とても良かった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
熱意には、当然温度差がある。
役者当人では、どうにも上手く調整できない部分にワンクッション入れて、お互いを落ち着かせる。
それは舞台に上がらない、”監督”だからこそ切り出せる一言だ。
思えば当然の熱量の差異を、強く気にしている至。そ
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
れはつまり、熱すぎる演劇バカの真っ直ぐな生き様が、心の何処かに突き刺さって、醒めた自分を照らすからだと思う。
本気になってみたいけど、何処か怖い。ゲーム以上に夢中になれるものに、飛び込んで変わるのが恐ろしい。
そういう合わせ鏡の中の震えに、いづみちゃんは強い表情で手を差し伸べて、役者たちがより善い方向に進める足場がためをしてくれる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
僕はこのアニメの、いづみちゃんがちゃんと主人公をしているところが好きだ。最終的な決定打はイケメンがキメるけども、アシストは全部彼女から出ている。
なかなか整理しきれない鏡像に、向き合う時間を作る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
携帯電話で語る先、自分を預けきれない不信の出どころが一体何処かってのは、話が進めば見えてくるところか。
とまれ、至は『ウザい粘着』に悩まされつつ、あれだけ夢中だったゲームに没頭しきれない。
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それはつまり、新しく出会った”演劇”に心が揺れている証拠なのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
閉じて安定していたものが、出会いに揺さぶられて崩れていく。
『新しい自分』ってやつは、時に恐ろしい。良くも悪くも、己を確立する季節を既に終えた大人には、尚更だ。
社会人独特の、頑なさと震え。
ここちゃんと見据えて、悩むターンが長めだったのはなかなか良かったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
咲也みたいに、正しいことに真っ直ぐ向き合って進める(ように見える)奴もいれば、そうじゃない奴もいる。
演劇への温度含めて、カンパニーは多彩で多様だ。
それで良いし、それが良い。
まぁだからって、国からの追手とハード・チェイスするのはやり過ぎだと思うけどな!
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
いつもノンビリ天然気質、限界撃団の癒やしだと思ってたシトロンさんも、当然陰りはあるわなぁ…。
やっぱ褐色エセ外人ときたら、ロイヤルな血筋はセットなのか。
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至の面倒くさい鏡合わせに、同じく(一応)”社会人”であるシトロンさんが理解を示し、自分の影を重ねるのも良い運びだった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
薄暗い裏路地(から覗く、一筋の青空)がいい舞台になって、イノセントなムードメーカーが抱えた翳りが、スムーズに表に出ていた。ただの天使ってわけじゃ、当然ないのさ。
いづみちゃんは”正解”にスマートにたどり着ける主役で、彼女がブレずに正しいことを手渡すことで、ブレブレのイケメンたちは自分を正すことが出来る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
でも、それだけが人間の全部じゃない。
仲間が大事だからこそ迷い、身を引こうとする複雑さは、真っ直ぐないづみちゃん(や咲也)には中々分からない
そこでシトロンさんが『僕もまぁまぁ複雑なんですよ…』と見せつつ、至の面倒くささを理解する橋渡しをやるのは、いづみちゃんの負担を軽くする意味でも良かった。イケメンケアも楽じゃねーぜ!
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
シトロンさんが真澄を受け持つBパートは、ここで陰りを見せたからこそ機能するんだと思うし。
そんな幕間を挟んで、勝負の茶番劇。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
シトロンさんが呟いた”家族”としてのカンパニーを、戯画化した玄関芝居。
ここでも、至は鏡にとらわれている。そして咲也の芝居が届くことで、そこからはみ出した新しい距離感に飛び込める。
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至を引き止められるかどうかって瀬戸際で、”芝居”をするのが僕は好きだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
なぜなら、このアニメは演劇のアニメだからだ。
メインテーマに据えたもので、全てを解決していく。それ以上大事なものはないと、色んな場所、色んな角度で積み上げていく。
そういうのは大事だと思う。
一人間として向き合った稽古場では、咲也は至に上手く抱きつけなかった。鏡に閉じ込められた虚像を追い出して、実像をむき出しには出来なかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
茶番だろうがなんだろうが、必死に考えて出した”芝居”…あえて嘘の家族を演じることで、咲也達の誠意は至に届き、至も身勝手な己をはみ出すことが出来る
そういう強さを、この作品が主題に据えている”演劇”は持っている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
いろんな個性がある規格外品だからこそ、生まれる面白さもある。コミカルな家族劇は、そういうメッセージを柔らかく伝えるメディアとしても機能したのだと思う。
色々ある大人の面倒くささを抱えた上で、それでも”ここ”にいる決断。
そこに、くっそ面倒くさい屈折人間が立てたのは、良いことだなと思った。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
『もう一度、信じてみようかな』と呟いたのは、一度裏切られる痛みが深く根を張っているからだろう。
それでも鏡の牢獄を抜け出して、不安な光に踏み込もうと思えた至とカンパニーに、祝福あれ。
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そういう爽やかな気持ちでAパート見終えられたのは、登場以来みっしりと面倒くささをタメてきたからだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
ほんっとコイツが画面に映るたびに、照明は翳り画角は歪み、画面を不穏が埋め尽くしてたからな…。
計画的にムードを演出・蓄積して、のちのカタルシスに活かす。演出プランが機能してるね
さて、幕が閉じてまた上がりBパート、主役は咲也と真澄である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
今まで天使めいた明るさと前向きさで、作品を牽引してきた演劇バカが、降板を突きつけられて見せた焦り、陰り、獣の表情。
来たね…俺は”こういう”のが見たいわけよ。
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咲也は演劇をカンパニーで一番愛して、演劇に一番愛されていないキャラクターだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
差し出せるものが必死の努力しか無くて、しかしその強張りが結果を取り逃す。それでも、器用にやり過ごす方法なんて理解らなくて、ただ愚直に進むしかない。
いづみしか見て無くても、”こなせる”真澄とは真逆だ
殺陣を組み込んだ演出プランを乗りこなせない咲也に苛立つ、真澄の拳。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
クールな男の本気を、やっぱり咲也は見落とせない。座長として人間として、非常に視野の広い青年なのだ。
それでも、だからこそ、主役は譲れない。どんなに角が立とうと、自分らしくなくても、それだけは。
『甘いだけのジェントルボーイじゃつまらねぇ』と思っていたからこそ、咲也がここで演劇へのこだわり、ようやく掴んだ居場所へのエゴを出してくれたのは嬉しかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
シトロンさんもそうだけど、天使の抱えた”闇(ダークネス)”が飛び出してくると、俺ァ嬉しくなっちまうタチでね…ありがたい。
それはキャラを描写する上での公平性というか…物分りの良い天使の役ばっか特定の人に押し付けるのが、相当嫌いだって話なんだが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
人間なんだから、良い所も悪い所もあって…というか、良いところと悪いところは背中合わせ、鏡写しにくっついているもので。
至が新しく出会った(そして多分、仲間によってリバイバルされた)”光”に踏み込むAパートから、咲也が譲れない”影””を描くBパートへと、反転しながらスムーズに繋げる運びは、公平で好きだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
みんなに優しい僕らの座長にも、当然譲れないものがある。
それで良いし、それが良いのだ。
掌がズルムケになるほど振り込んで、それでもものにならない不器用さ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
闇の中”己”を見つける咲也に、やっぱりいづみちゃんがゆっくり歩み寄る。
『今度こそ、自然に仲良くなろう』と力むほどに、遠ざかっていく家族の団らん。逃げる月のような光。
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かしいだ写真立て(≒過去)と、鉄柵で切り取られた現在を重ねることで、咲也が閉じ込められている檻を鮮烈に見せるレイアウトは凄く良い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
そこから踏み出すための足場は、既に捕まえている。監督が、カンパニーの仲間が、そして咲也自身が。
座長として、役者として、人間として。
自分なり必死にやっていく中で、彼が繋ぎ止めたものが彼を救い、居場所を作っていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
そんな生き様を肯定し、鏡役となって伝えようとするいづみちゃんが咲也に近づく…のではなく、観客席に”引く”ことで、前向きな変化を見せる演出が良い。
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劇的な思いを吐露し、桜吹雪を背負ってキメる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
咲也は月夜のスポットライトを浴びて、”役者”としての天分を自然証明してみせる。
彼のこだわりと欠落は、そういう形でしか多分埋まらない。
なら、一個人として間合いを詰めるだけじゃなく。
一歩引いた観客席で、その凄味を受け取ることも答えだ。
『一歩引いた距離』はつまり、役者と監督の距離感でもあり。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
遠くに離れるからこそ見えるものも、近づけばこそ伝わるものも両方あって、それは共有されていく。
いづみちゃんが見つけ、感じ、分け合えるものが夜桜に上手く描かれていて、とても良かった。
舞台を降りても、続く本当の嘘。人生を変えてしまうほどに、劇的な体験。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
あの日魂を震わせた出会いに縛られて、咲也は演劇にしがみつく。
その熱量は、確かにカンパニーを…自分だけの居場所を鍛造しつつある。
これを真澄が見てるのも、凄く良い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
彼の抱える問題は視野の狭さ、共感能力の無さだっつうのも、ここまで細かく描かれたもので。
そこをはみ出して、柵の向こう側にいる人間の顔を、だんだん視界に入れてきている。
そしてその隣に、光と影を知る男がいる。良いじゃない…。
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Aパートでその翳りと共感能力を描いたからこそ、ここで真澄を受けるのがいづみちゃんではなく、シトロンさんな必然が刺さる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
いづみちゃんしか見てない、狭くて強い視界。そのエネルギーを殺さないまま、誰かが抱えた傷に共鳴し、その思いを見ようとする変化。
天才と凡人、赤と青。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
本来背中合わせの二人の視線が、見上げ見下ろす噛み合わせになっていると錯覚するような、ラストの交錯が非常に良い。
見ていないのに、見ている。
鏡などないはずなのに、相手に自分を投影し、自分と同じものを見つけていく。そういう繋がりが、青年たちをカンパニーにしていく
おそらく作品が用意している『家族になる』という”答え”に、正直今の僕はあんまり首肯出来ていない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
温もりがあろうとなかろうと、情が宿ろうと宿らなかろうと、真実を射抜く最強の嘘をやるのが演劇で、そのためにはどんな形であれカンパニーにならなければならないと、個人的には思っている。
芝居小屋には”家”とは違った秩序と正解があってしかるべきで、そこに擬似的な血縁、時に温まったい役割分担を持ち込むのが真実…あるいは適切な嘘ではないと、心の何処かで構えている部分もある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
だから、シトロンさんが差し出し咲也が共鳴した『家族になりたい』という祈りに、完全には乗り切れない
しかし、その断絶を認めてなお。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
稽古と日常に明け暮れる中で、男たちが良い役者、良い芝居集団になっていること…その過程で、彼らがより自分らしい自分、より善い人間になっている事は事実だと思う。
そういう一歩一歩を、摩擦と足踏みを含めてちゃんと書いてるのが、このアニメの好きなポイントだ。
演劇への情熱と同じく、人としてのあり方もまた多様だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
それは固定されたものではなく、嘘を本気で演じる中で、人に交わる中で影響され、変わっていく。
そんなダイナミズムを、鮮烈に的確に描けている所…そこに、舞台には上がらない”主役”がしっかり仕事をしているところが、やっぱ良い。
背中合わせの咲也と真澄が、お互いに己を照らしながら探し求めるもの。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
それはやっぱり、舞台の上にしかない。行き合ってカンパニーになる運命に、必死に身を委ね流された先に。
それは多分、クセの強いメンバー全員に共通の道だ。問題も個性も違っても、そこは同じだ。
それで良いし、それが良いのだ
久々に見れた新しい演目は、やっぱり僕が好きになったアニメでいてくれて、非常に嬉しかったです。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年4月28日
答えとして見え隠れする”家族”への僕の違和感を、ドラマがどう攻め立て切り崩してくれるかへの期待感含めて、いよいよ本番近づくMANKAIカンパニー、非常に面白い。
次回も楽しみですね。