文豪とアルケミスト ~審判ノ歯車~ 第12話『歯車 全編』を見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
文豪相打つ修羅界に、黒い瞳が燃えて揺れる。
甦る記憶が教えるのは、焼き尽くすことで書き換える、一つの運命、一つの愛。
侵食者・芥川龍之介が、黒い炎で全てを燃やす。
その灰の中に、燦然と輝く”文学”は残るのか。
そんな感じの文豪全滅! 芥川龍之介は侵蝕者だった!! な最終話一個前。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
いやー…殺したねぇ、燃やしたねぇ…。
もともと生真面目すぎてクレイジーな作風であったが、『闘いやってんだから、そら死ぬだろ』とばかり、バッタバッタと切り捨て燃やす、苛烈なエピソードとなった。
ブサイクなほどにド直球に、偽・芥川のモノローグで彼の起源、彼の願いを伝え、その発現として全てを焼く。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
そこに容赦はなく、躊躇は更にない。
芥川の自己愛という泥から咲いた、愛という蓮。その残骸が黒く飛び散り、文学を燃やす。
その嵐から太宰だけが逃れたことに、どんな意味を持たすか。
ショッキングではあるが、常に自己に批評的だったこの作品らしい、一度の破壊であった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
まぁテーゼとアンチテーゼがぶつかってジンテーゼに至るのなら、既存構造の瓦解は当然の帰結。
図書館という檻をぶっ壊さなければ、オーロラが本物か偽物かなんて確かめようもないのだ。
さて、己を侵蝕者とするか文豪とするか、その定義を巡って火花を散らす仲間を前に、マントを脱いだ芥川は己を思い出していく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
周囲の期待をすくい上げすぎてしまう感性と、圧倒的な作品を紡ぐ才覚の狭間で軋む、芥川龍之介の魂。
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それに寄り添い慰める、アルター・エゴとして生み出された過去を思えば、彼が執筆時の実感を持たない”読者”であったのは、強く納得できる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
彼は筆を執らない。文豪である苦悩、人間であり続ける辛さを知らない。
彼が知っているのは、芥川龍之介が好きだ、ということだけ。
それはどれだけ求められ愛されても自分を支えきれず、ついに鏡合わせの自己像に癒やしを求めた”芥川龍之介”の、醜い泥土を塗り固めて生まれたゴーレムだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
そこから与えられる肯定には、自分だけは自分を傷つけない優しさと、エゴの臭みが付きまとい。偽物なのだと嗅ぎ分けられてしまう。
自慰めいた自己対話は結局芥川の救いにはならず、他人の求める芥川と、自分のなりたい芥川の狭間で”芥川龍之介”は摩耗していく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
そこに、生み出されたゴーレムは何かを為すことが出来ない。彼が創造主を求めるほどに、創造主は彼から救いを受け取れない。
それは近代文学を成立させるのに絶対必要な、『私と世界、私とあなた』を冷徹に見つめてしまう知性と客体が、芥川龍之介にあったればこそだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
作家として鋭い目を持つ彼は、己が生み出した慰みが自分を満たすことがない事実も、はっきり見据えてしまう。自己愛という麻薬は、彼を酔わせない。
それでも救われたかったから、芥川龍之介はゴーレム(あるいは、フランケンシュタインの怪物か)を生み出した。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
被造物…あるいは作品は純朴に純粋に、生まれてきた意味を果たそうとする。
ゴーレムの場合、それは愛だ。
芥川龍之介を肯定し、その真実を引き出し、生きる意志を与える。
そう望まれて生まれた偽・芥川は、しかし本懐を果たせない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
それは既に決まった結末で、芥川は精神を荒廃させきった末に自死する。奇想を差し込んでも、歴史は変わらない。
どう生きたらいいのかわからない。
どう愛したらいいのかわからない。
それでも、愛してみたかった。
そんな生き様は第9話で描かれた、侵食者としての太宰に似ていて、似た者同士が魂を寄せ合ったのだな、などとも思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
鏡合わせの自分にすら、本心をぶつけてくれない”芥川龍之介”との距離を埋めれないまま、道化にもなれない原祖の土(エン・ソフ)は、その執筆者とともに失敗する。
その不器用さは親譲りで、その結末は起こるべくして起きた心中…とも、またなりきらなかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
作家・芥川が殺した、人間・芥川。その凶器となった文学を、ゴーレムは憎み…黒い炎が悪魔を呼び出す。
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『全ての芥川文学を、生まれる前に消し去りたい!』
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
ちょっとー、諏訪部がまどかみたいなこと言い出したんですけど!
彼は言う。小説なんぞ書かなければ、芥川は不幸にならず、死にもしなかったと。
思い上がってんじゃねぇぞ、と。思わずモニタの前で呟いてしまった。
これは先週の寛にもかかる部分なんだが、人がなにゆえ死ぬかは、人がなにゆえ生きれるかということに直結した甚大なミステリーであると、僕は思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
そこに至ってしまう経緯は理不尽と迷妄に満ちて、他人にも自分にも理解は難しい。
一つの理由を立てて、それを消せば誰かが生きてくれるのか。
少なくとも、鏡に反射した自己愛では芥川は救われなかった。何をどうやっても、芥川は死ぬべくして死ぬのかもしれない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
それでも、岸に取り残されたものは思わずにいられない。
”もし”と。
もし小説を書かないのなら、芥川龍之介は死ななかったのではないか、と。
その不明瞭に、愛の強さを思わされもするが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
しかしその行いは、芥川の創作物として生み出されたゴーレム自身もまた、否定することになる。作家としての、人間としての想像力と苦悩を泥に、彼は生み出されたのだから。
そんな不鮮明もまた、愛の覆い隠す藪の中だ。
被造物の純朴な愛は、芥川龍之介が芥川龍之介たり得た根源を消し去ろうとする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
そして多分、ゴーレムが思うほどに強く、芥川は自己像を愛していない。それが全てを解決するのなら、歴史通りの結末にはなっていないからだ。
思いは一方通行のまま加速し、危険な温度を宿す。
この片恋の摩擦熱は、偽・芥川を思う太宰くんの純情に強く重なる部分だと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
太宰くんは生前出会うことのなかった芥川…の歪んだ鏡像に図書館で出会い直し、救われ、共に戦った。
それは仮想の妄言であり、同時に確かに目の前に存在する事実でもある。愛は、偽りから生まれても確かにそこにある。
しかし太宰の愛は、侵食者を呼び侵食者となった芥川の過去を乗り越えはしない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
彼は無慈悲な殺戮者としての根源を目覚めさせ、自分のために相争う連中、肩を並べた戦友、潜書し救済した読者たちを、バッタバッタと薙ぎ払っていく。
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そこに躊躇いはない。ただ、造物主たる芥川のため、愛せよと作り出された使命のため、一人歩き出したドッペルゲンガーは殺しに殺していく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
ここの容赦のない冷たさが、僕は好きだ。
よくもまぁ、イケメンパラダイスを前提にした(だろう)コンテンツで、ここまでやるよ…。
ゴーレムが芥川を救い得なかったように、太宰もまた芥川を止め得ない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
真っ直ぐに憧れを求める瞳に耐えきれず振るわれる斬撃、その純朴さを断ち切るような一撃は、寛最後の挺身で留められる。
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ここは前々回、堀くんをカバーし傷を追った中也に通じる部分だと思うが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
刃を交え、譲れぬ一線で隔たれていたとしても、図書館に集う文豪は消えゆく文学を守るため、肩を組んで共に戦ってしまう宿命にあるようだ。
それは”文豪とアルケミスト”の作者が、ゴーレムに託した祈りなのかもしれない。
素晴らしい作品を残した文豪たちが、奇跡の果てに再生したのならば、剣を取って文学の消滅に立ち向かって欲しい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
生前の因縁、主義主張ヴィジョン嗜好の壁を超えて、肩を並べてお互いを尊重したい。
かくあれかし、と願われて、彼らはポップな世界に再誕した。
無論その願いは、ゴーレムが背負った『汝、芥川を愛せ』という初期プログラムと同じように、素直に綺麗には繋がらない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
スパイの侵入を許し、憎悪と愛に赤く焼き尽くされていく、脆く儚いモノ…に、今回の芥川先生大暴れでなっていく。
でもその、自作を焼かないと気がすまない真面目さが僕は好きだ。
愛は一方通行で、思いは届かなくて、生まれてきた意味なぞ果たせない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
そんな人生の理不尽を見据え作品に取り込んだ上で、なお言いたいこと、書きたいことがあるからこのアニメには後一話、残っているのだろう。
それを書くためには、偽・芥川の捻れた出自をわざわざ作り出し…
太宰くんの純粋な思慕、全てが偽物で間違っていようと確かに生まれてしまった絆を、話の真ん中に据える必然性があったのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
そういう衝動が、芥川を焼いて殺したとしても。
作家はそれに抗えないまま、そういうモノを書いてしまう。ほのぼの文豪グルメアニメにも出来たのに、図書館を焼いてしまう
そういう、業と熱量が宿った展開で僕は図書館大炎上、とても好きである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
いやまぁ、魂前のめりに推してない外野の気楽だとは思うけども。
マジ一切の容赦なしで、ボーボー燃やしザクザク切り刻む様子は、真摯で暴力的で…毒気が強すぎる感じもある。好きだけど。
思うにこの大暴投ともとれる図書館炎上、スジに優れた過去作を否定して”本当の小説”に挑もうとした、史実芥川の有り様に重ねてるのかもな、と思ったりもする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
矛盾から目をそらさず、そこを超えた何かを生み出そうとしたら、命くらいは乗っけないと真実味は出ない。
ならば…。
そういう思いから逃げれれなかったから、芥川は自分の生み出した慰みでは救われきれなかったのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
しかし生み出された方は、愛が全てである。何しろ、愛する存在として生み出されたのだから。
そこに、造物主と被造物の哀しいすれ違い、熱量の差がある。ある意味つめてーよな、真・芥川。
愛に生まれ愛に狂った修羅の炎は、歯車の世界に逃げ込んだ文豪たちを容赦なく焼く。遠距離兵種だけでパーティー組むから~!
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
本物か偽物かわからないオーロラに、触れる邪魔する図書館の壁。それが燃えていく。
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そうして一度文豪を殺さないと、問えないテーマがある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
偽りのオーロラがそれでも見せた美しさと、それに惹かれてしまう心の在り処。
愛されつつもそれが一方通行に、誰かを救うほどに力強くなりきれない業。
それを描くために図書館という家と壁が必要だから作って、燃やす。
勝手なもんだが、そうせざるを得ない切実さが文学と文学のアニメを駆動させる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
偽・芥川を生み出した真・芥川もまた、同じような切実さでアルター・エゴを求め生み出し、それを否定し愛したのだろう。
そういう意味で、芥川の”歯車”焼尽は彼の造物主が果たした自作否定、憔悴の果ての自死と同じだ。
例え破壊工作のための偽りでも、文豪戦士として過ごした日々は誰かを救った。太宰くんの迷いを引き上げ、憧れを強く輝かせた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
でも、それが立ち止まる理由にはならない。
最初に生み出された意味は、太宰ではなく芥川を愛せと、ゴーレムに命じる。愛ゆえに、壊れた怪物は自分も愛も焼こうとする。
そんな初期設定を乗り越えて、文豪戦士は何事かを為しうるのか。共にあったオーロラの日々に、意味はあったのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
また心中に失敗した太宰くんは、壇の想いを背負って何かを成し遂げねばならない。
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偽物なりにこの図書館で積み上げてきた嘘が、宿命を超えて何かを生み出しうると証明…”執筆”しなければいけない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
それが完全無欠のハッピーエンドにならないことは、ここまでの語り口で判る。
どうにもならないもの、それでもしがみついてしまうものを、ずっと書いてきた話だから。
そしてそれでも確かに生まれてしまう、極光のような儚く美しいものに強い視線を送り続けてきたアニメだから。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
真・芥川と偽・芥川と太宰の間に渦を巻く愛が、何を掴み、何を取り逃すかは見届けたい。
そこにこそ、この生真面目過ぎる怪作の”言いたいこと”はあるのだと、僕は思っている。
指の任せるまま、侵蝕された芥川のアルター・エゴを”ゴーレム”と書いた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
額に真理の魔法を刻まれ、造物主の望むままに仕事を果たす忠実なる機械。
”胎児”の意味を持つ、適切に運用しなければ狂乱する被造物。
己を変えられない、愚かしき純朴。
そういうモノと、彼の起源を知って僕は名付けた。
そこに、彼をヒーローとして犠牲者として実行犯として進んできたこのお話を僕がどう見ているか、無意識に反射されてるのかな、と思ったりもする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
土塊は土塊に戻る。
狂った被造物の物語は、えてしてそう終わり続けてきた。
さて、我らが愛すべきゴーレムの末路は、いかがなものか。
そして被造物が初期の宿命を乗り越え、”人間”となる物語もまた沢山ある。”ピノキオ”とかね。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
凶暴な純愛を心臓に宿した道化を、憧れの英雄と愛した太宰くんは、全てを灰燼に帰す嵐の只中で何を見つけ、掴むのか。
オーロラの先にあるものを、僕も見届けたいと思う。次回も楽しみ。
…ああそうか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
大団円として燃えた図書館が不死鳥のごとく蘇り、死せる文豪がみな帰還するのなら、同じく炎に消えた志賀が戻ってきても無理筋ではねーんだな。
俺アイツの真摯な批評姿勢好きなので、帰ってきてくれるなら嬉しいところだな。
追記 己の積み上げてきたもの、向き合ってきた世界に嘘がないのであれば、俺はどんな結末でも基本OKな人です。どう終わるにしても、そういう切実な生真面目さみたいなものはこのアニメ、溢れ出して止まらない作品だからね……まぁ、大丈夫でしょうよ。
追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
物語の末尾を飾るクライマックスというのは、そこまでの集大成であったほうが盛り上がると思う。
『小説を書かなければ…』という偽・太宰の黒い炎は、第5話の朔太郎に通じるものがある。
あるいは二人の芥川の交流は、第4話の”現実”で描かれた二人に似通ってもいる。
そのように計画的に、使える素材を各エピソードの核として置いてきて、今まさに拾い上げている最中なのだとしたら。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
幾度も描かれた『侵蝕を超えることで、出会い直す真実の自分』という要素、『歪んだ世界に訪れる、確かな救済と絆』というテーマもまた、回収される気はする。
それは他ならぬ偽・芥川が、太宰くんを英雄のように潜り救った第一話の反射となるはずで、手を引かれていた太宰くんが今度は、偽・芥川の手を引く話になるだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
それが世界を焼き尽くす心中となるか、片恋が生き残る心中未遂となるか、全てが幸福に包まれる大団円となるか。
そこはわからないし、わからないから最終話を見たいのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年9月5日
自分たちが積み上げ、編み上げてきたものにどう結末を付け、語り部の責務と悦楽をまとめ上げるか。
それは読者には届き得ない、作家だけの美しきオーロラだからだ。
文アニ最終回、楽しみだ。