白い砂のアクアトープを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
閉館のデッドラインが迫るがまがまに、くくるは一人立てこもる。
何もまだ終わっていないと、けして奪われはしないと縋り付く、静かなる赤子の叫び。
吹きすさぶ嵐を超えて、その声を聞く少女がいる。
これは夢のお葬式。
新しく始めるための、二人きりの儀式。
そんな感じの女と女が闇の中、やるのは仕事と命と巨大感情だよッ! なアクアトープ第1クールクライマックスである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
大変良かった。
海咲野くくるという少女が抱えた傷、幼さ、闇と切実さが迫りくる嵐、たくさんの仕事の中によく見えて、このお話がどんな形かよく見えたと思う。
今回の立てこもりは空間的な出来事であると同時に時間的で、物理的な奮戦であると同時に心理的でもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
嵐の予感を孕んで薄暗いスタートは、そのままくくるの心を反射している。
入口も出口も閉ざされたどん詰まりが、満開笑顔の奥でずっと泣いてる
(画像は"白い砂のアクアトープ"第11話より引用) pic.twitter.com/2iyeYMb5e3
故郷であり墓地でもあり、くくるを活かす水槽であり未来に進ませない檻でもある場所が、どこまで傷んでいるのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
それを実感しなければもう進めないところまで、海咲野くくるの心は傷んでいて、明確な終わりが近づく中で、”立てこもり”という形でそれが炸裂する。
光に背中を向けて、ありあわせの道具で作ったバリケードが、残酷に吹きすさぶ現実の前にどれだけ無力であるか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
過去にしがみつき、色んな人がくくるを待ってる世界への扉を閉ざすと、何が成し遂げられないのか。
身を以て知るためには、必要な通過儀礼であろう。
前回描かれた櫂くんの踏み込みと同じく、何かが終わっていることを認めなければ、何も始まりはしない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
しかし終わったあともなお、始まり続くと信じるためには切実な痛みと、それに耐えうる強さがいる。
自分一人で折れてしまうなら、寄り添ってもらわなければいけない。
東京から流れ着いたフワフワ女は、自分の空疎をくくると沖縄に受け止めてもらって、足腰を鍛えた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
文明の利器が届かないなら、手弁当抱えて嵐に踏み込む。
自分を養ってくれる優しさを、くくるにも届けるため嵐を走る。
(画像は"白い砂のアクアトープ"第11話より引用) pic.twitter.com/k9owg5qf0g
くくるは子供っぽい身勝手、自分ひとりの痛みに蹲って閉じるだけでなく、自分の周囲にある命を相手にちゃんと”仕事”をする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
ガッシガッシとブラシで洗い、ペンギンの飢えた要求に答え、食いつきの悪い魚をしっかり見据える。
二日後には、みんないなくなるのに。
食事は命を繋ぎ、思いを伝える最も基本的なメディアとして、この作品ではとても大事にされている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
魚のことを放っておけないくくると、くくるを放っておけない風花が、共にメシに関わる仕事をしているのは象徴的だ。
絶望してても腹は減るし、生きてる以上食わなきゃならん。
そういう基本的なケアの必要は魚も人間も同じだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
迫りくる終わりにやけっぱちになったようでいて、くくるの根っこには誰かを思う優しさがまだ生きている。
それと同じものを持つから、風花は雨合羽を着て嵐の中を疾走するのだ。逞しくなったなぁ…。
くくるは頑なに閉ざした扉を、開け放って風花を内側に入れる。片手で弁当を受け取る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
ちょっとホラーめいた演出が心地よい笑いを作り、荒れて沈んでいた物語が少し、上がり調子になる。
風花…今にして思えば、気分だけで沖縄まで流れてくるヤバ女…
(画像は"白い砂のアクアトープ"第11話より引用) pic.twitter.com/f30UTP26WZ
風花は道理も説教も横にどけて、ただただくくると同じ場所、同じ時間を共有するために扉を叩く。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
そこは父母が死んでしまった動かない過去ではなく、自在に変えていける活きた現在…そこから繋がる無限の未来である。
それは、既にそこにある。くくるの前にも、風花の前にも。
しかし『確かにあるのだ』と実感しなければ、消して踏み出すことが出来ない場所でもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
風花が入ってきた入口は、くくるが出ていく出口にもなりうる。
しかし両親の思い出、それに包まれていた幼い自分を守り閉じ込めた場所から、くくるはまだ出れない。
明るく元気な館長代理をやってた時も、くくるはずっとここに留まっていて、周りの人皆がそれを解っていた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
正しさだけで強引に引っ張り出しても、父母のいない荒野で息をする準備が、くくるには整っていない。
水棲生物を不適切に陸に上げれば、すぐさま死ぬのだ。
そう考えると、夏休みの館長代理はくくるが、己だけの岸に漕ぎ出していく順応期間であり、愛で包みみまもりつつも、父母の喪失をどうしても代理できなかった祖父母が贈る、最後の試練とも言えよう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
そこに分け入っていく権利が、偶然迷い込んだフワフワヤバ女にこそあるのが、運命の面白さだ。
風花を内側に入れたことで、くくるの”仕事”はクオリティを上げていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
命を預かる責任を果たすには、やらなきゃいけないことは山程ある。
それはくくる達だけが。囲いの中で背負うものではない。
皆がそれぞれの居場所で、嵐と戦っている。
(画像は"白い砂のアクアトープ"第11話より引用) pic.twitter.com/9dec2v3DUR
今回台風直下の沖縄が、優れた美術を最大限活かし手触りある時間として描かれていたのは、とても良かったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
明るく楽しいリゾートだけ映していたら、けして見えてこない、ある種の”当たり前”。
風が強く吹き付けて、それに負けないための準備が生活史に組み込まれている場所の、確かな息吹。
うどんちゃんや櫂くんにとって、嵐への対応は”よくあること”だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
太陽が照ることもあれば、嵐が吹くこともある。
人が生きている場所にとってはそれが”当たり前”で、しかし場所によって、人によって困難の形は違う。
沖縄の地勢と気象が生み出す、当たり前の一大事。
水族館の奮戦をクローズアップしつつも、その外側にも吹いてる風の強さ、人々の汗を切り取ってきたこと…皆”仕事”をしているのだ、と見せたのは、お仕事モノでもあるこのお話にとって、とても大事な描写であったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
それは一人きり、腕に力を込めてやるもので。
一人では、けしてやりきれない。
やっぱ最序盤、魚くせーツナギを嫌がり、ナメたマニキュア付けたまま命を扱おうとした風花をちゃんと書いておいたことが、彼女がどこまで来たのかしっかり解らせる、良い対比を生んでいる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
手際よく、力強く”仕事”をする、夢破れた元アイドルの逞しさ。
それは自分を一人きりだと思ってしまっている少女の支えとなり、彼女たちを前に進めていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
強く吹き付けて、何もかもを奪っていくもの。
時が過ぎて、否応なく壊れていってしまうもの。
その中で、確かに蘇って芽吹いていくもの。
それが嵐の水族館をキャンバスに、しっかりと描かれていく。
明かりを取り戻した事務所の中で、風花はくくるの心に踏み込もうとする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
終わりを認められず、諦められずあがいた日々が、×印に刻まれたカレンダー。
そこに宿ったものを、風花はしっかり解っている。共に在った日々が、それを教えてくれた。
(画像は"白い砂のアクアトープ"第11話より引用) pic.twitter.com/wtu7G3SUqK
しかし風花には母がいて、帰るべき場所がある。進んでいく未来もある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
自分には、なにもない。何もかもが違う。
そういう頑なな思いは、閉ざされた水族館よりも固くくくるを縛っている。
あるいはそう思うことで、ズタズタに引き裂かれた心を守っていたのかもしれない。
心がぶつかり合うよりも早く、嵐が闇を連れてきて。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
切羽詰まった陰の中でこそ、よく見えるものもまた、ある。
懐中電灯に浮かび上がる、物言わぬ命の姿。ボロボロの配管。
それはくくるが身を置く、ありのままの現実だ。
今まで夢色青春絵巻のフィルターをかけて、画面の端っこに追いやってきたボロさは、停電下の緊急事態で暴かれていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
魔法を解いて現実を見せられるのは、くくるだけではなく視聴者も同じなのだろう。
終わるしかない現実を、鮮やかに描いて飲ませるための処方箋。それが、この立てこもりと嵐か。
おんぼろ水族館の実態と同じくらい、水の中で動く命と、それを繋いでいくために走り回る人間がクローズアップされていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
電気が止まり、自家発電のデッドラインが迫る中で、館長代理と元アイドルは命を繋ぐための”仕事”に、必死に向き合っていく。
考えてみりゃ当然なんだが、停電下の緊急事態でも命が繋げるようしっかり準備がしてあって、くくるがそれを学んでいたこと、風花も慌てず騒がず”仕事”をしてる描写が、ただ自意識に翻弄されるだけではない少女たちの在り方を、上手く見せてくれたと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
後におじいは、想像よりもたくましい命たちを語るけども、それは脆く見えるアニメ美少女も同じことなのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
陰の中に追い込まれて、一人儚く揺れているように見えて、存外生き汚く道を探して掴み取れる存在。
自分が果たすべき”仕事”を、誰かの助けを借りながら見つけられる存在。
明るく笑った顔の奥にどす黒い影があり、揺らいでいるさなかでも楽しさの欠片を捕まえる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
そういう”生きた”存在としてここまで1クール、群像に体温と息吹を与えられたのは、このアニメのいいところだ。
陰陽入り交じる現実的存在として人間を切り取りつつ、どっか前向きな夢が香っているのね。
激しい嵐が扉を突き破り、くくるが守りたかった夢を踏み荒らしていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
ここまで追い込まれてようやく、海咲野くくるは彼女が守りたかったものを叫ぶ。
それはとても個人的で幼い、柔らかな執着だ。
(画像は"白い砂のアクアトープ"第11話より引用) pic.twitter.com/mCSFV2rxLH
父母が死んだ時、くくるの時間の一部は止まってしまったのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
もちろん一部分は生きて成熟していくから、涙も暗い表情も見せずに笑って、迫りくる終わりに抗うために元気を絞り出しもする。
でも、優しい水に包まれていなければ息もできない幼さが、心に深く刺さったままだ。
がまがまは父母の記憶が色濃く残る場所であり、そこにしかくくるの居場所はない…と、くくるは自分を閉じ込め追い詰めている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
しかしそうして停滞した幼さだけがくくるの全てではないから、風花は彼女に希望を見出し、自分を逞しく前に進めた。
くくるが見ず知らずの旅人を思いやる優しさと強さを育んでいなければ、アイドル崩れは命の重さも、”仕事”の楽しさも知らないままだった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
闇の中崩れかけるくくるに、風花が必死に差し出すもの。
命を預かるものとして、やりきらなければいけない責任。
それは元々くくるが風花に預けて、今彼女に戻ってくるものだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
何もかも終わりになったように思えても、しぶとく顔を出す希望。
風花自身、がまがまでの”仕事”を…海咲野くくるとの日々を通じて解った、命と魂の手触り。
それを差し出すことで、くくるは泣きじゃくる子供から”館長代理”に戻れる。
でも泣きじゃくる子供はずっと、偽り無くくくるの中にいた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
とても大切な人だったからこそ、失われる前の時間を凍らせ、自分と一緒に守るしかなかったのだ。
それが融け出して、ありのままの形が顕になっていく。
寂しい自分。弱い自分。
闇の中微かな光を抱えて、必死に走れる自分。
その両方が自分なのだと心底思い知り、その現状から新たに”海咲野くくる”を始めるためには、この閉じこもりと嵐…その2つを踏み越えて来る宮沢風花が必要だったのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
そういう所に物語とその主人公を、ちゃんと送り届けてあげるお話は、熱があって誠実で、とてもいいと思う。
俺、このアニメ好きだな
がまがまは過去と未来が交錯する不思議な場所であることを、前回含めて物語は幾度も描いてきたけど。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
今回、ファンタジックな幻は一度も顔を見せない。
ありえるはずのない奇跡を通じて、現実を前に進める作用とはまた違う、弱くて逞しい人間たちの”当たり前”
それはボーッと突っ立ってればやってくるものではなく、意思を込めて引き寄せるもので。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
同時に不思議な縁が人を繋いでくれなければ、けして形にはならないものでもある。
くくると風花が二人で繋いだ灯火が、頼もしい仲間の助けでより強くなる。
(画像は"白い砂のアクアトープ"第11話より引用) pic.twitter.com/sMwDLu0iKd
長い夜を越えて辿り着いた夜明けが、エピソード開始時からくくるの顔を覆ってた闇を、ようやく払う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
ここに孫娘を持ってくるために、おじいは館長代理を任せてきたんだろうな、と思う。
よくよく考えると放任というには過酷過ぎる信頼と期待で、おじい怖い人だな…。
口で言っても解らない。現実身を置いていても、真実実感がない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
お父さんもお母さんも死んでしまっていて、それでも自分は生きていて、確かに受け取ったものを糧に前に進みたいと願う、貪欲な希望。
海咲野くくるが他の生命と同じく、どうしようもないほど生きている事実。
閉鎖されたがまがまを棺と考えると、その内側で危機にされた命に向かい合うこと、走り回って”仕事”をしたことが、くくるをそこから出していく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
嵐が懐旧を剥ぎ取って残ったのは、ズタボロの現実。
それはずっとくくるの前にあって、でも見えないもの
(画像は"白い砂のアクアトープ"第11話より引用) pic.twitter.com/q2KUUfS4YJ
それを認めるためには、ずっと張り巡らせていた心の鎧を形にして、愛しい棺に閉じこもる必要があった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
そこに分け入って命の糧を届けてくれる人、棺の中にも息づいている命、それを守りたいと願い進みたいと祈る自分を、嵐の中で見つめ直す必要があったのだ。
おじいの感謝を追いかけるように、『食べないな…』と気にかけていた魚が嵐を生き延びて、くくるの方を向く。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
それはガキっぽい悪あがきでしがみついた宿題に、一つの答えが出た瞬間だ。
閉じこもっていたからこそ、しがみついたからこそ、確かに守れたもの。
これを抱えて、海咲野くくるは光の中に出ていかなければいけない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
赤子のように泣きじゃくりながら、愛おしい場所がもう終わっていることを認めて、それでも影から踏み出さなければいけない。
それは、そうするのが正しいからでは、けしてない。
(画像は"白い砂のアクアトープ"第11話より引用) pic.twitter.com/gIKmRfcmMT
そうしなければ生きていけない現実が、揺るがずくくるの目の前にあって、しかしそれをどうしても認め得ない自分も、彼女の中に在ったからだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
その両方が衝突する輝きに隣り合った風花も、眩しい光の中で一つの答えにたどり着く。
誰かを支えるのは、ただただ自分のため。
エゴイズムと優しさが混ざりあった一つの在り処を、沖縄まで流れ着いた少女は自分の中から…腕の中泣きじゃくる親友の体温から掴み取っていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
今眩い光と美しい水の中で、海咲野くくるは己を生み直したのだ。
ガマという子宮の中から、必死にあがいて這い出し、呼吸を始めたのだ。
それが孤独な歩みでなくて良かったな、と思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
愛する人も、思い出を刻んだ場所も時の中で掠れて滅び、消えていく。
そんな厳しすぎる”当たり前”を、自分が既に解っていたのだと思い知る瞬間、人はけして一人では立てないだろう。
そこから立ち上がる逞しさが、確かに人にあるとしても。
涙雨が吹き荒れたあとの、光と影が入り交じる場所。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
そこが少女たちの一つの終わりであり、そこに辿り着けばこそ、再び歩み出せる。
人間の何かが終わるためにはこんなに大きなエネルギーと、切実な痛みと、必死な奮戦がいるのだと。
(画像は"白い砂のアクアトープ"第11話より引用) pic.twitter.com/9pf5NkDaZe
しっかりと今まで積み上げたこの作品”らしさ”を活かしつつ描く、とても良いエピソードでした。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
面白かったです。
くくるの視線、その繊細な震えをトレースすることで、彼女に見えてくるがまがまの現状、終わるしか無い現実を視聴者にも飲み込ませていく腕力は、とても鋭く優しかった。
くくるの秘めたる陰りを気にかけた視聴者としては、嵐の勢いを借りて彼女の全てを剥ぎ取り、今生まれ直す一人の赤子として号泣させた…その隣に風花を置いたことが、大変ありがたかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年9月16日
この死と再誕を通じて、いかな物語が続いていくのか。
次回も、次のクールも楽しみです。