イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

プレイレポート 23/01/29 ケダモノオペラ『灰色都市と弄月の夜』

 昨日はシェンツさんとアツいアイカツ映画地獄語りオンライン! ……のハズだったんですが、心優しいシェンツさんが未体験のZONEへと連れて行ってくれることになりました。

 

 シナリオタイトル:灰色都市と弄月の夜 システム:ケダモノオペラ GM:シェンツさん

 コバヤシ:マカミ:ヤミオオカミ かつて神と崇められたケダモノであり、神秘を忘れた現代においてはその力も衰えつつある。人間の行く末に強い興味を持ち、牙の疼きに苛まれながらも、人と魔の間を彷徨う迷い犬。侠客口調で喋る。

 

 というわけでこれでオイラも獣歌劇者だぜッ! という、ケダモノオペラ初体験セッションでした。
 大変楽しかったです!

 ルールブックだけ買ってチャンスがなかったんですが、スルリとオレの懐に潜り込んだシェンツ先生が鋭いオリジナルシナリオを繰り出し、その現代伝奇力に心地よくぶっ飛ばされつつ、軽妙なシステムに練り込まれた決断と偶然の楽しさをたっぷり堪能しました。
 世界観の作り込み、テキストとヴィジュアルが作り出す魅力的な雰囲気が強い導因になって、『こういう遊び方で楽しみたいッ!』という欲望が素直に溢れ出す所。
 そのすべてを受け入れる懐の深いデザインと、しかし展開に迷うストレスは極限まで削ってスマート&スムーズに仕上げ、最新鋭の”楽しくイヤな気分になれるシステム”としての完成度。
 そのポテンシャルを最大限に発揮する、シェンツ先生が一番得意なコースにブン回した最高の現代伝奇シナリオ。
 どれも大変素晴らしく、たっぷりとケダモノオペラ、味あわせていただきました。

 ストリテラが物語る権限を全参加者に分配し、共同作業を通じた集団的作家性をプレイ内部で結実させる方向性なのに対し、ケダモノオペラは作者/読者、シナリオライター/参加者、GM/PLという区分をあえて崩さず、個人の作家性をフル回転させそこに参加者を巻き込むように、システムが編まれている感じがしました。
 ともすれば独りよがりな物語行為になってしまいがちなこの形式を、ランダムな判定結果と変化していく状況に応じて生まれていく”予言”の力強さを活かし、PLの介入余地をしっかり残して、TRPG的な相互意思疎通と納得を大事に物語を編めるよう、ゲームになるよう仕上げているのは、素晴らしい出来だと思います。
 予言をどういう形で成就していくのか、物語をどういう方向性に展開していきたいのか。
 TRPGの一番美味しいところをロスなく共有するべく、あくまで軽便に磨き上げられた種々のシステムがしっかりと機能し、ダークファンタジーの味わい濃い世界観もその助けとなる”生きた設定”になっていて、自然熱が入ってセッションが加速する作りでした。

 ”予言”は途方に暮れるほど曖昧でも、不自由を感じるほど窮屈でもなく、程よいバランスで物語への想像力を掻き立て、それが予言を書いたもの/受け取ったもので小さく閉じこもらない共有性も宿している。
 ここら辺はシステムというよりライティングの強さで、シナリオ自作する時はPLの決定権を剥奪しすぎないよう、適切な文言を選んで作者独自のテイストを盛り込むバランス感覚を、大事にしなきゃいけないかな、とも感じました。
 ルールブックに刻まれている語り口や、シェンツ先生が選んでくれた言葉はどれもこのピーキーな感覚をしっかり獲得していて、今紡がれている魅力的な物語を二人でどういう方向に進めていくのか、途方もない自由を誰かと共有しているありがたさをたっぷりと感じながら、楽しくセッションすることが出来ました。
 システム的に絶対的共生券がある予言の成就が、その実PLの解釈とアイデアでかなり自在に飛び回れる作りになっているのは、自由度と安定性を両立させる見事なデザインであり、物語の可能性が大きく広がっていける力強さも感じましたね。

 このバランス感覚の良さはPCであるケダモノの設定にも生きていて、人食いの怪物でありながら人に惹かれる危うさをデフォルトで盛り込んだことで、常に狭間で揺れ動き続けるダイナミズムがキャラクターに宿っていました。
 人に焦がれつつ人にはなれない異形のケダモノ達には豊かなバリエーションがあり、それぞれのアーキが豊かな物語の土壌を有して、自然と想像力が羽ばたける滑走路になってくれています。
 予言の選択と解釈、その成就とを通じて生み出される物語の中で、悲劇や残酷劇を含めた色んな結末があり得るわけですが、世間的にはダメってされてるけど今、ここで向き合ってる二人が唯一選び取った選択肢として、インモラルなタブーを共有する快楽へと強く接近してて、パワフルでナウいなと思いました。
 得てしてこういう倫理を越境するTRPGは安定性に欠けるわけですが、ケダモノの設定面でも実プレイでの立ち回りでも、一般的に道徳的是認を得られる”正しいお話”に進んでいける手がかりもたくさん用意されていて、光にしろ闇にしろその卓で選び取られるべき方向性へ、力強く突き進める自由さを確保してました。
 とにかく窮屈で矯正されている感じがなく、しかし完全にフリーハンドで逆に不自由という罠にも陥っておらず、物語の可能性をより豊かに広げることが出来る、とても良いシステムだと思いました。

 

 というわけで、大変楽しいケダモノオペラ初体験となりました。
 その後のアイカツ映画地獄トーク含め、楽しい夜となりました。ありがとうッ!

D4DJ All Mix:第3話『ジユウ ジユウ?』感想

 水温む弥生の頃、乙女たちはぶち上げステージ作りに悩むのであった! な、All Mix第3話。
 待望のリリリリちゃん主役回であり、楽曲づくりに絡ませて全ユニットを横幅広く描いていく手際は相変わらず元気だった。
 ”All Mix”の副題に恥じず、色んなユニットが仲良く一つのイベントやってるからこその朗らかな空気が良く出てて、アッパーテンションなD4DJらしい回だったと思う。
 同時にメインを引き受ける所からテーマの獲得、楽想を膨らませて形にしていくまで、Lyrical Lilyの音楽がどう作られるかを話しの真ん中に据えたことで、本気だからこそ楽しい彼女たちの”今”が、良く分かる回だったと思う。
 フェスに向けた勝負論をあえて取り外した作りの中で、この硬軟取り混ぜた感触が二期の基本になってく感じ……かな?

 

 

 

画像は”D4DJ All Mix”第3話より引用

 というわけでとにもかくにも、女の子がモリモリ食べてとっても幸福になる回であった。
 美味しいものを食べる快楽は、一番わかりやすくダイレクトな幸せの描き方だろう。
 それを幾重にも重ねて柔らかな感触を作っていくことで、重責を跳ね除けてあくまで明るく楽しく、自分たちのステージを作っていくリリリリの現状もよく分かる。
 ユニット結成のゼロ地点から積んでいくのではなく、アプリの方である程度仕上がった状況からファンサービス満点で転がしてく作りとも、こういう場面が多いのは噛み合っているのだろう。
 バチバチやるより、美味しいお菓子を仲立ちにしてハッピー重点で。
 それがAll Mixの基本オーダー……て感じだ。

 

画像は”D4DJ All Mix”第3話より引用

 同時にワイワイガヤガヤ騒がしくも、自分たちが引き受けたステージをどう形にしていくか、先輩たちに色々訪ねながら一歩ずつ進んでいくLyrical Lilyの姿もしっかり描かれた。
 リリリリちゃんは第1話から可愛らしかったけども、同時に音楽ユニットとしてどういう信念と雰囲気で舞台に挑んでいるのかちゃんと知りたかった。
 なので、期待感が高まってるからこそ前に出にくい状況から、主催として堂々バトンを受け取り、桃の季節に相応しい楽曲をどう仕上げるか、楽しく悩みながらみんなで進んでいく様子が見れたのは、とても良かった。

 ”イタズラ好き”という胡桃ちゃんの個性は、ともすればただ悪ふざけしてるだけな無責任に落ちちゃう危うさを秘めているが、『ここで私たちが前に出たら、みんなビックリするかな!』とお風呂場でワクワク膨らませている様子から、楽しいサプライズを大事にしたい心根がちゃんと見えた。
 メンバーの自宅……その背景にある経済状況と家庭環境をしっかり切り取ってくる所とか、浮かれた空気を抜かないままLyrical Lily一人ひとりの顔を、丁寧に書こうという意図が感じられた。
 それは野暮なメガネはっつけてシコシコPCに向き合う春奈ちゃんの生真面目と、サウナで限界なイタズラコンビの崩し顔が入り混じった、騒がしくも楽しい青春の横顔だ。
 色んな可愛さがあるリリリリが、どんな風に人と交わり音楽を作っていくかしっかり解って、彼女たちがより好きになれる回だったのはとても良かった。

 予告の段階ではもっとヘヴィな感じになるかと思ってたけど、着実に歩を進めつつ下を向かない春奈ちゃんと、一生楽しく騒いで下を向かせない仲間たちが混ざりあって、『なるほど、これがLyrical Lilyの歩調……』と、納得できる塩梅だったのはとても良かった。
 あと前回掘り下げた商店街のローカルな空気をさらに広げるように、花桃咲き誇る三月の色合いを大事に、季節感と土の匂いがある曲作りを頑張っていたのは、リリリリに漂う文学テイストとか見合って、大変いい感じでした。
 OPが鴎外で今回賢治だからなぁ……中村航力たけーな、って感じ。

 

 

画像は”D4DJ All Mix”第3話より引用

 話の真ん中に立つLyrical Lilyの書き方も良かったが、その隣で細かく他ユニットの彫り込みもしっかりやってて、求めていたものがしっかり供給されるありがたみに、冬の乾燥にやられた肌も潤う。
 何かとヘタレがちなむにちゃんの性根を良く知ってる真秀ちゃんが、あえて煽って弱気をふっとばし笑える感じに話をまとめている所とか、ハピアラの結束を感じるよ。

 ……とか思ってたら、大鳴門氏特大の重力震にリアルでデケェ声出たッ!
 むにちゃんさぁ……本当に愛本が好きだねキミは……。
 本人の目の前で好き好きアピールするのではなく、トトトーっと軽妙に移り気に駆け抜けていったその後で、ひっそり強く求めてる”隣”ひな壇に飾ってくるのは、重さといじましさの同居した反則級の一撃だった。
 つーかミニぬいぐるみ、各キャラの個性が上手くSDされてて可愛くて、凄く良かったな。
 こういうしみじみとした『良かったな……』を地道に、着実に積み上げて”天”に手を届かせる系アニメなのかもしれん、All Mix。
 テイストとしては日常系なんだな。

 

 

 

画像は”D4DJ All Mix”第3話より引用

 あと次回”真ん中”やる輪舞曲への期待感が高まるよう、細かくジャブ積んで足場組み上げてくれてる感じもとても良かった。
 僕は青柳椿さんが大変に気になっていて(ちびっこタレ目で当たりが強いから)、そんな彼女と葵衣くんが絡ませる視線の重さに嵐の予感に、ワクワクが止まりません。
 物憂げな葵衣くんがリリリリのステージから何を受け取ったか、次回描かれることで今回の値段が後出しで上がる効果も出そうだしね。
 そういうリレーが話数を超えてあると、ひと月を繋げて一年になっていく時間的な連続性、移り変わりつつ続いていく季節の面白さってのが、ドラマにも宿っていく感じするし。

 あと想定していないところから渚の可愛い爆弾がズドン着弾して、何もかも更地になった。
 3Dアニメ独特の表現力に、2Dの崩した面白さ、可愛さを大胆に取り込んで独特の味を出しているのは、このアニメの面白く強いところだなー、と思う。
 表現が変に居着いてない、というか。
 女の子の多彩な表情で、可愛く楽しく魅せてくれるのはこのアニメの大事な武器だし、ジャンルとして作品として一番求められる部分でもあると思うので、そこ頑張ってくれているのは大変良い。
 今後も色んな楽しさと、その影にある生真面目な憂鬱を積み上げて、良いグルーヴ生んでくれたら嬉しいわな。

 

 

 

画像は”D4DJ All Mix”第3話より引用

 というわけで色んな輝きを切り取りつつ、黄金色の夕焼けに”答え”を見つけ、Lyrical Lilyはステージに舞うッ!
 ワイワイ喧しい足取りで転がしてきたお話をまとめるにあたり、しっかりエモい情景を作ってLyrical Lilyの結束を切り取ってからクライマックスに入るの、心の整理がついてありがたかった。
 Lyrical Lilyは他ユニットにはない部活感……もっと言っちゃえばお遊戯会感覚が凄くいい感じで個性になってて、ラップ混じりVJ暴れまくりの華やかなステージをしっとりしたお辞儀で締める所とか、それを受け取ってジジババ大はしゃぎな所とか、地域の”孫”として愛されてる感じがモリっと出てて、凄く良かった。
 あくまで学内での盛り上がりだった第一期に比べ、地域と連動した横幅広いステージを展開していく第ニ期が誰にステージを届けているのか、良く見える客席の書き方だと思いました。

 つーか1DJ+3パフォーマーで制服ステージつう構成が、三人官女を体現して”ひな祭り”つうテーマをきっちり形にしてるのが、春奈ちゃんを筆頭に誠意ある表現に悩んできた彼女たちがどこに辿り着いたのか、ステージングでしっかり描いてて良い。
 自由に楽しく、お遊戯の闊達さを殺さぬまま、しかしどこまでも本気で熱く。
 そういう音楽活動をLyrical Lilyはやってるんだと、一話使ってしっかり描けたのは、凄く良かったと感じました。

 やっぱ二期の主役がどんな貌してんのかは早い段階で知りたかったので、今回Lyrical Lilyにクローズアップしたカメラが捕まえてくれたのもは、今後このアニメを見続ける上で大事だと思った。
 こんだけ1ユニットをちゃんと描きつつ、横幅広く人数扱う手付きもマゴツイてないからなぁ……いい感じだ。
 こういう描き方をしてくれるアニメだとわかった所で、4月は輪舞曲の出番。
 どんなステージが待っているか、大変楽しみです。

うる星やつら:第15話『あんこ悲しや、恋の味!?/思い出危機一髪・・・/薬口害』感想

 次々うる星奴らが訪れている友引町の物語、第15話はランちゃん欲張りセットにサクラ先生の奇妙な発明まで加えて、三本立てで贅沢に。
 やっぱ砂糖菓子みたいな外装にドスの利いた中身を詰め込んだランちゃんは大変好みで、彼女にフィーチャーしたお話がたっぷり見れて良かった。
 あたるの出番があんま多くなく、ラムちゃんとの拗れた腐れ縁とか、こんな厄介な性格になった理由とか、レイに見せる純情とか、色んな表情を楽しめてよかった。
 ランちゃんと向き合ってるラムはあたる相手とは違う表情……ぶっちゃけ天然の地肌に腹黒塗料を塗りたくったヤバさが前に出てきて、そのちょい黒い色合いもまた好きなのである。
 山盛りキャラを詰め込んでスラップスティックに撹拌し、飛び出す化学反応をたっぷり味わう。
 るーみっくな面白さの根っこを、たっぷり堪能できる話数になった。

 

 

画像は”うる星やつら”第15話から引用

 というわけで第1エピソードからスーパーランちゃん祭り! ……なんだが、今回作画妙に可愛くて、ただでさえピンクの可愛さ爆弾なランちゃんがブースター積んで俺に体当りしくる仕上がりだった。
 食欲魔人なレイの本能に振り回される形で、献身と純情を弄ばれ流れる涙には、”造り”ばかりではない本物の健気がしっかり流れていて、しかしガツガツ食ってタフに思春期を駆け抜けるたくましさも、けして嘘ではない。
 飾っているからこそ本物で、いがみ合ってるからこそ仲良しなネジレ加減。
 レイを間に挟んで、宇宙幼なじみの美味しいところをがっぷり齧れるエピソードといえる。
 いつでも命の心配をしているヤバい関係性から、ようやく開放されると浮かれるラムちゃんの『きゃっほー』も可愛いしなぁ……。

 などと外野から堪能しつつも、ここの横線はたいそう面倒に拗れてもいて、なにしろレイが顔面だけ良い脳みそスライムなので、フツーに複雑な人格に育ったランちゃんだけがマトモゆえに空回りするという、厄介な構図。
 ラムは都合よく便利に過去の因縁やら、現在の多角関係やらの上をぴるぴる飛び越えて、ダーリンダーリンうるせぇ部分があり、ランちゃんが拗らせた本気に向き合いきれてない感じもある。
 つーかここでシリアスになっちゃうと、魅力的な物語を生み出す苗床が一個潰れて、話が終わっちゃうからなかなか煮込みきれない。
 この『終わらない物語の終わらなさ』ってのは、既に終わらない終わりをとうの昔に迎えた本編の決着も踏まえて多層的メタ構造の面白さでもあり、日本がそういう季節を結構前に終えちゃった時代感と合わせて、なかなか複雑に楽しい。
 ここを噛み締めてると、ジャンルを俯瞰で睨みつつその内部で、色んな都合と折り合いつけながらいきいき育まれる物語の営為自体が、俺は好きなんだなぁ……と思い知る。

 確かに描かれた物語が作品内部で蓄積して、ランちゃんから殺意の棘を引っこ抜きつつも、ピンク色の砂糖菓子は毒を孕んで今日も元気だ。
 和解することも敵対することも許さない、永遠の祝祭を踊る友引町で宇宙の幼なじみ二人は、食欲しか脳に刻まれていないイケメンを間にはさみ/実は結構な勢いで蔑ろにしながら、ちょっとずつ変化していく関係性を踊っている。
 変わることのない輪舞曲を演じているようで、しかし確かに何かが変わっていく手応えを作中一番感じ取れるから、僕はこの二人が特に好きなのかもしれない。
 レイを巡る鞘当も今回のキッス騒動が一見なかったことのようにまた繰り返され、しかしここでラムを許し手を取ったことは確かに、積み重なる物語に蓄積されていく。
 再びランちゃんが画面に映る時、このエピソードの残滓をどれだけ引きずって、どれだけちょっとだけ変わったように描くか……そうするべく、どの物語を選ぶか。
 そういう所も、令和うる星の個人的な楽しみ方だったりする。

 

 

 

画像は”うる星やつら”第15話から引用

 第2エピソードは動きのない喫茶店でのダベリと、山盛り回想されるラムの悪どい無邪気が、面白いリズムを作るお話。
 かなり強めで黒い感情をぶつけているようで、それを率直素直に相手に言えてる時点で、それは得難く風通しの良い友情なのではないか……みたいな、不思議な感慨が湧き上がる回でもある。
 こうして並べるとランちゃんが瞬間湯沸かしブリっ子に育ったのは、まーまーラムのせいであり何より母親のせいであって、そらー恨みにも思うよな……となる。
 ダーリンにビリビリ電撃入れてる間はあんま目立たない、ラムの生っぽい悪辣さもランちゃん相手だと際立って、いい具合にキャラがウェザリングされて立体感が出る感じがある。
 ヒロインとして”ラムちゃん”やってる時には、見えない表情が見れて嬉しい……という感覚。

 こんだけ散々な目に合わされれば顔を見るのもイヤ! となりそうだが、幼なじみは幼なじみであって、ランちゃんは結局喫茶店の支払いを持つ。
 そこにはあたるもレイも介在していなくて、二人だけが確かに手を取り合っていた遠い過去と、そっから拗れて絡み合ってなお続いている時間が、これからも維持されていく。
 そこには”ラブコメ”という様式(第1エピソードでメインカメラの真ん中に、しっかり捉えられていたモノだ)からちょっと離れた、勝手気ままに性悪でもある二人の生身が、とても良い角度から切り取られている感じがする。
 無論ラムちゃんがダーリンを追いかける物語は”うる星やつら”の基本であり、例えば第3エピソードとかでも可愛く演じられるわけだが。
 こんだけ色んなキャラがいて、面白ければ何でもありと賑やかにカオスが詰め込まれ、豊かな作劇空間が展開されている話なら、そっから離れた物語もまた、楽しみたくなる。
 幼なじみの厄介な過去と、殺意や恐怖や憎悪を健全に取り込みつつちゃんと向き合ってる”今”は、そんな願いを叶えてくれるから、僕のお気に入りなのだろう。
 つーかラムはランちゃんが突きつけた自分のヤバさに、いい加減シリアスになるべきだとは思う。

 

 

 

画像は”うる星やつら”第15話から引用

 コズミックな桃色毒入り砂糖菓子をたっぷり堪能してED……まだ終わってない! つう第3エピソードは、また別の角度からラムの”今”を切り取る。
 四角関係の恋敵なはずのしのぶとも仲良く、サクラ先生を交えてキャッキャしてる様子はやっぱり微笑ましい……が、あたるが絡むと鬼女の色合いが濃くなるというか、思いの外甘ったるいだけで終わらない雑さが今回は強い。

 『普段から電撃ビリビリぶっ飛ばしてるわけで、ラムがあたるを扱う手付きはいつでもハードコア』……ってのは、まぁそうね。
 ”好き”って気持ちに勢い付きすぎて、思い通りにならない苛立ちをかなり強めに叩きつけるあたり、やっぱラムってヤンデレの先駆者的な顔があると思う。
 まージャンルを作っちゃった作品は皆、後に細分化され立ち現れる様相をだいたい内包しているもんではあるが。

 あたるのオンリー・ユー宣言は、ほれ薬ならぬほら薬を飲まされたテキトーな嘘になっていくわけだが、では”君待てども…”やら ”君去りし後”で見せた純情は全部出任せなのか?
 話数ごとにテイストも雰囲気も、ジャンルすら切り替わっていく物語構造体を緩やかに貫く、キャラクターの統一性。
 気まぐれに浮気と本気が入れ替わり、なにもかもデタラメかと思いきや確かに揺るがぬものはあって、しかしそれすらも繰り返す狂騒の中、曖昧に揺らいでいる。
 15話話数を重ねて、キャラもたっぷりと追加されて色んな話が生まれ、そこら辺の多彩な魅力が令和うる星にも宿ってきたなぁ……などと、思う話数でもあった。
 最後まで魔法薬の影響下、トボけたでまかせばかりを口にしているあたるの本音が、ずーっと見えきらない所が良いなと思う。
 それを露わにしてしまえば、混沌として魅力的な無限の可能性、終わらない祝祭は一つの形にまとまらざるをえないのだ。
 ビッククランチめいたそんな瞬間は、まだまだずっと先……あるいはそれを永遠の向こう側に置き去りに、楽しい時間は続いていく。

 

 そんな感じの、豪華三本立て食べごたえぎっしりスタミナ定食でした。
 凄いスピードにブレーキをかけることなく、昭和の勢いのまま突っ走って来たお話がどこに来たのか、何が書けるようになったか、騒がしさの中で教えてくれるような仕上がりで、とても良かったです。
 これでまだまだ出てないキャラがいて、次回は龍之介遂に登場だってんだから、まー凄いわな。
 まだまだ掘り出すべき鉱脈が原作に眠っている中、どんな描き方で”うる星やつら”の魅力を蘇らせてくれるのか。
 アンソロジーとしての面白さもじんわり滲み出してきた、令和うる星が来週も楽しみです!

REVENGER:第4話『Ask, and You Shall Receive』感想

 石部金吉の血みどろ生き直し紀行、ツンデレ同居人おじさんに助けられて雷蔵ちゃんがお仕事を手にする、リベンジャー第4話である。
 舞台設定と大体の雰囲気、主役の人柄と取り巻く人達がだいたい紹介し終わり、この世のどん詰まりに確かにある生活の息吹が動き出す話数となった。
 前回行き掛かりでルームメイトになった惣ニくんが大変良い面倒見で、罪人のごとく何もせず何も欲さないことを己に貸してる雷蔵を、当たり前の生活に引き戻す苦労が可愛らしかった。

 他のあらゆる事と同じく、雷蔵が生活を立て直し自分なりの人生の手応えを掴んでいく裏には殺しの血生臭さ、犯してしまった罪の取り返しのつかなさがじっとり滲んでいて、なんとはなし過去を忘れて笑ったりなにかに夢中になったり出来る時間が、儚い幻でしかない手応えを静かに伝える。
 全てはいつか終わるための……あるいは既に終わり果てた物語が迷った、一瞬の夢でしかないのかもしれないが、しかしドぐされ人間が肩寄せあってナガサキ・スプロールの片隅、なんとか生きている様子は眩しい。
 第4話で今更なんだが、大江戸サイバーパンクだなこのお話……。

 ”正義の復讐”という利便事屋の理念は既に軋みだし、殺しの上流に立っている連中はあるいは私欲、あるいは狂信に目がくらんでいかさまマトモではない。
 小器用に適当に、昼は当たり前の浮き沈みに身を任せ夜は血みどろの復讐代行と、他の連中のように生きていけない雷蔵は、こんな稼業に流れ着いてしまった者たちが見て見ぬふりをしている現実を、しっかり見据えることしか出来ない。
 俺たちは人殺しの罪人で、救われるべき出口などない。
 この視線が”写実”という芸術に結びついて、乾ききった雷蔵の人生にほのかに墨を入れる様子と、幽烟の背中に刻まれたマリアが本来睨みつけるべき、原罪の行く末が面白く絡まって、今後が気になるエピソードとなった。

 自分なり出来ることを見つけて、夢中になれる何かと出会って、血みどろの過ちとその先にあるさらなる血みどろを一瞬忘れたとしても、人殺しは人殺し、罪人は罪人だ。
 そんな現実を”写実”することしか出来ない雷蔵の不器用が、一体どこに流れ着いていくのか。
 その行く末を睨みつけている幽烟の白皙には、どんな思いと過去が隠されているのか。
 じりじりと、触れ合っているようで縁遠い男たちの因縁が運命にあぶられてる匂いが漂ってきて、なかなかいい感じである。

 

 

画像は”REVENGER”第4話から引用

 無頼な生き方から面倒見の善さをにじませてる惣ニの、雷蔵お世話旅の後を追いかける形で、利便事屋が殺しのない昼間をどう生きているか、見えてくる今回。
 惣ニはルームメイトが仕切りと立てたボロ屏風から、遠い自分の領分に最初は身を置いていて、色々走り回る中で気づけば身を乗り出している。
 この仕草だけで、明らかに殺しを稼業にするには瑞々しすぎる心根が良く見えるが、そういう人ほどどん詰まりに追い込まれていくのがこの街、非情の長崎である。
 この雰囲気で善良ポイントを積むほどに、超ろくでもない未来が待っているとしか思えなくなるので、惣ちゃんにはあんまプリティーな事して欲しくないんだけどなぁ……。

 徹破先生は人情医者、鳰くんはフラフラ色街夜の蝶、幽烟は数寄者垂涎の蒔絵師。
 それぞれ殺しをしていない時間にもたつきの術があり、器用にオモテとウラを使い分けて人間の暮らしをしているわけだが、生真面目が過ぎる雷蔵はそういう生き方ができない。
 日がな一日身じろぎもせず、綺麗に整えた自分の領域で座りっぱなし。
 それは罪人が牢獄で強要される姿勢であり、騙されて親を殺し恋人を救えなかった事実が、当然彼に求める生き方だ。
 腹切って一切合切決着させる侍らしい終わりも奪われてしまって、惨劇の後も悪徳を背負って生きざるを得ない人の身を、雷蔵はつくづく持て余している。
 酒かっくらって博打に勤しみ昼まで寝てる惣ニの、いかにも人間臭い切り分け方とは真逆の同居人を、どうにも見ていられず世話を焼いてしまうのも、また浮世の情か。

 貧乏下宿には不似合いな桜蒔絵の椀物を売り飛ばせば、確かに口に糊することは出来ても、そこに宿ったなにかが売らせない。
 そういうモノを感じ取ってしまうセンサーは、死んでしまいたいほどの過ちを経てなお死ねない雷蔵の中で、確かに生きている。
 引き寄せられ巻き込まれた利便事屋稼業で、殺しの手先として更に罪を重ねながら、行末など見えないままじっとり、立ちすくんでいる。

 

 

 

画像は”REVENGER”第4話から引用

 惣ニがぶつくさ文句言いながら超えた境界線を、信仰で繋がっているはずの殺し屋と上役は超えない。
 異端の信仰がグツグツ発酵している礼拝堂を、縦に切り裂く捻くれた木の根っこは、幽烟と殺し屋稼業……あるいは信仰の関係が同じく、複雑に歪んでいることを良く教えてくれる。
 キリシタン弾圧の歴史を踏まえ、現状の統治機構に強い憎悪を抱くジェラルド嘉納に、幽烟は疑念と反発を覚えるが、異端者の顔面に金箔が張り付くわけでもない。
 かくあれかし。
 現状を寿ぐ聖句が紡がれるには、あまりに罰当たりに冷えた礼拝堂の中で、こねくり回されるのはあくまで現実的な経済と政治……憎悪と反感だ。

 雷さまと惣ちゃんのオモシロ就活紀行に匂う、銭がなけりゃ毎日を生きられない人間のペーソスが、ここではドス黒く生々しい冷たさで剥き出しになっている。
 異端の神父はかいまき与力の我欲を呪うが、では依頼料を渡すの渡さないの、追加で殺すの殺さないのを綱引きしてる自分たちは、神意の代行者として相応しい存在なのか。

 同じ穴のムジナのくせぇ匂いを、幽烟は嗅ぎ取って考えないよう自分を抑え込み、信仰に(あるいは魚澤と同じ我欲)に寄った嘉納は気にもとめていない。
 キリスト教モチーフと暗殺稼業の噛み合いがいまいち見えなかったが、過去の過ちから逃れられず、正しくないと知りつつ殺しに身を任せて罪を重ね、その只中で己の在り方に迷っている男たちを見ていると、”原罪”つうのが一つのつなぎ目かな、とも感じた。
 生きてる限り……あるいは死んでもついて回る罪の匂いを都合よく忘れて、手前勝手に引き寄せ歪められる連中と、生真面目に悩み続け立ち止まってしまう者たち。
 何が正しく間違っているか、そんな審判を誰も果たしてくれない薄汚れた街で、真に生き何かを信じるとは、どういうことなのか。
 それを見つけた所で、拭えぬ罪が拭われる奇跡は訪れるのか。
 そこら辺、今後問いただしていく話になんのかな……って感じ。

 

 

画像は”REVENGER”第4話から引用

 それは先の話として、幽烟が都合をつけてくれた見張り仕事の暇つぶし、雷蔵はようやく前のめり夢中になれるものと出逢う。
 手慰みの筆先が紙に踊る度、写し取られる世界の実相。
 何事もただあるがまま受け止めることしか出来ない男の筆は、禁制のはずの西洋絵画の技法を自然と写し取り、”リアル”な画調を華やかに写し取っていく。
 このお話は架空の歴史を扱ってはいる。
 けども1731年の沈南蘋来日以来、宋代画や西洋絵画の視線を新たな風と受け入れて、生き生きと変容していった日本絵画と重なるものでもあって、雷蔵のリアリズムは確かに受けいられる素地があると思う。
 都合のいいフィクションで人生を塗り固めて、器用に生きることは出来ない雷蔵のメンタリティが、自然と新たな画風にたどり着いてしまった描写は、それが今の長崎では禁忌にもなる”紅毛”の匂いを宿すこと含めて、なかなか面白い。
 ここではない何処かに、確かに息づいている世界本来の在り方を切り取る視線を、雷蔵は知らず見据え形にする才能があったわけだ。

 凄腕の蒔絵師である幽烟と、生真面目一本槍の雷蔵の未来が、こういう形で繋がっていくのはなかなかに面白い。
 金目当てでなく殺しをやってるのと同じく、表家業に蒔絵を選んだ理由が幽烟にもあるはずで、それは今回雷蔵が出会った自分なりの適当と、響くもの……かもしれないし、真逆に擦れて火花を散らすものかもしれない。
 とにかく夢にも嘘にも溺れられず、罪人でしかない自分の現状をまっすぐ見つめることしか出来なかった雷蔵の人生は、絵筆と出会って確かな手応えを得る。
 手渡されたお礼金は、利便事稼業で差し出されたり宙に浮いたりする罪深い銭と、少し違った重さがあるはずだ。

 同時に殺しは殺しで、艶やかな夜に星色一閃、ぎやまんの音色に誘われてみれば殺意の巷である。
 凧糸斬首が印象的だった鳰くんが誘い役を担当し、徹破がインチキ狙撃を担当する殺しの組み立てには豊かなアイデアが感じられ、不謹慎ながら楽しかった。
 血みどろの段取りを楽しんじゃいけないもんだが、そういうモンこそ面白いってのも世の習いで、さてこの殺戮娯楽劇の帳尻を最後にどう合わすか、なかなか楽しみであったりもする。
 トンチキとケレンでしっかりエンタメしつつも、自分たちが扱うモノへの内省が随所に透ける話作り、まーツケは取り立てに来るよなぁ……と思うけども、さてはて。

 

 

 

画像は”REVENGER”第4話から引用

 猫は猫、侍は侍、そして人殺しは人殺し。
 世間がどれだけ小器用に嘘を囁いても、そうとしか思えない男が見つめるものは、否定し難い新たな”美”に満ちている。
 それが他人に認められ、自分の居場所となっていく感触に雷蔵はほほえみ、幽烟は表情を固くする。
 歪なる信仰者の視線が見据えているのは、蒔絵師としての自分に並びかねない”美”の感触か、空虚に枯れ果てるはずだった男の魂が、墨の雫で確かに潤った感触か。
 飄々と掴みどころのない幽烟が、雷蔵にぬらりとした情感を寄せている描写が今後、どう炸裂していくかも楽しみである。

 

 という感じの、雷蔵生き直しの足場を整える回でした。
 愉快な復讐代行業者が日常をどう過ごしているか、どんな人情を抱えているかが良く分かったし、浮世に混じって罪を忘れる都合のよさに、どうしても主人公が安住できない様子も理解った。
 その上で、自分の指がなにか実りのある美しいものを作り出し、人と人の間に縁となっていく喜びも、死んで当然の罪にまみれてなお、雷蔵の魂に宿っている。
 それに素直に、真っ当に生きていく道は多分、すっかり汚れきった血みどろの渦中に許されているものではないが、それでも人は生きていく。
 生きてしまうものだし、その禽獣の如き本能に従った結果、許されざる罪が世に溢れもする。
 そんな悪業溝浚い、天に向けれぬ汚れた顔で、泳ぐ浮世の川流れ。
 さて、どこに行き着くか……次回も楽しみですね。

大雪海のカイナ:第3話『軌道樹の旅』感想

 最果ての村を旅立った皇女と少年は、戦雲渦巻く地上を目指す。
 生活感満載の異世界アドベンチャー、主役とヒロインの絆が深まる険しい旅をどっしり追いかける第3話である。

 

 

画像は”大雪海のカイナ”第3話から引用

 とまぁほぼ一話全部、こういう絶景を二人で下り、死にかけたり虫のサナギ食ったり放尿したりするエピソードである。
 『あ、虹……』じゃあないんだよカイナくん!
 壮大な軌道樹のスケール、落ちたら即死の厳しい旅路が同時に、とても美しいものを一緒に見つめる体験にも繋がっていて、カイナくんとリリハ姫の距離がグッと縮まる納得感が濃くなるエピソードと言える。
 まーこんだけ厳しい旅を二人きり、生きるも死ぬも喰うも出すも共にしていれば、そらー縁も深まりましょうよ……って所で終わらず、滅びゆく天国で暮らしてきたカイナくんが初めて遭遇する人間同士の殺し合いの中で、戸惑いつつも躊躇いはしない行動力でピンチをチャンスに繋げていく、主人公たる所以も描かれた。
 ノンキで素朴な長所はそのままに、死が当然の厳しい環境で生き延び、ジジババと暮らすうち育まれた野生の知恵が今後、物語を切り開いてくれる期待感も高まる展開である。
 ハードコアな絶壁降下を延々繰り返す中で、姫様のタフな精神性と可愛さも良く伝わって、どっしり腰おろして世界見せつつ、キャラとお話の背骨をちゃんと食わせてくれる語り口が嬉しい。

 

 

画像は”大雪海のカイナ”第3話から引用

 人間二人が極地で支え合ってりゃ、一緒に飯も食うし寝顔も見るし出すもん出す。
 人が生きることの実相をちゃんと書くことで、世界が死にそれに巻き込まれる形で人間たちも滅びつつあるこの物語の死生観が滲んでくるのは、お話のコクをじっくり煮出している感じで大変うれしい。
 こうして近づいた距離がお互いの過去を伝えさせ、天と地に別れつつも確かに繋がっている親子の情、奇妙な奇跡を顕にもしていく。
 ジジババが祈ったように、お年頃な二人がジリジリ運命のパートナーになっていく”熱”も頬に宿りだしていて、ロマンスの期待もしっかり積んでくれるのはいい感じだ。
 二人ともとてもチャーミングなので、関係性がどう変化していくか見守るのが楽しいのはありがたい。

 二人の旅を通じて軌道樹の現状をしっかり見れることは、生活インフラを樹に頼ってるこの世界の実情を知る上で、結構大事でもある。
 ロステクツールが天にも地にも残りつつ、それを活用する術が伝説の奥に隠れてしまっている現在、水は枯れ狭い土地には争いが満ちている。
 看板読みの技術を伝えていた最果ての村、そこから来た少年が世界を再生する古の知恵を読み解く未来がありそうだが、そこにたどり着くまでには国家間の戦塵を掻き分け、険しい運命に向き合う必要もあるのだろう。
 その時この旅で出会い育まれた二人の絆が、強い武器になっていくという予感がこの旅にはしっかりあって、広大な世界観を豊かに満たす冒険と成長の物語の、土台をしっかり支えてくれる。
 やっぱベタ足の異世界アドベンチャーを、抜かりなく丁寧に編み上げてくれている質感が好きだわな。
 美術力含めた世界観構築力が高いので、二人が乗り越えていく危機の切実さも良く伝わるし、『そらー分かり合っていくよね……』という納得感も強い。

 共に家族を亡くし、はるか遠い天と地を見つめながらそこに人の営みと救いがあるのだと信じていた、少年と少女。
 ヒカリを媒に共有されていく思い出は、急速に辺境の少年と救国の王女を近づけていく。
 一見ハイファンタジーなこの世界が、重力子放射線射出装置がいつ出てきてもおかしくないSF要素に支えられてるっぽいサインは、既に随所に顔を出してる。
 お馬さん(健気で可愛い) を弔う時の祈りも『トーア』に捧げられてるし、看板は東亜重工フォントだしなぁ……。
 このままだと水枯れて全滅なお先真っ暗、神話の領域に埋め込まれた超技術で一発逆転救世主爆誕といこうじゃねぇか! つう期待感も高まるが、そこら辺はどっしり構えてまだまだ先の話のようである。
 正直天幕と雪海の世界観めっちゃイイので、しばらく手斧と格闘銃でやり合うローテク加減を楽しんでいたい気持ちも強い。
 どういう速度でお話を取り回し、クライマックスへと導いていくか……語り口にも興味は深まる。

 

 

 

画像は”大雪海のカイナ”第3話から引用

 危険な虫、崩れ行く足場、険しい気候と絶壁。
 前人未到の軌道樹を巡る旅で、超えるべき危機は自然が連れてくる。
 それを越えた先で待っているのは人間同士の争いで、いよいよカイナくんはまだ人同士で殺し合ってる余裕がある罪まみれの大地へと、足を踏み入れていく。
 剣が長い包丁でしかない、人の命運が絶えているからこそ平和な楽園から来た青年は『話し合おうよ』と当たり前な正解を持ち出すが、相手を殺して自分が生きる選択肢がまだ残っている世界においては、それはとんでもない贅沢ごとだ。
 ここら辺お馬さんを楽にさせたり、軌道樹自体が死にかけていたり、幾重にも重なった死生観の描線にもう一つ、奥行きを足す感じの描写だった。

 敵も味方も抜かりなく、天に消えた姫様の行方を追いかけていたわけだが、黒い包囲網を抜け出すきっかけは、殺し合いに慣れていないはずのカイナくんが作る。
 話し合い助け合うことだけが選択肢だった青年にとって、顔合わせたら即座に命の取り合いな地上のやり口は戸惑いを生むが、しかしそこで足を止めたりはしない。
 厳しい環境は彼に優れた適応力と判断力を与え、見知らぬ技術が何を生み出してくれるのか、自分の頭で考えて飛び込む鋭さもある。
 ぼーっと純朴に見えて、我らが主人公は思いの外戦える男なのだと解る描写が、姫様の運命を切り開いていくのは大変良い。
 しかもその”闘い”は殺すより逃げて、活かして護る方向に向いてるってのが、これまた王道で良い。

 メシ食って寝て出す描写が分厚いのもそうだけど、カイナくんは文明人が囚われがちな理念に縛られず、危機を前に即決即断果たせる、生きた身体感覚を持っている。
 その上で自分だけの狭い体験に閉じこもるわけではなく、天膜で独自に育まれた文化風土を背景に、想像力と知恵を働かせて前に進んでいく強さもある。
 動物であり人間でもある存在の、良い所をしっかり持ってる主役だと感じられる。
 それがこの世界ではごくごくありふれた、しかし大変厳しい冒険の中で……あるいは自然を離れ人の世界に近づいたからこその戦乱の中で、武器として輝きだしているのはとても良い。
 国を憂い家族を思う姫様の旅路を、力強く牽引し隣に並んで共に走り、あるいは手を惹かれて新しいものを見つけていく物語を、自発的に切り開いてくれる頼もしさがあるのだ。

 この確かな手応えは、国2つが絡み合う状況に主役が飛び込むまで三話かけた、どっしりした語り口こそが生み出すものだと思う。
 軌道樹、虫、ウマ、人間。
 色んなものが生きて死んでいく、当たり前の輪廻に満ちた特別な世界の中の、ありふれた戦乱。
 ここに優しく強い若人が飛び込んでいって、どんな物語が生まれていくのか。
 次回も大変楽しみです。