イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

舟を編む:第8話『編む』感想

言葉の海を泳ぐ船は時間だって超えられる、辞書編纂お仕事系アニメ、新章開幕の第8話。
13年の時間をすっ飛ばし、完成に近づいた大渡海に、新たな仲間が乗り込んできたぞ! というお話でした。
青春時代を過ぎた馬締と西岡が、かつて自分がされたように若人を導いていく姿。
馬締とも西岡ともどこか似ていて、しかし自分らしい悩みと強みを持った岸辺さんの新しい物語。
新章を立てる意味がちゃんと感じられる、食べごたえ十分の話運びであり、時代が変わっても失われないこのアニメらしさも随所で輝いている。
新奇性と安定感を両立させた、非常に良いリ・スタートだと思います。

というわけで時間が飛び、大渡海完成間際まで状況が進みました。
ここまで見守った以上、船が編み上げられ世間に出ていくところまでしっかり見守りたいし、状況が変わったことで見せるだろう新しい困難、新しいドラマも見てみたいしで、仕切り直しは素晴らしい判断だと思います。
その時大事になるのは、変わった部分と変わらない部分を明瞭に見せ、時代が流れても作品の良さは失われず、新しい可能性が生まれてきていると視聴者に感じさせること。
新人が辞書編纂部に馴染むまでを手際よく、歯ごたえ十分に見せることで、今回はその難しい両立をしっかり果たしていました。

まずお馴染みのメンバーの話をしますと、馬締も西岡も13年分の年輪を刻んで、自分の居場所を探す青年から、自分が居場所になってあげられる大人へと立派に成長していました。
しかし根本的な部分が変わるわけではなく、馬締は相変わらず視野の狭い変人のままだし、西岡も調子のいいチャラ坊のまま。
それは欠点であると同時に長所でもあり、時代が流れても変わってはいけないものなわけで、馬締の言葉がうまく伝わらず関係がギクシャクするのは、困った状況であると同時に彼の成長を見守ってきたものには、不思議と嬉しいシーンでもあります。

岸部ちゃんとのファーストコンタクトを見ても、『相変わらず猫背で、動くときもワタつくなぁ……』と、このアニメの強みである丁寧な作画を活かして『馬締は変わっていない』と教えられる。
かつては振り回されていたそういう個性の乗りこなし方を13年の時間は教えてくれてもいて、不器用ながらも真摯な言葉を伝え、飲み会をセッティングし、かつて荒木さんがやってくれたような『良い大人』に成長している様子も、しっかり描かれています。
自分が乗りこなし方を覚えるだけではなく、香具矢というパートナーに支えられ、二人三脚で進んでいく様子もしっかり見えたのも良かったです。
馬締が自分らしさを完全に乗りこなしていては、香具矢が足らない部分を補い、彼の長所を最大限発揮させる頼もしさを画面に乗せることは出来ないわけで、いいバランスで成長と未熟、両方を感じることが出来ました。

Bパート頭、二人の食卓をじっくり流すシーンは結ばれた彼らがどういう関係を作れたのか、丁寧に見せてくれる非常に良い見せ場でした。
時間の変化と関係性の不変を同時に描くこのシーンは、は日常を非常に細密な解像度で切り取ってきたこのアニメの真骨頂と言うべきもので、非常に良かったと思います。
描写の情報量が非常に多くて、すっ飛ばされた13年の間におばあさんが亡くなったり、夫婦の関係が深まったりという変化を、一切台詞に載せなくても理解できるのは、非常にこのアニメらしい。
香具矢の口調やモノの食べ方がタケおばあさんそっくりになっていて、今は写真にしかいない彼女の気遣いが、しっかり継承されたことを教えてくれます。
これは当然、『タケおばあさんの仕草』をアニメに落とし込むことを強く意識し、実際に動画を作ったからこそ機能する演出なわけで、そういう作りは贅沢だし強靭だなぁと思う。
相変わらず真面目一本気な夫をしっかり理解し、お互いの目を見ながら豊かに暮らしている姿が食卓に焼き付けられていて、夫婦の空気が感じられる、穏やかで優しい場面でした。

俺の西岡も『離れていても、心は一緒だ』という言葉通り、最強の人間力を発揮して岸部ちゃんの心を繋いでくれました。
青年時代にあった一種の思い詰めた感じが馬締から薄れていて、冗談も飛び出す良い付き合いになっている所とか、マジ西岡お前……って感じだった。
飲み会に顔をだすのは自分のノスタルジーを満たすと同時に、人数が足りず欠点を補いきれない辞書編纂部の問題を、砕けた場所でチェックする意味合いもあんだろうなぁ……出来た男だ。


いつものメンバーが陰影のあるいい表情を見せる中、新キャラの岸辺ちゃんもそれに負けない魅力を、燦然と輝かせていました。
かつての馬締や西岡と同じように、辞書編纂という仕事に悩み、自分の居場所を探し求めている若者が、自分なりの向かい合い方で道を見つけるまでのお話がギュッと詰まっていて、見ごたえがあった。
馬締の不器用な真摯さ、西岡のそつのないフォローをしっかり受け取るだけではなく、『ファッション』という得意分野を活かして立ち位置を確立するところとか、非常に頼もしかったです。
やっぱ『自分なりに、自分に出来ることを、出来る限りやる』姿を見せてくれるとキャラクターを好きになるし、このアニメはその描写一切怠けんからな……キャラクターの血色が良いというか。

『右』の定義はあらきさんが馬締の心を、そして視聴者(と僕)の心をギュッと握り込んだ、この作品の殺し文句だと言えます。
時間経過に従い、新キャラクターが顔を出したこのタイミングで、確実に勝てるこのシーンをリフレインさせるのは、必然であると同時に新鮮でもある、凄い一手だと思います。
あのやり取りで馬締がどれだけ辞書編纂に引き込まれていったか知っている身としては、岸部ちゃんがこれから『アウェイ』で巧くやれてる確証を得られる、信頼のおけるやり取りでした。
くわえて言うと、馬締と同じ『正解』に岸部ちゃんがたどり着くことで、頼もしい主任に成長した馬締と同じ資質を、岸部ちゃんが備えている説得力も出てくる。
新キャラを作品になじませるためにも、13年という時間を超えて受け継がれるものを見せる意味でも、非常に豊かな繰り返しでした。

過去の遺産を有効活用するだけではなく、新しい衝撃でガツンと殴ってくるのを怠けないのもこのアニメの良いところ。
『紙』というこれまで触っていなかった、しかし非常に大事な分野に切り込んでいくやり取りは、岸部ちゃんの感じた当惑と好奇心が視聴者とシンクロするという意味でも、非常に面白い展開でした。
『右』や『西行』でもそうなんだけど、トリビアとして心惹かれる要素をうまく使いこなして、好奇心をぐいっと引き寄せるエピソードの造り方、挿入タイミングが抜群に巧いよね、このアニメ。
作中人物が心を動かされる要素に、視聴者も無理なく気持ちを引っ張られるので、劇中で起こっていることと画面の外で見ている僕らの間に、乖離が少ないというか。

紙への熱意、『ヌメリ感』の驚きは新キャラと視聴者を近づけるだけではなく、場に馴染めない岸部ちゃんが辞書編纂に前のめりになっていく起因にもなっています。
自分の居場所から追い立てられたと思い込み、馬締の不器用な対応にも戸惑い、未来への展望を見失っていた彼女が、一個ずつ足場を見つけ、『辞書編纂は、わたしの仕事なんだ』と納得するまでの物語。
これが非常にしっかり展開すればこそ、ただ懐かしかったり、時間の経過を感じ取ったりするだけではなく、なにか新しいうねりが物語に宿った興奮と、一つ確かな未来をキャラクターが掴み取った満足感とが、見終わった時に湧いてくる。
変化した状況を説明するだけではなく、岸辺みどりのキャリアメイクを抜かりなく描ききったことも、今回のお話の素晴らしさだと思います。


細かい部分でいいますと、13年前の『ちょっと昔な感じ』を小道具で出していたのがしっかり効いて、時間変化をスッと飲み込めたのが気持ちよかったです。
ブラウン管ディスプレイがCRTに、ガラケースマホに変わることで、馬締と大渡海が泳いできた時間が素直に感じ取れ、視聴者が置いてけぼりにならない。
細やかな美術は作品のリアリティを高めるだけではなく、こういう効果を狙っていたとも思うので、キレイに成功していて唸ってしまいました。

キャラクターが変化と不変を見せたように、美術もまた無言で『変わらないもの』の価値を語ってきます。
辞書が幾重にも積まれた辞書編纂部の風景、本流から離れつつも独特の存在感がある別館。
それは馬締の真摯さや、西岡の視野の広さのように、時代が流れ情報機器が進化しても失われない『紙の辞書』の価値を担保する、大事な足場です。
人間が言葉とドラマでもって表現するものを、動かない建物や小道具がどっしりと後押しする体制が揺るがないのも、このアニメが創作のカロリーを巧く使いこなしている証明だなと思うね。

13年の時間と新しい可能性という主軸をどっさり描くと同時に、今後の展開を予期させる細かい描写を挟み込んでくる巧さも、今回冴えていました。
『ヌメリ感』のある紙の制定はこの後も話を盛り上げてくれそうだし、松本先生の治りにくい風邪は今後訪れるだろう離別を予感させるし。
『最後まで走りきる』ために時間は飛んだわけで、物語が速度を上げていくための新たな燃料がどこにあるのか示す指示が明瞭だったのは、新章第一話として凄く良かったと思います。
まぁ笑顔で辞書完成を松本先生と祝えればそれが一番なんだけども、あの描き方だと確実に一発クルよなぁ……13年分の『成長』を今回巧く描いたように、時間が死を連れてくる宿命も、ネガティブなだけの描き方にはけしてしないと思うけどさ。


そんなわけで、過去と未来、変化と不変が交錯する、可能性の爽やかな風が吹く新章開幕となりました。
岸辺ちゃんの素直なキャラが非常にかわいくて、彼女の戸惑いと決意をぶっとくまとめる話運びとも相まって、一話でグッと好きになってしまった。
俺の好きな青年たちも13年経って立派に成長し、あるいは彼ららしさを損なわず、新しくも懐かしい魅力を強めてくれました。

これまで描いてきたもの、これから描かれるものをとても大事にしてくれていて、作品への信頼感がさらに増す、大満足の仕上がりでした。
長らく見守ってきた大渡海の渡航も、ついに大詰め。
ここからどんな困難が襲いかかり、岸辺ちゃんを始めとする新しい仲間たちと、どうそれを乗り越えていくのか。
舟を編む終盤戦、本当に楽しいし、楽しみです。