イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

響け! ユーフォニアム2:第10話『ほうかごオブリガート』感想

荒れ狂う人生の海路に挑む少女たちの航海記、過去と未来が交錯するユーフォ2第10話。
麻美子とあすか、久美子にとってあまりに愛おしく、それ故素直に向かい合えない二人の『姉』の物語に決着が付くエピソードとなりました。
圧倒的な演出力の圧と混乱を活かした前回に比べると、起きている事象と物語を重ね合わせる、スマートな演出がされていました。
勝負のために準備を整えるのではなく、準備を活かして結末に飛翔する回にふさわしい、真っ直ぐな描き方が活きていたと思います。

というわけで、『過去』と『現在』、二人の『姉』との対話をA/Bに配置し、後悔と決意を対照的に描く回となりました。
すでに『家』の内部で起きてしまって、取り返しがつかない麻美子との別れ。
今まさに目の前、『学校』という場で起きている、あすかとの対話。
2つのダイアログは対照的でありながら、そこに向かい合う久美子にとってはともに大切な憧れであり、気持ちを表すのに言葉だけでは足らず、溢れ出た感情が涙となって頬を伝う。
これまでじっくりと積み上げてきたエピソードの数々、複雑な感情が一つに結実する回として、長く向かい合ってきた問題が一つの解決に結びつくお話として、非常に鮮烈なエピソードだったと思います。

前回非常に圧縮率と屈折率の高い『難しい』演出を使いこなして、あすかと彼女を取り巻く人々の複雑怪奇な心情を表現していたこのアニメですが、今回はかなりストレートな映像の暗喩を、メインウェポンとして選択していました。
いがみ合っていた姉妹がお互いのコンプレックスを吐露し、気持ちに決着をつけるシーンに『鍋にこびりついた汚れを落とす』行為が重ね合わされていたり、その鍋は『綺麗にはなったけど傷だらけ』だったり。
論理性の糸で他者を絡め取り、自分も他人も無理くり納得させようとするあすかに『蜘蛛の巣』が重ね合わされたり。
『特別』の障壁で自分を守ろうとするあすかと、そこに踏み込んで身勝手な本心を吐露する久美子との『光と影』の綱引きだったり。
画面の中にあるものが何を意味していて、何を加速させているかが、今回は(比較的)解りやすかったと思います。

物語の内側にあるテーマ性や感情を補強するべく、様々な具象に意味を持たせてカメラで切り取る手法は、お話が持つエモシオンな勢いを加速させ爆発させる、強力な武器になっています。
表情や仕草という個人内部の表現力と同じくらい、そこから距離をおいた具象を使いこなして感情の揺れ幅を映像に切り取る手腕は、つくづく京都アニメーションだなぁと思いました。
強靭なスケジューリング能力に支えられた作画力を、明確な意図に従って使いこなしているところが強いんだろうな、多分。


第8話で過去が語られたことにより、久美子は相当なコンプレックスを姉に抱いていたことが視聴者に明かされました。
今回キッチンで行われる穏やかな会話は、かつてその姿に憧れて音楽を始め、成長に従って素直に向かい合うことができなくなり、気づけば己の元から離れていってしまう『姉』との、最後の対話になります。
後に行われるあすかとの対話では真正面から向かい合っているのに、麻美子との対話では軸をずらし、『料理を作る人』と『掃除をする人』に分かれて背中合わせの対話をするあたり、家族故に拗らせてしまった心境が透けて見えます。

すれ違っているのは姿勢だけではなく、『アンタが羨ましかった』と妹に告白する姉の視線と、『お姉ちゃんが一番構われていた』とつぶやく妹の認識は、とんでもなくズレています。
親の愛情を奪い合う姉妹の宿命を心に秘めつつ、気づけば憧れを隔意に変えてしまっていた姉妹はしかし、衝突と歩み寄りを繰り返して、ようやく無防備に心を言葉に乗せていけます。
お姉ちゃんがここまで素直になれたのは、第8話で秀一が上げたトスのおかげだと思うので、こと『家族』の問題に関しては幼馴染は強いなぁ。


親の期待に答えるべく、自分の望みを押し殺し『大人』『良い子』を演じてきた麻美子。
そんな外面に判断を曇らさされて、『大好きなお姉ちゃん』を信じきれないまま距離が空いてしまった久美子は、『私は寂しいよ、少しだけ』という姉の言葉に、素直に言葉を返すことが出来ませんでした。
それは取り返しのつかない『過去』であり、今更姉への思いを言葉にした所で、姉は『家』から離れていってしまう。
無力さに苛まれつつ、ぎこちなく姉の背中を見送った久美子ですが、その心には凄まじい嵐が吹き荒れていて、『家』から離れた電車の中で瞳から溢れる。
『家族』だからこそ引き寄せられ、『家族』だからこそ素直に向かい合えないまま別れた『過去』への愛情と後悔が、あの涙には詰まっていました。
『私も寂しいよ、お姉ちゃん』という言葉を、直接姉には言えないところに、『家』が持つ屈折を強く感じます。

麻美子と久美子の関係はすでにこじれきった後の物語であり、たとえ今回お互いの気持を素直に受け取れたとしても、麻美子が『家』から離れ自分の人生を歩き直すという結末には、変化がありません。
後悔と痛みが付きまとう『過去』の物語をある意味『失敗』と描いておくことで、あすかとの『現在』の関係に久美子がどう立ち向かうのか、今度は『成功』出来るのかというサスペンスを強化しているのは、上手い配置です。
喪失感と痛みがあればこそ、キャラクターが必死になっている姿を視聴者は身近に感じられるわけで、姉と面と向かっては流せなかった涙、もう思い出の中にしかない温もりを切なく描いておくことは、麻美子と久美子の『過去』の姉妹関係だけではなく、あすかと久美子の『現在』の姉妹関係にも強く影響するわけです。
強烈に心揺さぶるエピソードを単品で終わらせるのではなく、他のエピソードと重ね合わせて加速させるという意味でも、今回は主旋律(メロディ)と助奏(オブリガート)が絡み合う話なんだな。

このアニメは思春期の物語であり、今回完結した麻美子と久美子の物語は、久美子がどれだけ『大人』に近づいているかを示す定規でもあります。
『お姉ちゃんだいすき』と無邪気にいえた『遠い過去』、気づけば距離ができてしまった『近い過去』、衝突と対話を経てお互い素直になれた『現代』。
この三点を用いて『成長』を測量することで、段々と複雑さを増していった時間の深さ、そこに潜っていく久美子の青春が、的確に描かれていました。
ここらへんは滝先生絡みで死と喪失を学んだり、みぞれたちの四角形を脇で見ながら人生の複雑さを考えたりした物語の、延長線上にあるテーマですね。
久美子がようやく直面し、なんとか乗り越えた『大人』の複雑さに、あすかは幼少期から単独で向かい合わなければいけなかったと考えると、そら過剰に成熟もするわな……。


『家』が持つ歪みの強さはあすかにもかかる影であり、久美子渾身の告白はあすかの心を動かしはしても、直接母親に届くわけではない。
変えられない『過去』の重みは、他人が身勝手に押しのけられるほど軽くはなく、結局あすかは地力で掴み取った『全国模試30位』を盾に、自力で部活に復帰します。
しかし久美子の言葉がなければあすかはその決断をしなかっただろうし、久美子があすかの論理性を乗り越え感情を吐露したのは、これまでの物語の中で触れ合ってきた人々(特に麻美子)の言葉あってのことです。
自分の人生という主旋律を成立させるために必要不可欠ながら、けして舞台に立たない助奏をタイトルに入れている今回は、いかにして他人を動かす真実の言葉が生まれてくるか、その成立過程を追いかける話でもあります。

久美子の家庭訪問と川辺での演奏が持っているエモさで押し流されてくれれば話も早いんですが、厳しい家庭環境で生き残るべく田中あすかが積み上げた『強さ』は並大抵ではなく、あくまで彼女は『大人』の判断をしようとする。
気持ちを叩きつけてきた久美子にも、これまで僕らが見てきた青春探偵の特権……『事件には立ち会うが、犯人にも被害者にもならない』ズルさを巧妙に指摘して、撤退させようとしてきます。
ここで一番キツい壁を押し付けてくればこそ、そこを乗り越えて踏み込んだ久美子の気持ち、それを後押しする『姉』との関係性が強調され、お話にグッと熱が入ったと思います。

母親を筆頭にすべての人を遠ざけ、『大人』な田中あすかを守ってきた圧倒的論理性。
久美子はそれに一瞬怯むわけですが、様々なものに後押しされて一歩踏み込み、『子供』の論理で『子供』の田中あすかを許容し、救済し、光の中に引っ張り出します。
久美子は常にまっすぐあすかに正対しているのに対し、あすかは言辞を弄して距離を作り、下から覗き込んだり視線を外したり、正面対決を避けているのは、この論理と感情、過去と現在、『大人』と『子供』の闘争において、非常に象徴的ですね。


『大人』の判断をして音楽から離れ、あこがれから遠い存在になってしまった『過去の姉』と、全く同じことを『今の姉』であるあすかが選択しようとしている。
今更思い出した憧れに何も触れられないまま去っていった直後に、もう一度憧れが自分の目の前から消えようとしている、その衝撃と無念。
直前に麻美子の物語をしっかり描いていたことが、あすかの猛烈な拒絶を久美子がなぜ乗り越えるのか、その気持があすかの冷徹をなぜ溶かしうるのかを説明し、視聴者の気持ちをドラマに乗っける仕事を果たしていたと思います。

久美子は麻美子相手には目の前で流せなかった激情を、なりふり構わず垂れ流しにしながらあすかを引き留めようとします。
それは田中あすかを求める行動であると同時に、時間の流れに押し流され、手の届かない岸に離れていってしまった愛おしさをどうにかして取り戻す、一種の代償行為でもあるのでしょう。
Aパートでは失敗せざるをえなかった『姉』との関係構築を、二度は間違えないという決意が、久美子の背中を押しているわけです。

しかし、『心のなかにどんなものを隠していたとしても、実際に行われた行為、偽装され共有された真心にはしっかりと意味がある』という現象主義は、このアニメの柱です。
久美子があすかに踏み込む原動力が己の後悔だったとしても、もしくはあすかの面倒見の良さが自分の私利私欲のためだったとしても、それに心を動かされ、人生の厳しさに立ち向かう活力を与えられた人たちは、確かにいる。
完璧な相互理解など夢物語で、幾度もすれ違い傷つけ合いながら、それでもそういう形でしか繋がることが出来ない私達、偽物のコミュニケーションから本物の真心を抽出できる人間の姿を、今回のお話は再確認していたように思います。


あすかが久美子にかけた言葉がよく刺さるのは、自分のことでもあるからでしょう。
『冷静に距離を測って、最後の一線には踏み込まない』
『傷つけるのも傷つくのも怖いから、安全圏にいようとする』
それは様々なイベントに出会い解決の手助けをしてきた青春探偵を指弾すると同時に、持ち前の賢さを自己防衛に使ってきた自分自身への嘲りでもあります。
あすかと久美子は性格の悪い似た者同士であり、だからこそあすかは香織には許さなかった接近と救済を久美子には許したわけですが、それが攻撃に回るとお互いイタい事になりますね。

しかしそれは攻撃だけではなく共感の足場でもあって、久美子は『お姉ちゃんに似ている田中あすか』『私に似ているあすか先輩』の影を追いかけつつ、あくまで身勝手な『自分の願い』として、あすかを引き戻そうとする。
彼女が姉の背中を見ながら叫んだ『あすか先輩はただの子供です。ただの子供でいいんです!』という言葉には、あすかが子供として適切に愛されなかった過去、母と父から二重にかけられた呪いへの配慮は、おそらく入っていないでしょう。(そこまで久美子は賢くない。あすかじゃないんだから)
でも、久美子の身勝手な(だからこそ真実の)言葉は、結果としてあすかの一番脆い部分にぶっ刺さって、母の望む『大人』ではなく、自分が大好きなユーフォを大好きな父の前で演奏したいという願いを抱く、『子供』の田中あすかを蘇らせる。
それは久美子がエゴと涙をむき出しに、退路すべてを捨てて、あすかに飛び込んでいった結果だと思います。
久美子の勝利の前景として、作中随一の人格的完成度・安定度を誇る緑輝が『私があすか先輩と演奏したいんです!』と吠えるシーンを配置してあるのは、目配せがよく聞いています。

主人公たる久美子の唯一性を強調するべく、『大人』として完成されたあすかとの距離感をどうやっても埋めれず、『特別な田中あすか』を求めてしまう小笠原部長の姿を抜け目なく対置しておくのは、相変わらずエグいなぁと思います。
第8話の葵ちゃんも、第9話の香織も、田中あすかの強大な質量と完成度を間近で浴び続けた三年生は、傷つきやすく愛されたい『子供』があすかの中にいるとは信じられないし、信じたくないんだろうなぁ。
逆にいえば、あすかはそういう脆さを他人に預けない『強さ』と、預けなくても人をひきつけてしまう『引力』を持っている、ってことなんだろうけども。
やっぱ三年が一番ねじれてるなぁ……そこが好き。

他者の書き方という意味では、あすかが面倒見てきた低音パートがあすかを慕っている様子がすごく好きで、特に梨子ちゃんはあすかのこと好きすぎで素晴らしい……下手すっと、後藤くんより好きなんじゃねぇのか。
『特別』な久美子に力点を起きつつも、あすかが『大人』らしく振る舞った結果振り回した夏紀にしっかり向き合い、夏紀も『謝らないでください』と胸を張って応えるシーンがあったのも、凄く良かった。
夏紀があすかの謝罪を遮ったのは、『特別な田中あすか』のイメージを守りたかった部分も多分あるんだろうけども、それでもやっぱ彼女の高潔さが第一に出ていて、キャラのプライドに報いてくれるアニメだなぁと思います。
夏紀も内心では相当色々複雑な思いを抱いているんだろうけども、それを全ての見込んで久美子に『あすか先輩が吹くのがいいと思う』という願いを託せたあたり、やっぱこのアニメにおいて『ドロっとした内面はさておき、結果として出力され、他人の助けになったもの』の価値は大きいのだ。


というわけで、二人の『姉』の主旋律に、青春探偵の立場を捨てた黄前久美子の助奏が寄り添う、立体的なエピソードでした。
久美子は二人の姉の人生を見守ったり、後押ししたりする助奏者でしかないわけですが、同時に自分の人生を奏でる主役でもあります。
今目の前で起きつつある田中あすかの消失を前にして、後悔と恐怖を乗り越えて本心を叩きつけ、立派に自分の気持ちを伝えた。
それは田中あすかの人生を繋ぐオブリガートであると同時に、久美子自身の人生を後悔なく進ませる、強靭なメロディでもあるわけです。
それを導いた助奏が、麻美子の『あんたも、後悔のないようにね』という言葉であるところに、少しの苦味と優しい眼差しを感じられて、『俺、やっぱこのアニメ好きだわ……』って感じ。

かくして『姉』を取り戻した久美子ですが、別の女にかまけている間に本命が不安定にッ!!
どこもかしこも面倒くさい女ばっかりなこの世界、最後の敵はやはり高坂麗奈のようです。
まー激烈な『引力』で惹かれ合った二人は、収まるところにスポッと収まる感じもしますけども、来週の曲が非常に楽しみですね。