イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

小林さんちのメイドラゴン:第12話『トールと小林、感動の出会い!(自分でハードル上げてますね)』感想


偶然と選択の果てに広がる幸福の園の物語、今週はメイドラゴンZERO。
すっかり家事と人間社会になれたトールを映し、このお話で最も決定的な決断を回想し、その前駆運動たる盗賊娘との短い対話を描写し、合間合間に各ドラゴンが手に入れた日常を挟み込む。
最終話一個前にもう一回、ドラゴンたちがたどり着いた場所の暖かさを確認し、その裏側にある選択と成長を画面に捉えていくエピソードとなりました。

今回は第1話と照応する部分が、非常に多い話でした。
小林主観でのトールとの出会い以前の時間軸が描写され、物語が本当に始まったポイントが明示されただけではなく、一年間人間と隣り合った結果トールがたどり着いた成長が、家事という形で対比されています。
小林さんと暮らし始めた頃は洗濯物を食ったり、郵便配達人を威圧したり、さんざん人間社会とズレたことばっかしてたトールですが、今回は人間の方法で家事をやりきり、小林さんとのホームを維持しています。
剣に傷つけられ、散々『下等な人間が!』と威圧していたドラゴンは、小林さんが用意してくれたシェルターの内部でも、そこを出た商店街でも適切な距離感を体得し、ブレスを吐いたり人を下に見たりしなくても、生きていける方法を学習したわけです。

その上で、トールはどこまで言っても異世界出身のドラゴンです。
それを巧く乗りこなせるのであれば、異質性は個性となり、オムライスに何かスペシャルな味わいを与えてくれる。
角と尻尾が生えた、普通ではないメイドなりの『特別』を異世界から持ち帰って、小林さんに食べてもらうことが出来る。
そういう、『普通』であることと『特別』であること、『人間』であることと『ドラゴン』であることのバランスにたどり着くために、この一年間の穏やかな日々と、小さな選択は必要だったのでしょう。

今回のお話はトールと小林さんを軸に進みますが、合間合間に注意深く、他のドラゴンの平和な日々が挿入されます。
それはキャラクターの出番を確保し、場面の味付けを変化させ飽きさせない技芸であると同時に、真ヶ土家の『節分』というイベントを盛り込み、時間経過を明瞭にしておく狙いがあると思います。
行き過ぎていく時間の中で、ドラゴンと人間たちはそれぞれ何かを選択して、その上に変化と不変を積み重ねて、ここまでやってきたわけです。
その小さく着実な足取りこそが、人間とドラゴンの間に確実に存在している断絶を絶対的にさせず、お互い手を伸ばして隣り合うために、最も大事なものなのでしょう。
なので、『二月』という季節を刻んでおくのは大事なわけです。


今回のお話は『決断』が一つのテーマになっており、トールが、盗賊の少女が、小林さんがそれぞれ『わざわざ選んだ』事柄の意味合いを、確認するような内容になっています。
ついに描かれた二人のグランド・ゼロで、酒の勢いに任せて小林さんはトールの剣を抜き、『家に来る?』と誘う。
それは酩酊に後押しされた、素面の小林さんとは連続性のない無責任な決断なんですが、世界を追い出されたトールにとってはあまりに決定的な提案でした。
なのでトールは、『混沌勢として生きる』これまでの選択(というか無選択)を捨て、下等で愚かな『人間の中で生きる』新しい決断に飛びつく。
それくらい、心と体に刺さった剣を引き抜き、『龍殺し』の酒を共に飲んだことは、トールにとっては重要な行為だったのでしょう。

ドラゴンという生き方を変えたトールは、人間の姿を取り、メイドの衣装を着ます。
時系列的には、ボロ布を粗雑に着込んだ姿が最初ということは、『メイド』はトールが小林さんのために/自分が気に入られるために選び取った衣装だ、ということです。
声をかけ、人間の姿になり、酒を飲み、相手の好みに合わせ、口調を変え、生き方を変える。
そういう『選択』を積み重ねてトールは小林さんのもとにたどり着き、小林さんもまた異質なドラゴンを受け入れることを『選択』して、お互いの生き方が変わっていく。
このアニメはずっとそういう話だったので、その始点である今回の回想で『決断』が強調されるのは、必然だなぁと思います。

酒の勢いでの『決断』を小林さんがどう受け止めたかは、第1話で描かれています。
彼女はそれを『夢』として、自分と連続性がない責任の範囲外として認識しますが、去っていくトールの涙を『見て』罪悪感を刺激され、出社時間に遅れそうになって思わずトールの手を取る。
ドラゴンの姿のトールに乗っかりながら、ノリと勢いで手を取ってしまった熱が風と共に覚めてきて、小林さんは『雇うか』という『決断』を果たします。
それは『人と一緒にいるのが苦手だった』自分を変える選択肢であり、これに続いてカンナが増え、家が変わり、小林さんの生き方もドラゴンに影響されながら変わっていきます。

酒の上での『決断』も、出社の勢い任せの『選択』も、自分とは違うものだと切り捨てることが出来たでしょう。
しかし、小林さんはそれをしない。
酩酊していても、死にそうなドラゴンから剣を抜き去り、帰るべきホームを与える『決断』は、圧倒的に正しい存在である小林さんの中に、元々あるものだからです。
遠く離れた自分自身を、それもまた己だと認める態度は、時間を経て『出会う前の自分が思い出せない』状況を心地よいものとして受け入れる姿勢と、土台を同じくしているものだと思います。

小林さんがトールを選び、トールが小林さんを選び、小林さんがトールを選び直す、もしくは酩酊した自分自身を自分だと認める。
この一連の流れの先に、ここまでの11話があり、うっかり酔っ払って行き過ぎてしまっても問題のない『ハウス/物理的なねぐら』が、疲れ果てて微睡んでいても通り過ぎない『ホーム/帰るべき拠り所』へと変化する過程があります。
ドラゴンと人間は『決断』と『選択』の果てに、それぞれ失っていた/見失っていたホームを再獲得し、それを経済的に、もしくは家事労働的に維持・発展させていく生活を『選択』したわけです。

今一話を見返すと、小林さんの住環境がかなり粗雑というか、潤いのない『普通』の暮らしなのがわかります。
アマゾンのダンボールとか、用は満たせるけど他者と共有するには剥き出しにすぎるアイテムが多いのです。
トールというメイド/お嫁さん/家事労働者を手に入れ、共に暮す『家』がどれだけ魂と尊厳を守り育むかを知ってからは、木彫りのゴリラを筆頭にいろんなものが増えて、『一緒にいて楽しい場所』になっています。
それはトールが色々家事を勉強し、小林さんが家と会社の往復生活から少しはみ出した結果として、手に入れたものです。
それだけが人間の幸せというわけではないでしょう(実際、滝谷&ファフコンビはそこまで、衣食住の充実を重視してない)が、あの満ち足りて美しい『家』が小林さんとトールとカンナの幸福であるのは、間違いないと思います。


トールと小林さんが果たした『決断』より前に、トールは人間と出会っていました。
己を『混沌』と、人間を殺し世界を破壊する装置として認識していた彼女ですが、元々人を殺したり、脅したりは下手くそな性分だったようです。
そういう生き物が『混沌勢だから』という理由で世界と対立し、傷ついてホームを失って流れ着いたのならば、小林さんとの生活を通じて殺さない生き方を学んだのは、成長というよりは快復というべき変化なのかもしれません。

様々な運命の導きで、盗賊の少女は小林さんとはなりませんでした。
誇り高き龍の背中を許す相手でもないし、どうしようもなく対立してしまった世界の外側に出て、殺さなくても良い生き方を選べる場所を用意してくれる人でもなかった。
過去回想の次にやってきた過去回想は、ある種の『夢』、現在とは遠い場所にある別の話でしかありません。

しかし彼女と交わした『決断』と『自由』にまつわる倫理的な会話は、こっちの世界で小林さんと出会った時、差し伸べられた手を取る大きな理由になっていたんじゃないかなと、僕は期待します。
あの出会いがあったから、トールは命と魂を助けてくれた女に身を預け、生き方を変える決断ができたんじゃないかな、と。
『自ら進んで隷属するだと!』と拒絶反応を示していたメイドの職を受け入れたのは、小林さんの好みに合わせたというだけではなく、己の意思で『選択』する『自由』がどういう顔を持っているか、具体的な人格と対話することで理解が進んでいたからではないか、と。

トールは悪辣なフリをしていてその実繊細で、寂しがり屋で優しい人間だということを、ここまでお話を見てきた僕らは知っています。
それは小林さんと出会って突然生まれた人格ではなく、もともとそういう要素があって、しかし様々な制約によって巧く発揮できなかった、『もうひとりの自分』であったのでしょう。
小林さんもまた、ドラゴンと交流する中で『もう一人の自分』を見つけ、育み、発露できるようになった。
そういう物語の源流に、大きく現実を変えるものではないけれども、しかしとても優しい過去があってくれたのは、とても善いことだと感じました。

『自由』が略奪され己が無力であることに傷ついていた少女が、己の『決断』によってメイドの職についている描写の中で、彼女の頬の傷は消えています。
それは同じように『メイド』を選び取ったトールが、小林さんによって剣を抜かれ、『ホーム』を再獲得していく中で癒やした傷と、多分同質のものです。
運命によって出会い、すれ違っていった人間とドラゴンが、二つの世界に離れてもなにか同じものを共有していることは、真実ロマンティックだなぁ、と思いました。


かくして優しいドラゴンという生き方を選んだトールが、どういう場所にたどり着いたのか、その周囲にはなにがあるのかを確かめる回でした。
弾むような日常でを楽しく描きつつ、『選択』による『自由』という倫理的課題に背筋を伸ばして相対すところが、アニメ版メイドラゴンだなぁという感じです。
どうやったって真面目にしかやれないんだから、じゃあどう真面目さを楽しませるかってことを、凄く戦略的に選び取ってここまで来た印象がありますね。

楽しさと真面目さのバランスを取って続いてきた物語も、次回で最終回。
親父が出てきて一悶着起こる伏線は山盛り埋めてきたので、おそらくそういう感じのお話なのでしょう。
まー小林さんの人間力ならなにが起きても大丈夫だろうし、トールも己の生き様を再発見し、選び取ってきたってことは、今回と他のエピソード全てが教えてくれています。
絶対面白いお話になって、ドラゴンと人間の未来を祝福するような終わりになってくれると思います。
来週も楽しみです。