セントールの悩みを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
さらばゆるふわ、さらば学園。現在進行系の形態差別と、灰色の過去に蠢く人種差別。虐げられる者たちの中ですら暴力と差別が加速し、地獄を抜けた先にも地獄がある。
そういうきな臭いものの積み重ねの果てに、奇跡のようにゆるふわ時空があるんだよ、というお話。
というわけで、これまで周辺的に描いてきたものをど真ん中に据え、カエルとナチスと飢餓民が画面を埋め尽くす重たいエピソードである。意外とも裏切りとも思わない。まぁそういうアニメでしょこれ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
差別が横行する普通の世界と、色の付いた学園を接合する形で終わるのが個人的に良かった。
前半はもろに少数民族差別をカエルでやった話で、立志伝中の人物として飾られつつも、CMに出たり講演会に出たりするのはあくまで表面だよね、っつー話。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
なんだけども、ルソー氏はスーツ着ている状態を『嘘』だとは思っていない。腰ミノ付けた状態と同じく、自分自身として認めている。
哺乳人類に取り込まれ、己の知性と才覚でその存在を示したルソー氏。スーツと手袋は差別からの自衛策であり、自分を異物として見る世界への敬意でもあるのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
そういう彼が社会的地位を手に入れられているのは、会長や宣教師のような『普通でない人』が手を伸ばしてくれた結果である。
カエルは腰ミノとハーネスを付け、銃を持つ。南極人を神と崇め、哺乳人類を蔑みながら自衛のための殺し合いを展開する。別に少数派だからといって、無条件に倫理的に優越しているわけではない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
ルソー氏が立派な偉人なのは、彼が両性人類だからではなく、倫理的であり続けようと頑張っているからだ。
そういう個人レベルの光を描きつつ、それを取り巻く/超えた構造の闇も切り取られている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
六本腕と非ヒューマノイド顔のもたらす違和感、未開のムラに飛び交う羽虫。肌レベルで立ち上ってくる嫌悪感は、否定しようがない現実だ。そういうものを土台に、ルソー氏の立志伝は成立している。
ヌメッとした両生類の肌を、会長は恐れない(その理由はBパートで判る)。おそらく社会の常識としては、汚物を消毒しようとした部下のほうが正しいのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
そういう『普通』を蹴っ飛ばして握手は成り立ち、ルソー氏は公演に来る。露骨なメイド服が呑気で場違いで、妙にほっとする。
ルソー氏が身を置くビジネス地獄・民族地獄と、のんきに全裸スクワットぶっこむ学園は、別の世界ではない。実際に訪れ、お茶だって飲める場所だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
隔離されたアジールに生臭い『現実』を持ち込まないために(も)、ルソー氏は寝る間も惜しんで飛び回っている。別に聖人ではないが、間違いなく偉人だ
ルソー氏がメイドさんからお茶貰ったことで、普段のゆるふわ時空と現実的地獄に接点が出来て、作品が別角度から照らされた感じがある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
これはみっしりと、異形の女の子たちの日常で萌え萌えしたからこそ効くパンチでもあろう。ボーっとした幸せは偽りではなく、地獄から切り離されているわけでもない
銃弾と消毒液が飛び交う世界でも、握手は出来るし紅茶も飲める。そういう世界であってほしいという幽き祈りみたいのを背負いつつ、今日もルソー氏はカエル面を世界に晒し、ビジネスの現場を飛び回っている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
普段と違う調子だが、作品世界が広がる余韻を持ったいいエピソードだった。
そしてBパート、軍事考証家でもある森田繁の真骨頂、会長のショアーである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
名言はされないがナチスとユダヤ民族が出てきて、あの世界では非常に珍しい『民族差別』が展開される。収容所と強制労働。ガス室と懲罰殺害。平等全体主義とはまた違う、馴染み深い全体主義像。
収容所にぶち込まれ、いつでも殺される状況に置かれつつも、長く尾を引く形態差別という『常識』から逃れられず相争う囚人たち。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
形態差別から脱して己を立てたルソー氏とは綺麗に正反対の状況が、少年を包んでいる。ここでも、少数派は無条件に倫理者とはなりえない。
あの世界のナチスは、非常に革新的集団だったのかもなぁ、と思う。形態という基本軸から離れ、民族文化集団を差別対象とする発想。これが刺激になって、超平等全体主義国家・日本が生まれているのかもしれない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
そういう意味でも、ゆるふわ学園と差別の地獄は常に地続きだ。
監視者に重ね、差別的体制の中で『奴隷頭』の地位をあえて選び、水際で命を守っていたおじさん。彼はその英名さで予見していたとおり、裏切り者として吊るされる。差別者の檻を破った瞬間、顔を出すのは喜びだけではない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
奇妙な果実の優しさを知っているのは、会長だけだ。
そこまで囚人たちを追い込んだのは、計画的に乏しくされた食料、常に監視と死が寄り添うストレス、過剰な労働…収容所の巨大なシステムでもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
そこに飲み込まれて地獄を量産するのか、己を杖に激流に一人立つのか。過去と現在、状況は何も変わらない。多分、あの子達が学園を出た後の未来でも。
会長を吊るそうとする囚人を散らせたのは、優しい理想や情熱のある言葉ではなく、空に向かって放たれた銃弾だ。そこら辺、嘘をついてもしょうがない部分だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
しかし平時においては、手袋を外させた会長の思いはルソー氏に伝わり、二人は握手をする。兵士が会長を支え、偉人としてくれたように。
銃弾で為される正義(と不正義)もあれば、暴力を伴わない行動で構築される博愛(と差別)もある。ユダヤ民族を閉じ込めた収容所は、学生がのんびりやってる超平等全体主義国家・日本にも存在する。それが『普通』なのは、これまでのゆるふわ日常のなかでもしっかり語られてきたことだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
そういう陰影があの世界(とこの世界)には否定しようがなくあって、入り組みながら前に進んでいって、『普通』の激浪を泳いで希望を持ち続ける人がいる。波に流される人もいる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
そういう『普通』の世界を、女っ気なし、混ぜっ返し皆無で描いたエピソードだった。良い話だったと思う。
Aパートの紅茶、Bパートの握手。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
差別や殺し合いの巨大な濁流を正面に捉えつつ、そこからはみ出した『それでも』で話を締めているのは、後味の良さ以上にお話にとって大事だと思う。
シニカルではあるがニヒルではないことは、差別という繊細なネタを扱う上では必須だ。
というわけで、普段と違う変拍子ながら、作品の本道を堂々と踏みしめるエピソードであった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
過去と現在、両生類と哺乳類、ビジネスと収容所。河岸を変えつつ、様々な人によって『普通』の暴力からすくい上げられ、背筋を伸ばして立つ偉人二人を描く対比が、作品に立体感を与えていたと思う。
(少なくともアニメ版は)ゆるっとした日常がメインであり、今回はあくまで番外編。来週以降はまた、姫が可愛かったりちょっと百合っぽかったりする話が続くのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
それは今回見せたような、血と泥の足場の上に成り立っている。どちらが優越するという話ではない。両方本当のことなのだ。
異種形態がたくさん出てきて、ゆるふわでちょっとオカルトでもあって。そういう嘘ばっかの話に、こういう苦い土台を置く。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2017年9月3日
奇手ではあるがジャンルが行き着く必然でもあるし、結構誠実な妙手だとも思う。嘘つきの楽園の描き方として、結構『アリ』だなと。これもまた優越の話ではない。どちらも本当。