メガロボクスを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
最後のリングに上がる、二匹の野良犬が決まった。
対等の条件で殴り合うために、文字通り身を削るユーリ。瞳を奪われても、魂が愛弟子を見つめる贋作。
皆が何かを犠牲に、魂が燃え尽きる場所を探している。
ようこそ、男の世界へ。アンタも入るかい、お嬢さん?
そういう感じの、決戦前夜である。ユーリ陣営、ジョー陣営、ともに心残りが無いよう進んでいく。樹生やアラガキも再登場し、ジョーとの殴り合いで燃え尽き、再生した魂の清浄を見せつけてくれる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
そんな中、ただ一人男の愚かな意地に同意できない、ゆき子の純情。
贋作は盲た瞳で、ジョーの拳を見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
前に五十、後ろに五十。”あした”を掴み取るためのステップは、目に見える形ではなく、魂のスタンスだ。だから、音だけでも理解る。
おっちゃんの視界にシンクロさせるように、拳の風切り音を丁寧に聞かせる演出が、とても良い。
その音ははるか昔、名無しのボクサーを拾った時の思い出でもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
身を持ち崩した贋作の前に現れた、荒削りな可能性。それを導き、導かれて、行き着く所まで来てしまった。
奪われた瞳に、後悔はない。ジョーに出会ったものは皆、魂を狂わされてしまう。
同じような瞬間が、ゆき子とユーリの間にもあった。リングの上で拳を突き出す、その姿が美しかったから。ゆき子は一体型ギアという自分の夢を、ユーリと一緒に走りたかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
南部贋作はジョーに、白都ゆき子はユーリに。それぞれ恋をして、ボクサーを支えてきた。片方が寄り添い、片方が離れる。
ゆき子の夢は、軍隊に一体型ギアを採用されることではないと思う。ギアという技術が社会を変え、人間を変え、なにかより善いものに繋がること。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
あの時ユーリに見た可能性だけが、それを可能にする。そう思えたから、ゆき子はメガロニアを計画し、運営してきた。
だがそれよりも大きいものに、ユーリは出会ってしまう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
拳を突き出さない側にはわからない、闘犬の血潮がうずく。ゆき子との思い出を引き剥がしてでも、アイツとサシで戦いたい。何も背負わず、ただ、拳一つで。
そういう愚かな真っ直ぐさに、感染してしまった男たちの群像が、今回一気に収束する。
樹生もアラガキも、憑き物が落ちたような表情をしている。”ギアレス”ジョーの拳は、そういう魔力があるのだろう。ユーリもそれに焼かれて、全てを捨てた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
力石伝説の減量を、こういう形で回収してくるのは意外であり、納得もする。ユーリは身体ハンディだけでなく、白都のバックアップも捨てる。
やはりメガロボクスにおいてギアは”階級(ウェイトではなくクラス)”の象徴であり、鎖でもあったのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
しかしユーリが身に刻んだギアは、無意味でも無価値でもなかったはずだ。ゆき子の夢…ゆき子とユーリの夢になって欲しかった、綺麗な約束。
結局ゆき子は、”たかが殴り合い”にすべてを賭けてしまう男たちに、道を譲る。そのためのリングを用意したのは彼女なのに、結局はボクサーがすべてを奪っていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
なんとも悲しいその横顔は、しかし気高く綺麗だった。彼女もまた、ボクサーの熱に狂ったのだろうか?リングを超えて届くものがあるのか?
真実それを証明するには、やっぱり二人の人間がリングに入り、一人が立って出ていくまでをやらなきゃいけない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
どうやっても”リング”にたどり着けないゆき子を今回書いたことで、決勝戦は聖域と化した。否が応にも盛り上がる。
お嬢さん、マジせつねぇなぁ…。
一足先にリングを降りた樹生が、ユーリのバカを引き受けてくれたのは嬉しかった。邪気を燃やし尽くした樹生に、もうユーリの愛犬は吠えない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
ジョーの拳に狂わされた、バカなボクサー同士、言葉にせずとも通じるものがある。失っているからこそ判る、真実の形。贋作の盲た瞳も、それを見ている。
クライマックスを前に、話を収束させていく今回。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
義足、義腕、ギアの剥離、眼球の喪失、失恋。
キャラクターは皆”喪う”ことで繋がっていく。奪われ、踏みにじられ、望みを叶えられない愚か者たちで、画面はいっぱいだ。
しかしみな、満足した表情をしている。
誰かが”間違い”だと怒鳴りつけるような喪失こそが、時に真実求めていたもので。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
形の上では”負け”であっても、それがたどり着かせてくれた場所がある。
そういう裏腹な真実に、迷ったり殴り合ったりしてたどり着けたからこそ、彼らは皆いい顔をしているのだと思う。
ジョーの背中と拳は、そういう”喪失の先”を見せてくれるのかもしれない。奪われるばかりの人生の中で、それでも”あした”があるのだと信じさせてくるボクシング。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
それがあるから、観客はジョーを支持し、ライバルは生まれ変わり、全てを捨てて立ち上がり直す。ジョー自身も、多分。
『あしたのジョー』を貫く”喪失”の美学と、”喪失の先”を見ているメガロボクス。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
クライマックス直前で、やはり”あした”を巡る姿勢の違いはより明瞭になった気がする。だから、身を削ってジョーとの戦いに挑むユーリは、生きて”あした”を掴んで欲しいな、と思う。
ここまで『ジョー』を大事に、同時に今時分だけの物語を紡いでいる事実に敬意を払ってきた物語が、形だけ”ジョー”を踏襲する必要を、ぼくはあまり感じない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
負けて見える景色へ、無様に身を投げていくユーリの姿をこそ、僕は見たいのだ。
まぁ死亡フラグもバリッバリ立っているので、死んじゃう可能性も十分あるけども。あとジョーが負けるルートも。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
原作要素のアレンジが上手いので、さーっぱり先が読めないことが楽しい。何がどうなってもおかしくないし、納得できる気がするのだ。
そうなるだけの必然を、このお話はじっくり積んできたし、今回の穏やかなエピソードはそれを証明したと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年6月24日
焦熱、羨望、闘士、期待。様々な思いを詰め込んで、来週ゴングが鳴る。拳で始まった物語は、拳でしか終わらない。
メガロボクス最終回、非常に楽しみである。