イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ガルパ二次創作小説『夢見る頃を過ぎても』

(渋谷、スクランブル交差点前。街を貫く大きさで立ち昇る女優”瀬田薫”の広告を前に)
「おっす、待った~?」
「待ったよ。マジありえんのだが…って、薫くんじゃん。デカくなったなぁ…」
「そういやアンタ、高校同級だっけ?」
「あー…懐かしいなぁ、無茶苦茶だったけど、面白かったなぁ羽女」
「三年のときの生徒会長がさ、”あの”氷川日菜なんだけど、なんか『ルンっときた!』とかいきなり叫んで、無茶苦茶なこといきなり実行して、飽きない学生生活だったわぁ…」
「ふーん…大女優様はどんな高校生だったの?」
「王子様。アタシは子猫ちゃん」
「は!?」
「いやマジなんだって、薫くんは薔薇と白馬のマジ王子で、あらゆる女の子に優しくって、バンドでギターも弾いちゃって…漫画だったな、今思えば」
「嘘だぁ…そういうチャラい感じ、全然ないじゃん瀬田薫」
「チャラいとかそういうの無い! 薫くんは手紙全部読んで、プレゼント全部覚えてくれたの!」
「はーん誠実ぅーッ! 本当なら安全確実高利回りの、超優良株じゃん。モテたっしょ?」
「凄いよ。羽女で収まらず近隣女子が十重二十重、旗日は戦場よ。百人からの子猫ちゃん一人ひとりの好みとプロファイル、全部覚えて本気で対応しててくれたと思う。比べたら、男子とかマジ”じゃがいも”よ。」
「あー…だから新しい恋に飛び込めないわけ?」
「それはアタシがモテないだけ。でもまぁ…あんまりに”モブ”やってたあの頃がキラキラ過ぎて、今が灰色に見えるってのはあるかも」
「まぁ学校でりゃ世間の風も冷たいし、隣の芝生は青く見えるもんさね」
「そんなもんかなぁ…」

 

「薫くんはスゴイなぁ」と、ビルより大きな今の彼女を見上げて呟く。羽女を飛び出して、あっという間に大きくなった、私達の王子様を。

一瞬前までは、体温の判る距離で視線を投げられたのに、気づけばモニタの向こう側、あまりに遠い場所に行ってしまったあの人を、私は真っ直ぐ見られないままだ。

演劇に、音楽活動に。 どんどん広い場所に漕ぎ出していく王子様と、つまらない日常に足を取られたままの子猫ちゃんとの距離は、瞬きする間に空いていった。
それを受けるだけのキラキラもドキドキも、”モブ”でしかない私にはない。青春のエンジンは、王子様の おこぼれで回っていたのだ。

それでも、あの時よりさらに背丈が伸びた薫くんは綺麗だ。
あまりにも眩しくて、少し視界がぼやける。

「寒すぎねぇ?」と、涙をごまかして振り返った友だちの顔が、驚愕に歪んでいる。 視線を追うと、そこには王子様がいた。
ビルより大きな広告より、もっと輝いて見える、生身の瀬田薫。

唇が、あのときと同じように私の名前を告げる。
貴方は、どんな小さな星だって見落とさずに、その名前を奏でてくれたから。
心の柔らかな場所が、思い出の傷がジクジクとうずいて、涙腺を押してくる。
いきなり泣き出したんじゃあまりに限界だと思って、プライド総動員で瞼をこらえた。懐かしくて声をかけたと、ほほえみながらいうあの人の言葉を、私は浴びる。
少しハスキーで、甘い音に包まれる幸福を、幾年かぶり思い出している。
どんな答えを返せば良いのか、考えるほどに脳髄が燃える。
冬の寒気は、背骨の奥から湧き上がってくる熱量に追い出されて、もう肌を焼かない。
一方的にまくしたてる形になった状況に、すこしすまない表情を見せた薫くんに、ちくん、と胸が痛む。同時に、軽い優越感。

あの人は、まだ私を覚えてくれていた。王子様はお城を抜け出しても、私の王子様でいてくれた。
そんな甘い痛みに押されて、声が喉から滑り落ちる

「私はまだ、貴方の子猫ちゃんですか?」

キョトンと一瞬、当惑を顔に出してから、私達の薫くんは最高の笑顔で、「勿論だよ」と言ってくれた。
手を降って去っていく背中を見つめながら、思わず声が漏れる。

「子猫ちゃん、再開だな…」

言葉にしたら、ストンと腑に落ちた。
好きだ、相変わらず。

 

「アタシもなるわ、子猫ちゃん…」と、言葉を絞り出す友人の手を握る。冷たくて、温かい。
青春のエンジンが、もう一度動き出す音が掌から伝わってきた。
そういう力を、私達の王子様が持っていることに、思わず笑みが出る。
眦に溜まった涙が、寒気に焼けた肌を流れていく。熱くて、懐かしい。

あの頃より、王子様を取り巻く人々の輪は大きくなっている。
私はあの頃より、もっと”モブ”だろう。
でも、その孤独をあの人は見てくれる。
なんの面白みもない私も、あんな素敵な人を好きでい続けることで、素敵になれるかもしれない。
王子様の存在証明は、お姫様を生み出し守ること。

薫くんは出会ったときから王子様だったし、離れたと勝手に思い込んだ時も、今再開したこの瞬間も、ずっと王子様であり続けてくれた。
その温もりがあるなら、もう一度青春は動き出す。 羽女の楽しい日々よりも綺麗なものを、この灰色の空の下掴み直せるかもしれない。

そう思った。