22/7を見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
3000人ソロライブという大舞台に向け、湧き上がるナナニジ。その渦中に身を置く、丸山あかねは冷静だった。
うわっ付いた自分が、壊した過去の幸せ。眼鏡に押し込めた、本来の激情。
微かに漏れ出した涙に、揺さぶられることもなく。
ロボット少女は今日も征く。
そんな感じの、あかねちゃん個別回…なんだが、3000人ライブとみうの成長と、焦点が複数ある感じ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
その全てに的確にピントを合わせきっていれば、複数テーマを同時に扱う贅沢にもなるのだが、このお話(おそらく)”遠さ”が一つの軸なので、微妙にぼやけた仕上がりになった。
1キャラクターに深く焦点を寄せて、過去と現在を行き来しながらキャラを掘る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
その原点を知るのは当人と視聴者だけで、直接過去を共有するわけではないが、そこから生まれた行動は現実を変えていく。
こういう作りが、第4話から第7話までの個別回だったと思う。
ここで一回も、『感動の過去が開放され、仲間も分かりにくかったメンバーのオリジンを共有して質的変化が起こり、大勝利な結果に結びつく!』という、スタンダードなガッツストーリーをやってない所が、このアニメらしさだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
そういう正攻法とはズラした位置に、作品をあえて置く。
そんな作りの是非は最後まで見ないとなんとも言えないので、この段階では触れないとして。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
今回のあかねの話は、これまで通り(透明な神である僕らにしか共有されない)あかねの過去と、ハーフオートで進むナナニジ商売な現在を行ったり来たりしつつ、記念碑的な3000人ライブを描く。
ライブは多分デカいイベントとして、作中に位置づけられている。前半を描かれたみうの個人史、そのピークたる第3話と重なる演出が多いことからもそれは判る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
ナナニジちゃんはお披露目公演よりも図太くなり、プロっぽくパフォーマンスする。みうも仲間によく話しかけ、センターらしい”華”を見せる。
しかしそれはあかねの個人回と並走する描写で、正直どっちつかずの曖昧さを感じる仕上がりにもなった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
あやふやさってのはこの作品の特色だと思うので、『ハッキリしろ』とは言えないけども。まぁフツーの素直な作りではないわなぁ、とは感じた。
今更ながら、この屈折は人選ぶよなぁ…。
このイマイチスッキリしない感じは、過去の悲劇、あかねがロボット少女になった理由は描かれつつも、それが”アイドル”に繋がる導線が弱いことも理由の一つかもしれない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
『近くて運動できるから』と、いつものようにトボケたあかねは、アイドルをどう思っているのか。何を賭けているのか。
ここまでの個別回では、時に難しい表現ではあっても捕まえられていたコアがいまいち不鮮明なのが、なんとも煮え切らない感じを生んでいる…のかな。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
『他人のことなんて、判るわけねぇだろ。判らないところからスタートだ!』ってのがこの話のメッセージ(の一つ)だと思うし、それは好きなんだけどね
さてお話は、降って湧いた3000人ライブに沸き立つナナニジちゃんから開始。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
他メンバーがモニターを見上げる中、大舞台に震え立つニコルを見つけるみうの描写が目立つ。みうの前髪が上がってる様子は、ターン終わってからもジワジワ積んでて好きなポイント。
©ANIME 22/7 pic.twitter.com/pjJ69HHo0Q
夢の舞台のはずなのに、この世の果てみたいに冷たい印象の受付。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
そこにタイムカードを差し込む所作は、やっぱりどこかズレてチグハグだ。
ロボットが無理やり人間を真似しているような、人間が無理やりロボットを演じているような。
©ANIME 22/7 pic.twitter.com/gI8GXzkgOB
そんなあかねの歩みは、やはり過去から/過去へと繋がっている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
『全然キャラ違うやんけ!』とツッコみたくなる、フリーダムな子供時代のあかね。
微笑ましいとこの段階では言いたくなる、家族の肖像。
まぁ、全部滅茶苦茶になるんですけどね…。
©ANIME 22/7 pic.twitter.com/cecB9BYE9w
この自由人がどうやったら、今のロボット人間になるのか。その顛末を描くのが今回の眼目…ってわけでもないのは、既に語ったとおり。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
麗華回で見せた不思議な人形、ロボット気取りがマジ似合ってないズレは、今回一本では直らない。ズレを直さないまま、終わる可能性のほうが高いとは思う。
相変わらずナナニジのサクセスはハーフオートで、アイドル仕事頑張っていることは通じるんだが、過去と現在、外面と内面に切断された物語構造が『え、いつの間に?』感を強めもする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
ただ、ニコルの震えとそれを抱きしめる都の人格、あかねの気合いは良く捕まえていた。
©ANIME 22/7 pic.twitter.com/uqskiktbIn
ここは第5話の仕上がりが効いてるところで、都が何を思って仲間を抱きしめるか、彼女の過去を特権的に知ってる僕らだけが、ロジックを繋いで納得できる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
作中の人物たちは人情家でお調子者の都、その表面にしか触れることが出来ない。しかし僕ら視聴者は、透明な神様としてアイドルの歴史を窃視出来る
描かれているもの自体は、事情を知る側にも知らない側にも同じなのだが、『ああ、都はあの経験があって、こういう行動をしてんだな』という納得は、個別回を見た後だと強い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
こういう内部構造への理解へ、作中人物が基本到達しないのは攻めた構造だよな…話のフレームが半分、前衛文学。
あかねの無責任な積極性は、分断と孤立を生む。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
失われかけたからこそ、その大切さに目が開くわけでもなく。
マスに知られたからこそ、善意に包まれるわけでもなく。
非常に薄暗い不完全燃焼のなかで、幼い失敗は子供が抱えきれるスケールを超えて肥大化し、腐敗していく。
©ANIME 22/7 pic.twitter.com/IhpM0Vfchc
『助かってよかったね、メデタシメデタシ!』で終わらず、まーた家族関係がズタボロに崩壊し、あかねはガラス越しに消えていく母を見送る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
父の眼鏡は、浅はかだった自分を閉じ込めるための拘束具。全てが壊れた後じゃなきゃ、人は己の愚かさに気づけない。
©ANIME 22/7 pic.twitter.com/VoYqQ9c47d
く、暗い…。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
誰かに強制されたわけでもなく、ある意味自発的な拘束としてロボット人間になることを選んだ事が、陰鬱を更に強めているように思う。
他メンも何らか自分が変わるイベントがあって、それを内に秘めつつアイドルになったのは同じだ。しかし、あかねには開放がない。
こうして彼女のオリジンを見てみると、過去描写に納得するところもあるし、謎が深まるところもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
黒い招待状を貰った時、あかねはダイスを振ったのだろうか?
偽物の人格で自分を閉じこめた後、生きる上で必要な決断力はあかねから遠くなった。だから、ダイスに身を委ねる必要があった。
これはスルリと飲み込める。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
誰かを傷つけうる奔放さを、眼鏡の奥に殺した元・感情型人間だからこそ、感情がないロボットをロールモデルに選んだ。
とても悲しく寂しい決断は、今回の”あかね回”を経ても解消しきらない。素顔の彼女は、銭湯で一人きり裸にするもので終わる。
そんな彼女は、しかし感情を人に見られ、人に見せる”アイドル”という商売を選んだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
抑圧を動かしうる”何か”に期待した結果なのか、はたまた嘯くとおり偶然なのか。
それもまた、描かれることはない。あかねの二枚底が抜ける展開、今後あるって話かなぁ…?
ただ第6話で、ロボになりきろうとして全然通せてない”ほころび”と、そうやって溢れた人情が麗華を助けていた情景は、既に見えている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
あかねはただ己を押し殺し、嘘に嘘を重ねているだけではない。ロボット人間の仮面を、過去の傷に思い切り押し付けて、その隙間から赤い血が滲んでいるのだ。
それが溢れるのが、3000人ライブ初めてのアンコールでの涙である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
ここまで心動くイベントで、涙一つで済む仮面の分厚さを悲しむべきか。一緒に泣いて、マイクを手渡してくれる仲間くれると出会えたことを喜ぶべきか。
なかなか難しいシーンだ。あかねが付けた””枷”は相当デカいな…。
©ANIME 22/7 pic.twitter.com/80R9JRjLx5
元々楽譜に書き込まれていたような、人工的でよく整ったファンのコール。生きる証としてのノイズをほぼ拾わないライブシーンが、スゲーこのアニメっぽいな、と思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
半自動で回る冷たく、熱い世界。そこへ仲間を導いていくセンターとしての資質を、みうは開花させつつある。
©ANIME 22/7 pic.twitter.com/hvBuLDqvCK
お披露目ライブでは『好きになれるかもしれない』だった”アイドル”の仕事、よく分からない仲間たち。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
積み重なる日々を通して、それはみうの中で『好きだ』に変わっていく。
そういう変化が、ロボット人間の只中で渦を巻いているのか。あかねは、己を何も語らない。
神様の視線で透明に見ても、あかねのことは分かりきらないのだ。そういう意味で、これまでの個別回ともまた違ったエピソードなのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
漏れ出たものから、源流を推察する。今考えていることを、ピントが合わないまま考える。
作中の”人間”と同じ立場に、視聴者も置かれている。
©ANIME 22/7 pic.twitter.com/1DvSWtdom6
この不親切はまー面倒くさいな、と思うが面白くもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
あかねは『キッチリしてる』外面をお湯に溶かし、豪快に牛乳一気飲みを果たす。
しかしその”素顔”はまた眼鏡に覆い隠されて、メンバーと裸の付き合いをニアミスして去っていく。
過去や本性ってやつを知らなくても、人は人の間で生きていくのだ
あかね、それで良いのか?
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
事情を(半分だけ)知る側としては聞きたくもなるが、彼女は彼女なりの痛みと決意を込めてロボ人間やってるんだから、多分良いんだろう。
良くないことも引っ括めて、仮に作った己を演じきる。
これは先週、ジュンちゃんが悠ちゃんの死から生み出した仮面に通じる生き方だ。
アイドルとして露出する、商売に都合のいい虚像。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
それとはまた別種の、他人と共有するプライベートな仮面。
その奥にある、誰も知らない素顔。
複数枚のペルソナが、大きな破綻なく共存したまま物語が進むのも、この話独特のヒネリだと言える。
仮面だから、無条件に引っ剥がして真実を暴けばいい。
そういう収まり方をしないのが、このアニメの特徴かなぁ、と思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
仮面には仮面のプライドがあり、その奥に涙とか矜持とかを隠すことで、人は人たり得ている…部分が、多少なりともあるんじゃないの!
そういう問を、投げたいのか投げたくないのか。やっぱ焦点ぼやけるな…。
とまれ、転がる運命の中で前髪少女は、仲間の顔をちゃんと見るようになった。寮生活に足場を写し、そろそろ最終章の幕開けという感じだ。都…やはりお前のベタ足の人情が好きだ…。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
『アンタ、変わって…ないか』というニコルの受け答えは、なかなか面白い。
©ANIME 22/7 pic.twitter.com/ut36FWf2Pl
みうの本性みたいなものは変質したわけではなく、”アイドル”という舞台を触媒により善く発露するようになっただけなのかもしれない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
押さえつけられていたものが、訳もわからないままアイドルのど真ん中に立たされることで、開放された。
前髪が開いた顔から、ニコルはそこら辺を読み取ったのだろうか
とまれ、まっすぐに夜を見すえ、物語は新たなステージへと進む。その先にどんな自由と不自由が待つかは、壁のみぞ知る、である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
あかねが眼鏡を仲間の前で外して、ロボ人間の枷を乗り越える瞬間が、果たして本編であるのか。
”本当”にあんま価値を見出してないこのアニメ、なかなか読みきれない。
ナナニジアニメの屈折した語り口が、これまでで一番出たエピソードかな、と思いました。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
解決しきらない不協和音のように、あかねの過去を見せつつも”アイドル”と接合する太い線は引かず、感情を溢れさせても決定的ではない。
3000人ライブという節目を越えて、プロになりつつある少女が、どう転がるか
ここまで書いて、このアニメがどうなったら”終わり”という、ゴールが提示されていない現状に気づく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
壁が押し出してくる状況に流されるばかりで、明白な切れ目が提示されない物語。
その不鮮明な持続性が、この作品が捉える”リアル”ということ…ってのは、ちょっとカッコつけた言い回しに過ぎるな。
22/7プロジェクトにとって、このTVアニメが始点なのか終点なのか中間点なのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年3月1日
そこもいまいち不鮮明だが、ともかく物語は個別のうねりを伴って回り続ける。
巨大な”アイドル”の波との付き合い方を覚えてきた少女達は、どんな波にぶつかり、何処にたどり着くか。次回も楽しみ。