安達としまむら を見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
愛しい人と過ごす、初めてのクリスマス。
それが片恋のイタい暴走なのか、純なる想いの結晶なのか、当人にもわからない。
浮かれて、傷ついて、繋がって、諦めて。
降り積もる白雪が、プリズムのように青春を照らす。
さあ少女よ、聖夜を踊れ。
そんな感じのクリスマス決戦ッ! 最終的に不発!! な、あだしまアニメ第六話。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
前回のヒキは横綱気合十分といった風情で、『まさか聖夜にキメるのか…!?』と息を呑んだが、蓋を開けてみると安達がいつもの空回りと大暴走を決め、関係は縮まったんだか現状維持なんだか、よく分からねぇ…。
しかしそのぐるぐる周りこそが安達に”今”必要なものであり、もしかしたらしまむらにも大事かもな、と思わされるエピソードであった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
今回のお話には、しまむらのモノローグがない。
全編安達が喋り倒し、過剰な内面が浮いたり沈んだり良いところに落ち着いたりを、こちら側にさらけ出す。
そんな過剰がはたして、しまむらにどう映るのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
しまむら側の内面を吐露する”答え合わせ”がないため、疑問は宙に浮かんでぐるぐる回る。
その分からなさは、神の視点で二人の思いを横断できる読者を、解らないからこそ踏み込み、あるいは踏みとどまる決断の連続にいる安達に近づけていく。
他人のことは分からない。顔が見えない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
しまむらが閉じ込められている海底の、不透明な息苦しさ。
一方通行の片恋に見えて、関係性を爆破する地雷をうまく回避した安達の配慮。
そういうモノを、今までの俯瞰とはまた違う画角から切り取る話だったかな、と思う。
というわけで、物語はパンパンに膨らんだ妄想から始まる。安達…オメーの妄念は脂ぎってカロリー高いな。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
中華式の”福”の字と、西洋式のクリスマスツリー。奇妙な幸福のキメラは、安達の現状を上手く象徴している。
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友情なのか、恋情なのか、劣情なのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
『デートか?』の問いかけに堂々答えられない自分に気づいた時、わけのわからないまま突っ走ってる安達の瞳から、”福”は消える。
私としまむらは、しまむらを想う私は、一体なんなんだろう?
その疑問に向き合う時、浮かれてばかりもいられない。
安達の自意識だけが突っ走る、クリスマスの24分間。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
それは彼女が己を…大事だと思える他人と、その付随物をよく考える時間でもある。
下手の考えであったとしても、色んなゴニャゴニャに思い悩み、成り行きだったとしてもそこまで特別じゃない他人と向き合う中で、なにかの兆しを掴む。
気づけば普通に登校し、普通に授業を受けている社会生活は、そんな安達の青春を静かに切り取る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
しまむらLOVEだけを貫いた結果だったとしても、安達は学生に望まれるスタンダードを果たすようになり、日野とも話すようになる。
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しかしそれはひどく不安定な接続であり、春になって体育館の水が温めば、また二人きりの距離に離れていってしまうかも知れない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
それでも、特別な誰かを思うことは安達を、安達を取り巻く世界を変えている。
それと接続することで、知らなかったことを知っていったりもする。
日野と永藤の自然な仲良しを、安達は『自分には出来ない』と対象・比較する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
その時安達は、”しまむらの友達”ではなく”日野と永藤”を見ている。彼女の視界は、たしかに広がっている。
たとえ。しまむらの好む贈り物を聞き出すためだったとしても。
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日野と二人でぞろぞろ歩いた冬の日も、ちょっとヘンテコで特別な、友情の記念日足りうるのではないか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
そんなことを思わせる、意外な積極性である。
安達はプレゼント探しを『しまむらに送る』と明言できてるのに、しまむらは『妹に送る』と煙幕かけて狙いがズレるの、断絶だなぁ…って感じ。
安達は誰かの特別、特別な誰かを求めて妙に広いところに行き着き、しまむらは誰かの特別であることを拒絶して、奇妙な隘路に迷い込む。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
それでも二人の道は迷いながら絡まって、不思議な縁を繋ぎ、悪くないものを生み出していく。
簡単に壊れてしまう危うさを認識せず…しかし感覚しながら。
そんな危うさの一端が、お互いの本命が一緒にいるところを目撃し、身を縮めてしまう仕草にはよく現れている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
知りたい。だが、知りたくない。
安達(と日野)の葛藤は送信欄に一瞬焼き付き、淡雪のように消える。
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永藤にモノローグがねぇので、あのアマがどんだけ計算して立ち回ってるのか、さっぱり判んねぇんだよなぁ…。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
人間心理(と人間関係)というのは元来そういうもんで、判らないことを前提に推察し、反応し働きかける。
暗闇に手を伸ばすおずおずとした仕草こそが、ヒトに唯一許されたコネクションだ。
しかしだからこそ、触れ合うのは怖い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
一瞬先の闇を見ないようにして、踏み込むのか、それとも戻るのか。そんなゲームを続けながら、大事な誰かの幻像が胸の中に生まれ、現実と思い込みでぶち壊しにされる。
そんなシーソーゲームは、恋にも青春にも限った話ではない。みんな”そう”であり…
だからこそ、安達(と日野)のモヤモヤやきもきは彼女だけのものだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
わからないのに好きになる。わからないから好きになる。
バベルの塔が崩れて以来、人に刻まれた普遍の宿命のなかに、安達もまたいる。
それに翻弄されることで、何が生まれるのか。あるいは、何も生まれないのか。
そんなことを追いかける物語なのかな、などとも思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
ちびっこ達の珍妙な交流を箸休めに、安達の想念は聖夜に向け、グツグツと煮込まれていく。
送れなかった『なんで?』の代わりに、送った挨拶。それに帰ってきた三文字に、こんなに乱される。
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しまむらしか見ていないからこそ、”おー!”の三文字に情緒をメチャクチャにもされるし、見てるはずのしまむらすらも見えなくなる…というか、最初から見えていない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
見えていないのに二人は致命的な衝突を避け、ジワジワと関係を積み上げ変化していく。
おずおずとした手探りが、上手くいくこともある
まぁそのチャイナは大失敗だがなッ! あと不意打ち手繋ぎもッ!!
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
マージで対人能力がバブちゃんなので、TPOとか一切期にせず唯一の成功体験をぶん回すし、野獣の眼光から断りなく指取りに行くし、でもそれが二人の間ではOKでもある。
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しまむらが何を考えて、安達の大暴投を受け入れ、コミュニケーションを返しているかは判らない。”正解”を教えてくれる、モノローグ窃視の特権は今回、視聴者にはない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
それは行動から推察しなければいけないもので、それこそが人間のスタンダードだ。
安達が毎回思い悩み、無視してブッちぎりるものだ
『手を繋ぎたい』という安達の意思表示を、しまむらは優しく諭し叶えてあげる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
それが人間関係の海を泳ぐ器用さ故か、破綻しかねない関係の手綱をとって制御する意志の現れか、はたまたゼロ距離接触を許すだけの特別さを、安達に認めているからか。
それは判らない。判らないから、考えるしかない。
そんな推察は常に的外れで、呼応できているようでズレ続ける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
二人の関係が、永遠にラリーを続けられないエアホッケーに擬されているのはとても象徴的だ。
負けまくりのしまむらは結構イラッと来てるが、安達は(いつものように)気づかない
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力みまくりの気合リサーチで届けたプレゼントは、的はずれなブーメランで帰ってくる。それを探すために、永藤と歩いていたのだと知って安心もする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
正確に元にあった場所に戻るはずなのに、エイヤと投げたモノはいつも近すぎるか、遠すぎる。
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それでも二人は同じ時間を共有し、プレゼントを交換し、友達としてクリスマスを過ごした。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
そこに本当はどんな感情があるのか、誰も知ることは出来ない。だからこそ、マトモに戻ってこないブーメランを皆、恋情と投げるのだ。
滑稽で、奇妙で、でも/だからこそ愛おしい。
蛍光色のブーメランは、このお話そのもののようでもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
凍てつく聖夜に女が二人、ゴーグル付けてチャイナでブーメラン投げ。底抜けに超楽しいってわけでもなく、かといって苦痛でもない。思いが重なるわけでもない。
マジトンチキだもんな…でも/だからこそこの作品らしい。
というわけで、聖夜の特別感に暴走した安達の恋情もまた、行っては戻る。それは多分正解だと、前回のBパートが語っている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
複雑なハレーションの只中で、特別な友情を切り出す安達。苦笑しつつ受け入れるしまむら。
そこが、今の二人の安定距離か。
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抱擁に込めた思いはまーチグハグで、安達の体内で渦を巻く劣情に、しまむらは見て見ぬ振りをしているのだけど。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
距離を開けて俯瞰で見ると、親友とや恋人というより親子の気配がして、安達の根本的な寂しさが際立つ。
同級生にママを求め、しかも発情する。
カルマネトネトのはずだが、奇妙に爽やかだ
身を寄せてきた安達を暑苦しく重いと考えているのか、はたまたそれこそが心地よいと思うのか。しまむらの内面は、やっぱり分からない。推察するしかない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
それは凄く近い距離を特別に獲得した安達にとっても同じで、そういう定めを皆生きているのだ。
それはちょっと切なく、多分哀しくはない。
そんな冬の景色でありました。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
『何も起きない、特別でもない』と幾度も重なるナレーションを、トンチキながら愛おしい青春が裏切っていく、この物語らしいクリスマスだったと思います。
いや安達コレ、相当スペシャルだからな…ブーメランとチャイナの大間違い感含め。
呼応するモノローグで人間関係のズレと共和を見せていく形式を、あえて外すことで人生の不可思議に思いを馳せる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2020年11月15日
そういう語り口の特別さも含め、じんわりと染みる話でした。歩くような速度で、私達の恋は踊るのだ。
出会いが生み出した”今”が、ギュッと凝集された聖夜。
その先の景色も楽しみですね