輪るピングドラムを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
錆びついた鉄塔の頂上で、多蕗は復讐の檻に陽毬を、苹果を閉じ込める。
愛され救われた記憶は、取り残された生存者の中で呪いと腐敗し、子供たちを飲み込んでいく。
罪なきものが咎に塗れ、誰かに罰を擦り付ける。
出口なき迷宮を導く、赤い糸玉。
その名は…。
そんな感じの多蕗爆裂! 山内センスが溢れかえるピングドラム第18話である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
久々に見るとやっぱりこの回だけ画作りと空気が”キャシャーンSins”で、馬越参加してないのに多蕗が滅茶苦茶馬越オーラを背負っている。
傾いだ構図、心地よくジャンプする動き、画面に満ちる錆びついた香気。
独自の味付けが、多蕗の運命が行き着いてしまった場所を良く、教えてくる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
才能だけを愛する母の心に、爪を立てて傷跡を遺さんと己の指を潰した少年は、当然のように愛されない。
愛されないものは、生きている資格がない。
こどもブロイラーの、残酷な歯車が回る。
ここまでシュールな笑いを背負ってきた、ピクトグラムの匿名性。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
それがいきなり逆茂木に、何者にもなりえないがゆえに透明に噛み砕かれていく衆愚の象徴へと、牙をむき出しにする。
透明であることの凶暴性はこの時、透明にされていく子供たちを犠牲にしていく。
しかし何者でも無くなった存在はその透明な連帯を維持するために、嵐となって誰かを噛み砕き始める。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
犠牲者が加害者となる捻れと連続は、多蕗の同志であり家族でもあるゆり…それ以外のあらゆるキャラクターと共通して、多蕗をしっかり捉える。
桃果に見つけられ、残酷な装置から逃れても。
むしろその出会いこそが、別れとともに傷痕を膿ませて、耐え難い醜悪となって少年を腐敗させていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
何処にも行き場がない復讐心。
去っていってしまったものを、それでも求める腫れ上がった愛。
コミカルな二枚目半のペルソナの底に、生存者が隠し持っていた腫瘍が破裂する。
(こどもブロイラーを通過し、透明な存在になったものの加害性はこの作品ではなく、この後に続く”ユリ熊嵐”で発展的に主題化されていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
己が己のままに愛され、何者かになれる希望を奪われたものは、咎なきものを噛み砕き匿名のアイデンティティを補修する。
それは悍ましくも麗しい、我らのルール)
ブロイラーの看板を引きちぎって多蕗を見つけた桃果は、大変力強いエゴイストだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
彼女は自分が愛したものしか救わない。
ピクトグラム達が残酷な装置に噛み砕かれ、自分が彼らを救えない宿命に思い悩むことはない。
たった一人、己の手が届き血が縁を結ぶものだけを、独善に助けようとする。
この割り切りが多分、腐敗した大人の究極系である眞悧に足らないものだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
彼は全部を救おうとして、神様だろうとそんな事は出来ず、しかし諦めきれずに冥府からテロルを手繰る。
救済への祈りは呪いへと転じて、何もしなけりゃ幸せに暮らせそうな子供たちを、地獄にさかしま突き落としていく。
しかし桃果のエゴイスティックな救済も、完全な救いなどにはなりえない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
そもそもにおいて不完全な救いは、不死たり得なかった桃果の死によって錆びつき、出口を見失う。
母の愛を失った時錆びついた鳥かごは、桃果の死によってもう一度錆びるのだ。
そして、錆は拡大する。
カラフルな滅びが彩る東京タワーに、繋がれ閉じ込められた子供たち。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
今回多蕗が苛み試すものは、彼が鳥かごの中に取りこぼしてしまったものであり、復讐戦は高倉の子どもではなく、自分を救えなかった多蕗自身に向いている。
行き場のない己の心を、必ず滅びる人の限界を。
どう受け止めればいいか判らないまま、教師となり大人となってしまった多蕗は、もう糸を掴み得ない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
迷宮の中心で、テセウスに救われることを待っていたアリアドネーは、気づけば己を食らうミノタウロスそれ自体に変質してしまっていたのだ。
鋼鉄のワイヤー、あるいは赤い糸玉。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
か細い糸のモチーフは幾度も顔を出し、生死の土壇場で子供たちを繋ぐ。
ここでもここまで描かれたキャラクターの立ち位置は変わらず、冠葉は血まみれに体を張り、陽毬は呆然と立ち尽くすヒロインで、晶馬は全てが終わった後間抜けに到来する…
と、思いきや。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
凄まじくシャープでクールな描線で書き直される陽毬は、座して救済を待つ立ち位置から、己の死に毅然と顔を上げ、決断を果たす主役へと脱皮していく。
誰が罪を引き受けるのか。
その主導権を手繰り寄せる戦いの中で、陽毬こそが己の身を投げる。
鳥籠の中の鳥、エンディングを待ってるお姫様。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
そういう位置に固定されていた陽毬は、冠葉決死の努力によって命を繋ぎ止められ、そこで流れる血(陽毬の周辺では、ファンシーなペンギン味に変化させられる残酷)を目の当たりにして、『もう十分』と愛に満足して、死と罪に向き合う。
それは永遠の別れであって、そうではない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
確かに育まれたものを抱えて身を投げる時、犠牲の心には晴れやかな決意があり、死を超えて続く永遠がある。
しかし取り残される者たちは皆、その高潔を抱え続けることが出来ない。
生者は腐敗し、死者は美しく静止する。
未練、執着、愛憎。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
心をつないだ赤い糸、己の手が血に塗れることを畏れない高潔は、離別の恐怖…あるいは現実を前に正しく継承されず、救われたもの/救われたいと願うものは祈りを呪いに変えていく。
その果てに行き着いて、戻ってくるのが多蕗であり…
行き切ってしまうのが冠葉である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
この後に加速していく高倉兄弟とその家族(美しき婚礼によって、新たな家族となる苹果ちゃん含む)の物語に対し、多蕗の物語はこの一話で一気に起源を描き、腐り果てた現状を描き、その超越まで駆け抜ける。
望んでいた惨劇が正に現実にならんとする時、冠葉と陽毬が見せた血みどろの高潔を受け取って、多蕗は己を…ダメになった自分の中に確かにあった桃果を蘇らせていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
犠牲の定めを受け入れた少女を、堕ちるままにしなかったことで、多蕗はあの時の桃果と同じ立場になる。
無論、わざわざ子供を巻き込んで血みどろの装置を再演しなければ、こんな危険な状況にはなっていない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
自作自演の破滅と救済で、再生も何もあったもんではない。
しかし哀しいかな、美しいまま死ねず、そうやって死んだものに救われ取り残されたものは、そんくらいしないと前に進めない。
母が錆びつかせた鳥かごを、大掛かりに身勝手に他人を巻き込んで再演すること…そこで救う存在と救われる存在を目の当たりにすることでしか、彼の止まった時間は動き出さない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
そのどん詰まりを心の何処かで知っていたから、一気に全てを壊す選択を、多蕗は選んだ気がする。
畢竟、盤面この一手。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
『なんとかならねぇかなぁ…』と、画面の向こうで無力感を噛み締めながら怒涛の展開を見送る感覚が、再視聴に伴い蘇ってくる。
なんともならないのである。
こうなるしかないのである。
運命、宿業、蠍の火。
ずっとそういうモノを描いてきて、これから語る物語である。
監獄と処刑装置を兼ね備えた、錆びついた鉄塔。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
ゆりの世界を支配していたダヴィデが、消えた後にそびえ立ったものの中で多蕗が、一気に己の運命が行き着く場所…その先へと飛び出していくことで、物語に最後のスイッチが入る。
”M”で笑えていた時代が、気づけばあんなに遠い。思えば、幸福だった。
錆付き終わりきった自分を確認したようで、教師であり憧れの人でもあった多蕗は苹果ちゃんに、運命に食われたものの末路をしっかり諭す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
俺のようにはなるな。
復讐も再生も果たしきれない、惨めで半端なグランギニョルを叩きつけて、多蕗は狂乱のステージから降りていく。
それは聖者にも残酷にも透明にもなりきれず、取り残された場所で必死に生き延びてきた青年…元子供であることをやめられない男が、否応なく行き着いた必然である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
その半端な身じろぎに、僕は凄く人間を感じて、多蕗桂樹という存在が凄く好きなのだ。
終わってみれば壮大な自己満足、轟音響く一人舞台。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
なんか満足した感じでゆりにビンタされる多蕗の姿は、あくまで身勝手に彼を救ったあの時の桃果と、僕にはよく似て見える。
畢竟、救いとはそういうものかもしれない。
勝手に救って、勝手に傷ついて、勝手に去っていって。
それでも確かに何かが生まれて、その欠片だけが運命に流されていくのだとしても。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
諦めきれず爪を立て、あるいは祈りを込めて背中を抱く者たちが、いまだ鉄塔に取り残されている。
彼らの物語は、これからワイヤーを切られ、運命に惹かれて加速していく。
糸は切れるのか、導くのか。
糸玉が赤いのはそれを手繰るために流される血、あるいは捻れた血縁の色なのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
ミノタウロスは、アリアドネーの腹違いの兄である。
きょうだいであること、親子であること。
家という鳥かごが、錆びて軋んで再び閉じる。
ヒロイックな冠葉が抱える、テロルの契機。
それは正気と狂気、現実と幻想、地上と地下の境界を行き来しながら、クライマックスへ突き進む物語の最前線へ躍り出てくる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
轟音とともに落下するゴンドラは、その合図とも言えよう。
愛ゆえに腐敗した男が塔から降りて、愛ゆえに血を流す少年が舞台に上がる。
その傷を優しく抱き…抱きしめることしか出来ない少年と、その背中に強い祈りを投げかける少女も、また。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
多蕗は、己の物語を終えた。
殺さずにいられない炎を、最後の最後で踏み消すことを選んだ。
そこで亡霊になれない所が彼の弱さであり、愛しさでもある。ホントに可愛い男よ…。
偽物の家族でしか無いと、ビンタぶっかましたゆりとの過去が、あまりにも似すぎていること…取り残され生き延びた者たちの縁もまた、地上で燻る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
そこは多蕗桂樹の物語が終わったとしても続く、私達のお話である。
薄汚れた大人の打算で繋がっていたように見えて、それがまだ残っていること。
それが多蕗とゆりの救いであり、彼らを見守る僕…かつて子供であり、もはや子供ではない存在にとっての救いでもある気がする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
錆びついた鳥かごが開け放たれ、いまだ物語は終わらない。
次に自由になるものは誰か。
運命の行き着く冥府を超えて、己を蘇らせるものは誰か。
次回も楽しみ。
追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
赤い糸玉にはもう一つ、あまりに歴然としているので今まで見落としていたモチーフがある。
運命の赤い糸。
私を愛してくれる世界唯一の存在と、魂を繋ぐロマンスの具体。
恋は命のように、縁のように赤い。
多蕗とゆりを繋がなかったもの。
冠葉から陽毬に投げかけられ、真砂子には届かないもの
追記 世界は環状線か、高みに登る螺旋か、地獄に落ちていく輪廻か。
ピンドラ追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
うなだれる晶馬の背中を抱きながら、血縁ではない苹果ちゃんが苦難の意味を探る時言葉にするのは、薄汚れた大人の顔を顕にした多蕗がかつて語ったモノである。
多蕗自身にとって、桃果と死に別れ大人になってしまった教師の今は、甲斐のないものかも知れない。
しかし彼が外形だけ繕った、復讐を捨てて前に進もうとした大人の在り方は確かに、触れ合った人たちに意義あるものを手渡している。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
ゆりが運命の半分を手放してまで、多蕗をビンタしたのは、彼が『偽物の家族』と嘲ったモノに熱く、血が通っていた証明であろう。
もう、運命は切り替わっている。
無様に生き延びてしまうことそれ自体が、己の物語を編み上げ、他人の人生と絡めていく営為だとするのならば、多蕗先生が言う通り無駄なことなど何処にもない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
本当に? とシビアに問いかける、あまりに厳しい運命がこの先、子供たちに嵐を届けるとしても、それは本当のことで、意味のある言葉だ。
”繰り返す”ということは呪いでもあり救済でもある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
自分たちを食い殺した父母と同じ存在になってしまっているゆりと多蕗、父の遺志を継いでテロルに走る冠葉。
炎に焼かれつつブロイラーから多蕗を救った桃果、冠葉の赤い血、陽毬の犠牲。
リフレインは人の根っこに同じものが突き刺さっている証明だ
愛は痛みだと、多蕗は言った。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月10日
桃果なき世界に生き続けた彼にとって、それは観念ではなく実感なのだろう。
だが別の形で愛を証明され、それを己の根幹と見比べて初めて、痛み以外が蘇ったから、彼は錆びついたリフレインから出れる。
運命の書き換えは、救世主だけの特権ではない…かもしれない。
つーか愛が痛みなら、ゆりのビンタはまさしく愛であり、永遠に失われたとお互いが思って生きてきたものは、傷をなめ合うように寄り添い作り上げた嘘の中で、確かに既に再生を果たしていたわけだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年11月11日
タロジロコンビは本当に、子供である面倒くささと大人である厄介が複雑に絡み合って、魅力的が過ぎる。