輪るピングドラムを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
陽毬の避け得ぬ死が迫る中、亡霊は己を語る。
ヒトという箱、世界という箱。
見つけてもらうことを阻む壁への憎悪は、炎となって少女を焼く。
足下でチクタク、音を立てる爆薬を誰も知らぬまま営まれる日常の隅で、今終わりが始まる。
かくして物語は、運命の至る場所へ…。
そんな感じの最終話一個前、なのに状況は奇妙な夢に微睡むピングドラム第23話である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
眞悧とピングドラム、不鮮明であるがゆえに物語を牽引し得たマクガフィンが燃え、あるいは人間として己を語って、終幕に必要な最後の一手が打たれるエピソードだ。
世界を呪い、運命を捻じ曲げる悪霊の本音。
それは思いの外、俗っぽい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
宿敵の血を引き継ぎ、無垢であるがゆえに事態の中心に一番近い苹果ちゃんに、なぜ近づかなかったのか。
眞悧はさらりと、怖かったから、と答える。
それは今まで見てきた掴みどころのない態度、死者の諧謔であり、多分スルッと本音でもあると思う。
謎めいた態度で見るものを牽引する演技と、思いの外率直に自分を晒す危うさはずっと、あの亡霊につきまとう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
”人間らしい”という事も出来るが、それを足場に彼に近づいていくには、その虚無はあまりに大きすぎる。
箱を壊し、世界を変える。
失敗することが解っている、冥王による再想像の試み。
箱を壊すことに固執するのに、自分という箱を他者と混ぜ合わせる、人間が生きる営みには踏み込めない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
ゆりと多蕗が散々に迷い、間違え、取り残されて傷をなめ合い、離れてなお近づいて答えを掴んだような、当たり前に苦しく尊い道には、もう進めない怪物。
その自閉性も、とても”人間らしい”。
彼が死者しか愛せないネクロフィリアであることは、死の国に呼ばれる陽毬の冷たい肌色にもよく反映されている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
血色の良い幸福な子供を、彼は愛せない。
運命に翻弄され、残酷に噛み砕かれ、それでもなお何かを求める自分の同類を、永遠の静止に閉じ込め玩弄し、己を慰撫したい。
再視聴してみると、死にゆく陽毬のリアリティというのは凄く気を使って演出されている所で、青ざめた肌と浅い呼吸が生々しく幾度も、『この子は死ぬのだ』と教えてくる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
陽毬は死ぬ。
それは彼女が悲劇のヒロインだからではなく、当たり前の人間だからこそだ。
箱で隔てられ、望みは叶わず、愛しいものは置き去りに去っていく世界の残酷。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
それを覆し得ない絶対のルールだと受け入れるのか、悪霊の力を借りてでもひっくり返すのか、それともルール自体が無化される領域まで己と世界を引き上げるのか。
答えは、実は沢山ある。
の、だが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
それが灰色に閉ざされていて、道は一つしか無いと思い込ませるのがこどもブロイラーのある世界であり、それを壊したかったはずなのに自分自身、冷たい冥王になってしまった眞悧や剣山…冠葉なのだろう。
ゆりや多蕗といった被虐待児が、己を苛んだ存在と同じことを、大人になって繰り返す
この出口のないリフレインは、変化の兆しがもう無い亡霊にこそ強く反射していて、死者は生者を自分たちの氷の世界、時と命が凍りついて動かない場所へと引きずり込んでくる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
箱の中孤独に絶望してれば良いものを、正しくない世界に拡散して、己の正当性を解ってもらおうとする。
それがテロルという表象に結実するのは、適切な必然だなと、10年越しに思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
生き生きと眩く、美しく正しくあって欲しい世界は、常に間違い続ける。
そのノイズに我慢できない存在は、箱を壊して世界を変えようと、爆薬を握る。
それ以外の方法は、もうない。
という引力に抗するのが、ピングドラムを継ぐ者たち…なのだが、彼らも別に正しく報われはしない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
テロルから世界を…愛する友達や家族を守ろうと、呪文を使った桃果は引き裂かれて、自分が倒すべき冥王と同質の存在になってしまった。
そんな犠牲で世界が成り立っていることを、人々は幸福に知らない
自閉し、停滞する宿命を唯一揺るがしうるものもまた、世界を埋め尽くすエントロピーに飲み込まれて、掠れ忘れられ消え去っていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
その尊さを覚えていようとした者たちも、子供を…かつての己の合わせ鏡を非情に苛む、冷酷な存在になってしまった。
なりかけた。
今これから運命を選ぶ若き魂たちと同じくらい…もしかするとそれ以上に、多蕗とゆりが既に終えた物語が、一つの希望だな、などと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
彼らは無限に繰り返す環状線に入りかけ、しかし目の前に流れる赤い血の意味を思い出して、自分たちで拠って立つべき場所を選び取った。
だからこそゆりは苹果に、ピングドラムを返すことが出来る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
二つに引き裂かれた愛する人の名残を、今正に運命のジャンクションに挑むものに託すことが出来る。
それは物理的には爆弾で燃やされ、苹果ちゃんの身体を焼く。
ニヒリズムを前に、愛は何も出来ないと炎は告げている。
だが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
眞悧が己をはめ込んでしまった氷の世界に、囁かれて自分も入りかけた生存者達が冥界を抜け、愛を覚えている己達をお互いの杖にして、傷つきながらも生きようと選ぶとったことは、無意味でも無価値でもない。
そのことを証明する物語が、残り一話で描かれる。
眞悧が冠葉をノせた延命を、真砂子は『フーディニの魔法』と呼ぶ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
生死を超越した御業に思えるものが、タネのあるまやかしに過ぎず、真実永遠に生きるものを連れては来ないことを、兄を愛するがゆえに死ぬ少女はよく知っている。
でもその声は、もう届かない。
届けられるのはたった一人、ここまでそうだったように見守り微睡み、そして見つける青年だけである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
物語の最終的なキャスティングボードを、たった一人しか握り得ないのは残酷であるし、甘さと嘘がないなぁ、と思う。
まぁ畢竟行き着くべき場所とは、そういうものなのだろう。
陽毬の純真も、苹果ちゃんの崇高も、真砂子の愛も、男たちには届かない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
銃を突きつけておきながら、他人のはずの弟の心臓を抉り出せない冠葉。
実行主義の兄貴の背に隠れ、お話の最後まで穏やかな”見”を決め込もうとして、妹と帽子に急かされて朝焼けに駆け出す晶馬。
双子は優しさと強さ…ハードボイルドを構成する二要素を分割され、また共有されて描かれてきた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
動かない晶馬は優しいから、誰も目を向けないモノを見つけることが出来る。
暴走キ印女がどんだけ寂しくて、切実で、必死なのかを巻き込まれながら、解ってあげることが出来る。
動きまくる冠葉は動けばこそ穴にハマって、弟が耳を貸さなかった亡霊の囁きに堕される。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
彼は家(これも冷たい”箱”の一つか)を維持し、妹の命を銭で繋ぐ。
過酷な現実に向き合う舳先に立ち、弟妹を背中で庇えばこそ苛烈さに飲み込まれた姿は、血の繋がらぬ父とそっくりだ。
優しいからこそ、強くなれる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
強くあることが、優しさを支える。
そんな順接のハッピーエンドは、このお話にはない。
優しさは世界を変ええぬ軟弱さに、強さは間違え続ける愚かしさに、いつでも捻れて繋がってしまう。
そんな二人の物語が、行き着くべき場所。
それがあの、銀河を征く列車である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
強くも優しくもなかった亡霊に囁かれ、強く優しかったからこそ引き裂かれた少女に導かれ、辿り着く終わり。
それがレールの行き先を変え、あるいは運命が走り抜けるシステムそれ自体を改ざんしえない厳しさは、常にこの作品…幾原邦彦の物語に宿る。
何かを望めば、必ず何かが奪われる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
これは作品を超えて必ず適応されるルールで、ウテナも銀子もマブも、奇跡を果たして己を失う。
…そういう意味で、”さらざんまい”の三人組が色々ありつつ、大人になった生身で再会できて終わってるのは、自分的には大きな変化であり、救いであり、喜びだ。
さておき、人の宿命を越えようとした勇者が亡霊となり、世界を救済した聖女が燃やされる残酷は、固く冷たく動き得ない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
それでもなお、人にはなにか為し得るはずで…あるいは”べき”で。
それを手探りする24話が、次回終わる。
語り得ないものは沢山あり、言うべきことは既に描き切っている感じもある
事象や象徴を細やかに追いかけていくと迷路に入るが、伝えるべき核はいつも同じ温度とテンポで揺れ続けていて、そこに共鳴さえできれば己の物語として、幸福に抱きしめられる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
幾原邦彦作品のそういうところが好きであるが、この物語もまた、そう終わっていくことを、10年後である僕は知っている。
物語の中心に真っ赤な林檎があり、燃え盛る炎があるのは、静止した絶望の氷に対峙するお話の必然だとは思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
炎は氷を溶かすが、同時に奇跡を希うものの魂を焼き、代償を求め続ける。
都合よく温もりだけを手に入れる賢さを、この物語はキャラクターに与えない。
己を焼き、世界を焼き、その果てに…
眞悧が吹き飛ばしたいと願い、冠葉が囁かれて崩す箱。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
社会、家族、個人。
隔てられているからこそ己を保て、あなたがそこにいる喜びも受け止められるはずの壁に、どうしても我慢できない男たち。
彼らもまた炎を持って、テロルの季節に踊る。
その暴力の炎は、いつでも彼ら自身を焼く。
愚か者だけが炎に焼かれるわけではなく、高倉家という”箱”をたった一人預けられ、守り繋ごうとしてくれた優しい女の子も、無力を噛み締めながら炎に焼かれていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
今回の苹果ちゃんはとても可愛そうで、必死で力強くて、飾りなく彼女自身であった。
終わりに、そういう顔が見えるのはいいことだ。
全てのものたちが、炎に焼かれて素顔を暴かれていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年12月15日
燃えて燃えて、それでも一握の灰の中残る、ダイヤモンドの欠片。
来週、それを見届けることになる。
楽しみであるし、やはり哀しく寂しくもある。
良い半年間だったなと、一話早く総評を述べて、次回を楽しく待つ。