ダンス・ダンス・ダンスールを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
流鶯の飛翔を見て、真実バレエに向き合うことを決めた潤平。
本場ロシアでの王子役を夢見るも、基礎を叩き込みなおすべく、バーレッスンに励む日々。
シューズを履き潰すほどのひたむきさと、溢れ出す才能の片鱗に、閉ざされた流鶯の心も動き出した…。
そんな感じの追いつ追われつバレエ青春絵巻、踊れる喜び、学べる楽しさが花開く第4話である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
主役が作品の主題に真っ直ぐ向き合うまで三話、基礎付けにも腐ることなく…というかむしろ陶然としながら、潤平の心身は”バレエ”に為っていく。
不自由な型があってこそ、自由に羽ばたける古典の強みと窮屈
幼年期から、身体をそれ専用に仕上げて初めてスタートラインに立てる、あまりにも厳しい頂きに向けて、長年蓄えた潤平のあこがれとセンスは高く、自由に飛翔していく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
その陶酔はもはや、地べたで這いずる者たちを置き去りに浮かれ騒ぎ、彼を高みに解き放った流鶯すら、追い抜いて目を奪う。
ここまで流鶯の体現する美に目を奪われ、それを追う側だった潤平が、今回は流鶯に見つめられ、追われる側へとなっていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
その視線には、バレエが日常生活の立ち居振る舞いに滲み出るほど、虐待めいて焼き付けられた過去が反射する。
(画像は"ダンス・ダンス・ダンスール"第4話から引用) pic.twitter.com/t2rDNiokCl
千鶴は”いい大人”では無いかもしれないが、潤平とは相性が良く、見据えているビジョンも重なっている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
日本人初の、本場ロシアの頂点。
『前人未到のノーブル・ダンスールを目指す!』という大言壮語は、踊る苦しさを何も知らないが故の安楽であり、それにくじけてなお夢を見たい祈りでもある。
母と比べられながら、狂気めいた”美”への執着に手足を折り曲げられ、読み書きすらおぼつかないほどに”バレエ”だけを叩き込まれた日々。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
流鶯が扉越しに見つめる潤平のレッスンは、自分を鍛え上げ、捻じ曲げたそれとは大きく違って見えるのだろう。
生ぬるい…あるいは、羨ましい。
流鶯の張り詰めたプライドは、それを言葉にすることを己に許さないけども、踊れる喜びと教える楽しさに満ちた師弟の姿は、流鶯の瞳を強く奪う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
”それ”以外を与えられなかった流鶯にとって、踊ることの喜びは縁遠いものであり、しかし祖母から押し付けられた美の理想は、もはや彼自身となっている。
だからこそ、世界中に嘲笑され魂が活きるか死ぬかの瀬戸際で、彼は舞い、踊ることを選んだのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
そうせざるを得なかった、とも言えるだろう。
父の死によって、否応なくバレエから遠ざかった潤平とはまた違った意味で、『踊るしかない人間』なのだ。
踊っても良いのだと己を解き放った潤平の身体は、弾む心に突き動かされ、軽やかに翔ぶ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
その眩さから兵ちゃんは目を背け、暗い場所を見つめ続ける。
流鶯の踊りが暗い学園生活に、問答無用に切り開いた居場所。
(画像は"ダンス・ダンス・ダンスール"第4話から引用) pic.twitter.com/xZR2sbGsOA
やるべきこと、やりたいことに満ち溢れ、青春を謳歌する潤平が掴みかけているものが、兵ちゃんを暗い隅っこに追いやっていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
都とも微笑ましく和解を済まし、潤平の飛翔を邪魔するものは何処にもない。
バレエをすることで、そこに戻ることで、潤平は望ましい繋がりを掴み直していく。
それをやはり窓ガラス越し、流鶯はじっとりと見上げる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
自身に焼き付いた価値観からは到底肯定できない、正反対の野生児。
大して美しくもないくせに楽しそうに飛び、自分だけの姫騎士であるはずの都の、笑顔を奪う。
それはヘラヘラ笑いの下手くそな流鶯の、大きなストレスになってゆく。
潤平が流鶯の存在を、ヘラヘラ笑いの隅っこでけして無視できなかったように、踊ると決めた潤平は流鶯の視界に入り続ける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
出会ってしまった運命はお互いの軌道を否応なく変えて、新しい眩さと暗さが若き魂を、高い場所へと飛ばしていく。
それは、不安定に落ちることでもある。
一見ヘラヘラ笑いのテキトー人間に見えて、潤平は感性が鋭く感受性も強い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
繰り返されるバーレッスンが、押し付けられる基本に反発よりも、自分をどう変えていくかという煌めきを感じてしまう。
回転一つ、満足にできない今の自分。
(画像は"ダンス・ダンス・ダンスール"第4話から引用) pic.twitter.com/jvTeHmsjFp
子供に混じっての基礎特訓に腐らず、その可能性に瞳を輝かせてしまえるのは、その体現たる理鶯の美しさを、目にしているからでもあろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
出会ってしまった美しいものに強く憧れ、率直に飛び出す。
父の死によって頓挫してしまったそんな、自分に素直な一歩目を、千鶴の厳しさを借りて飛び直す。
そんな実感が、潤平の瞳に星を宿しているのかもしれない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
千鶴は何かと引きこもる理鶯を、彼女なり不器用に気にかけてもいて、祖母(千鶴にとっては母)の理想が腐敗する部屋の換気を、腕を引っ張って強引に成し遂げようとする。
その起爆剤は、やはり潤平だ。
本場ロシアの頂点に立ち、理想の美を体現する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
そんな狂気に一度轢き潰され…それでもなお”バレエ”に惹かれ生きているのは、千鶴も流鶯も同じである。
同情とも共感とも違う、ざらついた質感の共鳴が二人には確かにある感じが、見ていてなんだか暖かい。
片やババア呼ばわり、片や指導を拒絶。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
思春期ど真ん中のクソガキ相手に、千鶴の態度は大人げないとも言えるし、見捨てず対等に手を伸ばしてるとも言えるだろう。
実は一番かまってもらえてないのは実子の都だったりするので、教え教えられる関係、血の縁の鎖というのは複雑である。
混濁する色合いが、”美”の輪郭だけを強烈に切り取る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
祖母から璃央に届いた絵葉書には、今の彼を形作ってしまった妄執が焼き付く。
それはプリマであってノーブル・ダンスールではなく、手を打った時口にしていたのは、自分を捨てた母の名だ。
(画像は"ダンス・ダンス・ダンスール"第4話から引用) pic.twitter.com/UaiRxkZRxB
己を包囲する闇を抜け、調べに誘われて戸を開けてみたのは、確かに美しく舞う王子の幻。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
ただバーレッスンを繰り返し、貰い受けた靴がズタボロになるほどの練習を重ねて、潤平の舞は…かつて彼自信が、流鶯にそれを見たように…人生を変えてしまうほどに美しい輝きを、確かに宿している。
千鶴に教えられ、自身直感し陶酔したように、鍛え直した基礎は圧倒的な美の土台となり、自由な表現を導いてくれる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
何よりも苛立つ存在として潤平を遠ざけたい流鶯の瞳に、思わず滑り込むほどの、圧倒的な美。
それは幼い頃であったあのステージを、理想に思い描きながら身体を使えばこそ生まれる。
潤平は美しいものに心を震わせる強い感性(作中では星との出会いとして描かれている)と、それに飛び込む情熱を、”男らしくない”と抑え込んできた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
しかし女の装いのまま、己の信念を爆発させて舞う流鶯の”美”に涙したことが、その封印を解く。
踊れる喜び。踊りに美を感じる自分。
形を体に染み込ませるほどに自由になる、バレエの奥深さ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
それを率直に表現して良い自由が、過酷で地道なレッスンの中で、彼を笑わせる。
それは周囲に合わせて自分(と、彼に託された大切なもの)を護るためのヘラヘラ笑いではなく、心からの悦楽だ。
その眩さは坊主頭にズタボロのシューズでも隠しきれず、届くべき相手に届く。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
ここで王子の幻視を得てしまう感性が、流鶯がバレエを憎み愛し、愛され憎まれた少年である、一つの証明だろうか。
美しい幻を、否定し得ない確かな実感として受け止めてしまう、開かれた瞳。
傷つきやすい流鶯は外界との接触を拒絶し、それを閉ざしているわけだが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
それを強引にこじ開け、自分の存在…を通じて、世界の広さを教えるのが、彼の美に心動かされた潤平であるのは、正しく宿命というものだろう。
…それが都じゃないのも、残酷な意味合いで宿命的よね。
かくして指導役がげっそりやつれる程に基礎を積み重ね、潤平は始めてのパ・ドゥ・ドゥを踊る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
それは『振り付けを確認する』という段階を超えて、若き王子が美しき白鳥と出会った瞬間を躍動させる、潤平らしい表現だ。
(画像は"ダンス・ダンス・ダンスール"第4話から引用) pic.twitter.com/sc90UKSXwz
二ヶ月前、『もう踊れるぜ!』と飛び跳ねていたときとは、足音がまず違う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
ドッタンドッタン重かった”バレエに為っていない”足取りは、叩き込まれた基礎によって重力を引きちぎり、柔らかく着地して靭やかに鳴る。
その身体の変化が、静かに演出されている所が好き。
流鶯が潤平の王子を見た時は、伴奏が強く鳴り響いていたので、二人の感性と才能、人格はやはり大きく違うのが解る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
潤平は今、そこに在るもの…生身が奏でる身体音楽と、それが体現する活きた表現を聞き取り、流鶯は遥か彼方に在る理想をすくい上げる。
そんな感じだ。
潤平は確かに今ここにある都と自分の音楽を聞きながら、同時に陶然と遠くに投げかけた視線で、物語の世界へと深く分け入っていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
彼の感性は美の観察者としてだけでなく、その体現者としても強力な武器だ。
バレエという”演劇”に必要な、役と物語を己に引き寄せていく資質。
美しい嘘に溺れ、周囲を巻き込むほどに耽溺する才能。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
それが基礎を固められたことにより、都が思わず視線をそらすほどの輝きを伴い、瞳から眩く放射される。
台詞ではなく、振り付けで…足の運び一つ、指の位置一個で、役柄や感情や物語を体現しなければいけない、身体表現者としての強みだ。
そんな潤平に、流鶯は尖った刃を向ける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
揺るがされるはずのない自分の領域に、土足で上がり込んでくる、王子気取りの野猿。
そんな拒絶を受けても、潤平は自分が震えた美しさに素直に、思春期らしく不器用に、言葉を探って届ける。
(画像は"ダンス・ダンス・ダンスール"第4話から引用) pic.twitter.com/CZY3ZOpryJ
自分が流鶯の舞に、そこに宿った激情と生き様に震わされ、今ここに立っている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
だからこそ、立ち止まったままなら追い抜いて、王子様に成り代わってやる。
ヘラヘラ笑いの奥に押し殺したままでは、けして出なかっただろう”男らしい”激励と挑戦状。
それが言えるようになった潤平は、やはり可愛い。
…いやー、ヘラヘラ笑いで周囲に合わせたりしてた時も潤平は可愛いので、コレはちょっと違うかな…。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
理鶯にしても都にしても、あるいは千鶴にしても、みんな必死に業やままならなさに取っ組み合って、眼を焼いた美しさに呪われながら飛ぼうとして賢明さが、全部可愛く見えんだよね。
流鶯は誰かに憐れまれ、傷つく自分を許せない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
そんな存在が、ノーブル・ダンスールにはなれないと、あの暗い部屋で刻み込まれてきたからだ。
泣いてすがっても、辛いことは終わらない。
美しく在ることだけが、存在意義を認めてくれる。
潤平への反発は、あの体育館の飛翔と同じく、少年必死の叫びだ
その苦しさを、対等…あるいはそれ以上な存在として受け止めて”やってる”自覚は、潤平にはないだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
彼の優れたセンスは基礎訓練によって磨かれ、流鶯がどれだけ”バレエ”であり、自分がどれだけ”バレエに為っていない”かを、否応なく直感してしまう。
自分は山猿、流鶯は王子。
その現状を認めた上で、越えていける可能性を信じ、震えながら喉笛を掴み返す強さがあるのも、潤平の良さであり、強さだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
否応なく自分の瞳に飛び込んでくる憧れだからこそ、ただ押されたままで終わりたくない。
追いすがって追い越して、追いついてきて欲しい。
そんな燃え盛る闘志は、少年たちの間で熱く燃えている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
都を巡る争奪戦…て構図ともまたちょっと違う、憧れと衝撃と羨望と反発の入り混じった、美しい感情複合体なのが、やっぱ凄く良い。
この燃え盛る薪でもって、若き王子たちは美しく高く舞うのだ。
というわけで、流鶯を見つめることで己を解き放った潤平のジュテを、流鶯が見つめ惹かれていく物語でした。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
やっぱけして無視しえぬ存在の引力、美の魔力にお互い引き寄せられ、バチバチ感情をぶつけ合いながら輝く物語は、問答無用に良い…。
そのカンバスと為るバレエにも、敬意十分の描画だ。
今後潤平が飛躍していく説得力を、積み上げるための基礎トレーニングの日々に、潤平自身が陶酔してる描写が好きなんですよね。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
窮屈に押し付けられたと、あの年頃なら感じそうな鍛錬だけが解き放つ可能性を、直観し実感しているからこその陶酔。
踊れることが、踊れていく自分が、楽しくてしょうがない
奔馬の如き情動と感性は、当然手綱を付けれるものではなく、制御不能な暴走も呼び込むわけですが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
さて次回、王子と魔王の共演はどんな輝きを見せるのか。
可愛い都が置いてけぼりな気配だが、男男の感情小宇宙はさらなる爆発を続けるよッ!
次回も楽しみですね。
追記 そしてそんな惑星級の運命に、無視されないで瞳に滑り込むためには、こっちにもそれなり以上の魂が要求されることに為る。やっぱ兵ちゃん切ねーな……。
追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
潤平は女の装いのまま眩しく舞う流鶯に、自分が追い求めてきた”男らしさ”の答えを見た。
自分が探しているものが、時に自分一人では見つからない時、目を逸らしたくても逸らせない他者の眩しさが、鏡となって理想を照らす時がある。
迷いの中己の答えを探す流鶯も、潤平を答えとする時が来るのか
どす黒い過去の代償として、圧倒的に完成された”バレエ”を魅せる流鶯の鏡足りうるほどに、潤平は己の踊りを磨き上げれるのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年5月2日
強烈な個性を譲れぬからこそ苦しむ者にとって、巨大なエゴを越えた他者が、どんな意味を持ちうるか。
それを書いてるのも、この話の好きな所だ。