イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

後宮の烏:第6話『夏の王、冬の王』感想

 暴かれる王朝秘史、後宮の烏第6話である。
 一千年に及ぶ人の歴史、その背後で超常的な影響力を及ぼしてきた烏漣娘娘。
 烏妃はその巫女であり、生命と運命を握られた囚人でもあった。
 冬宮は表の歴史から廃されし巫女王の黒き王宮であり、国家永年の安楽を約束する霊廟であり、気まぐれに選ばれた少女の人生を啜って咲く、玄き牡丹でもある。
 その過酷な秘密に、寿雪がいかに苦しみ絶えて来たか。
 国家レベルの壮大な秘密に、一少女の強い思いがしっかり食い込んでいるのが、歴史ロマンとしてなかなかに強い。

 

 結構複雑な進行をしてきたので現状のストーリーラインをまとめると、主人公たちの前に提示されている謎、解決するべき問題は

 1 柳の下の幽鬼
 2 皇帝の枕元に立つ母と朋
 3 烏妃を縛る宿命
 4 前王朝の因縁を背負う符術士

 といった所。
 これらの問題が夏王司る現世の政治と戦乱、冬王司る冥府の霊能と因縁で結び合わされて、それぞれ個別でありながら連動しているような状態である。
 烏妃の宿命は遠く国家の成り立ちに関係が深く、前王朝の怨念と因縁は皇帝の治世に長い影を伸ばし、そういう人間のゴタゴタを超越し圧倒した所に、気まぐれにして残酷な烏妃の母たる烏漣娘娘は在る。
 今回のお話は3に関わる大きな設定が、燃え盛るような激情と共に暴かれるエピソードだ。

 

画像は”後宮の烏”第6話から引用

 

 話の折り返しにようやく烏妃が見せた、寿雪としての激情と本音。
 見開かれた目は悪鬼のごとくで、あまりに人間的で美しい。

 神話の時代から続く世界の成り立ちを知らず、母も朋も守れぬまま血塗られた道を駆け抜けて玉座に付いた陛下は、寿雪の人としての温もりに触れ、不自由な立場を哀れと思った。
 それは人間としては至極まっとうな思いやりであるが、神の定めに実際生命を握られてしまっている烏姫にとっては、世界の真実を何も知らぬ戯言に過ぎない。
 神は国すらも左右するほどに圧倒的であり、ましてや一少女たる寿雪の思いなど気にもかけず、後宮に閉じ込め祈りを捧げる日々を強要する。
 選ばれてしまえば、最早逃れるすべなどない。恋などもってのほかである。

 そのような存在の犠牲、それをかき消す歴史の隠蔽をもって、国家という巨大装置は成り立っており……皇帝たる高峻はその頭である。
 人として当たり前の情を以て寿雪を憐れめば、国命と神意によって縛られた烏妃の宿命が、心優しき少女を傷つける。
 このままならなさは実効なき世の習いというだけではなく、烏漣娘娘という超常存在を背景に、実際の呪いで人が死ぬ世界観に裏打ちされている。

 今回思いの丈をぶちまけた寿雪が、本来の彼女そのままに他人と交わり、世界を知り、恋をし幸せになるためには、自身を後宮≒霊廟に縛り付ける神の呪いを越えていかねばならない。
 そうするだけの強さが、皇帝として人として、男としての高峻にあるのか。
 暴かれた歴史と思いは、そういう問い掛けを鋭い視線で投げている。
 ロマンスと宿命、恋情と歴史がいい塩梅に絡み合ってきて、壮大にして切実なファンタジー純愛物語としての精度が上がってきたのを感じる。

 

画像は”後宮の烏”第6話から引用

 秘史を紐解いてみれば、一千年の戦乱も、それを収めし前王朝の異形も、ともに男女の恋……その悲しさが強く滲んでいた。
 夏=陽=男と冬=陰=女が相補い、お互いを支え合って続いてきた平和な時代は、神ならぬ人の恋情がもつれたことで破綻し、男性原理だけが支配する戦乱の世が生まれる。
 これを平定したのは、奴隷として同じく男性原理に支配されていた初代烏妃を開放した、白髪の若獅子である。
 彼は古史に良く学び、乱れた理を正すべく冬王を手に入れて王朝を立てた。
 そして新たな過ちを呼び込まないために、妻として烏妃を愛することを己と国家に禁じ、『夜伽をしない妃』……国家安泰の基盤たる烏漣娘娘へ祈りを捧げる囚人として、花咲かぬ宮に閉じ込めた。
 若獅子を愛した冬王はこの簒奪と秘匿をすべて受け入れ、巫女王の存在は秘され、愛は黒い廟のなかに沈んでいった。

 本来男女二王を鼎立させてバランスを取っていた世界が、実権全てを夏王に集中させ、形式だけの冬王を墓所めいた孤独な宮廷に閉じ込めることで、不当な平穏を得ている状況といえる。
 人間らしい優しさ溢れる高峻はこの簒奪を良しとせず、寿雪の苦しみに寄り添おうとするが、烏妃でもある彼女は自分が人としての幸せを獲れば国が乱れる事実を痛感しており、想い人の優しさを跳ね除ける。
 ある意味皇帝が持つべき高い視点を、冬王たる寿雪はしっかり持っている……とも言えるか。
 あるいは、超自然的存在に生命も生き方も決められ、抗えば死ぬ現実を既に諦めているか……。

 簒奪ではなく禅定によって帝位を継いだ夏王朝は、都も宮城も、烏妃というシステムも全てを継承し、国家を安定させている。
 人間レベルの浅ましい妬みでいじめ殺されるものはあっても、国は形を保ち民には平穏な日々が宿っている。
 人々は烏漣娘娘など子供だましのおとぎ話だと思えるほど、神話の時代から遠く隔たって、世の真実を知らない。
 寿雪に人としての幸せを取り戻すことが、すなわち烏漣娘娘の加護を失いかねない状況にあっては、為政者として最も現実的な選択は現状維持……冬王の権力を不当に簒奪し、歴史の闇に封じ、人らしい触れ合いも恋路の華やぎも全て殺して、国家安泰の礎として使い潰すことになる。
 その苛烈さに、心優しき皇帝陛下が果たして絶えうるのか。
 疑問にも思うが、しかし国家の頭として立つということはすなわち、そのような重さを腹に収めた上で歩みを止めず、善く在ることを諦めず、苛烈な決断に柔らかな情を残して未来を切り開くことだ。(少なくとも、理想論的には。歴史書にはこの矛盾に耐えかね、自分や国を潰していった王侯の名前が、みっしりと刻まれている)

 

画像は”後宮の烏”第6話から引用

 現行の社会体制を築き上げた前王朝初代は白髪であり、彼に恋し人の幸せを諦めた初代烏妃は黒髪であった。
 翻って現代、寿雪本来の髪色は白、夏家の男子である高峻の髪色は当然黒である。
 烏妃システムを始めた男女のカラーリングが、その宿命に巻き込まれ苦しむ現代の男女で反転している所に、長く重たい定めをひっくり返す可能性を勝手に見ているのだが……さてはて。
 あるいは染髪によって出自を隠し、史書に歴史の真実を隠し、烏妃の定めに己の思いを隠し続けている寿雪が、世に堂々とあるがままの己をさらけ出せるようになれば、歪んだ陰陽黒白のバランスも整い、より良い世界が訪れるのだろうか?

 一個人としての生き様が、国家や世界に強く反響する秘密が暴かれ、なかなか複雑な状況になってきた。
 ここに前王朝の末裔……その亡霊が絡んで世情も不安定というのだから、さらに混迷の度合いは増す。
 喉を潰された柳の下の公女は、なぜ現世に彷徨いでるのか。
 枕元に立つ過去の亡霊は、皇帝の懸念の通りその無力を恨んでいるのか。
 烏妃を縛る大きな謎が暴かれても、ここら辺に厄介は動かないのがまた、人間世界のままならなさを強調していると思う。
 天下国家の一大事は一大事として、絡み合った過去の因縁、現在の思念を解きほぐさねば、ハッピーエンドは訪れない。
 さて、物語はどこへ飛び立っていくのか。
 次回も大変楽しみである。

 
 追記 房中術としての烏妃システム
 皇帝が烏妃とセックスすることが国家レベルの禁忌になっているのは、情交を通じて陰陽のバランスを取る房中術の逆打ちという感じもあり、オカルトマニアとしては結構壮大かつ精妙な魔術を編んでいて感心する。
 冬王が殺害され不在となった戦乱期も、黒い墓所に閉じ込め実権を奪っている現状も、陰陽のバランスが回復されたとはいい難く、現夏王たる高峻と現冬王たる寿雪の小恋路は一人間のロマンスで終わらず、人が気づけば失ってしまっていた旧き節理をより良く再生できるか、その徳政を問う大問題でもあるのだ。
 恋なるものがあまりに危険で、悲しいものだというのは今回暴かれた歴史の中にも、今まで紡がれた物語の中でも示されている。
 果たして二人は過ち続けた過去を越え、より良い夏と冬の婚礼を果たすことが出来るのか。
 そういうお話でもある。