狗を走らせるのは夢か悪夢か、性か魔性か。
おもしろ漫才惨殺集団、対魔特異4課本格始動のチェンソーマン第5話である。
本気もマトモもさっぱり分からない純情どチンピラ、デンジくんに今後の目標を与えつつ、剽軽に浮かれているようで乾ききった公営殺し屋稼業にジリジリと近づいていくお話となった。
マキマの差し出すセクシャルな誘惑が、興奮の元凶に追いついてしまったデンジくんの虚しさを埋め道を捻じ曲げていく様子。
そんな後輩と同じ獲物を狙いつつ、かつて満たされていたからこそ奪われた虚無が疼くアキくんの表情。
それを見据える、一見陽気な姫の先輩の瞳に宿る、乾いた暗がり。
色んなモノが交錯しつつ、異様な形に歪んでしまった現実の中を、少年たちは進んでいく。
命がけで掴み取った夢は、追いついてみればあまりに虚しい。
ガサツ極まるパワーちゃんのオッパイはパッドで底上げした羊頭狗肉であり、そもそも『オッパイを揉む』という現象の奥になにか別のものを求めていたデンジくんは、猛烈な肩透かしを食らうことになる。
早川家の食卓は騒がしくも賑やかだが、デンジくんがさんざん焦がれていた『バターっを塗ったトースト』以上のものをアキくんが差し出してくれてる現実も含めて、彼の前を通り過ぎていく。
その手に掴み取ってみれば虚しく、では何を求めていたのかと問われれば、確たる答えはどこにもない。
だからこそ探し求める”何か”の不在が、デンジくんをぼんやりボーイへと書き換える。
パッドで底上げされてようが、ギャハハ系のクソアマにくっついてるものだろうが、オッパイはオッパイである。
それを三揉みとはいえ揉みしだいてむしろ虚しさを知るということは、デンジくんが欲しかったのはただの女体ではなかった、ということだ。
世間一般のマトモな青年ならば、性欲に焦がれ願望を充足可能な生肉を求めるのが”普通”のはずなのに、満たされた実感は彼に訪れない。
パワーちゃんがあんまりにもギャハハ系だからなのか、デンジくんの欲望が見た目より複雑だからなのか、そもそも方向性が間違っているのか……。
義務教育すら受けていない青年は立ち止まって悩む方法を知らないし、これは見た目よりもハードでシビアな難問でもあるからだ。
雰囲気満点な夕日のオフィスの中で、マキマはデンジくんに答えを与える。
これからどこを目指して進めば良いのか、あまりに蠱惑的な肉と約束を差し出されたデンジくんは心臓を抑え、その感触……の幻に魅入られていく。
文字通りマキマ色に世界が染まっていくさまを瞳孔のアップで捉えるカメラや、人生を揺るがす”芯”を手に入れた(突き刺された)時頭ではなく心臓を抑えることで、デンジくんの中心がどこにあって、そこにマキマという毒がどう滑り込んだかを、良く教えてくれる。
マキマはデンジくんが即物的な肉の質感以上の”何か”を求めている状況を、本人以上に良く見抜いている。
人間を知り、誰かを愛しそれを確かめるとはどういうことなのか、自分自身の質感を教材にムード満点強烈に叩きつけて、デンジくんの虚しさを埋めていく。
便所で揉みしだいたパワーちゃんのそれとは、全く違った感触で心に突き刺さる……マキマの肉。
そこに宿る”何か”を掴むために、デンジくんは国家権力の犬として、マキマの走狗として突き進むことになる。
血の滴る印鑑が、契約の証として情事を見つめているのは、この話が”悪魔”を扱うことを考えるとなかなか残酷な構図だ。
事前にパワーちゃんのギャハハ・アプローチを書いておいたことで、マキマの手練手管にデンジくんがコロッと行っちゃう流れは納得が強い。
エロティックな誘惑の組み立て方がそもそも上手いのだが、それ以上にデンジくんの渇望がどこから来るのかを、本人以上に見据えて的確に餌を差し出している感じも強い。
銃の悪魔を追い、マキマとセックスする。
愛する人と分かり合う。
そんな契約書にハンコ一つ気軽に押して、デンジくんの虚しき青春に炎が宿った。
ポチタから譲り受けた心臓を握られて、さてそれでいいのか……答えは、ロクでもなさをクソで煮込んだ旅路を走りきって、なお見えないだろう。
マキマが差し出してきた圧倒的な”答え”に打ちのめされ、床に這いつくばるデンジくんの性的器官を、マキマの口が咥えこんでいくようなカットワークが、なかなかに最悪で最高ではある。牙の生えた女陰……あるいは、我が母なる暗黒。
生きる意味に惑う純情青年が、百戦錬磨の魔性に抗えるはずもなく、彼は(再び)自分のキンタマを誰かに握り込まれて、犬のように走ることになる。
虚しさが埋まってエッチな目標にも滾って、思わずVサイン……であるけども、餌を差し出すときマキマとデンジくんの間には巨大な断絶がそびえ立つ。
甘い匂いから顔を離して、俯瞰でシーンを見てみればずいぶん都合のいいことブッ込んだ、最悪のハニートラップだと理解る。
しかしそれは客観のカメラで後ろに引いて初めて分かることで、デンジくんの瞳には巨大過ぎるマキマの存在感が、既に深く突き刺さってしまっている。
だから餌くれるご主人さまとの間にある境目も見えないし、そこにズレと断絶があると思わないからこそ、新たに与えられた目的は虚しい心臓を一気に満たして、デンジくんを多幸感で包む。
無知は力か、はたまた救いか。
否応なく動き出す青春は、これまでもここからもいつでも、血みどろクソまみれだ。
そういう場所にアキくんも身を置いていて、デンジが何も教えられていないからこそ迷い翻弄されるのに対し、確かに何かが心を満たしていたからこそ、それがぶっ壊された廃墟は人を狂わせていく。
デンジくんがあの夕日のオフィスで心臓鷲掴みにされ、自分の血でハンコ押したのと同じものを、アキくんも刻みつけてデビルハンターをやっている。
白く寒く澄んだ美しい空気の中を、一緒に笑いながら勧めた幸福がたしかに彼にはあって、それが早川家の奇妙な同居生活を豊かなものにしている。
人間性の欠片もない野蛮人共に、誰かが隣りにいることの意味を教え、一緒に飯食ったり笑ったり出来る幸せを頭ではなく心臓で、ジワジワ感じ入らせることも出来る。
しかしそれは、天災の如き銃の悪魔によってぶち壊された。
以来、彼は廃墟に住んでいる。
それは軽薄に親しみやすく思える姫野先輩も同じで、かつてアキくんがデンジに告げたように悪魔刈りにかかわるものは多かれ少なかれ、それぞれの地獄と本気を抱えて死地に立っている。
後輩がいつ死ぬか、値踏みする表情は墓場でかつて見せたように冷たく、しかしアキくんにはその冷たさを隠さない。
同じ色仕掛けをデンジを走らせる餌に使いつつ、マキマが胸の奥にあるものを一切魅せないのと、姫野先輩の地金が(アキくん限定とはいえ)手早く見える……だからこそ、ロクでもない仕事に首を突っ込む理由を信頼できるのは、面白い対比だ。
心を満たしていた温もりを奪い去られ、傷跡に虚無が吹き込むことで生まれる痛みは、アキくんも姫野先輩も同じだ。
アキくんは冷酷非情の鬼管理者の仮面を被ることで、先輩は軽薄で付き合いやすい社交性を装うことで、胸の奥にある混沌をなんとか覆って、デビルハンターを続けている。
そういう柔らかいものは、見せる相手を選ばないと簡単に逆手に取られ、良いように利用されたり、死んだり、死んだほうが遥かにマシな目にあったりもする。
でも誰かに、鬼でも仏でもない自分を受け止めてもらわないと辛すぎるのも人間の性ではあって、二人は墓場で向き合ったときからそういう素顔を、お互いに預け合う関係である。
それが胸を満たすから、夢の残骸はなんとか人間の形を保って、ギリギリ立っていられるのだ。
……ならそれが幾度目か奪われたとき、人は耐えられるのか? って話でもあるが。
国家の飼い犬として悪魔を狩る仕事において、人命も尊厳も紙より軽い。
先輩たちはそれを心底思い知っていて、死ぬことも民間に降りることもなく過酷なエッジに立ち続けている。
マトモで普通な”本気”ってのがなかなか掴めないデンジくんと、人間大嫌いで正確極悪のパワーちゃんは、そんな脆くて強い最後の一線を己のものに、引き寄せるときが来るのか?
アキくんが残骸のまま立ち続ける原風景を思うと、早川家の騒がしい日常は”それ”を(マキマの計算高く圧倒的なアプローチとは、また違った速度と角度から)ジワジワ染み込ませそうではある。
その時、情を遠ざけ自分を守るためにつけていた強面の仮面を、アキくんは外すのか。
そうして”マトモ”な人間に戻ることが、狂った世界の中で幸福か。
物語は続く。
そしてそれはさておき、重苦しい迷宮と化したホテルに囚われ、四課初仕事にして壊滅の危機ッ!
そらーコベニもハワハワするわな……って話だが、異様な重苦しさと悪夢感を宿したレイアウトは、こういう異常状況にはいい具合にハマる。
チェーンソーマンのアニメが選んだ厚塗りの筆先は、デンジくんの前に立ち現れた燃え盛る淫夢とか、アキくんを苛む純白の悪夢とか、出口なき異能の夢幻空間とか、夢っぽい場所を描く時にしっくり来る……のかもしれない。
ジャンクで即物的なチンピラ力と、じっとり重たく心と人生の闇を描く筆先が同居する、奇妙な語り口。
ハチャメチャで、でも楽しそうでもある四課の喧騒の奥にあるものが、乾いた殺意と刹那の虚しさであることは、アキくんの強張った悪相、姫野先輩のギラついた隻眼……何よりマキマがデンジくんの人生飲み込んだ甘やかな毒で、良く分かるだろう。
人間一生の支えとなるものを暴虐に奪われて、あるいは空疎な心臓に満たされて、荒野に犬たちがひた走る。
その行く先に、出口はあるのか。
次回も楽しみですね。
追記 ”バビロンが倒れた。あの大いなるバビロンが倒れた。そこは悪魔の巣窟、悪霊やあらゆる汚れた霊のたまり場であった” ヨハネの黙示録:18-2
チェンソーマン追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年11月10日
アキくんの回想で弟が読んでもらってるのが『田舎のネズミと町のネズミ』なのが、マジエグいなと思って。
これは元はイソップ寓話で、退屈で平和な田舎と、刺激と富に満ちた街、それぞれでしか暮らせないネズミの話だ。
(画像は”チェンソーマン”第5話より引用) pic.twitter.com/IoXRvIr8Y5
土塊に囲まれ美味くもないメシに飽き果てた田舎のネズミは、チーズや肉に満ちた都会に足を運び刺激的に生きるが、そこは猫に襲われて死ぬ危険と隣り合わせの場所で、結局田舎こそが自分の居場所だと戻ってくる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年11月10日
アキくんだって帰れるなら、退屈で平和なあの雪景色に戻りたかろう。
しかし故郷は家族ごと銃の悪魔にぶっ壊され、悪魔が幅を利かすこの世界、どこにも猫のいない理想郷なんてない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年11月10日
焦燥と欲望と憎悪に突き動かされ、悪魔の力を借りて悪魔を殺す街の暮らしを続けたら、家族が蘇るわけでもない。
どっちに転がっても、ネズミに故郷はもうないのだ。
これはデンジくんも同じで、ポチタを握って気を切ってるだけで幸せだった日々を越えて、バタつきパンを食べれる街の日々に飛び込んでみたら、別のモンは食いたくなるしオッパイは揉みたくなるし、揉んだら揉んだで虚しくなって魔性の女にガッツリキンタマ握られる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年11月10日
そもそも公安に拾われて街に行く前の田舎暮らしも、ヤクザに眼球とキンタマ取られていつ死ぬか解んない、街と大差ない地獄絵図だったわけで。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年11月10日
それでもポチタとともに在った緑の日々はデンジくんの幸福、その原風景であり、借り受けた心臓が動く限り戻れない、遠い故郷だ。
こっから先も、悪魔まみれのバビロンに投げ捨てられた故郷なきネズミたちは否応なく、街で暮らすしかない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年11月10日
戻る道がないなら進む先にふるさとを創るしかないが、それは女の胸の中か、騒々しい食卓の上か。
嵐はいつでも、”田舎”を吹き飛ばす好機を狙っている。