イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

プロジェクトセカイ カラフルステージ感想:Echo my melody

 プロを目指し夢に邁進するLeo/Needのギターボーカル・星乃一歌、遂に遂にの作曲家&ミクPデビューエピソードである。
 ここまで一歌が大好きなミクと世界の外の現実で出会い、ツールでありながらキャラクターでもあり、夢を共に形にする特別な存在としてのミクに向き合う様子は、細かく積み重ねられてきた。
 穂波から縁を繋いでスペシャルゲスト、ニーゴのメサイア・宵崎奏をスペシャル講師に迎えて、DTMならではの特色を『選ぶ難しさ、大切さ』に絡めて描いていく、鮮烈な青春の1ページとなった。

 今回のお話はかなりフォーカスを絞ったエピソードで、奏と一歌、ミクと一歌の関係性に焦点を合わせて進行していく。
 ニーゴでシコシコ人生リハビリを重ね、薄暗いネット越しのコミュニケーション以外にも、”救う”以外の繋がり方にも目を向けれるようになった奏が、満を持して閉ざしたサークルを開けて誰かを内側に入れる話となった。
 DTMの先輩として、熱心な入門者・一歌の思いを丁寧に組み上げながら、隣り合いつつ真摯に没入していく、熱のある関係。
 そういうもんを、ニーゴの友達以外とも創れている姿が見れたのは、大変良かった。
 自分が積み上げてきた経験値を、あんま交流が深くない一歌に伝わるよう、活かせるよう加減して手渡せているのは、奏の中に積み重なった変化を感じられて嬉しい。
 人付き合いが器用な方ではない一歌も、楽曲に込めた自分の気持ちを汲んで向き合ってくれる奏を尊重して、自分と自分の歌がより善くなれるよう、黙々と機材に向き合う。
 黒と白の不器用な音楽人たちが、無駄口一つ叩かず真剣にそれぞれの歌に向き合い、静かに呼応し合う姿には、生真面目な熱が宿っていて大変良かった。
 今回の縁が呼び水になって、この二人が色んなところで繋がっていく姿は、今後も見守りたい。

 

 そうして形になった歌は、優しく見守ってくれる穂波の助けもあって、気恥ずかしさを乗り越え世に問いたい、魂の乗っかったものへと研ぎ澄まされていく。
 そこに至るまで、ミクというツール(あるいはメディア)の難しさに一個ずつ向き合って、自力で格闘したり誰かの力を借りたり、苦労しながら進んでいく様子が見れたのは、結構ありがたいことだったなと、歌が形になるこのタイミングで思う。
 形にならない思いを表現し、誰かに届けるのは簡単ではなくて、技術や心持ち、環境や人間関係など、色んな場所に越えるべきハードルがある。
 でも一歌のように一個ずつその難しさに向き合い、自分の中から強い気持ちを引っ張り出して進んでいけば、確かに歌は形になっていく。

 そのための助けとして、セカイのミクと世界のミク、両方が本当に大事なものとして描かれているのも、大変良かった。
 初音ミクは音楽作成を助ける合成音声ソフトでありながら、それを超えたキャラクター……あるいは文化表象としての大きな広がりを持って、色んな装いと人格、物語を背負って豊かに広がった。
 一歌は作中最強のミク廃として、ミクから生まれた楽曲を聴いて救われ、音楽への興味を共に育み、ミクと一緒に歌いたいから、ミクに聴いてもらいたいから、DTMという新しい表現に挑めた。
 一人の人間にそう思わせるだけの可能性を、プロセカ世界のミクは強く持っていて、それが一歌の心と結びついて、レオニセカイのミクがいる。

 自分が生み出したハジメテノオトを絶対聴いてもらいたい相手、歌ってもらいたい相手は共にミクで、それは歌作りを手伝ってくれる大事な相棒であり、人生に導きをくれる憧れの相手であり、一緒につらい日々を乗り越えてくれる友達でもある。
 そんなミクを愛し信じて生み出した歌は、一歌が届けたいと、広げたいと思った響きを豊かに乗せて、形になった。
 そういう善き奇跡を生み出せる存在として、”初音ミク”は一歌に、思春期の子どもたちに、色んな人々に寄り添ってきたし、これからもそうなるだろう。
 そういう祈りが、大好きなミクで曲を作り、大好きなミクと歌を歌う一歌のあまりに素直に弾む心から、強く溢れていた。

 

 それはこのお話を紡ぐ人たちが”初音ミク”から受け取り、このお話を通じてミライへと届けていきたい、大事な夢で。
 自分たちが大好きな初音ミクを、なかなか形にならない夢や願いを形にしてくれるかけがえない存在として、色んな人に受け取って欲しい。
 自分の中にかつてあったキセキが、ミライで待つ誰かに届いて欲しい。
 そういう思いがあるから、一歌がミクと歌う時の喜びは、とても瑞々しく感じられるのだと思う。

 それは”楽器”の一種であるミクが増幅して奏でる、音楽という古く新しい表現が持ってる底力でもあり。
 様々なユニットが様々な角度から”音楽”の可能性を紡いでいくこの物語自体が、信じ届けようとする夢でもあろう。
 レオニの一員としてプロを目指し、レオニのために作曲できる自分に辿り着こうとした一歌が、自分だけの歌を作り上げて初めて見えた、ミクと音楽の凄さ。
 その感動が力強く伝わってきて、大変良かった。

 

 そんな歩みの中で、何かを選び一歩を踏み出す難しさと大切さにも目が向けられていて、ここも良かった。
 選べないまま足踏みして、望まぬ結末に進みかけた過去があるからこそ、一歌は選ぶ難しさを超えて一つの曲を作り、自分たちの未来を定めていく。
 動画配信という今っぽいメディアにも手を伸ばして、より多くの人に自分たちを知ってもらおうとする試みは、レオニが音楽で自分たちを伝え、豊かな可能性に向かって踏み出すためのもの。
 その難しさもよく知っているから、一歌は色んな人の助けを借りつつ、勇気を込めて何かを選んでいく。

 それが何かを諦めたり、切り捨てたりすることと=ではないのだと学ぶ意味でも、作曲修行は大きな意味があったのだろう。
 ちょっと内向的で思い詰める傾向があればこそ、自分が今人生のどこに立ってて何になりたいか、そこに立ちはだかる難しさはなにかよく考える一歌のお話には、等身大の苦労と頑張りが、力強く滲んでいる。
 その一つの成果として、ミクとともに作り上げミクと歌えた歌が形になったのは、凄く良いことだと思う。
 あと具体的な客の顔を前に置かないとパフォーマンスが下がるレオニの特長も描かれてて、やっぱそういうバンドなんだなぁ……って思いが強くなった。
 ここら辺はライブバンド故の強みで、面白いなぁと感じる。

 かけがえない仲間たちはそこに一歌が込めた思いもしっかり解ってくれていて、より多くの人に届く手伝いもしてもらえる。
 曲が形になるのに不可欠な手助けをした奏先生の活躍含め、色んな存在が一歌の青春に寄り添い、助けてくれるのだ。
 その豊かな色彩を瑞々しく味わいつつ、ミライに向けて着実に進んでいく彼女の物語に隣会えるのは、やはりありがたいことだ。
 次の物語も、大変に楽しみである。